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5-1:穏やかで平凡な、愛しい一日

この作品は【Die fantastische Geschichte】シリーズの一つです。設定資料集および【FG 0】と合わせてお楽しみください。

 よう、俺はアベルってんだが、あんたが未来の大作家さんか? ははっ、からかって悪かったな。これでも一応騎士団の仕事に毎日追われるほどの立場なんだ。でもどうしても話が聞きたいって言うから、結構無理して時間作ったんだよ。ちょっとぐらい憂さ晴らしさせてくれてもいいだろ? ああ、そこまで恐縮されると逆に申し訳なくなるから勘弁してくれ。そうそう楽に。

 さてと。あんたの聞きたいことって〈紅の義士〉についてだったよな? 本人に聞きゃあいいのになんで俺なんだ? なに、断られた挙句俺に聞けって言われた? まあ話したがる奴じゃないしな。つーかあんた、あいつが主人公の英雄譚なんてよく書かせてもらえたな。……ああ、アンヌが読みたがったならしょうがねぇか。あいつアンヌには甘さしか無ぇから。天然タラシとの合わせ技で砂糖を生成できるぐらい甘ったるい奴だから。ん? 意外か? じゃあ話す前にちょっと確認しておきたいんだが、あんたの中での〈紅の義士〉ってどんな奴だ?

 ……あー、予想通りだぜ。しょうがねぇよな。世間じゃあ「常に冷静で非情な、障害の全てを斬り捨てる血塗られた戦士」だったからな。今思えば笑えるぐらいおっそろしい奴だな。それなのに憧れる奴も多かったんだから、世の中分かんねぇよな。最初にこの二つ名を考えた奴は、ある意味すげぇよ。単純に義勇兵だから「義士」って呼んだんだろうけど、実は義理に篤いあいつの性格をちゃんと表してたんだからな。まあ噂のおかげで、すぐ近くで見てた俺たちすらそのことに気づかなかったけど。

 おっ、さすがに今の話でおかしいことに気がついたか。本人に会った時も違和感があっただろ? 〈紅の義士〉の噂とかけ離れてるもんな。そうだよ、噂はまるっきり嘘ってわけじゃあねぇけど、正しくもねぇし全てでもない。あいつはぶっちゃけると、努力の方向性を間違えたお人好しな馬鹿だ。盛大な誤解を利用して一人で全部背負おうとした、どうしようもなく優しいアホだ。

 幻滅したか? 薄々勘付いてたけど、俺が否定してくれると思ってたのか? 残念だったな。あいつへの誤解をこれ以上広めたくねぇんだ。……罪滅ぼし、ってやつだよ。今回あんたに協力してやるのもそのためだ。誤解して追いつめた一人であるこの俺を、あろうことか親友だと言ってくれたあいつに、俺がしてやれることなんて、これぐらいしかねぇんだ。

 え、あいつが孤高の英雄だと信じてた? 笑っていいか? ダメ? チッ。……まあ憧れた奴を美化すんのは仕方ねぇよな。だけどこれだけは言っておくぞ。俺が話すことは全部真実だ。どんなにあんたのイメージとかけ離れていようが、絶対にわざと捻じ曲げたりすんなよ。俺が話せない部分をあんたの想像で補うのはいいが、間違っても「誰かが望む英雄像」を押し付けてくれるな。それが〈紅の義士〉の噂と実物が食い違った原因なんだよ。

 ……そろそろ話し始めるか。あんたがこの話を聞いてどういう物語にするかは自由だ。いっそ俺を主人公にしてくれてもいいんだぜ? 俺も救国の英雄と呼ばれてんだから資格は十分だろ。これは、魔王という脅威に立ち向かった全ての人の物語だからな。


【Die fantastische Geschichte 5】


――――――――――


【5-1:穏やかで平凡な、愛しい一日】

 フィアナ王国はレント村。その村は多い時でも人口百人に満たない小さな村だ。二つの山の中腹付近にできた谷にあり、交通の便は悪いが、人々はそれに大きな不満も無く生活している。食料は自分たちの畑で採れる作物や周囲の山の恵みで事足りるし、どうしても必要な物は山を下りて買いに行けば良い。とはいえ村の外には魔物や野盗、狂暴な野生動物と言った危険があるため、誰もが自由に行けるわけではない。また一番近い集落ですら馬で往復八時間はかかることを考えれば、自然と買い出しの担当者も頻度も絞られてくる。そのようにしてレント村では何年もの間、決まった者が定期的に買い出しのため村と外を往復する習慣が続いていた。

 その日も一頭立ての小さな荷車が、最低限の舗装をされた山道を登っていた。黄昏の優しい輝きの中で、ガタゴトと凹凸のある音を立てながら進む。御者台の男は横に並ぶ一頭の馬に目をやり、その上の乗り手へと声を掛けた。

「毎度思うが、お前さんもよくやるねぇ。村のためとはいえ、こんな山道を何時間もかけて往復して。夜明けに村を出て、帰る頃には夕方だろ。遊ぶ暇も無いなんて、やりきれないんじゃないのか?」

中年の御者は麓の村の住人だ。五年ほど前から自分の荷馬車を貸し、村までの運搬を手伝っている。もちろん無償ではなく、運んだ後は村の者と飲み騒いで一泊させてもらうことをお礼代わりにしていた。村同士の往復という苦労は同じだが、馬上の少年は村の外では必要物資の調達以外をする時間が無く、帰ってからも本業にすぐ戻らなければならないことが多々ある。一日で買い出しを済ませ、次の日からはまた自分の仕事に勤しむ。自由な時間が取れないことに文句一つ言わない少年を、男は不思議に思っていた。

 疑問の声に少年は苦笑を返す。青年への過渡期にある彼は、美少年と言っても良いほど整った容姿だ。力仕事をしている割には細身の身体と相まって、ますます中性的な印象を受ける。陽に透ける銀髪は背の中ほどまであり、首の後ろで細く一つに纏められている。琥珀の瞳は釣り気味でややキツく見えがちだが、明るく人懐っこい笑みで中和されるため気にならない。耳触りの良いテノールで返って来る答えには、彼の朗らかな性格が滲み出ている。

「俺はこの仕事も村も好きだから、全然辛くなんてないよ。最近はおじさんが手伝ってくれるから、ずっと楽になったし。……皆には世話になっているから、こんなことで恩返しできるなら、喜んでやるさ」

 その少年の名を、ライオネルと言う。


「いつもご苦労さん。そうそう、野菜が余ってるから持ってお行きよ」

「ありがとう。いつも助かる」

「おおーい。帰って来てたんだな。牧場は閉めておいたぞー」

「遅くなってすまない! 後で確認しておく!」

「ライ! 疲れただろ? 何か飲んでいくか?」

「大丈夫だ。早く他のも届けないといけないから、今度頼む」

 ライオネルが村へ戻ると、すぐさま気づいた村人たちが彼を囲む。気さくで人好きのする彼はライという愛称で親しまれ、老若男女問わず人気者だった。買い出しの際、彼の牧場を世話する役目すらも、頼まれる前に名乗り出る者がいるぐらいだ。話しかけられる度に彼は律儀に一言返し、頼まれていた品があれば手渡す。荷馬車の積荷は次々無くなっていくが、彼の愛馬に括りつけられた荷物は増えていく。

「ありがとう。お礼に夕飯のおかずでも、って思ってたけど。それじゃあもう持って帰れないわねぇ。これ以上積んだらデュースが可哀そうねぇ」

「気持ちだけ貰っておく。代金は先に預かっているんだから、そんなに気を遣ってもらわなくても良いのに」

 老婦人の残念そうな溜息に、自身も手にいくつかの貰い物を抱え、ライオネルは苦笑交じりに断りを入れる。彼の愛馬デュースも、十分だと言うように小さく嘶く。村の人々は何かと彼に構いたがるので、必ずと言って良いほど一日に一つは差し入れが来るのだ。お礼という名目があれば、その量は言わずもがな。村の外から来ている御者の男も、最終的に増えているライオネルの荷物を見て、毎回呆れるどころか見慣れて何も思わなくなってきている。

「相変わらずモテるなぁ、お前さん。……お、これで最後みたいだ」

一言だけ茶化した男は、残っていた包みをライオネルへ手渡す。片目を閉じてニヤリとすると、今日の仕事は終わりだと労いの言葉を掛けた。ただし、これから彼が向かうだろう家に関して、からかう意味も込めて。

「お疲れさん。俺はいつも通り村長の家で世話になるわ。……嬢ちゃんとこの分の配達は、もう仕事じゃないもんな? 何せお前さんの第二の家だ」

「第二の家なんて、さすがに申し訳なさすぎるよ……。まあいいや。ありがとう、また今度も頼む」

 照れくさそうに頬を掻くライオネル。男の言葉に、帰りを待つ人の姿を思い浮かべたのだろうか。別れの挨拶も手短に済ませ、デュースの手綱を引いて歩き出した彼の足取りは、疲れを感じさせないほどに軽い。去って行く背を見送った男は、横で同じく微笑ましく見守っていた老婦人に呟く。

「お前さんら、ライに構いすぎじゃないか? メシやら何やらも、恋人の方が作りたいだろうに、仕事を取っちゃ可哀そうじゃねぇか」

「だってあの子、自分からは絶対に甘えてくれないんだもの。それに、あの子から気兼ねなく何かしてほしいって言われることが、アンヌちゃんの特権なのよ。だから私たちが甘やかそうと、アンヌちゃんの邪魔にはならないわ。本当に仲良しよねぇ」

蚊帳の外で寂しいわぁ、と言う老婦人は、まるで我が子に恋人が出来て複雑な親のようだ。そして他の者も同じ様に答えるだろうということを、余所者の男でさえ気づいているのだった。


 ライオネルは一件の家を目指して歩く。村外れにある自分の家ではなく、誰よりも愛しい存在の待つ、賑やかな声の聞こえてくる家へ。玄関前に立つ少女を認め手を振ると、少女の方も気づき駆け寄って来た。勢いよく懐に飛び込んで来た恋人をしっかりと受け止め、幸せそうに暗褐色の髪を撫でる。

「ただいま、アンヌ」

「おかえりなさい! 皆も待ってるよ。久しぶりにライが来るって、母さんも張り切ってたし、私も頑張ったから、夕飯は期待して良いわよ。早く入ろう?」

「ああ。……ちょっと待ってくれ、もう少しだけ」

 抱き締めた腕に少し力を込め、そこに恋人が居る喜びを噛み締める。大変な仕事を彼が全く苦にしない最大の理由。それが、帰りを待つ少女の存在だった。


――――――――――


 ライオネルとアンヌは幼馴染であると同時に恋人同士だった。物心つく前から常に二人は一緒で、互いの両親公認の仲である。特にライオネルの方は他の村娘から好意を寄せられることもあったというのに、それに全く気付かない程度にはアンヌしか見ていなかった。

 だからこそ、8歳で両親を亡くしてからの彼の面倒を、アンヌの家族が一番見ていたのは自然なことだった。御者の男が言った「第二の家」というのは、そういう意味でも間違いではない。アンヌの家の中には、当たり前のようにライオネルの居場所が用意されている。その日の夕食も、彼の席が違和感なく置かれていた。むしろ彼が居ないと一つ席が空いてしまう、と拗ねているのは彼女の弟妹三人だ。ライオネルは最早、その家族の一員であった。


「ライが居ると、ますます家が賑やかだな。ほら、お前たち。お兄ちゃんに構ってほしいのは分かるが、偶には父さんにもライを貸してくれ」

 夕食の後、子供たちの遊び相手になっていたライオネルを、一家の父ジョゼフが手招きする。隣室に移動した彼らに子供たちは不満の声を上げるが、アンヌが代わりに相手をすることで誤魔化した。彼女には父がライオネルと真剣な話をしたいのだと分かっていた。

 ジョゼフの私室で、二人は向かい合って座る。緊張気味のライオネルへ、ジョゼフは普段と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ、あるものを手渡した。

「まずはこの前のナイフな。念入りに打ち直したから、また魔物に噛ませるなんて無茶をしなければ、簡単には折れないはずだ」

「そうか、ありがとう。……さすがにあんなこと、もう二度とやりたくないよ」

ジョゼフが差し出したナイフは、以前魔物と遭遇したライオネルが武器にしたものだ。彼は村の数人で狩りに出掛けた際、滅多に居ないはずの狼の魔物に襲われた。その時逃げ遅れた者を庇い、咄嗟に腕ごとナイフを魔物の口へ突っ込むという、一歩間違えば大怪我を負いかねない方法を採ったのだ。結果としてナイフは強靭な顎の力で噛み砕かれたが、その怯んだ隙に魔物から離れ、弓で倒すことができたのは幸運のなせる(わざ)だった。

 山の魔物は数が少なく、見ることなく一生を終える者もいるほど、人々の生活圏に現れない。そのおかげで平和が保たれている反面、いざ襲撃されると戦える者がいないという現実があった。ライオネルも「戦闘」はそれが初めてで、掠り傷を負っただけで済んだのは、本当に運が良かっただけである。

「ぜひそう思ってくれ。あの時ほど肝が冷えたことも無かったぞ。もしものことがあったら、私はリオたちに顔向けができん」

 リオとは既にこの世にはいないライオネルの実の父親だが、ジョゼフの表情もまた息子を案じる父親のそれだった。ジョゼフだけでなく、村の大人全員がライオネルの「親」であり、実の両親と同じぐらい彼の身を案じている。そのことに彼が複雑な想いを抱えていることには気づいていても、心配してしまうのが親の(さが)であった。

「心配をかけてすまない。自惚れたりもしないから、外への買い出しも他の奴に任せろとか、言わないでくれよ? あれは父さん達から受け継いだ、大事な仕事だから」

「さすがにそこまではしないが……お前は自分を二の次にしがちだからな。もっと頼ってくれても良いんだからな」

 その言葉に、ライオネルは困ったように眉尻を下げるだけだ。彼は他人を優先しがちで、誰かに頼るということが苦手だった。原因は誰もが気づいている。

 彼が両親を亡くし天涯孤独となった時、村人たちは当然のように彼を引き取ろうとした。それをしなかったのは、思い出の詰まった家と牧場を手放したくないという、必死の懇願を聞き入れたからである。しかし8歳の子供一人では生活が成り立たないので、大人が代わる代わる世話を焼いてきたのだった。ライオネルは我儘を受け入れた上で助けてくれる人々に感謝すると同時に、これ以上の迷惑は掛けられないと引け目を感じてしまい、そうして今の「お人好し」が形成された。ジョゼフはそれをあまり快く思っていないが、頑なに直らないので諦観している。一応、アンヌにだけは素直に甘えることができているのだ。

「お前はもう、私たちの息子なんだ。アンヌのことは頼んだが、自分の事も大切にな」

「……ありがとう」

はにかむライオネルに、ジョゼフも相好を崩す。そう遠くないうちに、義理とはいえ彼らは親子になる。そうなった後ライオネルが変わることを、ジョゼフたちは期待している。

 そのまま二人はしばらく取り留めのない話をし、子供たちも寝始める頃にようやく話を切り上げたのだった。


 アンヌに見送られ、ライオネルはデュースと共に帰路に着く。楽しいひと時の余韻に浸りながら、満天の星空を見上げた。

(この分なら、明日も晴れだろうな。いつも通り、デュースも放してやって、掃除して……。そうだ、貰い物に布があったから新しい服を作ろう。だいぶ古くなってきてたからな。あとは……)

明日は何をしようかと、嬉しい悩みに耽る。ジョゼフたちは無理をしがちな彼を心配していたが、彼は杞憂だと言いたかった。穏やかで平凡な生活を愛おしく思い、アンヌが隣に居て、変わらぬ明日を送れるというだけで、彼は苦労など感じないほどに幸せだった。

 流れ星が視界を横切る。驚いて立ち止まったライオネルは、小さく願いを口にした。緩んだ瞳に憂いの色は無い。あるのは未来への期待だけ。


「これからも、ずっと。こんな毎日が続きますように」


【Die fantastische Geschichte 5-1 Ende】


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