四話
それから一年。
何だかんだ言って時間が経つのは早かった。
俺は以前と変わらず、特訓を続けていた。
幸運なことに悪女とはこの一年接触を免れている。
というよりいつのまにか同じ場所に居ても会話をすることもなくなっていた。
これほどうれしいことはない。
借金を増やされることも面倒を吹っ掛けられることもない。
やられたことだけ見てもひどい女だ。
人のことは言えないが人間としてひどい。
まぁ、ほかの下僕達にはその性格でもやっていけたんだろうが、
あいにく俺は嫌なことされたら余計距離を置く性質でして。
俺のお前に対する好感度はマイナスに吹っ切れていてもはや上がることはない。
それに気付いたのかは知らないがもう遅い。
お前にヒロインの座はやらん。どうだ、見たか。
しかしこれでようやく俺は魔王討伐の旅に出ることが出来る。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
こんな効果音を聞くと俺は電車が頭に浮かぶが、この世界に電車なんてものがあるわけもないが。
今、俺は馬車に乗っている。
というのもなんと、シルカの父親が商談で王都に行くついでに連れて行ってくれるらしい。
まぁそのこと自体には感謝しているが、
あんたの娘さん・・・ほんと、どうしてそうなった。
王都と言えば無条件に城をイメージする。
この世界もその想像に違わず、立派かどうかは知らないが大きな城だ。
しかもちゃんと王都近くの道から石のタイルで舗装されていて、ヨーロッパを思い浮かばせた。
「あの~すいません」
「はい。入隊希望の方ですか」
「え、あ、はい」
慌てて王都の門番に書いてもらった入隊願いと武器所持許可証(仮)をかばんから取り出して見せる。
「進んだ先の左の道をお進みください」
「はい」
俺が今いるのは王都にある軍本部だ。
魔王を退治するには情報が足りない、実力が足りない、戦力が足りない。
これを解決するために手っ取り早い手段として考えたのがこの、軍に入ることだ。
入り口を抜け、厳かな門が目の前にそびえる。
が、俺が進むのはそこじゃない。
左の道を進む。まるでその門を迂回するような形で。
目の前には先ほどの門よりは大きくはないがそれほどの大きさの扉がある。
しかしこのまま進んでいいのだろうか。
先ほどから誰とも会わない。
もしかして道を間違ったのではないか。
この先は言ってはいけないと所なのではないか。
戻った方がいいのではないか。
不安に支配されて足が止まる。
待てよ、ここまで一本道だっただろ。
別に時間指定されたわけじゃないんだ、道くらい間違えたっていいじゃないか。
問い詰められても言い訳はできる、俺はただこの道を行けと言われただけ。
大丈夫だろ。
大丈夫。
・・・・・・よし。行くか。
そうして扉を開ける。
中には誰もいなかった。
・・・・数分待つが誰も来ない。
ついに、不安に押しつぶされて再びもと来た道を戻る。
「おい、そこで何をしている」
「はい!えっとその、入隊の手続きをしたところですね、えっとこの通路を進めと言われたんですが、先の部屋にも人がいなかったので、確認のために戻ってきました」
頭の中で考えていた言い訳を詰まりながら言う。
「そうか。ではお前が今日の入隊希望者だな。ついて来い」
「はい」
俺が連れていかれたのは先ほど言った部屋のその先、中庭だった。
「では試験を行う。武器を持ってかかって来い」
そう言って槍を構える中年の男性は俺よりも少し身長が高く、筋力は圧倒的に向こうに利があると思っていい。
槍の矛先は様子見なのか下に向けられている。
俺は近くにあった木の剣と盾を持ち出して構える。
さて、どうしようか。
この場合、俺は攻めなければ勝ち目はない。
何を当然なことをと思うかもしれないが、カウンターのように相手の攻撃を待ってからでは懐に入り込める気がしない。
しかし隙が見当たらない。
一度深呼吸をして萎縮した筋肉をほぐすことを思い出す。
何を緊張しているんだ。
・・・・出たとこ勝負でいいか。
改めて武器を構え、一気に走り出す。
距離が縮まっていく中、相手は何をするのだろうかと思い見続けるが微動だにしない。
しかし、動くのは速かった。
一歩踏み出し、俺の腹部、つまりへそのあたりに槍を突き出す。
何も考えていなかったに等しかった俺は左手を下に振り回し、自分を動かすことでなんとか避ける。
完全に勢いをなくされた。
しかしこれだけでは終わらない。
俺が一歩、懐に踏み込んで攻撃するより早く、横なぎの攻撃が来るのが見える。
盾を構えて防ぐが衝撃が大きい。
相手は完全に間合いを理解している。
横なぎの攻撃を放つときに少し下がり、距離を開けたと同時に槍の先端がちょうど俺に当たるようにされている。
そのおかげで肩を入れて防いだ俺はその勢いをなくすことが出来ずに体勢を崩して数歩下がる。
ここでようやく、何とかしなくちゃと思い立った俺は改めて考える。
数歩下がったおかげで槍の間合いからほんの1メートル。
しかしその距離を埋めるには大股の一歩が必要だ。
動きが大きくなるということはそれだけ隙も大きくなるということ。
つまりその一歩を待てばいい。
と考えるのは素人だ。
相手はベテラン。当然ながらそんなことはしない。
どうするか。
相手を誘うか、数歩に分ける。
案の定、何もせずにこちらを誘っている。槍は先ほどと同じように下を向けられている。
おそらくこのまま踏み込めば再び、防ぎづらい場所を突かれて先ほどと同じように防戦一方となる。
俺はその誘いには乗らず、その距離を縮められないようにあけられないように距離を保つ。
・・・・・・そしてその瞬間はきた。
いつも必ず右足を先に動かしていたのに、その瞬間、左足がななめ前に出た。
ただ相手の足を注意深く見ていたからそれに気づくことが出来たが、いつもだったら気付かない。
俺はどうしようかと一瞬で考える。
というか、時が遅くなった気がする。
右から来る横なぎの速度が遅い。
これなら避けられる。
いけ、今だ。攻撃しろ。いくんだよ、いけ!動け!
遅くなった時間の中で、俺は自分の中にある何かに突き動かられるように動き出した。
軽いバックステップで右足を後ろに下げて腰を落とし、槍が過ぎるのを待つ。
俺の目の前を槍が通り抜けるときには後ろに下げた右足に体重はもう乗っておらず、すべて、左足に乗っていた。
左足に力を入れて踏み出して一気に距離を縮め、わきにつけていた剣を突き出す。
考えてみれば当然のことだ。
槍が過ぎるのを待っていた時点で、相手は俺が攻撃してくるのがわかっていた。
無理にでも途中で槍を止めさえすれば、大ぶりの攻撃を避けられないはずもなく。
その勝負は俺の負けという結果で幕を閉じた。
一応試験は合格だったらしい。
受付の方にとぼとぼと歩いていると、『少々お時間をください』と言われる。
待っていると、宿舎と訓練所を案内された。
こうして俺の王都生活が始まった。
といっても俺が王都にいたのは結局一年にも満たない。
春の日が温かく、風が冷たく感じるころ、俺は船に乗っていた。
魔王がいるのはジーフィア大陸南東部。
アールセン王国、コーグジー大陸、カトペール皇国の代表が集まって行われた首脳会議で魔王の討伐作戦が決まった。
コーグジー大陸は人材の提供、カトペール皇国はジーフィア大陸北西部の制圧とその後の進攻、そしてアールセン王国は船でジーフィア大陸北西部に行き、そこから魔王勢力の鎮圧を図ることになっている。
そう、俺は今第二陣として、ジーフィア大陸へと向かっている。
10隻を超える艦隊を目の前にし、普段滅多に乗ることのなかった船に興奮していたが、10日も過ぎれば慣れてしまう。
後は酔いと飢えに耐えて働くのみ。
そんなこんなで俺たちはジーフィア大陸に上陸した。
一週間後、隊列を組んで最前線へと向かう。
俺は救護・補給班の護衛をする隊にいるため、直接戦闘することはないかもしれない。
進んでいくとすぐに、景色が荒んだものになっていく。
誰もいない町、壊れた家、乾燥してこびりついた血。
第一陣がどこまで進んでいるのかは知らないが、早く魔王を倒さなければいけないなと改めて思う。
途中、何度か戦闘に見舞われるも、人数が違うため大した戦闘にはならなかった。
ようやく第一陣に追いついたのはそれからほぼ一月後のことである。
この時点ですでに、大陸の半分以上を制圧しており、残すは首都、ジーフィアのみとなっていた。
このころになると戦闘の回数も、規模も最初とは比べ物にならないほど増えていて、絶滅したと言われていたワイバーンがいたときは壮絶なものとなった。
俺も、途中で補給班の護衛を外れて戦場に立っていた。
まぁ、後ろの方だったために大して戦闘に巻き込まれることはなかったが。
それにしても戦場はすごいな。
活気にあてられたというか、つい俺もテンションが高くなってしまった。
そうこうしているうちに一か月が経ち、ついに、王城を攻めることとなった。
結局俺はあまり戦闘に参加していない。
今まで倒してきたのも、ゴブリンかオークぐらいだ。
でも、今回はおそらく最も激しい戦闘になる。
俺ももしかしたらワイバーンクラスと戦うことになるかもしれない。
心してかかろう。
「ようやくここまで来たか。人間よ」
「「「「しゃべった!?」」」」
城内に入るとそれほどモンスターはいなかったが、どいつも精鋭で、倒すのが大変だった。
しかし中庭から先へ一歩入るとその激しい攻撃がやみ、こちらが劣勢でもこちらを見向きもせずにまた違う人間を襲う。
それに気づいてからそこを突破するのは早かった。
勿論、俺同様にそのモンスターを倒すために残る人もいたが、大抵の人は褒美目当てに魔王がいるその先へと足を運んだ。
ようやく、モンスターを倒したのは日が傾いたころで、日が沈む前でよかったと思う。
先に進むと、通路には一切の血の跡が見えず、どうやらその先へと直通のようだった。
次第に声が聞こえてくる。
笑っている。
もしかしてもう終わってしまったとか?
そう思い足が速くなる。
そして一際大きな扉を開けた時。
そこには人の伸長をゆうに超え、皮膚が赤く、額についた大きな角と人の太ももほどの腕をもつ、鬼の形相をしたというかまさに鬼であるオーガがいた。
「そんな!?オーガだと!」
後ろからそんな悲鳴が聞こえてくる。
オーガもワイバーンと同じく絶滅した種族だ。
筋力がドワーフと同等、むしろ身体的にオーガの方が勝る。人型の中では最も力強い種族である。
が、知能が低く、ヒト、エルフ、ドワーフ、ホビット、ゴブリン、オーガ、これら人型の中で唯一、古来種と呼ばれる知恵ある民になれなかった種族だ。
だからこそ、絶滅したのだが、こいつは様子がおかしい。
「ぎぇへははは。いいぞ、人間。もっと来い。もっと!」
そう、人の言葉を話している。
つまり人並みの知能を得たわけで・・・
さらにその力は今まさに目の前で起きているように、波のように押し寄せる人を、ごみを払うかのようにその一振りで吹き飛ばすと言われている。
しかし何だ、この戦闘凶は。
こっちは少なくとも500はいるんだぞ。
俺はただ立ち尽くすことしかできない。
体にはすでに何本もの剣も槍も刺さっているのに、そいつは動きを止めない。
両手に持った、二本の大剣を突撃されるたびに振り回している。
どのくらいの時間がたったのだろうか、硬直した戦場で誰かが叫ぶ。
「全員で突撃しろ!それしかない!」
その言葉に弾かれたように、皆が体を震わせた金属がすれる音がする。
・・・・・・・・・
しかし、誰も動こうとしない。
「ぎぇ?誰も来んのか?この脆弱者どもめ」
そう言いながらオーガは体に刺さる剣を抜き、それが終わると周りを囲む人間の顔を一人ひとり見る。
その顔は狂気で歪み、その声もこちらを見下す冷酷なものでありながら、嘲笑い、なめるような不快なもの孕んでいるものであった。
「ぅわーーーー」
一人の兵士が恐怖に打ち勝ったというより侮蔑に耐えきれずに飛び込んだ。
と同時にオーガは顔をひどく崩して一際大きな笑い声をあげる。
「ぎゃ~がぁっがぁがぁがぁ」
それを見ていた周りの兵士も再び体をピクリと動かし、自分を鼓舞するかのように、オーガの声をかき消すかのように、雄叫びをあげて飛び込む。
気付けば最後列にいた。
俺もいかなければ。
そう思い、声を出して突撃した。
誰からもわからないがいつの間にか皆が手を止めていて、その場は沈黙が支配していた。
結果からしていえば魔王を討伐することはできた。
皆が決死の思いで飛び込んだからこそ倒せた。
最初に飛び込んだ兵士は心情がどうであったかは俺の知るところではないが、その勇気ある行動は後世に言い伝えられるであろう。
ただ俺はその中一人、自尊心の崩壊と自己否定の渦に飲み込まれていた。
俺は・・・何もできなかった。
結局、俺がオーガの下にたどり着く前に、オーガは腕が切り落とされ、足も片足は折られ、切り落とされていた。
自ら死に行く覚悟もなく、攻撃もできずに・・・
ただ、この静寂がほんの些細な救いであった。
歓喜の声は俺に無力感を味わわせる。
必死に頭で、生きることより大切なことはない、生き残ったのだからいいじゃないかと言い訳を考えていても、自ら勇んで死にに行った彼らを目の当たりにして、
同じ戦場にいたのにもかかわらず、何もできなかった、しようとしなかった、ただ一人自己保身に走ったこの自分が情けなくて、惨めで・・・
なんで俺はこんな人間なんだよ・・・・
あれから40年。
俺はジーフィア大陸の農村に一人静かに暮らしている。
何度も、何度も死にたいと思った。
自分が嫌で。
周りがあの戦いを話すのが嫌で。
それでもひたすら逃げる自分が何より嫌で。
それでも。
死ぬことなんて出来やしなかった。
ふと、目を開ける。
いつか見た景色だ。
灰色の空間。
あぁ、思い出した。
あの時の神とかいうやつか。
「残念。ゲームオーバー」
突然現れてそんなことをいわれてもな。そういえばこいつはこんなやつだったかもしれないな。あの頃と何ら変わらない。
「・・・なんだよ」
「あれ、テンション低いね。どうしたの?」
「どうでもいいだろ。なんか用か?」
「うん。君、ゲームオーバーだから」
「何が?」
「いや、最初に言ったじゃん。忘れたの?魔王を倒せって」
「はぁ・・・つまりあのオーガは魔王ではなかったと」
「正解」
「で、ゲームオーバーなのは俺が歳だからか、魔王が力を蓄え終えて、これからの侵略がもう止められないからか」
「正解」
「俺はどうなるんだ」
「どうしようか。と言ってももう決まっているんだけどね」
「・・・・」
「わかったよ、言うよ。時間を巻き戻すんだよ」
「・・・いつに。それに確か代償がいるとか言ってなかったか」
「ん?あぁ、まぁ気にしないでいいよ。どうせ覚えてないし」
「覚えてないとはどういうことだ」
「だから気にしなくていいって。んじゃ送るよ」
「おい、ちょ_____




