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カブラギ君、異世界で裸族になる。  作者: 貴船 俊之輔
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【第2話】 初夜

やっと、パーティーメンバー勢揃いです。

でも……たぶん、まだ増えます。

俺は混乱していた。

風呂上がりに何か、閃光に包まれた事は覚えている。

どこかに運ばれたような気がしたのも、覚えている。


そして気がついたら、目の前にラミアの少女が立っていた。

ラミア。半人半蛇の魔物。

しかし、そんな事はどうでも良かった。

その少女は裸だったのだから……!


俺は神に感謝した。

ニーチェは間違っていたのだ。

神は、間違いなく存在する、と。


まあ……問題は、俺の方も全裸だったことである。

よりによって股間を強調するポーズをとっていたのだ。

しかも、局所的メタモルフォーゼが発動してしまったのだ。

どう見ても変態です。露出狂です。

本当にありがとうござ……とか言ってる場合じゃない!




ラミアの少女は、失神してしまった。

白目をむいて鼻血を流しながら、俺の足元に倒れている。

……うん、ちょいと刺激が強すぎたのだろう。

彼女には悪いことをしてしまった。

しかし、これは不幸な事故なのだ。


俺は彼女を助けようと考えたのだが、どうも絵づらが悪い。

ラミアの少女は裸。俺も全裸。

しかも、局所的メタモルフォーゼが発動中である。

DTには刺激が強すぎるのだ。


さらに俺の後方にも人の気配がある。

何か大声で騒いでいるようだ。

この状況は……非常にマズイ。

マズイというか…ヤバイ。




「おおっ! さすがは異世界の戦士じゃ!」

「……ラミアをあっさりと倒してしまうとは…!」


「何という早業だ! 動きが全く見えなかったぞ!」


……動きも何も、俺は微動だにしていませんが。

いや、微動はあったか。……局所的に。


何が何だか、サッパリわからない状況である。

こういう時こそ冷静に状況確認、である。

そう、落ち着くのだ。

俺は素数を数えた。


「1,3,5,7,11,13,17,19,23,29,31…37…41…43…47……」


しかし、外野がうるさい。


「おお! 何か呪文を詠唱しておるぞ!」


「ルル様! お下がりください!」

「何か、強力な魔法を発動しようとしているのです!」


魔法って、なんだよ。

俺はDTだが、まだ18歳だぞ。

魔法使いになるには、まだ早い。




後ろに誰かいるのはわかっているし、気にもなる。

それでも俺は、今振り返る訳にはいかない事情がある!

局所的メタモルフォーゼは現在も絶賛発動中である。

幸い、ヒーローマントのおかげで後ろ半身はカバーされているはず。

後方からは全裸である事がバレていないだろう。


しかし、バレるのも時間の問題だろう。

このままではどう見ても、俺が性犯罪者にしか見えない。

この状況は非常にまずい。

どうしよう。

うん。

……逃げよう。


俺は失神少女を飛び越え、そのまま森の奥へ駆けだした。

颯爽さっそうとヒーローマントを翻しひるがえ……お尻を丸出しにしながら。


若干、腰を引き気味にして、全裸で森の中を駆け抜けるその姿は……

どう見ても変質者のそれであった。

……くっ。




月明かりに照らされた、薄暗い森の中…。

俺は今、賢者モードである。キリっ。

……何が有ったかは言わない。秘密だ。

近くの川で下半身を清め、バスタオルを腰に巻いた。

風呂上がりのオッサン・スタイルである。

実際に風呂上がりなのだから、仕方がない。


結局、俺は先ほどの場所に戻ろうとしている。

良く考えれば、行くあてもない。

森の中は暗く、正直怖い。

ラミアの少女も気にかかる。

美人じゃないが、結構かわいかったし。


問題は性犯罪者として扱われる可能性である。

しかし、その時は断固として無実を訴えるつもりだ。

繰り返すが、俺は今、賢者モードである。

屁理屈には自信がある。

それでもダメなら、泣き落としだ!




ラミアの少女は、なぜか縛りあげられていた。

胸元と腰回りは、布のようなものが巻きつけられている。

……ちょっと残念だ。

両腕を後ろ手に縛られ、蛇のような下半身は2つ折りに縛られていた。


「ちょっとぉ! 何でアタシが縛られなきゃイケナイのよっ!」

「アタシ、悪いラミアじゃないのよー!」


ラミアの少女は、すでに意識を回復しているようである。


「黙れ! 殺されなかっただけでも、ありがたいと思え!」


こちらのお姉さんは、兵士風である。


「ナナよ。油断するでないぞ!」


こっちは、お金持ちのお嬢様っぽい幼女だ。



うん、ここは異世界だ!

賢者モードの俺は、そう結論を出した。

不可解な出来事を説明できるのは、これしかない。

モモという名の不思議チャンは、嘘を言ってなかったのだ。

俺は異世界に飛ばされたのだ……なぜか全裸で。

……くそっ。




「おお! お主、戻ってきたのか!」


声の主である幼女は、どうやら上機嫌のようだ。

どうやら性犯罪者とは、みなされなかったらしい。

しかし……この幼女は、見た目にそぐわぬ言い回しをする。

何だろう、高貴な血筋の出身なのだろうか。


「召喚魔法は一度きり、と聞いたのだがな。」

「お主が戻ってきたのをみると、間違っていたようじゃな!」


どうやら、俺はこのエラそうな幼女に召喚されたらしい。


「ルル様、魔道書がすべて白紙になっております!」

「一度きり、というのは本当だったのでしょう。」

「召喚は一度きりでも、召喚自体は継続するものなのでしょう。」


こっちの兵士風のお姉さんは、下僕というところか。


「ふむ。つまり、妾は新しい卷族けんぞくを手に入れた、という訳じゃな。」


とうとう卷族にされてしまった。

幼女の卷族。


……うん、悪くないかもっ!




一人は俺と同じ年齢ぐらいか。

目元涼しげな、クールビューティーって感じの美人さん。

茶髪ロングのポニーテイル。

身長は170cmぐらいだろうか。

細身なんだけど、胸は結構ありそうだ。

中世ヨーロッパ風の兵士の格好をしている。

しかし、一番のポイントは彼女の頭部にあるケモ耳である。

どうやら、尻尾しっぽもあるようだ。

わーい。


もう一人は、10歳ぐらいの美少女。

お姫様のようなひらひらドレスを着ている。

縦ロールの金髪に、淡い碧眼へきがん

顔立ちは整っていて、美人に育つだろう。

現在のところは、内角低め・ぎりぎりボールという判定。

あと1・2年程でストライクが取れるだろう。

残念ながら、ケモ耳も尻尾もない。

ちっ。


「妾はルル。シャルル王国の王女である。」

「そこに控えるは家来のナナじゃ。」

「ナナは妾の護衛役を務めておる。」


ほう。王女様であられましたか。

なるほど、まだ子供なのに威厳を感じる。


「して、お主の名は何と申す?」


俺はうやうやしくこうべを垂れ、右手を胸に、片膝をついた。

アニメやマンガで見た知識である。


「お呼びにあずかり恐悦至極でございます。」

「我が名はカブラギ・ショータ!」

「ショータとお呼びくださいませ。」


どやっ!完璧な応対だ!

もう俺はノリノリの状態なのだ。

異世界生活を満喫する気でいっぱいなのである。

お調子者は順応性が極めて高いのだ。


「………。」


あれっ? 反応がない。

……何か失敗したのか?

恐る恐る顔を上げると、顔をそむけて赤面する2人が。

ん? ナナさんの様子が特におかしい。

コッチをチラチラ見ながら、尻尾が小刻みに揺れている?


ふと気がつくと、寝転がされたラミアの少女も、赤面している。

赤面しつつ、こっちをガン見している。


原因はすぐにわかった。

お稲荷さんである。

片膝ついたせいで、コンニチワしてしまったようだ。

……ぐぬぬ。


サービスタイムは終わりである。

俺は立ちあがって一礼した。

ナナさんは少し悲しそうな顔をした。

……いや、きっと気のせいだろう。


ラミア少女の方はというと…。

……こっちは心底、残念そうである。

なんなんだ、コイツは。


いや、サービスタイムは終わりなんですってば!

そんな悲しそうな目で俺を見るなっ!




「……ゴホン。大儀である! 以後、妾を支えてくれ。」


流石さすがは王女様。切り返しが早い。


「ところで……お主、裸族か?」


へっ? ラゾク? ……ああ、裸族かって?

いやいや。誤解ですって。

俺は文明人なんスから。


「い、いえ、ナニ族かは知りませんが、裸族ではありません。」


ロリ王女様は疑い深そうな目で俺を見る。


「それでは…何故なにゆえ、その……裸なのじゃ?」


まあ、ごもっともな意見ですな。


「なぜ裸なのかは、こっちも知りたいんですが。」


風呂上がりに召喚されたことは黙っていた。

だってカッコ悪いし。

俺って勇者候補生なんだろ?

風呂上がりに鏡の前で、裸でひとり、はしゃいでましたー!

……うん、やっぱり内緒にしておこう。


「まさかとは思うが……」


ロリ王女様の目つきが厳しくなる。


「そういうのが、趣味、というわけでは…あるまいの?」


「ちちち違いますって。そんな趣味はありませんから!」


俺は変態であることを否定しない。

しかし、本物ガチではない。

変態ネタが大好きな、ファッション変態にすぎない。


「……うむ、よかろう。だがのう……」


小さく、ひょいひょいと手招きされて、俺はホイホイと近づく。


「今頃はちょうど発情期ゆえ、刺激的な露出は避けてくれ。」


と、ロリ王女様は小声で…そう言った。


俺はどういう顔をしたらいいのか、わからなかった。




この世界には『アスラのたみ』と呼ばれる者がいる。

アスラ神を信仰し、アスラの教義に従うものだ。

ヒト族や、亜人の各部族がそれにあたる。


アスラの教義に従わない者は「まつろわぬ者」と呼ばれる。

魔族がそうである。


両者は、400年前激突し、大きな争いになった。

結局、勝敗のつかぬまま、今日を迎えている。


シャルル王国は、かつて魔族と戦った大国である。

その王国で反乱があり、王女は追われる立場になった。


焚き火を囲みながら、そういった事を教えてくれた。

ルル様とナナさんは、膝を抱えて焚き火を見つめている。

……少し寂しそうに見えた。


俺も同様に膝を抱えていたのだが、胡坐あぐらに変えた。

縛られたまま転がされているラミアの少女が…

……バスタオルの隙間を狙って覗いてくるためである。

嬉しそうな顔でこっちを見てくるのが地味にウザい。

ラミアというのは、スケベな種族なのだろうか?

俺も人の事は言えないが、ここまであからさまじゃねーぞ!




「これからルル様は、どうなさるおつもりですか?」


「我が国と親交のあった、東方の国まで逃げるつもりじゃ。」


「つまり、その国に亡命するわけですね。」


「うむ。しかし、行先は大陸の反対側じゃ。長旅になるじゃろう。」


「ここは魔族の土地と聞きましたが、大丈夫なんでしょうか?」


「大陸の東側に行くには、どちらにせよ魔族の土地を抜けねばならん。」

「……今の妾にとっては、魔族よりヒトの方が恐ろしいのでな…。」


幼き王女様は自虐的に笑った。


「私が必ずや、ルル様を無事にお守りいたします!」


ナナさんがモフモフした尻尾をピンと立てながら立ちあがった。

うー触ってみたい。モフりたい。


「ラミアでさえ一撃で倒した、ショータ殿もいるのです。」

「……ショータ殿。貴殿を頼りにしているぞっ!」

 

いやいや、俺は何にもしていないのだが。

あーなんだろう。

そんな純粋な笑顔で俺を見ないでくれ。

騙しているようで、申し訳ない。


ふと、ラミアの少女の視線が気になった。

彼女は、なんか冷たい目で俺を見ている。

俺は彼女と目を合わせられなかった。




「ねぇ、話は終わったぁ?」

「……そろそろ縄をほどいてくんない?」


相変わらず、冷たい目で俺を見つめるラミアの少女。


俺は彼女の視線の意味に気がついていた。

無言の脅迫である。


「あの…そろそろ縄を解いてやっても良いのではないかと…」


俺の発言に、ナナさんがすぐさま反論する。


「正気か? こいつは『死の配達人』の異名を持つ、ラミアだぞ!」


「でも……どう見ても子供ですし、可哀想ですよ。」


半人半蛇の少女は、全長3m以上はありそうだ。

それでも俺のラミアのイメージより、かなり小さい。

上半身の見た目は明らかに子供である。

人間でいうと、せいぜい小中学生ぐらいだろうか。


「しかしのう……子供とはいえ、魔物じゃぞ。」


「ルル様! このような魔物に情けなど無用ですぞ!」


シャルル王国の方々は、魔物がお嫌いなようである。


ラミアの少女が、さらに鋭い視線を俺に送ってきた。

はいはい、わかりましたよ。

やればいいんでしょ、やれば。


「ここは魔族の土地。彼女に道案内を頼むというのはどうでしょう。」

 

俺はそう言ってラミアの方をちら、と見た。

彼女はぶんぶん、と大きくうなずいている。

彼女的には問題が無いようだ。


「ううむ。確かにそれは……」


「ルル様! なりませぬ!」

「魔物の言うことなど信用できませぬ!」

「いっそ、ひと思いに殺してしまいましょう!」


ラミアの少女は涙を目に浮かべ、俺に何かを訴えている。

……そんな、棄てられた子犬のような目で俺を見るなよ!

さすがに、俺も本気で彼女に同情してしまった。

もうちょっと、がんばってみるか。


「ルル様、お耳を。」


うん?という表情のロリ王女様に俺は近づき、小声で言った。


「……魔族に襲われた時、こいつは人質になりますよ。」


横で聞いていたナナさんが、はっ、と息を呑んだ。

……ナナさんの軽蔑の眼差しが痛いんですが。


ロリ王女様は、しばし思案ののち、ラミアに向かってこう言った。


「ラミアの娘よ。貴様、命が惜しいか?」


涙目で、ぶんぶん!と、大きくうなずくラミア。


「助けてやる代わりに、条件がある。」

「貴様は、こちらの……ショータの卷族けんぞくになるのじゃ!」


……はぁ!?


「どうする? この条件を呑むか?」


ラミアの少女は、ちら、と俺を見て……コクリ、とうなずいた。



……ロリ王女様の卷族けんぞくになった俺。

そんな俺が、ラミアの少女を卷族として持つ事になってしまった。

何を言っているのか、わからないと思うが、俺にもさっぱりわからない。

どうしてこうなった!?




「契約は絶対だし、しょうがないわよねっ!」


無理強いされた契約だというのに、なぜか笑顔のラミア。

能天気にもほどがある。

俺の腕に抱きつき、薄い胸を押し当ててくる。

うれしいけど、ちょっとウザい。

俺のストライクゾーンからは、ボール1個分ハズれているのだ。


「アタシのコトは、『ティナ』って呼んでねっ! ご主人様っ!」


ナナさんが冷たい視線を向けてくる。

……あの、勘弁してください。

そういうプレイじゃ、ありませんから。


「あのぅ、ルル様ぁ。」

「なんでコイツを俺の卷族けんぞくにしちゃったんですかぁ?」


「コイツってナニよっ! アタシはラミア族のティナよっ!」


「うるせーぞ。俺はルル様に訊いてるんだよっ!」


「ひっどーい! もっとアタシに構ってよー!」


……構ってチャンかよ。ウザい。つか、腕に胸を押しつけんな!


「さっそく仲が良いようじゃの。……お主ら、もともと知り合いか?」


いいえ。知りあって2時間くらいです。


「うーん、そうじゃないけどぉ、すでにお互いを知り尽くしてたりとかぁ。」


……余計な事、言うんじゃねえ!


「???……そ、そうか。まあ、よいわ。」

「ショータよ。その娘、ティナはお主に預けたぞ。」

「お主が責任を持って、面倒を見てやるのじゃぞ。」


ああ、なるほど。そういうことか。

何かあったら、俺が責任をとれ…と。

つまり、厄介なお荷物を俺は押し付けられたのだ。


「アタシが危ない目にあったら…ちゃんと守ってね。ご主人様っ!」


普通、主人を守るのが卷族の役割ではないのだろうか?

いや、コイツに期待するのはやめておこう。

俺の洞察によると、コイツはただのアホの子だ。

ちょっとカワイイだけの、たんなる子供だ。




塩漬けの干し肉だけという簡単な食事をすませ、俺たちは寝ることにした。

見張りは、俺とナナさんが交代で行う。

焚き火は一晩中、欠かすことはできない。

火の番と、周囲の警戒。それが見張りの役割である。

まず最初の見張りは、俺が担当することになった。


ナナさんから槍を借り受け、俺は焚き火の前に腰を下ろした。

槍は柄の長さが150cmぐらいの手槍であった。

ずいぶんと使い込まれており、真新しい傷もいくつかあった。

たぶん俺とほとんど同年代の、この人も苦労をしているのだ……

……俺はナナさんの苦しそうな寝顔を見ながら、そう思った。


何処かで虫の鳴き声が、静かに小さく響いている。

聞こえるのは、他には彼女たちの寝息だけだ。

空を見上げると、木々の間から満天の星空と明るい満月が辺りを照らしていた。


……俺は今、ドコでナニをしているのだろう。

モモちゃんの話では、ここは『アスラ世界』なのだろう。

ルル様やナナさんの話とも合致する。

では、俺はこれから何をすればいいのだろう?


今のところ、場の雰囲気と流れに逆らわず、ノリだけで対処してきている。

お調子者であることは、こんな時こそ好都合に働く。

そういうところまで、あの不思議チャンは俺を見抜いていたのだろうか?


モモちゃん……。

あの不思議な少女。

俺が恋に落ちた少女。

俺が今、ここにいる原因となった少女。

……彼女に会いたい!

俺は孤独感にさいなまれ、痛切にそう願った。




「……ねえ、ご主人様…。」


ティナは、まだ起きていたのか。

彼女は古びたリュックを枕にして寝ている。

焚き火に照らされた、その横顔はどこか不安そうな表情に思えた。


「……ご主人様は、アタシが……怖くないの…?」


か細い声は、今にも消え入りそうだ。


「……みんな……アタシのコト…怖いって言って……」

「アタシ……みんなから……嫌われてるのに…。」


俺は、ティナの意外な言葉に衝撃を受けていた。


「……ヒトはアタシを見ると……みんな怖がって…」

「……みんな……逃げちゃうの…。」


……やめろ。


「……アタシ…なんにも悪いコトしてないのに…」

「……どうしてなの……やっぱり悲しいよ…。」


……もういい。……やめろ。


「……ご主人様は……アタシを…」

「……嫌いにならないで……くれますか…?」


ティナは静かに涙を流しながら、まっすぐ俺を見つめていた。


不覚にも俺は、彼女の言葉に激しい感情を抑えることができなかった。


……彼女はずっと差別されてきたのだ!

『死の配達人』と呼ばれ、半人半蛇の魔物として忌み嫌われてきたのだ!

ラミア族として生まれただけで、彼女にはなんの罪もないはずだ。

なのに、ティナはずっと不当な扱いを受け続けてきたのだろう。


「……心配すんな。俺はオマエを嫌ったりしない。」

「約束する。俺がオマエを守ってやる。」

「……契約だからな。卷族けんぞくを守るのも主人の役目だ。」


そう言うと、俺はティナに微笑んでやった。

俺のは作り笑いであったが、彼女も小さく微笑んでくれた。

しかし、俺の内心は激しい怒りで満たされていたのだ。


「いいから、もう寝ろ…。」


「うん…。」


それきり、彼女は目を閉じた。


俺は焚き火の炎に照らされる彼女の横顔を見ながら、考えていた。


ティナを差別から救ってやりたい。


この世界で俺のやるべき事が、ひとつ決まった。




満月が西に傾き掛けた頃、俺は見張りを交代した。

ナナさんに槍を返し、俺は地面に横になった。


「これを使え。」


ナナさんが俺に自分のリュックを差し出してくれた。

枕にしろ、ということか。ありがたい。


「………この娘も、つらい目にあってきたのだな…」


ナナさんは、ティナの寝顔を見ながら小さくつぶやいた。

ティナの話を聞いていたのだろう。

ナナさんの、ティナを見る目が優しくなっていた。

……そんな気がした。




「……起きろ! ショータ殿! 起きろ!」


ナナさんの怒声に俺は目を覚ました。

日の出にはまだ早いが、辺りは明るくなってきている。

霧のため、視界が悪い。


「……囲まれたようだ。相手は魔物…10人以上…いる。」


ナナさんの顔に焦りの色が見える。

10人以上の魔物を相手にすることになるのだ。

かわいい尻尾にも元気がない。


俺は素早くティナに駆け寄り、声を掛ける。


「ティナ! 起きろ! 緊急事態だ、起きろ!」


「う…うーん。…もう食べられないよぅ…むにゃむにゃ。」


「そんなベタなネタ、いらんわ! 早く起きろ!」


俺はティナの頭を軽く叩いた。


「いい加減、起きろ! 次はビンタだぞ!」


「う…うーん。…い、いやっ…乱暴に…しないで…」


「わかったら、とっとと起きろ!」


「う…うーん。…お願い…やさしく…して…アタシ…初めてなの…」


「オマエ絶対起きてるだろっ! 絶対ふざけてるだろっ!」


俺はティナの頬を両手で思い切りねじった。


「いだだだだだっ! ああああ!…何すんのよぉ!」


やっと起きてくれたようである。


「敵襲だ! 囲まれてるんだぞ!」


「……ふーん。」


また寝やがった。コイツ、ぶん殴ってやる!


「……アタシぃ、朝弱いのよぅ…。血圧上がるまで待ってよぅ…。」


ダメだ、コイツ。使えねえ…。

……よし、決めた。


『こいつを人質にしよう!』




……俺は、昨夜のシリアスパートを無かった事にした。







【続きます】


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