あらしのあと。ごぜんちゅう
嵐の過ぎた日の夜からわたしは高熱を出して寝込んでしまった。
父さまは落ち着きなく寝室をうろうろしてるし、レオンは泣きそうな顔で
「おねえちゃんだいじょうぶ?」
と心配してくれている。
「ハァハァ、大丈夫だから…」
かすれた声で答えるが、力ないその声に逆に更に心配させてしまったかもしれない………
「はいはい。二人とも、そんなんじゃホリィがゆっくり休めないじゃないの。レオンは父さまと一緒に先に夕食を食べてなさい」
母さまが大きめのマグカップとスプーン。それに、小さなコップを持って入って来てそう言うと。
「よし。レオン。お姉ちゃんの事は母さんに任せて父さまとリビングにいこうな。ワっ…………えふんえふん」
父さまはなんだかせき込みながら目で母さまに頼んだぞと頷いてレオンを肩車して部屋から出ていった。どうやら大声で笑うのは禁止されてるみたいだ。
「ホリィ、すりおろし林檎を作ってきたんだけど少しでも食べれそう?」
「う、ん」
それを聞いて母さまは寝ているわたしの枕を少しだけ高くして頭を起こしてスプーンで少しづつ食べさせてくれた。
「どう、美味しい?もう一口食べれる?」
「冷たくておいしい…もう一口たべる…」
氷なんかあるはずないのに不思議とひんやりしてて、混ぜているハチミツも甘くておいしかった。
「そう、じゃあもう一口。ゆっくりでいいからね」
…………少しづつ口に運んでもらい、時間はかかったが結局全部食べてしまった。
「いい子いい子。これだけ食べられればすぐに良くなるわよ。あとはお薬飲んで着替えてゆっくり休もうね。
ウフフ、苦くないから心配事しないで。」
母さまはそう言うと、小さなコップに入ったお薬を少しづつ飲ませてくれて(苦くないどころか甘かった)汗を拭いて、新しいパジャマに着替えさせてくれた。
お腹がいっぱいになったのと、サラサラのパジャマと、母さまの握ってくれてる手がひんやりと気持ちよくて、だんだんとまぶたが重くなってくる。
「おやすみ私の可愛いホリィ、今日はよく頑張ったわね」
遠くで母さまの声が聞こえたような気がした………
「向かうなら東がいい。きっと待ち人に会えるから」
「???………だれ?………東って……?」
「………」
「あなたはだれ?それに待ち人ってだれなの?」
「………」
「………」
「向かうなら東がいい。きっと待ち人に会えるから」
「もう。いったい何なの?」
「………」
「わかった。東にいけばいいのね?村の東っていうと東の森かな?」
「………」
「………」
「………」
「と、とにかく東ね。それで、あなたはだあれ?」
「………」
「答えないならやっぱりいかない」
「………」
「………」
「………本だよ」
「ふーん。本なの……って本がお話できるわけないよ」
「………じゃあ本じゃなくて……いい」
「もう。もう。なんなのよ!あなたお名前は?わたしはホリィ」
「………」
「人に名乗られて返さないのは失礼になるって母さまがいってたよ」
「………アーカーシャ」
「ふーん、すてきなお名前ね。
で、アーカーシャ、ここはどこ?わたしは熱を出して寝てたはずなんだけど。ずいぶん暗いね」
「………どこでもないよ」
「もう。どこでもないってどこなのよ。部屋なの?外なの?」
「………アーカーシャだよ」
「アーカーシャはあなたのお名前でしょ。そうじゃなくてここの場所を聞いてるの」
「………」
「………」
「………虚無だよ」
「ふーん。きょむなの。へー。
って、神様が一日目に創ったってあれかな?」
「………そう。………深淵だよ」
「もう。どっちなの!」
「………どっちでもある」
「もう。あなたイライラするんだけど」
「………」
「………」
「………」
「怒ってないから、もっとお話しましょう。ね?」
「………もっと読んでほしいんだ」
「読む?読むってなにを?」
「………僕を」
「あなたを読むの?どうやって?」
「………全部は言えない」
「もう。やっぱりあなたイライラする。あっ、うそうそ。怒ってないから」
「………今はまだ、本の言葉を借りないといけないから」
「どういうこと?」
「………」
「………どういうことなの?」
「………もっと繋がって」
「繋がるって?」
「………」
「………」
「………もう行かないと」
「ちょ、ちょっと待って。ちゃんと説明してよね」
「………もっと世界と繋がるんだよ」
「ちょっと待ってってば!!」
わたしはそこで目が覚めた。
変な夢みたなあ。きょむだとか、世界と繋がれだとか、意味がわからない。でも声からすると同い年くらいの男の子かなあ?
それになんか待ち人がいるから東にいけとかいってたし。
夢だけどスゴい気になる……。
「あらあらホリィ、目が覚めたのね。どれどれ…」
母さまはわたしの額に手を当てて熱をみる。
「良かった。すっかり熱もひいてるみたいね。
お腹すいてない?昨日と同じすりおろし林檎とリゾットのどっちがいい?」
今日は母さまの手はそんなにひんやり感じなかった。
「りんご~~」
「はいはい。ちょっと待ってなさい。念のためあと何日かはゆっくり休むのよ?
あっ、それと、さっきオードリック君とサラちゃんがお見舞いに来てくれたのよ」
「そうなの?」
「ええ、元気になったらまた遊ぼうだって」
「うん!」
「ふふ。じゃあゆっくり休んで早く直さないとね?」
「わかった!!えーとねえーとね、東の森がね……ううん、やっぱりいい……」
「何?ふふ。東の森がどうかしたの?
今はとにかくゆっくり休むのよ。すぐにりんご持って来るからね」
わたしは小さく頷きながら、夢の話をしようかと思ったが、東の森には子供だけで行っちゃダメっていうことを思い出して口をつぐんだ。
それから2日たって母さまから外出の許可が出た。
母さまは用事があるとかでお昼までには1度戻るらしいので、レオンと二人で手を繋いで散策する。
話には聞いていたけど村は散々たる有り様だった。
木々は折れて畑は荒れて、ボロボロになった家が目につくし、さすがに今は片付けられているが、最初は服や、食器が散乱して、スゴいのになると重い家具が100メードも離れたところに逆さまになって移動してたそうだ。
しばらく二人で適当に落ちてる物を拾いながら散策していたのだが、いつの間にか結構ぐるぐる歩いてて、そのうちに1番酷かったというオード兄ちゃんちとサラちゃんちをに着いた(二人はお隣どうしなのだ)
そこには見慣れない間取りの骨組みだけの家が2つ並んでいて、10数人くらいの大人が忙しそうに作業をしている。父さまも汗をかきながら太い丸太を1人で3本!運んでた。
家?の奥の方にオード兄ちゃんを見つけたので近づいてみると。
「おっ、ホリィ。もう起きていいのか?顔色も良さそうだな」
「あっ、オード兄ちゃん、おみまいに来てくれてありがとう、もう大丈夫だから………。
えーとね、えーとね………ど、どうしたの………これ?」
わたしはなにやら手伝っているオード兄ちゃんにおそるおそる尋ねると。あまりに壊れかたが酷かったので建て替えてるそうだ。
「今はスッキリしてるけど、地下室から出るとき大変だったんだぜ。
ランスおじさんがガレキをどけてくれてさあ。で、なんとかみんなで這い出して、村長さんちに避難して…サラんちもまあおんなじだ」
「そ、そうなの?」
「そうなんだ。家が倒れる時の音がスゴくって、あの時はもう死んだかと思った」
「そ、そう………サラちゃんは……?」
「ああ、あいつはみんなからもらった服を村長さんちで仕立て直してる。服もほとんど飛んでっちゃったからなあ。
といってもオレと同じで大人の邪魔にならないように雑用ってところだな」
「そ、そうなんだ……」
「そう言えばお前、アレもう見たか?」
「え?アレって?」
「アレって言えばキングリザードにきまってるだろう?
聞いてないのか?」
「ううん、知らない」
「そうか、ホリィは寝てたから知らないか。
ランスおじさんがおとといは森に逃げこんだ魔物がいるかも知れないって1人で狩りに出かけて、10メードはあるキングリザードを倒してきてさ。
しかもそれをそのまま引きずって村まで…
で、今は解体所にあるから暇なら見とけよ。
あれはホントスゴいからな」
「ふ、ふーん、スゴいね……」
わたしは二人の家が無くなったという話に動揺してその言葉はあまり頭に入って来なかった。
そしてとりあえずオード兄ちゃんとそこで別れて、父さまの邪魔にならないように声はかけずに村長さんちに行くことにした。
村長さんちに入ると、いつもは将棋を指してる大きなリビングで女の人たちが慌ただしく縫い物をしている。
「あっ、その青い服可愛いわね。直してサラちゃんのワンピースにする?」
「ちょっと待って、それは私のスカートにしようと思ってたんだから」
「えー、奥さんのスカートにするには布地が足りないんじゃない?」
「ちょっと~それ決闘を申し込んでるのね?」
「冗談デスよ。ジョ、ウ、ダ、ン」
「何で片言なのよ!」
「うふふ」「アハハ」「ワンピースがいい。ワンピースが」
黙々と家を建ててる男の人たちと違い、こっちはなんだか結構賑やかで楽しそうだ。
そしてサラちゃんと、その隣に座ってる母さまを見つけて近づいていくと
「あら、ホリィとレオンじゃない。こっちにいらっしゃい。二人も気に入った布があったら服を作ってあげるから」
「うん!!」
やった。新しい服だ。
わたしは嬉しくなって駆け寄り、ふとレオンを見ると、見慣れない女の人たちに囲まれて所在なさげにしている。
男の子にはこの雰囲気はキツいのかもしれない。
そういえば男の人といえば、村長さんの姿が見えないなあ…
と、思っていると
「皆さん、そろそろ休憩にするかのう。レンさんがお茶とお菓子を用意してくれたからのう」
村長さんがティーカップとポットとお菓子を持って奥から出てきた。こっちはなんだかまんざらでもないような顔をしてるような………
ちなみにレンさんとはサラちゃんの母さまで、いろんなお菓子を作るのが得意でスッゴく美味しくて、バラの花のリンゴのタルトを初めて食べた時には泣いちゃったくらいだ。
さっき布地が足りないと言われてたのがマールおばさんで、いろんな料理が作れるのだが、特にミートパイがわたしのお気に入で、初めて食べた時には美味しさのあまり転げ回って、母さまに怒られたことがある。
二人とも村の人たちにお菓子と料理をそれぞれ教えている。
休憩のあとしばらくみんなで作業して(わたしは白のスカートと若草色のブラウス。レオンは水色のシャツと黒のズボンを作ってもらえることになった。やったーー!)
お昼が近くなって来たのでいったん家に戻ることになった。
途中で父さまにも声をかけて四人で手を繋いで帰る。
「父さま、一人であんなに太いのを3本ももってスゴいなぁ」
「ワハハ、なに、あれくらい軽い軽い。本気を出したら10本以上はいけるぞ。ワッハッハ」
「もう、またあなたは大きな事を」
「なにおう、ホントにいけるんだそ。」
「父さま、スゴいスゴい」
「とうさますごいー」
「もう、腰を痛めても知らないんだから…あなた、あまり無理はしないでね」
「ワッハッハ。分かってるってワハハ」
ここでわたしは、さっきオード兄ちゃんに聞いた事を思い出した。
「あ、父さま父さま、そう言えばキングリザードってなに?」
「おぉ、聞いたのか?簡単に言うとでかいトカゲだ。
皮はスケイルメイルの材料として高く売れるし、何よりあいつの肉は美味い!ホリィのお手柄だぞ。ワハハ」
「え?わたしの?」
「そうだぞ。母さんに東の森の事を言っただろ?
それをワシが聞いて草原の見回りに行く前に森の方に行ったんだ。
そしたらアイツに出くわしたから、ホリィが捕まえたようなもんだな。明日解体するから見に行くといい。ワッハッハ」
待ち人ってトカゲかな?う~ん、トカゲは人じゃないような…
この些細な差が、後に大きな変更だった事を今のわたしは知らない。
今回の話でホリィはユニークスキル「アーカーシャの記録 第一章」に目覚めます。プロローグにも少し書いてたヤツですね。
これは有名なアカシックレコードとほぼ同じものとして設定してます。将棋の手を《読む》と記録を《読む》をかけてるワケですが、分岐する未来の中からホリィが無意識に《最善》だと思う道筋に至るためのアドバイスをしてくれるものだと思ってください。
これも将棋の《最善手》を求める棋士の姿勢とかけてます。
アカシックレコードと違い、アドバイスを無視したり、違う行動をすると未来は書き変わってしまいます。しかし最善ではなくなるだけで、次善かもしれないし、最悪になるかもしれないし、あるいは妙手になる可能性もあります。
まあ未来は誰にもわからないってことで(-_-;)
アドバイスの言葉は、漫画や小説や哲学書の言葉を引用する予定ですが、これは前世の棋士の魂に影響を受けています。大変な読書家だったのでしょうね(^.^)