【第2話】 初夜
やっと、パーティーメンバー勢揃いです。
でも……たぶん、まだ増えます。
俺は混乱していた。
風呂上がりに何か、閃光に包まれた事は覚えている。
どこかに運ばれたような気がしたのも、覚えている。
そして気がついたら、目の前にラミアの少女が立っていた。
ラミア。半人半蛇の魔物。
しかし、そんな事はどうでも良かった。
その少女は裸だったのだから……!
俺は神に感謝した。
ニーチェは間違っていたのだ。
神は、間違いなく存在する、と。
まあ……問題は、俺の方も全裸だったことである。
よりによって股間を強調するポーズをとっていたのだ。
しかも、局所的メタモルフォーゼが発動してしまったのだ。
どう見ても変態です。露出狂です。
本当にありがとうござ……とか言ってる場合じゃない!
*
ラミアの少女は、失神してしまった。
白目をむいて鼻血を流しながら、俺の足元に倒れている。
……うん、ちょいと刺激が強すぎたのだろう。
彼女には悪いことをしてしまった。
しかし、これは不幸な事故なのだ。
俺は彼女を助けようと考えたのだが、どうも絵づらが悪い。
ラミアの少女は裸。俺も全裸。
しかも、局所的メタモルフォーゼが発動中である。
DTには刺激が強すぎるのだ。
さらに俺の後方にも人の気配がある。
何か大声で騒いでいるようだ。
この状況は……非常にマズイ。
マズイというか…ヤバイ。
*
「おおっ! さすがは異世界の戦士じゃ!」
「……ラミアをあっさりと倒してしまうとは…!」
「何という早業だ! 動きが全く見えなかったぞ!」
……動きも何も、俺は微動だにしていませんが。
いや、微動はあったか。……局所的に。
何が何だか、サッパリわからない状況である。
こういう時こそ冷静に状況確認、である。
そう、落ち着くのだ。
俺は素数を数えた。
「1,3,5,7,11,13,17,19,23,29,31…37…41…43…47……」
しかし、外野がうるさい。
「おお! 何か呪文を詠唱しておるぞ!」
「ルル様! お下がりください!」
「何か、強力な魔法を発動しようとしているのです!」
魔法って、なんだよ。
俺はDTだが、まだ18歳だぞ。
魔法使いになるには、まだ早い。
*
後ろに誰かいるのはわかっているし、気にもなる。
それでも俺は、今振り返る訳にはいかない事情がある!
局所的メタモルフォーゼは現在も絶賛発動中である。
幸い、ヒーローマントのおかげで後ろ半身はカバーされているはず。
後方からは全裸である事がバレていないだろう。
しかし、バレるのも時間の問題だろう。
このままではどう見ても、俺が性犯罪者にしか見えない。
この状況は非常にまずい。
どうしよう。
うん。
……逃げよう。
俺は失神少女を飛び越え、そのまま森の奥へ駆けだした。
颯爽とヒーローマントを翻し……お尻を丸出しにしながら。
若干、腰を引き気味にして、全裸で森の中を駆け抜けるその姿は……
どう見ても変質者のそれであった。
……くっ。
*
月明かりに照らされた、薄暗い森の中…。
俺は今、賢者モードである。キリっ。
……何が有ったかは言わない。秘密だ。
近くの川で下半身を清め、バスタオルを腰に巻いた。
風呂上がりのオッサン・スタイルである。
実際に風呂上がりなのだから、仕方がない。
結局、俺は先ほどの場所に戻ろうとしている。
良く考えれば、行くあてもない。
森の中は暗く、正直怖い。
ラミアの少女も気にかかる。
美人じゃないが、結構かわいかったし。
問題は性犯罪者として扱われる可能性である。
しかし、その時は断固として無実を訴えるつもりだ。
繰り返すが、俺は今、賢者モードである。
屁理屈には自信がある。
それでもダメなら、泣き落としだ!
*
ラミアの少女は、なぜか縛りあげられていた。
胸元と腰回りは、布のようなものが巻きつけられている。
……ちょっと残念だ。
両腕を後ろ手に縛られ、蛇のような下半身は2つ折りに縛られていた。
「ちょっとぉ! 何でアタシが縛られなきゃイケナイのよっ!」
「アタシ、悪いラミアじゃないのよー!」
ラミアの少女は、すでに意識を回復しているようである。
「黙れ! 殺されなかっただけでも、ありがたいと思え!」
こちらのお姉さんは、兵士風である。
「ナナよ。油断するでないぞ!」
こっちは、お金持ちのお嬢様っぽい幼女だ。
うん、ここは異世界だ!
賢者モードの俺は、そう結論を出した。
不可解な出来事を説明できるのは、これしかない。
モモという名の不思議チャンは、嘘を言ってなかったのだ。
俺は異世界に飛ばされたのだ……なぜか全裸で。
……くそっ。
*
「おお! お主、戻ってきたのか!」
声の主である幼女は、どうやら上機嫌のようだ。
どうやら性犯罪者とは、みなされなかったらしい。
しかし……この幼女は、見た目にそぐわぬ言い回しをする。
何だろう、高貴な血筋の出身なのだろうか。
「召喚魔法は一度きり、と聞いたのだがな。」
「お主が戻ってきたのをみると、間違っていたようじゃな!」
どうやら、俺はこのエラそうな幼女に召喚されたらしい。
「ルル様、魔道書がすべて白紙になっております!」
「一度きり、というのは本当だったのでしょう。」
「召喚は一度きりでも、召喚自体は継続するものなのでしょう。」
こっちの兵士風のお姉さんは、下僕というところか。
「ふむ。つまり、妾は新しい卷族を手に入れた、という訳じゃな。」
とうとう卷族にされてしまった。
幼女の卷族。
……うん、悪くないかもっ!
*
一人は俺と同じ年齢ぐらいか。
目元涼しげな、クールビューティーって感じの美人さん。
茶髪ロングのポニーテイル。
身長は170cmぐらいだろうか。
細身なんだけど、胸は結構ありそうだ。
中世ヨーロッパ風の兵士の格好をしている。
しかし、一番のポイントは彼女の頭部にあるケモ耳である。
どうやら、尻尾もあるようだ。
わーい。
もう一人は、10歳ぐらいの美少女。
お姫様のようなひらひらドレスを着ている。
縦ロールの金髪に、淡い碧眼。
顔立ちは整っていて、美人に育つだろう。
現在のところは、内角低め・ぎりぎりボールという判定。
あと1・2年程でストライクが取れるだろう。
残念ながら、ケモ耳も尻尾もない。
ちっ。
「妾はルル。シャルル王国の王女である。」
「そこに控えるは家来のナナじゃ。」
「ナナは妾の護衛役を務めておる。」
ほう。王女様であられましたか。
なるほど、まだ子供なのに威厳を感じる。
「して、お主の名は何と申す?」
俺はうやうやしく頭を垂れ、右手を胸に、片膝をついた。
アニメやマンガで見た知識である。
「お呼びにあずかり恐悦至極でございます。」
「我が名はカブラギ・ショータ!」
「ショータとお呼びくださいませ。」
どやっ!完璧な応対だ!
もう俺はノリノリの状態なのだ。
異世界生活を満喫する気でいっぱいなのである。
お調子者は順応性が極めて高いのだ。
「………。」
あれっ? 反応がない。
……何か失敗したのか?
恐る恐る顔を上げると、顔をそむけて赤面する2人が。
ん? ナナさんの様子が特におかしい。
コッチをチラチラ見ながら、尻尾が小刻みに揺れている?
ふと気がつくと、寝転がされたラミアの少女も、赤面している。
赤面しつつ、こっちをガン見している。
原因はすぐにわかった。
お稲荷さんである。
片膝ついたせいで、コンニチワしてしまったようだ。
……ぐぬぬ。
サービスタイムは終わりである。
俺は立ちあがって一礼した。
ナナさんは少し悲しそうな顔をした。
……いや、きっと気のせいだろう。
ラミア少女の方はというと…。
……こっちは心底、残念そうである。
なんなんだ、コイツは。
いや、サービスタイムは終わりなんですってば!
そんな悲しそうな目で俺を見るなっ!
*
「……ゴホン。大儀である! 以後、妾を支えてくれ。」
流石は王女様。切り返しが早い。
「ところで……お主、裸族か?」
へっ? ラゾク? ……ああ、裸族かって?
いやいや。誤解ですって。
俺は文明人なんスから。
「い、いえ、ナニ族かは知りませんが、裸族ではありません。」
ロリ王女様は疑い深そうな目で俺を見る。
「それでは…何故、その……裸なのじゃ?」
まあ、ごもっともな意見ですな。
「なぜ裸なのかは、こっちも知りたいんですが。」
風呂上がりに召喚されたことは黙っていた。
だってカッコ悪いし。
俺って勇者候補生なんだろ?
風呂上がりに鏡の前で、裸でひとり、はしゃいでましたー!
……うん、やっぱり内緒にしておこう。
「まさかとは思うが……」
ロリ王女様の目つきが厳しくなる。
「そういうのが、趣味、というわけでは…あるまいの?」
「ちちち違いますって。そんな趣味はありませんから!」
俺は変態であることを否定しない。
しかし、本物ではない。
変態ネタが大好きな、ファッション変態にすぎない。
「……うむ、よかろう。だがのう……」
小さく、ひょいひょいと手招きされて、俺はホイホイと近づく。
「今頃はちょうど発情期ゆえ、刺激的な露出は避けてくれ。」
と、ロリ王女様は小声で…そう言った。
俺はどういう顔をしたらいいのか、わからなかった。
*
この世界には『アスラの民』と呼ばれる者がいる。
アスラ神を信仰し、アスラの教義に従うものだ。
ヒト族や、亜人の各部族がそれにあたる。
アスラの教義に従わない者は「まつろわぬ者」と呼ばれる。
魔族がそうである。
両者は、400年前激突し、大きな争いになった。
結局、勝敗のつかぬまま、今日を迎えている。
シャルル王国は、かつて魔族と戦った大国である。
その王国で反乱があり、王女は追われる立場になった。
焚き火を囲みながら、そういった事を教えてくれた。
ルル様とナナさんは、膝を抱えて焚き火を見つめている。
……少し寂しそうに見えた。
俺も同様に膝を抱えていたのだが、胡坐に変えた。
縛られたまま転がされているラミアの少女が…
……バスタオルの隙間を狙って覗いてくるためである。
嬉しそうな顔でこっちを見てくるのが地味にウザい。
ラミアというのは、スケベな種族なのだろうか?
俺も人の事は言えないが、ここまであからさまじゃねーぞ!
*
「これからルル様は、どうなさるおつもりですか?」
「我が国と親交のあった、東方の国まで逃げるつもりじゃ。」
「つまり、その国に亡命するわけですね。」
「うむ。しかし、行先は大陸の反対側じゃ。長旅になるじゃろう。」
「ここは魔族の土地と聞きましたが、大丈夫なんでしょうか?」
「大陸の東側に行くには、どちらにせよ魔族の土地を抜けねばならん。」
「……今の妾にとっては、魔族よりヒトの方が恐ろしいのでな…。」
幼き王女様は自虐的に笑った。
「私が必ずや、ルル様を無事にお守りいたします!」
ナナさんがモフモフした尻尾をピンと立てながら立ちあがった。
うー触ってみたい。モフりたい。
「ラミアでさえ一撃で倒した、ショータ殿もいるのです。」
「……ショータ殿。貴殿を頼りにしているぞっ!」
いやいや、俺は何にもしていないのだが。
あーなんだろう。
そんな純粋な笑顔で俺を見ないでくれ。
騙しているようで、申し訳ない。
ふと、ラミアの少女の視線が気になった。
彼女は、なんか冷たい目で俺を見ている。
俺は彼女と目を合わせられなかった。
*
「ねぇ、話は終わったぁ?」
「……そろそろ縄をほどいてくんない?」
相変わらず、冷たい目で俺を見つめるラミアの少女。
俺は彼女の視線の意味に気がついていた。
無言の脅迫である。
「あの…そろそろ縄を解いてやっても良いのではないかと…」
俺の発言に、ナナさんがすぐさま反論する。
「正気か? こいつは『死の配達人』の異名を持つ、ラミアだぞ!」
「でも……どう見ても子供ですし、可哀想ですよ。」
半人半蛇の少女は、全長3m以上はありそうだ。
それでも俺のラミアのイメージより、かなり小さい。
上半身の見た目は明らかに子供である。
人間でいうと、せいぜい小中学生ぐらいだろうか。
「しかしのう……子供とはいえ、魔物じゃぞ。」
「ルル様! このような魔物に情けなど無用ですぞ!」
シャルル王国の方々は、魔物がお嫌いなようである。
ラミアの少女が、さらに鋭い視線を俺に送ってきた。
はいはい、わかりましたよ。
やればいいんでしょ、やれば。
「ここは魔族の土地。彼女に道案内を頼むというのはどうでしょう。」
俺はそう言ってラミアの方をちら、と見た。
彼女はぶんぶん、と大きくうなずいている。
彼女的には問題が無いようだ。
「ううむ。確かにそれは……」
「ルル様! なりませぬ!」
「魔物の言うことなど信用できませぬ!」
「いっそ、ひと思いに殺してしまいましょう!」
ラミアの少女は涙を目に浮かべ、俺に何かを訴えている。
……そんな、棄てられた子犬のような目で俺を見るなよ!
さすがに、俺も本気で彼女に同情してしまった。
もうちょっと、がんばってみるか。
「ルル様、お耳を。」
うん?という表情のロリ王女様に俺は近づき、小声で言った。
「……魔族に襲われた時、こいつは人質になりますよ。」
横で聞いていたナナさんが、はっ、と息を呑んだ。
……ナナさんの軽蔑の眼差しが痛いんですが。
ロリ王女様は、しばし思案ののち、ラミアに向かってこう言った。
「ラミアの娘よ。貴様、命が惜しいか?」
涙目で、ぶんぶん!と、大きくうなずくラミア。
「助けてやる代わりに、条件がある。」
「貴様は、こちらの……ショータの卷族になるのじゃ!」
……はぁ!?
「どうする? この条件を呑むか?」
ラミアの少女は、ちら、と俺を見て……コクリ、とうなずいた。
……ロリ王女様の卷族になった俺。
そんな俺が、ラミアの少女を卷族として持つ事になってしまった。
何を言っているのか、わからないと思うが、俺にもさっぱりわからない。
どうしてこうなった!?
*
「契約は絶対だし、しょうがないわよねっ!」
無理強いされた契約だというのに、なぜか笑顔のラミア。
能天気にもほどがある。
俺の腕に抱きつき、薄い胸を押し当ててくる。
うれしいけど、ちょっとウザい。
俺のストライクゾーンからは、ボール1個分ハズれているのだ。
「アタシのコトは、『ティナ』って呼んでねっ! ご主人様っ!」
ナナさんが冷たい視線を向けてくる。
……あの、勘弁してください。
そういうプレイじゃ、ありませんから。
「あのぅ、ルル様ぁ。」
「なんでコイツを俺の卷族にしちゃったんですかぁ?」
「コイツってナニよっ! アタシはラミア族のティナよっ!」
「うるせーぞ。俺はルル様に訊いてるんだよっ!」
「ひっどーい! もっとアタシに構ってよー!」
……構ってチャンかよ。ウザい。つか、腕に胸を押しつけんな!
「さっそく仲が良いようじゃの。……お主ら、もともと知り合いか?」
いいえ。知りあって2時間くらいです。
「うーん、そうじゃないけどぉ、すでにお互いを知り尽くしてたりとかぁ。」
……余計な事、言うんじゃねえ!
「???……そ、そうか。まあ、よいわ。」
「ショータよ。その娘、ティナはお主に預けたぞ。」
「お主が責任を持って、面倒を見てやるのじゃぞ。」
ああ、なるほど。そういうことか。
何かあったら、俺が責任をとれ…と。
つまり、厄介なお荷物を俺は押し付けられたのだ。
「アタシが危ない目にあったら…ちゃんと守ってね。ご主人様っ!」
普通、主人を守るのが卷族の役割ではないのだろうか?
いや、コイツに期待するのはやめておこう。
俺の洞察によると、コイツはただのアホの子だ。
ちょっとカワイイだけの、たんなる子供だ。
*
塩漬けの干し肉だけという簡単な食事をすませ、俺たちは寝ることにした。
見張りは、俺とナナさんが交代で行う。
焚き火は一晩中、欠かすことはできない。
火の番と、周囲の警戒。それが見張りの役割である。
まず最初の見張りは、俺が担当することになった。
ナナさんから槍を借り受け、俺は焚き火の前に腰を下ろした。
槍は柄の長さが150cmぐらいの手槍であった。
ずいぶんと使い込まれており、真新しい傷もいくつかあった。
たぶん俺とほとんど同年代の、この人も苦労をしているのだ……
……俺はナナさんの苦しそうな寝顔を見ながら、そう思った。
何処かで虫の鳴き声が、静かに小さく響いている。
聞こえるのは、他には彼女たちの寝息だけだ。
空を見上げると、木々の間から満天の星空と明るい満月が辺りを照らしていた。
……俺は今、ドコでナニをしているのだろう。
モモちゃんの話では、ここは『アスラ世界』なのだろう。
ルル様やナナさんの話とも合致する。
では、俺はこれから何をすればいいのだろう?
今のところ、場の雰囲気と流れに逆らわず、ノリだけで対処してきている。
お調子者であることは、こんな時こそ好都合に働く。
そういうところまで、あの不思議チャンは俺を見抜いていたのだろうか?
モモちゃん……。
あの不思議な少女。
俺が恋に落ちた少女。
俺が今、ここにいる原因となった少女。
……彼女に会いたい!
俺は孤独感にさいなまれ、痛切にそう願った。
*
「……ねえ、ご主人様…。」
ティナは、まだ起きていたのか。
彼女は古びたリュックを枕にして寝ている。
焚き火に照らされた、その横顔はどこか不安そうな表情に思えた。
「……ご主人様は、アタシが……怖くないの…?」
か細い声は、今にも消え入りそうだ。
「……みんな……アタシのコト…怖いって言って……」
「アタシ……みんなから……嫌われてるのに…。」
俺は、ティナの意外な言葉に衝撃を受けていた。
「……ヒトはアタシを見ると……みんな怖がって…」
「……みんな……逃げちゃうの…。」
……やめろ。
「……アタシ…なんにも悪いコトしてないのに…」
「……どうしてなの……やっぱり悲しいよ…。」
……もういい。……やめろ。
「……ご主人様は……アタシを…」
「……嫌いにならないで……くれますか…?」
ティナは静かに涙を流しながら、まっすぐ俺を見つめていた。
不覚にも俺は、彼女の言葉に激しい感情を抑えることができなかった。
……彼女はずっと差別されてきたのだ!
『死の配達人』と呼ばれ、半人半蛇の魔物として忌み嫌われてきたのだ!
ラミア族として生まれただけで、彼女にはなんの罪もないはずだ。
なのに、ティナはずっと不当な扱いを受け続けてきたのだろう。
「……心配すんな。俺はオマエを嫌ったりしない。」
「約束する。俺がオマエを守ってやる。」
「……契約だからな。卷族を守るのも主人の役目だ。」
そう言うと、俺はティナに微笑んでやった。
俺のは作り笑いであったが、彼女も小さく微笑んでくれた。
しかし、俺の内心は激しい怒りで満たされていたのだ。
「いいから、もう寝ろ…。」
「うん…。」
それきり、彼女は目を閉じた。
俺は焚き火の炎に照らされる彼女の横顔を見ながら、考えていた。
ティナを差別から救ってやりたい。
この世界で俺のやるべき事が、ひとつ決まった。
*
満月が西に傾き掛けた頃、俺は見張りを交代した。
ナナさんに槍を返し、俺は地面に横になった。
「これを使え。」
ナナさんが俺に自分のリュックを差し出してくれた。
枕にしろ、ということか。ありがたい。
「………この娘も、つらい目にあってきたのだな…」
ナナさんは、ティナの寝顔を見ながら小さくつぶやいた。
ティナの話を聞いていたのだろう。
ナナさんの、ティナを見る目が優しくなっていた。
……そんな気がした。
*
「……起きろ! ショータ殿! 起きろ!」
ナナさんの怒声に俺は目を覚ました。
日の出にはまだ早いが、辺りは明るくなってきている。
霧のため、視界が悪い。
「……囲まれたようだ。相手は魔物…10人以上…いる。」
ナナさんの顔に焦りの色が見える。
10人以上の魔物を相手にすることになるのだ。
かわいい尻尾にも元気がない。
俺は素早くティナに駆け寄り、声を掛ける。
「ティナ! 起きろ! 緊急事態だ、起きろ!」
「う…うーん。…もう食べられないよぅ…むにゃむにゃ。」
「そんなベタなネタ、いらんわ! 早く起きろ!」
俺はティナの頭を軽く叩いた。
「いい加減、起きろ! 次はビンタだぞ!」
「う…うーん。…い、いやっ…乱暴に…しないで…」
「わかったら、とっとと起きろ!」
「う…うーん。…お願い…やさしく…して…アタシ…初めてなの…」
「オマエ絶対起きてるだろっ! 絶対ふざけてるだろっ!」
俺はティナの頬を両手で思い切りねじった。
「いだだだだだっ! ああああ!…何すんのよぉ!」
やっと起きてくれたようである。
「敵襲だ! 囲まれてるんだぞ!」
「……ふーん。」
また寝やがった。コイツ、ぶん殴ってやる!
「……アタシぃ、朝弱いのよぅ…。血圧上がるまで待ってよぅ…。」
ダメだ、コイツ。使えねえ…。
……よし、決めた。
『こいつを人質にしよう!』
……俺は、昨夜のシリアスパートを無かった事にした。
【続きます】