あらしのあと。ごご。ヘーカとうじょう
昼食のあと歩き疲れたのか村長さんちで気疲れしたのかレオンは寝てしまった。
母さまはお昼からまた戻って作業をするつもりだったはずだが、ずっと療養していたわたしに気を使って
「私が留守番するからホリィは遊びにいってらっしゃい。でも治ったばかりだから無理はしないようにね」
と言って送り出してくれた。
とりあえずリュックに羊皮紙で作った紙盤と駒は入れてはいるけど、遊びにいくところがない。
オード兄ちゃんもサラちゃんもお手伝いしてるし、村長さんちは将棋は指せないしで、どうしようかなあ~と考えてると、夢の事を思い出した。
夢なんかを真に受けるのもアレだけど、気になるので確認はしたい。
「そうだ。父さまが魔物は退治したらしいし、今なら1人でも大丈夫かな……うん。東の森にいってみよう」
誰もいないのに相談するような独り言を残したのは、たぶん心細くて後ろめたかったのだろう。
みんなで虫取りなら何度も来たことがあるのに1人だとなんだか罪悪感がある。
わたしはトボトボと東の森に向かって歩き出した。
予想してたより森の荒れ方はひどくなかった。
もちろん折れた枝や、幹から真っ二つになった老木が道を塞いではいるし、雨を吸ってグジュグジュになった落ち葉はいまだに乾いてなくて歩きにくかったが、思ったほどではない感じだ。
そして…
森に入ってすぐに右側をみてゾッとした。
人が通る小道よりはるかに大きな、何かを引きずったような道が出来ているのだ。
枝を切り木々をどかして森の外に運んだように見える。
その引きずった幅が凄まじく広くて、私の身長より広い。もしかしてこれが父さまが倒したキングリザードだろうか?こんな大きさのものを1人で村まで運ぶって…
良く見ると引きずった跡の横側に分かりにくいが森の奥へ進んでいる、落ち葉を踏みしめた足跡がが続いている。
「父さまの足と同じくらいだけど、父さまのかなあ?
それとももしかしてこの足跡がアーカーシャが言ってた待ち人のかなあ」
リュックからはみ出した紙盤が汚れないように奥に押し込んでから、転ばないようにキングリザードの跡に沿って、足跡を見失わないように慎重に慎重に、気をつけながら少しずつ進んでいると、少し開けた所の地面に、血だまりのような黒い染みが出来ている。
そしてここより先は引きずった跡がないので、たぶんここで仕留めたのだ。
踏まないように気を付けながら染みを迂回すると、ここからはキングリザードの足跡がある。
このサイズなら確かに10メードあってもおかしくない。
そしてその横にはやはり人の足跡もあるが、奥へ進んでいるのと、奥からここまで来ているのの二種類ある。
更に先へ進んで引き返して来たのだろうか。
そしてしばらくそのまま足跡にそって歩いてきたところで違和感に気づく。
ここまでのキングリザードの足跡の歩幅と、ここからの足跡の歩幅が違うのだ。
奥からここまではゆっくり歩いてるように歩幅が小さいのに、ここから森の入り口までは何かから逃げるように大股になっているのだ。
そして、何かあるかもしれないと回りを見渡して見ると
「あれ?………あそことあそこ、そっちも、あの木も……折れかたがおんなじなんだけど………」
足跡から外れた右奥にある、ひときわ大きな木の斜め向こう側の折れた枝や木の配列がおかしいのだ。
右に倒れたり左から折れたり、縦に乗ったりこちらに枝を向けたり、パッと見は違うように見えるのだけど、全く同じ木の組み合わせがいくつかあるような気がする。
「あれとあれなんか向きは違うけど同じところにキズがあるし、あれとあれなんか枝の形が同じような……えーと」
足跡はいったんここで立ち止まり、また奥へと続いて歩いているようだが、わたしはとりあえず疑問を確認するために足跡から外れて近づいていくと。
「あいたっ!」
何か固いような柔らかいようなものに、おでこと鼻をぶつけてしりもちをついた。
「もう。なんなの。」
わたしは鼻をさすりながら前を見ると何もない。
「………あれ?いま何にぶつかったの?………」
ゆっくり起き上がり、さっきぶつかった辺りに恐る恐る両手を伸ばすと………
「うわっ!なんかある。何コレ?……柔らかくて固くてゴツゴツしてて、スベスベしてて……穴みたいなのがあるなあ。あっ、隣にもある。手を入れても大丈夫かなあ?」
《やめんか!バカモノ!!》
すぐ近くで大きな太い声がした。
わたしはビクッとして両手を引っ込め、ゆっくりと首を回し後ろを伺うが誰もいない……
動くものがないか、ジッとそのまま目を凝らしていたが、やはり誰もいない……
わたしはさっきの方向に向き直ると目の前に………
…
…
…
…
…
…
でっかい金色のトカゲの顔があった。
「キャー!!!!!!トカゲトカゲトカゲトカゲガトカゲトカゲだー!!!!!!」
わたしは恐怖のあまりまた後ろにしりもちをつき、そのまま1回転する。
逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと!!!!
しかし足が震えて動けない。
父さま、母さま、レオン。わたしはここでこのトカゲに丸呑みされて死ぬかもしれません。親より先に死ぬのは一番の親不孝だと母さまは言ってましたよね?でもこんなにでっかいトカゲから逃げられるとは思えません。正面からだから分かりにくいけど、たぶん隣の木より大きいです。10メードどころではなく、15メードはありそうな感じです。鼻の穴なんか、わたしの手が余裕で入りそうだし、大きな口はわたしとレオンが入って足を伸ばしてお昼寝出来そうなくらい大きいです。頭の上には鋭い角がはえてます。それも2本はえてて尖ってます。はい。スゴく尖ってます。あれ?左の角はヒビが入ってます。岩にでもぶつけたのでしょうか?でも太いのでわたしのパンチで折れそうにはありません。向こうに見えるのはトカゲの背中?はい。小さな丘ぐらいあります。わたしとレオンがよじ登って遊ぶにはちょうど良さそうな感じです。その上には爪のついた翼が見えます。最近のトカゲには翼が生えてるんですね?飛んで追いかけられる事を想像すると、やはり逃げ切るのは不可能だと思います………
ん?
んん?
翼?
トカゲに翼?
翼にトカゲ?
キングリザードじゃなくて、
まさか…
まさか…
えーと
んーと
あの~
その~
あれですか?
ドラゴン……
でしょうか?
父さまが前に
「人間が一番集中力を発揮するのは死を感じた時でな。回りは止まって見えるは、普段なら気にもしないところにまで注意が向くはで、ワシも何度かなった事があるが、考える速度まで早くなってな。あの状態で将棋が指せればホリィにだって勝てるかもしれん。ワッハッハ」
と、言っていたが、実感出来た。なぜか敬語になってたし……
《トカゲとはヒドイのう。ワシは誇りある竜ぞく…》
「ど、ドラゴン…」
《こらこら、ドラゴンは知能はあるが言葉も文化も持たん。ワシは誇り高き竜族じゃ。トカゲやドラゴンと一緒にするでない》
「ご、ごめんなさい。えーとね、お、お話できるの?」
《出来るとも。といってもこの姿では言葉は出せんから、おぬしの頭に直接話しかけておる。いわゆる念話じゃな》
「そ、そうなんだ……はじめまして、わたしはホリィ。あなたのお名前は?」
わたしは会話が出来ると分かって少し落ち着いて来た。
《ぬ、ワシか?ワシは、そうじゃなあ………。陛下じゃ》
「ヘーカ?ふうん、素敵なお名前ね。
ここで何してるの?さっき急に出てきたけどどうやったの?」
「なかなか肝がすわったお嬢ちゃんじゃのう。もう落ち着いておるわ。ワッハッハ」
「ウフフ、父さまと同じ笑いかただ」
「ワッハッハ、おぬしの父も同じ笑い方をするのか、ワハハ」
「えへへ、ホントそっくりだね」
わたしは父さまと同じ笑い方をするのを見て、ほとんど怖くなくなっていた。
「ところでヘーカさん、さっきのしつもんなんだけど、ここで何してるの?それとどうやって出てきたの?」
「フム、ワシの事は陛下だけでよいぞ。お嬢ちゃん」
「じゃあヘーカ、わたしのことはホリィって呼んで」
「フム、古い言葉で聖なるを意味するホリィか。良い名じゃな、ホリィ」
「えへへ。うん!」
「では先ほどの質問じゃが、ワシは今、動けなくて休んでおる」
「え?ケガしてるの?」
「いや、ケガはしておらんのじゃが、ある理由で魔力がなくての。帰りたいのじゃが、今は飛べんのじゃ。
それで森の中で休んでおると言うワケなんじゃが……」
「どうしたの?」
「腹が減ってのう。そこにちょうど美味しそうなホリィが来てくれたんで……」
そこまで話してヘーカはいたずらっ子のような目でニヤリと笑って!(確かにそう見えた)大きな口を開けた。
「………」
《………》
「………」
《なんじゃ?今度はいいリアクションをしてくれんのか?ホントに肝がすわっておるのう。ワッハッハ》
「食べる気があるならすぐに食べてるでしょ?それにわたし、ヘーカがわるい竜とは思えないの」
これはホントだ。だって父さまと同じ笑い方をする人?が悪いわけがない。
《ワッハッハ、参ったのう。
しかし腹が減ってるのはホントじゃ。出来ればそのリュックの中のクッキーを貰えると嬉しいんじゃが》
「何でわかるの?ヘーカの言うとおり村長さんちでもらったクッキー持ってるけど…クッキー好きなの?」
《竜族は鼻が利くんじゃよ。それに好物じゃ!!》
わたしはそれを聞いて真っ先に思い浮かんだ事を、ちょっと迷ったが聞いてみた。
「ヘ、へ~そうなんだ。………
それだけ体が大きいとクッキーも大きいの?」
《ん?いや、普段は竜人化して生活しておるから普通の大きさじゃよ》
「!!??………人になれるの?」
《いや、今は竜玉がないから変化出来ん。
まあ、そんな事より先にクッキーじゃ。早く口に入れてくれ。さっきから開けて待っとるじゃろう?》
確かにさっきから目の前に大きく開けて、並んだ鋭い牙や(でっかい!!)真っ赤な舌が(もっとでっかい!!!!)見えている。
わたしはリュックからクッキーの入った袋を取り出して、そっと手を伸ばし、舌の上に並べた。(クッキーがスゴい小さく見える)
口を閉じたあと、ボリボリ食べる音はするんだけど、あの牙でどうやって噛んでるのかなあ…?
この竜を飼いたいって言ったら母さま怒るかなあ…?
とか考えていると。
《うむ。これは美味い。これを作った者はかなりの腕前じゃな》
「そんなのとうぜんよ。レンおばさんの作ったお菓子はぜんぶスゴいんだから。
前に作ってくれたリンゴのタルトなんて、大きめのカップくらいのタルトの上に薄く切ったリンゴをバラの花みたいにのせてあって……」
《ま、待った!!待つんじゃ!!それ以上は言うな!!
目の前にないお菓子の話をされても食べれんからの……
しかし…………美味いのか…………それは?》
「うん!!」
《………》
「………」
《………》
「………」
《決めた》
「え?……」
《ワシ、そこ行く。タルト、食う》
なぜか片言になって目がトロンとなってる竜を見て、わたしは戦慄する。
「ダメよ。ダメ!!そのまま村に行ったらきっと父さまに退治されちゃう。」
《ワシ、行く。ジャマ者、食う。タルト、食う》
「ヘーカ落ち着いて!!」
わたしは目の前の竜の鼻にグーでパンチした。固い……
《ワハハ、冗談じゃ。自分でも不思議なほど落ち着いておるわ!!ワッハッハ》
冗談だったといい放つその竜の口からはヨダレが垂れている。
《ところでホリィの父はそんなに強いのかの?
昨日1人で凄まじい身のこなしの男が近くまで来たが…剣からは魔物を切った血の匂いがするのに、体には1滴の血もついておらんかった。
視線で見つからんように目を伏せとったから姿は見ておらんが、あれはかなりの達人じゃな》
(こんな田舎にいきなり、ワシが食い損ねたあの大きさのキングリザードを返り血も浴びずに倒すような化け物剣士が現れて、怖くて目を伏せて息を殺して震えてたのはホリィにはナイショじゃ)
「たぶんそれが父さまだよ。昨日森に現れたキングリザードを狩ったって聞いたし、その足跡をたどってここまできたから」
《ふむ、それほどの剣士がこんなところにのう…
食ってる所で鉢合わせするのはマズイと思って取り逃がしたが、かえって助かったわい。
ちなみに父はなんという名じゃ?》
「ランスだよ」
その名前を聞いた瞬間に目の前の竜の大きな目が更にカッと見開かれた。
《ら、ランス……そ、それはフルネームか?
まさかとは思うがランスロットというのでは…》
「そうだよ。父さまのお名前はランスロットだよ。
あっ、知らない人にはおしえちゃダメだって言われてるの。誰にも言わないで…ね?」
《オオオ、ランスロットという名前を秘密にか……………
では、いくつじゃ………年はいくつなんじゃ?髪の色は何色じゃ?》
「……さんじゅう~6…かな?髪は青っぽい黒だよ」
《……あ、合っておる………
で、では、黒剣はどうじゃ?黒剣のウルドは持っておるか?》
「…?……こっけん?」
《剣先から柄まで漆黒の黒い剣じゃ!!どうじゃ?持っておるか?》
「うーん、それは持ってないかなあ…」
《そうか………そうか………
まあ、危険なものじゃから子供には見せておらんだけかもしれん。
なら傷はどうじゃ?頭に傷はないかのう?》
「?、ヘーカ詳しいね。
前にお風呂で見せてくれたけど、ふだんは髪で隠れたところに大きな十字のキズがあるよ」
《…
…
…
…
間違いない………生きておったのか…………》
(……あいつの性格からすると、あやつに押し付けて自分だけ逃げ出すとは思えん……
何か理由があったと考えるべきじゃが………………
なんじゃ、他になにがある………?
………
………わからん!!
ワシに黙って消えたランスロットも腹が立つが、謀ったあやつにも腹が立つ……
が、しかし、くそう、………ワシはアホじゃ、………この程度の可能性も考えずに死んだという話を鵜呑みにして……自分に一番腹がたつわ!!)
「ヘーカ、どうしたの?父さまのお知り合い?」
《知り合いと言うか……友達でもあり…共犯の関係じゃ。
竜族と人間が友達というのもおかしいかもしれんが》
「?キョウハン?……ううん。さすが父さまスゴい!!こんな大きなト……竜族と友達だなんてスゴい!!」
《今、トカゲって言おうとせんかった…?》
わたしは大袈裟にブンブン首を横に振る。
《まあよい。これでとりあえず帰る目処がついたわい。》
「どういうこと?」
《なに、ランスロットのウルドがあればたぶん竜人化出来るはずじゃから、あとはなんとかなるじゃろう》
「ウルドで人になれるの?」
《どんなウルドでも竜玉の代わりになるワケではないのじゃが、具現化して20年以上たってるものなら、たぶん可能じゃ。
まああいつのウルドは特殊じゃからどうなるかはわからんが…》
「ぐげんかして20年はたってないけど、ウルドならここにあるよ?」
わたしは首から下げた巾着の中からウルドを取り出しながら言った。
《………ん?なにい?……
それは誰のウルドじゃ?》
「わたしのだけど。生まれたときから持ってるから8年たってるよ?」
《まさか………生まれた時から?
それに………その文字はハン語じゃな……
しかも………〈とぶ………〉、、ウムム、読めん。
裏は………〈りゅう…………おう…かの〉!!??……
なんじゃなんじゃそれは!!???》
「将棋の駒だよ。それにひしゃとりゅうおうだよ。
ハン語って?」
《何千年も前に滅びた国の言葉じゃ。ホリィこそなぜ読めるのじゃ?
ま、まあよい。
しょうぎの…コマ?
…………それがなにかは分からんが、意味はほぼワシの事を書いておるな。とにかく竜脈との相性は良さそうじゃ!!
そのコマ?か、ウルドをワシの手に持たせてくれんか?》
「うん」
わたしはなにがなんだか全然理解出来てなかったが、面白いことがおきそうな予感がして、言われるままヘーカの手の上に(爪もでっかい!!)駒をのせた。
ヘーカは駒を持ったまま目を瞑り集中していると………だんだん体が輝きだして…
…
…
…
…
…
光がおさまると目の前には、艶のある金髪が腰の下まで伸びた15才くらいの素っ裸の女の子が、腕組みをして いたずらっ子のような目でニヤリと笑って立っていた。
「あいつの驚く顔が目に浮かぶわい。ワッハッハ」