【第1話】 逃避行
やっぱり説明過多となっております。
シリアスパートだと、どうしても…ねっ!
鬱蒼とした森の中を進む2つの影。
薄暗い中をしっかりとした足取りで歩んでいる。
木々の間から、月明かりが漏れている。
満月の夜。
ナナは、後ろを歩く少女を時おり振り返りながら先を進む。
まだ、幼い少女であるルルの手を引きながら。
そう、今夜は満月だ。
獣たちが最も活動的になる最悪のタイミングである。
魔獣の森。
魔族のテリトリーであり、恐ろしい獣たちが住む森。
いつもならば、この森に近づこうとさえ考えなかったであろう。
しかし…2人は追い詰められ、逃げ込んだのである。
ルルは消耗していた。それでも気丈に疲れを面に見せなかった。
『不憫な……』
そんなルルの姿をみて、ナナは何度目かの嘆息を漏らした。
*
ルルは幼いながらも、シャルル王国の正統な王女である。
突然のクーデターにより、彼女は追われる身となった。
王女を護る親衛隊も、今となってはナナひとりだけであった。
他の者は、すべて王女の盾となり散って行った。
孤児であった8歳のナナを、拾ってくれたのがシャルル王であった。
シャルル王は、ナナに衣食住を与え、教育まで施した。
最初は小間使いとして仕え、剣を習ってからは、城兵として仕えた。
王の好意に応えようと、ナナも絶対の忠誠を誓った。
10年の月日が流れ、ナナは、王女ルルの親衛隊に任ぜられた。
剣の腕が認められたのである。
親衛隊の中で一番若いナナは、まだ幼い王女のお気に入りとなった。
警護役としてよりも、遊び相手として王女ルルに認められた。
同性だったことも大きいのだろう。
王女ルルは常に、ナナを近くに侍らせていた。
幸せな日々であった。
*
「ルル様、そろそろ何処かで休みましょう」
「妾は、まだ大丈夫じゃ」
嘘だ。ナナにはわかっていた。
この様な状況でも、気丈に振る舞う幼き王女。
高貴な身分にありながら、泣き言ひとつ漏らさない。
いや、高貴な身分だからこそ、誇り高き精神を保っているのか。
下賤な身分であったナナには、王族としてのプライドが眩しかった。
「しかし、夜中にこの森を進むのは危険です」
「今夜は満月、獣共がいつ襲ってくるやもしれません」
「歩き回るよりは、どこかでやり過ごす方が安全です」
「……うむ、わかった。ナナに任せる」
王女の目からは、まだ力は失われていない。
しかし幼い少女の体力は、そろそろ限界を迎えるであろう。
……ふと、ナナは森の奥に違和感を感じた。
夜目の利く、ナナにとっても微かな明かりであった。
月明かりとは異なる、なにか薄明かりが差しているのだ。
揺らめき具合からみて、火を焚いているのだろう。
杖がわりにしていた槍を、ナナは改めて握り直した。
息を殺して明かりに近づく。
追っ手であろうか。
いや、ここは魔獣の森。ここまでは追って来れまい。
だとすると……魔族か!
ここは魔族の土地であり、我々は侵入者に過ぎないのだ。
*
シャルル王国と魔族は友好的ではなかったが、敵対もしていなかった。
お互い、不干渉とすることで平和を保ってきた。
『事情を話して助けを求めるか…』
話が通じる相手とは限らない。
敵と見なされれば、戦いになるだろう。
剣の腕には自信があるが、幼い王女を護りきれるだろうか。
……しかし、手持ちの食料も残り少ない。
いずれ、誰かの助けを求めることになるのだ。
ナナは覚悟を決めた。
「ルル様、しばしここでお待ちください」
「私が様子を窺ってまいります」
幼き王女は、黙ってうなずいた。
こんな暗い森の中に一人残されるというのに、不安を面に現すことはなかった。
ナナは槍を手に、暗い森を静かに進んでいった。
ナナが進んだ先には、小さく開けた場所があった。
ほとんど消えかけの焚き火が、辺りをわずかに照らしていた。
人や獣の気配はなく、何故か古びた背嚢と布切れが2つ、残されていた。
しばらくの間、様子を窺っていたナナであったが、次第にその顔には安堵の色が見えた。
*
「恐らく、ここで休んでいた旅人が、魔獣に追われて逃げたのでしょう」
焚き火に小枝を投げ入れながら、ナナはそう説明した。
王国から持ち出した背嚢を降ろし、やっと落ち着いた気分になれた。
幼き王女も、先ほどまでの固い表情から、少し和らいだ顔を見せている。
「ルル様も、背嚢を降ろしてお休みください」
「私は水を汲んでまいります」
近くに川があるのだろう、せせらぎの音が微かに聞こえていた。
「……ナナ…」
「?……ルル様、どうかなさいました?」
幼き王女は、焚き火に目を落としたまま、じっとしている。
「妾を…見捨てることもできるのじゃぞ……」
そう言って、寂しそうな笑顔でナナを見た。
久しぶりに見たはずの王女の笑顔は、哀しくも美しいものであった。
「ルル様、ご冗談を。私はいつでも側におりますよ」
ナナは精一杯の笑顔で答えた。
その笑顔は作り笑いであったが、言葉の方は本気であった。
*
「ところで、ルル様。 ルル様の背嚢は少し…変わっていますよね?」
慌ててナナは、話題を替えた。
ルル様の境遇を思えば、明るい話題でもしなければ、やっていられない。
「なんじゃ今頃。城を脱出する時から持っておったじゃろう」
「いえ、ずっと気になっていたのですが」
「これはな、妾の生誕祝いに東方の国から贈られたものでな」
幼き王女は、フフフ、と嬉しそうに笑った。
無邪気な少女の姿がそこにあった。
「それでな、妾の5歳の誕生日に父より譲られた宝物なのじゃ」
「というと、国宝級のものなのですか?」
「うむ。そうなのじゃが…問題は中身の方でな」
幼き王女は、年相応の悪戯っぽい目つきでナナを見つめた。
「この中には、伝説の大魔道士サミュエルの魔道書が入っておるのじゃ」
「伝説の大魔道士…サミュエル!?」
その名前は、子供達の童謡から貴族の歌劇にまで登場する伝説の存在であった。
「そうじゃ、この魔道書はな…フフフ」
「持ち主が危険にさらされた時、異世界より戦士を召喚するものなのじゃ!」
「異世界の…戦士…ですか」
「左様。ただし…使えるのは1回きりと聞いておる」
「ああ…それは使いどころが難しいですね」
「うむ。父が遺してくれた宝物じゃ。大事にせねば、な」
そう言って、幼き王女は寂しげに笑った。
*
再び、しんみりした空気が流れ、2人は押し黙ってしまった。
「……で、ではルル様。水を汲んでまいります」
「……お、おお。……気をつけるんじゃぞ」
「何かありましたら、大声でお呼びください」
「心配するでない。妾には、この魔道書があるのじゃから」
東方の国から贈られたという、風変りな背嚢を抱きしめ、王女はウインクしてみせた。
*
王女様に気を使われてしまった……。
ナナは自分の不甲斐なさに落ち込んでいた。
……そこに油断があったのだろう。
ナナが水音のする方に足を向けた途端。
目の前の草を掻き分け、魔物が現れた。
『くっ、不覚!』
ナナは激しく狼狽していた。
全く魔物の気配に気づいていなかったのだ。
愛用の槍は、背嚢とともに置いてきてしまっている。
使える武器は、腰に差した短剣のみである。
ナナは素早く短剣を構えた。
冷や汗が全身を流れる。
相手が悪すぎたのだ。
魔物は…上半身が裸の女、下半身が蛇の姿をしていた。
『ラミア……だと!?』
400年前の大戦争でも、凶暴な戦いぶりを示したという魔族のひとつ。
半人半蛇の魔物の名は、半ば伝説として伝えられている。
死の配達人、ラミア。
……それが今、目の前にいるのだ!
「ルル様!お逃げください!」
ナナは死を覚悟した。
自分が命を捨てでも、ルル様だけは護らなければいけない。
……絶対に、だ。
*
剣を向けられ逆上したのか、ラミアは両腕を振り回し、大声で喚き始めた。
その迫力は、剣術に秀でたナナをたじろがせるに足るものだった。
知らず知らずのうちに、後ずさりをしてしまう。
「ナナ! そこをどけ!」
王女ルルの叫びが耳に届く。
ナナがちら、と振り返ると、そこに魔道書を手にしたルルの姿があった。
「いけません! それは1度きりのものなんです!」
「ここは私が食い止めます! ルル様は早くお逃げください!」
「やかましい! 父の形見など、お主の命に比べれば屁でもないわい!」
威勢よく啖呵をきると、王女ルルは左手のひらに魔道書を載せ、右手を前に突き出した。
「我、いにしえの大魔道士、サミュエルの名代として、ここに命ず!」
「いでよ! 異世界の戦士よ!」
ラミアの前方の地面に、明るく輝く魔方陣が出現した。
王女ルルの持つ魔道書が、大きく光り輝く。
そして……。
魔方陣の上に、ひとりの男が現れた。
と、いうか俺だった。
……全裸で。
【続きます!】
次回からは、ちゃんとコメディーできるといいなあ…。