とうさまギリギリあうと
「な、な、な、なんじゃあ~!!」
ヘーカの第一声はコレである。
「黄国一の美乳と言われたワシのおっぱいが……こんなに貧弱に……」
ヘーカのおっぱいは、サラちゃんより二回り膨らんでるくらいで、母さまよりずっと小さい。 年相応だとは思うんだけど…
ちなみにわたしはまだ全然だ。母さまの娘なので、そのうちでっかくなる予定なので心配はしてない…………心配してない……
そんな事よりヘーカが女の人だとは思わなかった。
それにスゴい美人…
光沢のある長いストレートの金髪に、顔は切れ長の眉に、ややつり上がった意志の強そうな目。鼻も口もバランスがとれていて母さまと同じくらいか、もっと美人かもしれない。
肌はハリがあって薄く黄色みがかかっている。
体もスラッとしていて、長い手足としなやかそうな筋肉は均整がとれていて文句をつけるところがない。
まあおっぱいは気にしてるみたいだけど…
わたしはヘーカのあまりの美人さと、女の人だったことに声も出せずにビックリしていると、
「さすがにこれは人には見せれんのう……ホリィ、タオルみたいなのを持っておらんからか?」
わたしはリュックサックから青いタオルを取り出して無言で渡す。
「髪もかなり長いのう、やはり竜脈との相性はよいみたいじゃな。
しかしそうなると、この小娘の姿はウルドが未成熟だからと言うことか…ホリィ、紐は持っておらんか?」
わたしは羊皮紙に巻いていたリボンを外して渡したら、結わえ始めた。
おっぱいはタオルを巻いて隠して、髪は後ろで結わえてポニーテールにしたが下はそのまま丸出しである。
母さまや父さまと違って生えてない………わたしとおんなじだ。
「ホリィ、恩にきる。ではそろそろ行くかの」
ヘーカはそう言うと振り向こうとするので、
「ヘーカ、ヘーカ!下は隠さなくていいの?」
「なんじゃ?同じ女どうし気にせんでもよかろう?それともまだタオルを持っておるのか?」
さすがにこの小さなリュックサックでは二枚もタオルは入らない。それにおっぱいは見せられないが、下は気にしないって…
わたしはブンブンと大きく首を横に振りながら
「持ってない。それに…えーとね。おんなじ過ぎてなんか恥ずかしいかも…」
「?…そうじゃろうなあ……ならば、ああ、あの葉っぱでよかろう」
そう言いながら近くの木から大きめの葉っぱを数枚ちぎって……って、あれ????
背伸びして葉っぱを取ろうとしているヘーカの腰のすぐ下からシッポ!が生えてるのに気づく。
シッポは直径4セルチ。長さ80セルチくらいで、先にいくほど細くなっている。(見た瞬間にトカゲのシッポを連想した)
そして葉っぱを腰から順に当てていき、上からぐるっとシッポで押さえてベルトのように巻いて固定した。
「これでよかろう。ほれ、何をしとる?早く行かんと日が暮れてしまうぞよ」
「ヘーカ……」
「ん?なんじゃ、このシッポか?便利じゃろ?」
「女だったの?」
「今ごろかい!!」
ヘーカは最初は小さな体に戸惑っていたようで歩きにくそうにしていたが、すぐに慣れてきたのか、折れた枝や木が存在しないような、離れずについて行くのがやっとの速度で進んで行く。
時々腰に巻いた葉っぱがヒラヒラして、おしりが目に入るが、気にしないようにする。
「ヘーカ、裸足で痛くない?休もうか?」
「全然平気じゃ」
と言うと更に速度を上げる。
わたしは弱音を吐くのがイヤで、珠のような汗を額に浮かばせながら休憩しようの言葉を飲み込んで必死についていく。
行きと違って周りを見る余裕がないので、枝におでこをぶつけたり、くもの巣が顔にかかったりしながらなんとか追いかけるが、でももうさすがに限界だ……と思っていたころ森を抜けた。
まだ夕方と言うほどではないが、王都方面のピルネー山脈頂上付近に太陽が落ちかけている。
これなら余裕で日暮れまでには村に着けそうだ。
ここからは二人並んで話をしながら村に向かう。
「ところで一つ聞きたいのじゃが、何でワシの居るところが分かったのかのう?
お主の父でも立ち止まりはしたが、気づかずに行ってしまったというのに」
「……?」
「ほれ。ワシが姿を見せる前に足跡から外れて入って来たじゃろ?アレじゃ」
「えーとね。あれは同じ形の枝や、同じ所にキズがある木がいくつかあったから変だなあって思って」
疲れて頭が回ってないので簡単に答える。
「ふむう……森の中でそんな微細な木の違和感に気づくとはやるのう。
初歩の隠蔽魔法じゃが転写して複雑に配置しておるし、まさか見破るとはの」
「すぐ分かったけど……って、あれって魔法だったの?!どういうしくみ?」
魔法を見るのは初めてなので興奮ぎみに尋ねると。
「あれは周りの景色を体の周囲に映し出す魔法での。
なけなしの魔力で頑張って発動した自信作じゃのに……
正直近づいて来た時はビックリしたわい。
突然解除してお返しはしたがの。ワッハッハ」
「もう。あのときは食べられると思って心の中で母さまにお別れしたんだから!!」
「ワハハ、すまぬすまぬ」
ヘーカはいたずらっ子のような目でこっちを見ながら笑った。
「それはもういいけど……
ところで他にも魔法は使える?火とか水とか出せるの?」
「今は竜人化しておるからダメじゃ。
この姿では魔法はいっさい使えんし、それに今は魔力がほとんど無いから元に戻っても簡単なのしか無理じゃのう」
期待したぶん少しガッカリした。
「ふーん、そうなんだ…」
と、ここまで話したところで村に着いた。
わたしはヘーカにこれからどうするか尋ねた。
「すぐに父さまのところに行く?それともうちによって服を着る?近いのは父さまの方だけど」
「リンゴのタルトじゃ!!」
やっぱり本気だった。
「すぐはムリだよ。サラちゃんちは建ててるところだし、頼まないとムリだよ」
「そ、それはそうじゃの…だったら急がなくてもよかったのう……
では仕方ないからランスロットの所に頼む。
一応先に確認したいんで近づいたら教えてくれんかの」
優先順位が、タルト>父さま>服 だった。
葉っぱの腰巻きで半裸の見慣れない女の子を連れてるのを誰かに見られたくないので、道ではなく林の中を通って裏側に回る。そして近くまで行って木の陰から教えた。
「ほら?あそこの手前の白い服を着た木を切ってるのが父さまよ。見える?」
「ああ、間違いない。ランスロットじゃ。生意気にも髭なんか生やしおって!
心配させよってからに。でも元気そうじゃのう……懐かしいのう………とりあえず、フフフ、どうしてやろうか。
食い物の恨みもまとめてはらそうかのう」
ヘーカは今日何回目になるか分からないいたずらっ子のような目でニヤニヤしている。
「……よしよし、決行場所はさっき林の中にあった広くなってた所じゃ。一度戻るぞ」
「何する気なの?」
ヘーカはそれには答えずに、わたしの手を引いて急いで戻る。
「これだけ広ければ十分じゃな。ホリィは観客じゃ。その木の後ろから顔を出してみよ。そうそう、そんな感じじゃ。」
嬉々としたヘーカを見ると今さら逆らえない。何をする気だろう…
「良し!今からワシは元の姿に戻って、お主に隠蔽魔法をかける。そしてワシがランスロットを連れてきて脅かすからの……そこは特等席じゃよ。フフフ、フハハ」
「で、でも、父さまなら視線で気づくかもって言ってなかった?……やめた方がいいんじゃない?」
わたしは父さまをビックリさせるのが後ろめたくなって、止めるために反論する。
「なるほどなるほどなるほどじゃ!!いいところに気づくのう…さすがじゃ!!さすがホリィじゃ!!
す~は~。ス~ハ~。
危ない、危ない、危ないわい。
ワシともあろうものがこんな凡ミスで台無しにするところじゃったわい。落ち着けワシ!!」
メチャクチャ興奮してる……これはもう止められない。
「しかし観客がいないのものう……
そうじゃ、こうなったら隠蔽魔法を使った上に残りの魔力を全部使って視覚共有を使う!!それならホリィの視線は無くなるからバレる事もない。いける!完璧じゃ!!
さっそくいくぞ!」
ヘーカはそう言うと光と共に元の竜の姿に戻り目を瞑り集中している。背中の棘の所に青いタオルが引っ掛かってるのがなんだか可笑しかった。
少ししてまばたきすると、いきなりわたしの視界が高くなって、木の幹から顔を出している自分の姿が見えた。
「わっ、わっ、なにコレ???」
急に視界が変わったのに驚いて声を上げてしまった。
《大きな声を出すな。今、ワシの見えてるものがおぬしにも見える魔法をかけた。そして、ワシの目には見えるが他の者にはおぬしの姿は見えん。
今から竜人化してランスロットを連れてくるから、そこを動かず、声もたてるんじゃないぞ!》
しばらくして今度は凄い低くから見える。
わたしを少し見下ろしているので、女の子の姿に戻ったのだろう。
「いいか?そこを動くなよ」
そう言うと、地面のタオルを拾い腰に巻き付けて、左手で
おっぱいを隠す。今度はタオルの下にシッポを隠したようだが膨れてないのかなあ?
と、考えていると、振り向いて走り出した。
見えるのに音は聞こえないから変な感じがする。
あっ、父さまだ。何を言ってるのかは分からないけど、眉をひそめてる。袖のない上着を脱いで目をそむけて渡そうとしてる。何か会話してるなあ…そのあと驚いた顔をして………ヘーカは上着を着て前を止めたんだ。タオルは…左手かな?
あっ!木に立て掛けていた剣を手に取って、こっちを指差してる……走り出した走り出した。ヘーカは後ろを追いかけてるなあ。そこを曲がると……顔だけ出した私が居る。離れて自分を見るのってホント変な感じ…
……わたしの6、7メード手前くらいの奥の木を指差して、見えるのは目の前なのに近づいてくる足音は向こうでする。
………父さまがゆっくり剣を構えて背中を見せて木と木の間を覗く……たぶんここで竜に戻るつもりだ!!
……
……
やっぱり視界が高くなった!!父さまを上から見るのって初めてかも……あっ、父さまが振り向こうとしてる………
その瞬間、わたしは今日2度目の死を覚悟した。
振り向いた父さまは目で追えない速度で左に動いたかと思うと飛び上がりながら頭に向かって左上から右下に斜めに切り下ろして一撃。火花が散った。
そして弾かれた刃の勢いを殺さずに空中で横向きに1回転して右から左に水平に一撃。再度火花が散った。ここまでで最初の火花はまだ地面についていない
そしてヘーカの鼻面を踏み台に5メードくらい後方のわたしの目の前に着地したと思ったら、弾かれたようにそのまま着地の低い姿勢で踏み込んで来て…あれ?微妙に剣が光ってるような…
口の中に高速の突きを一撃、火花。二撃、火花。
更に後ろに一歩下がりながら横凪ぎの一撃……目をつぶりたいけどつぶれない。
ガキィィィ―ン!!
凄い音と火花がした。
ドサッ
な、なんの音?まさかヘーカの首が飛んだんじゃ…
いや、首が飛んだなら視線がこのままってもおかしいかな?
あ、目線が低くなって父さまを見上げてる。
「ランスロット!落ち着け落ち着け、ワシじゃ!ワンロンじゃ!!忘れたのか?」
「フハハ、お前みたいな黄色い竜を見間違える訳がないだろう?一撃入れる前に気づいていたわ。ワッハッハ。」
ここで魔法が切れたのか視界が戻り、父さまの背中が見えた。
そしてその向こうには、また素っ裸のヘーカが怒った顔で立っている。
「貴様、わかっておって必殺の連撃を放ちおったのか?危ないじゃろうが!!」
「ワハハ、先に脅かそうとしたのはお前だろうが。
まあとりあえず服を着ろ。上着はそっちだぞ」
と、父さまが指差した方向には、上着と、タオルと………………折れた角が落ちていた。
さっきの落ちた音は角かあ。あービックリした。
しかしヘーカの怒り顔は、みるみるうちに苦痛に歪んでいく。
「ウソじゃろう……わ、ワシの角が折れておる………」
服を着るのも忘れてぺたりと座り込みながら唖然としたヘーカに父さまは
「ワハハ、折るつもりはなかったのだが、最後の一撃が芯を捉えたみたいだな
まあまたすぐに生えてくるんだろう?」
「…………お前はアホか!!??
ヒビくらいなら食って寝とけば半月ほどで直るが、折れたら2年は元に戻らんわ!!
角が無いと魔力が溜まらんし、魔力が無いと飛べんじゃろうが!!…………あっ、」
ヘーカは勢い良くまくし立てた直後にカッと目を見開いて足元に転がってるものを凝視している、
「き、牙も折れとる…………それも2本も…………」
「すまん、すまん、気合いを入れて突いたら折れちまった。お前、お菓子の食い過ぎで歯が弱ってたんじゃないのか?お供に連れて帰って貰って国でゆっくり直せ。ワハハ。
それにお前、なんか体が小さくなってないか?
特に胸が貧相になってるぞ。ワッハッハ」
……
……
……
……
……
「う、う、ぅぅぅうううぅぅぅ~~………
ウウウワーン!!ランスロットがワシの角を折った~~!
牙まで折っといて更に乙女のおっぱいまでバカにした~~
くやしいくやしいくやしい。こんな屈辱初めてじゃ!
角が折れたのも牙が折れたのも初めてじゃし、おっぱいをバカにされたのも初めてじゃわああぁぁぁ~!!
お菓子の食い過ぎ?余計なお世話じゃ!!歯が弱ってる?違う違う!ワシ見たもん。お前は剣に竜気を込めとった。牙も角もワシを侮辱するためにわざと折ったに違いない!!酷い奴じゃ酷い奴じゃ……
それにお供なんておらんし、1人で来たし、どうやって帰ればいいんじゃ!!!!」
ヘーカは大粒の涙を流しながら、大声で子供のように無防備に泣き叫び、地面の上にペタリとへたりこんでいる。
父さまはそれを横を向いて無視していたが、いっこうに泣き止まないのでだんだんと青ざめていく。
「ウソだろう?また騙そうとしてるんだろう?な?」
「ウソだと思いたければ思えば良いじゃろう……
くうう…うううぅぅぅ……角も牙も折られた裸の王を笑えば良いじゃろうが!!貧乳だと笑えば良いじゃろうが!!」
「……わかったわかった。ワシが悪かった……どうしたら許してくれるんだ?出来るだけの事はするから…」
向こうの方から女の子の大声を聞きつけて数人の大人が近づいて来るのが見えた。父さまは横を向いているので気づいてなさそうだ。
「ううぅ……だったら、黄国まで行って迎えを呼んで来てくれんかのう?ワシからの連絡がないので大騒ぎになってるかもしれん」
ヘーカは泣き顔のまま父さまを見上げて、ノロノロと腰にタオルを巻きながらそう言った。
「ば、バカか!?ここから黄国までどれくらいかかると思ってるんだ!そんなに家は空けられん。
路銀は出してやるから自分で帰れ」
「おいおい、ワシが国を空けて旅をしてるのが碧国に知られたらどうなるか……お前は知らんじゃろうが、あそことうちは今、敵対しておる…」
ヘーカはそこまで言って急に左手で胸を隠し、右手で目元を押さえてまた泣き出した。なんだかいたずらっぽい光が見えるような。
「うわーん、何でもするって言ってくれたのに~
さっきも気を入れて二回も突いて(剣を)
あんなに激しく無理やりしといて(連撃を)
私は初めてなのに…(角と牙を折られるのが)
ヒドイよ~~!!」
「おい、ランス!!剣を置け!!」
「今、この娘さんが言ったのは本当か?」
「まさか、無理やり乱暴を……」
「貴様、こんな……外道が」
「ランスおじさんウソだろ…」
「何か事情があるかもしれんがとにかく剣を置いてくれ」
村の大人達が集まって来て、父さまにそう声をかけた。オード兄ちゃんもいる。
父さまも声をかけられて気づいたみたいだが、みるみる青ざめていく。
「ち、違うんだ。こいつは竜族で……ワシは嵌められたんだ…」
「こんな可憐な娘さんをドラゴンだと?」
「何が嵌められただ、ハメたのはお前だろうが!!」
「恥ずかしくないのか?」
「シーラさんというあんなに綺麗な嫁さんがいるのに…」
「娘さん、ゆっくりこっちに来るんだ」
「待て、待て、話せば分かる!!そ、そうだ。証拠にこいつにはシッポがあるんだ…」
父さまがこんなに狼狽してるのは初めて見る。
そしてそう言いながらヘーカの腰のタオルに手を伸ばそうとすると
「動くんじゃねえ!!!!
このままだとお前を切らないといけなくなる……」
そう言われて父さまはビクッと身を硬くして伸ばそうとした手を止めた。
村の大人逹は殺気だっているようで、各々剣に手をかけている。
誤解を解かないと…わたしはそう考えて木陰から飛び出した。
皆の視線が集まる。
どうやら隠蔽魔法は動いた事によって解けたみたいだ。
「自分の娘の前で何て事を…」
「やって良いことと悪いことの区別もつかんか」
「貴様あぁ、そこまで堕ちたか」
「このクサレ外道が!!」
「仲間だと思っていたのに…」
みんなはわたしの姿を見て、更に殺気だってしまった。
父さまも振り向いて顔をしかめている。
「ほ、ホリィなぜここに…何か気配があるとは思ったが…
そ、そうか、隠蔽魔法か…
頼むホリィ、見てたなら皆に説明してくれ!」
父さまはこちらを見ながらそう言うと、ゆっくり剣を地面に置く。
顔色はこれ以上ないほど青ざめていて腰も引けている。
とにかく早く誤解を解かないと。
ヘーカが竜族だって事を説明すべきか、知ってて攻撃したと説明すべきか、ここにいろと言われただけで、これはいたずらなのだと説明すべきか。
そしてわたしの口から出た言葉は…
「みんな、違うの。わたしは見てろって言われて、父さまは知っててやったの。これはただのいたずらが目的なの」
…
…
…
…
…
…
…
父さまは絶句。村人は唖然。ヘーカはクックと笑っている。
あれ?なんか間違えたかなあ?