4話
衣食住はクロニャとシロニャさんのお陰で困る事は無くなった。
当面の目標は治療費の返済と働き口を見つけるか、自分で稼ぐ方法を見つけるかだけど、その辺はシロニャさんに相談してみるか。
身支度を整えてシロニャさんの居る食堂に向かった。
「シロニャさん、おはようございます」
「おはようございます。なせる君」
ああ、シロニャさんの笑顔が朝から眩しいぜ。
「なせる君、朝食は何が良いかな?」
「えっと、普段から朝食は抜いているので、何も……」
「あら、朝食はしっかり食べなきゃダメよ? 育ち盛りなんだし、それに病み上がりなんだから」
「あ、はい。それじゃスープを……」
「もう! 明日はしっかり食べてもらうからね!」
「あはは……お手柔らかにお願いします。」
愛想笑いしながらシロニャさんの居る厨房に近いカウンター席に座った。
ほどなくして、シロニャさんがつやつやの木の匙と、平たい木の器に、並々と注がれたゴロゴロの野菜がひしめくスープ? を持って来たのを見てギョッとしたが、シロニャさんがニコニコしながら見つめ続けてくるので、仕方なく、最早、野菜煮込みと言っても過言ではないスープを啜った。
いくら美味しくても朝食を普段から食べ慣れていない人間に、この量は暴力的過ぎたので半分も食べ切れずに、ギブアップしたのであった。
僕が残してしまった野菜ましましスープをシロニャさんが「しょうがないなぁ」と言って、僕が先程まで使っていたスプーンで食べるのを見て顔が熱くなる。
ええ、これが噂に聞く、間接キスってヤツですよ。
「と、ところでこの辺りで仕事の募集とかありませんかね?」
間接キスを見て、シロニャさんの艶めかしい唇を凝視してしまい、恥ずかしくなってしまったのを誤魔化すようにシロニャさんに聞いてみた。
「仕事? なら、うちで働く?」
「いえ、そこまでの面倒を掛ける訳にはいきません。それに宿代もちゃんと払いたいので」
「そう……それが男の子の意地って奴なのね!」
何を思ったのかシロニャさんが目を爛々と輝かせて「うんうん」とすごい勢いで納得して両手で僕の手を握られてドキっとした。
「そうよね、男の子だものね。男の子なら冒険しなくちゃね!」
すっごい見てる! すっごい見てくるよ! それに冒険って……?
「と、いうことでなせる君! なせる君の目指すべき場所はこの村の中心にある冒険者ギルドよ!」
カッコいいポーズを決めてビシッと冒険者ギルドがあると思われる方角に指を差すと目を瞑り、感慨に耽っているようだった。とりあえず僕は冒険者になれるみたいです。
◇
冒険者ギルドに行く途中、この世界がどういうところなのか屋台や出店などを冷やかしながら散歩をしてみることにした。
村の中心ということで商店なども立ち並んでいてそれなりに賑わっているようだ。
「おお!」
そこには、この村には場違いなほど巨大な建物がそびえ立っていた。
「入っても良いのかな……?」
門の前でうろちょろしていると、奇異な目で通行人に見られだした。
このまま、ここにいると恥ずかしいので、勇気を出して大きな扉を開けた。
扉を開けた先にあったのは、外側の壮大さに反して、想像よりも広い以外はゲームやアニメでよく見かけるテンプレートな冒険者ギルドだった。
もう少しすごい内装を期待していたので拍子抜けしてしまった。
入る前の緊張感は何だったのか。
とりあえず受付のお姉さんに話しを聞こう。
「冒険者ギルドへようこそ! この度はどのようなご用件で……え、ええ!? 勇者様!?」
ああ、うん。何となくこうなるって知ってた。
屋台とか冷やかしてた時も、チラチラと道行く人に見られてたし。
「ほ、ほほ、本物の勇者様ですか!?」
「勇者?」
「おい、勇者だってよ」
「どれどれ……って、本当に勇者様が居るぞ!」
「おーい! 勇者様が現れてくだされたぞー!」
「勇者様ですってよ?」
「勇者なんて居るわけ……って本当に居るじゃん!」
「キャー!勇者様ー!抱いてー!」
「いや~ん!勇者様ぁ~!抱かせてちょ~だい!」
「「「勇者!勇者!勇者!勇者!勇者!」」」
ワイワイガヤガヤワラワラと、どこに居たのか勇者コールの大合唱で人集りが出来てきて押し潰されそうだ。
ここで思い出して欲しい。
昨日までヒキニートだった僕に、この状況はメンタルが耐えられないという事を。
「ひ、ひえええぇぇぇっ!」
この場から全力ダッシュで逃げ出したのでした。
「勇者が逃げたぞ! 追え!」
「キャー! 勇者様ー! 逃げないでー!」
「逃げた勇者を捕まえろ!」
「勇者様~! 逃げちゃいや~ん!」
「勇者様を捕まえた者に1000ダルク払うぞよ」
「俺、勇者を捕まえたら勇者と結婚するんだ」
「「「勇者を捕らえろー!」」」
おい! 何で懸賞金まで掛けているんだ!? 何も悪い事してないのに! それにさっきといい最後の方といい、僕の貞操の危機を感じてものすごく怖いんですけど!
「た、助けてー!」
こうして僕の冒険者人生は冒険者になる前に幕を閉じたのでした。
◇
あれから、辛うじて逃げ出せた僕は、シロニャさんの経営するシロネコ亭の自室へと逃げ込み、ベッドの中に絶賛引きこもり中なのでした。
「なせる君大丈夫? ドア開けるよ?」
「ニンゲンコワイ。ユウシャコワイ。ニンゲンコワイ。ユウシャコワイ。ニンゲンコワイ。ユウシャコワイ。」
「勇者さ「ひ、ユウシャコワイ。ニンゲンコワイ」ま……」
「お母さん、勇者さまが……」
「今はダメみたい、落ち着くまで一人にさせてあげましょう」
「うん……」
「ゆうしゃ「ひっ」……ううん、なせるくん、早く元気になってね!」
◇
それからしばらくして……
何とかシロニャさんとクロニャと会話が出来るようになったのは良いけど、いまだに「勇者はどこだ! 探せ!」という声が外から聴こえてくる度にビクついている。
「すみません。僕のせいで、ご迷惑をお掛けして」
「良いのよ。なせる君は何も悪いことしていないのだから、迷惑だなんて気にしないでね」
「そうだよ! なせるくんのことは私とお母さんが守ってあげるからね!」
「ありがとう……ござい……ます……」
こんなに人に優しくされたのは何年振りだろうか……自然と涙が頬を伝い、ポロポロと流れ落ちて行く。
もう、この家の子になろう、そうしよう。と決心した。
「ごめんくださーい!」
「あら、お客様かしら? ちょっと行ってくるわね。その間、なせる君のことお願いね」
「ラジャー!」
ビシッと額に手を当てて敬礼するクロニャを見て、この世界でも同じことをするんだなと、なんとなく考えていると突然ドアが開かれた。
「やあやあ勇者君、こんなところに居たのかい」
そこに現れたのは魔女ドクターのラケルさんだった。