憧れ
「なあ、今日何月何日だ?」
もっさりとした天然パーマの少年が俺に話しかける。
机に覆い被るようにぐったりとしている。
その声にも力はなく、まるで死人だ。
「5月8日」
俺はなるべく短く答えた。
俺の声も彼と同様、力は全くなくさながら死人だ。
ゴールデンウィークが明け、部活やレジャーで
肌を黒々としたクラスメイトを見ながら
肌が不健康そうな白色をした男二人で現実を恨んでいた。
「てことは入学してもう一カ月たったってことだよな?」
「そうだな・・・・」
「友達できたか?」
「・・・・」
俺は答えない。
「彼女できたか?」
「・・・・」
俺は答えられない。
「だれかと会話した?」
「・・・・」
俺は口をギュッと力強く閉じた。
だって涙が出そうだから。
「ま、まだ一カ月しかたってないだろ。これからだよ、これから」
「・・・・」
今度は賢人が答えなかった。
「わかってるよ・・・・最初の一カ月で躓いた人間が今後挽回できる確率が極めて低いことはな!」
最後のほうはだれにぶつけるでもなく、意味もなく力んでしまった。
「そんな怒るなよ・・・・まあ俺たち二人で仲良くしていこうぜ」
「そうだな」
青春とは程遠い、悲しい男二人が拳を突き合わせた。
と、これが昨日の出来事である。
俺――高木社――は今、信じられない光景を目の当たりにしている。
いつもどおり何もなく終わった学校の帰りに、ゲーセンに寄った。
賢人を誘ったが用事があるらしく断られた。
その、その賢人がクラスの上位カーストの連中とゲーセンにいるのだ。
しかもパシリとかいじめではなさそうなのだ。
仲良くしている・・・・
仲良くしているのだ。
昨日あんな会話をしたばかりなのに。
友情を確かめ合ったのに。
他に一緒にいる人がいないから、しかたなくいつも一緒にいたら
クラスの女子に「あいつらホモなの?アハハ」って笑われた仲なのに。
――取り残された
俺は静かにゲーセンを出る。
開閉の時に鳴る音が、耳にこびりつく。
「・・・・よう・・・・しよう・・・・どうしよう・・・・どうすんだ俺!!!」
俺は久しぶりに全力疾走をした。
走って、走って、走った。
今のスピードを計測したいぐらいだ。
確実に自己新記録だろう。
体力テストで一緒に走った隣のやつに「7.8?おっそ」って言われないですんだのに。
家に着くとカバンを放り投げ、ベッドにダイブした。
そのまま数分動かなかった。
動けなかった。
ようやく重い体を動かし、カバンからスマホを取り出す。
関係ないが俺はちょっと前まで「スマホ」を「スマフォ」だと思っていた。
だってスマートフォンの略なんだから、スマフォだと思うじゃん。
「ホ」はどこから来たんだよ。
俺のこと笑った田中と神田、説明しろよ。
俺はLINKを開き、賢人にメッセージを送る。
『今日ゲーセンで一緒にいたやつらだれ?』
それだけ送ると俺はパソコンを開き、大いに無駄な時間を過ごした。
賢人からメッセージが返ってきたのは
俺が飯を食って、風呂に入った後だった。
『今日仲良くなった友達だよ
ついに俺にも友達ができたぜ
お先に、社』
わかっていたが、改めて言われると少し心が痛むな。
『昨日の今日でどうやって友達を作った?
もしかして錬金でもしたのか?
腕と足は大丈夫か?』
『バカなこと言うなよ
昼休みに俺の好きなゲームの話してたから、勇気だして話しかけたんだよ
まじよかったわー』
『そうか
おめでとう』
これで俺たちの会話は終わった。
リア充爆発しろとかこの裏切者って言ってやろうと思ったが
そんな気は失せてしまった。
「勇気か・・・・」
週刊少年HOPぐらいでしか聞かなくなってしまった言葉に重みを感じる。
あいつは一歩を踏み出した。
だから友達もできた。
このままいけば彼女だってできるかもしれない。
手繋いだり、あーんしたり、キスしたりするかもしれない。
「うらやましい!」
勝手に膨らませた妄想を羨む。
だが、それは憧れである。
男ならだれしもが描いたことのある憧れ。
高校生にもなると、そんな日々があたりまえになってしまったり
反対に、そういったことは自分とは別世界だと諦めてしまったこともあり
そういう憧れをもつことは少なくなった。
俺にとってはいつしか焦りになり、今では捨てていた。
だが俺だって当然、手繋いだり、あーんしたり、キスしたい。
したいものはしたいのだ。
そのためには「勇気」が必要なのだ。
それを今日学んだ。
それだけでも進歩ではないだろうか。
いつも何も学ばず、何も得ず、一日を浪費していた俺にとって大進歩である。
なら、やることは一つ。
「そろそろ本気でも出しますか!」
ドンッと隣の部屋の妹に壁ドンされた。
俺も壁ドンしてみたいです・・・・