あらし
しばらくバトルは出番なしです。出番が来たらお知らせします(^-^)/
3才の誕生日からしばらくは父さまと母さまだけがわたしの対局相手だった。
父さまは木こりのお仕事があるので夕食の後に相手をしてくれたのだが、わたしの飛車、角、銀×2、桂×2、香×2を落とした(除外した)8枚落ちでいつも指していた。
いわゆるハンディキャップマッチだがそれでもわたしが勝つことが多かった。
「ホリィの天才具合は天才的過ぎてワハハとしか言えないなあ。ワッハッハ。はあ~~、ちょ、ホント何で勝てないの………………ならば次は腕相撲で勝負だ!!」
こんな感じである
昼間は母さまが相手をしてくれたのだが、さすがは母さま、普通の対局でもわたしの飛車、角、香×2を落とした4枚落ちでいい勝負なのだが、なんと掃除をしながらとか料理を作りながらでも、相手をしてくれた。
つまり盤駒を使わない目隠し将棋である。しかも全然力が落ちないのだ。
「ああ、もう、8六香でも8五桂でも受けなしね。負けました。ホリィの王様ぬるぬるして捕まらないのよねえ。敗因はちょっと大駒を切るタイミングが早すぎた事かしら?」
母さまは記憶力と分析力がずば抜けていて、一局ごとに強くなっている感じだ。
それでも差が縮まらないのは、指すごとにわたしの将棋の知識が甦り、母さまが強くなるよりわたしの強くなるスピードが上回っているからで、実は差が広がっている。
その頃の父さまと母さまの会話
「あなたねえ、将棋に負けて3才の子供に腕相撲で勝負ってさすがに大人気なくない?」
「ワハハ、そうは言うがな、自分の有利なところで勝負するのが勝負の鉄則だとホリィに教わったのだ」
「それ意味が違う!!」
「将棋で負ける→悔しい→だから腕相撲で勝負する。すなわち3手の読みだな。ワハハ。」
「うーん、それで読みって言われても困るんだけど……腕相撲で勝負と言い出す→父さまの株が下がる→娘に嫌われる→誰も老後の面倒見てくれない→孤独死。5手の読みね」
「あわわわ…」
そんな日々が一年近くたった頃、わたしに弟が出来た。
しばらく前に母さまに
「ホリィ、弟と妹どっちが欲しい?」
「えーとね。とうさまみたいにつよくてカッコいいおとうとがいいかな」
「ウフフ、それ父さまに伝えてあげて。きっと喜ぶわよ」
「わかったー」
それを父さまに伝えたら、「おおおぉぉホリィぃぃ」「女の子でも弟として育てる」「老後の面倒は任せた」
と大騒ぎしたのは言うまでもない。
弟は救国の英雄で、今の国王さまと同じ
「レオンハルト」と名付けられた。
カッコいい!!
レオンは父さまと同じ青みがかかった黒い髪と瞳で、人差し指で鼻をそっとつつくと「キャハハ」と笑って指を握って来た。可愛い。
こんなに小さいのにちゃんと爪もあるし、力強く握ってくるその力に少し驚いた。
「ホリィ、レオンが大きくなったら将棋を教えてあげてくれる?」
「もちろん!!おねえちゃんだもん」
「勉強も教えてくれる?」
「いいよー」
「林檎は?」
「………はんぶんこする」
「うふふ、お姉ちゃん頼りにしてるわね」
母さまはあいてる右手でわたしの髪を優しく撫でてくれた
5才を過ぎた頃、母さまは小さいレオンにかかりっきりになってしまったので、わたしは家にいるより外に出る事が多くなった。
レオンは可愛い弟だし、わたしはお姉ちゃんなんだから、でもなんだが母さまをレオンに取られたような気がして淋しいやら悲しいやら家に居づらくなったし。
ある時、村を探索している時に父様が木こり仲間に将棋を教えているのを見かけた。
「その程度の実力でワシに勝つのは10年早いわ!ワッハッハ」
「くう~。村長に勝ったらまたチャレンジに来るからな」
「いつでも来やがれ。この村の名人の座は渡さん。ワッハッハ」
それを見てわたしは正直ビックリした。まさか父さまと母さま以外の人も将棋を指すなんて……とりあえず父さまに聞いてみた。
「ねえとうさま。とうさま、かあさまと、さっきのおじさんとそんちょうさんのほかにもしょうぎをさせるひとっているの?」
「ワハハ。ホリィか。こんなとこまで一人で散歩か?そうだな、大人では村の奥の婆さん以外はだいたい指せるぞ。お前と母さんを除いてワシが一番強いがな。ワッハッハ(母さんに猛特訓を受けたのはホリィには秘密だ)」
「そうなの?」
村の奥の婆さんとは、北の外れに1人で住んでいる最年長のおばあちゃんである。
去年、母さまから108才だと聞いたので今年は109才のはずだ。
…………えーと、今年108才だったかな?
子供嫌いだそうで、わたしも遠目にしか見たことがないのだけど、魔女みたいに怖い顔をしていて、子供は(わたしも)近づくなといわれているが、言われなくても怖いので近づかない。
「おう。ワシが村長や、さっきのヤツとかに教えたら、またそいつらが他の人に教えて広まったんだ。スゴいだろう?ワハハ」
「とうさまスゴいな!えーとね、じゃあばんとこまはみんなもってるの?」
「フハハ、それは実物を見せたからな。見よう見まねで同じ物を自分で作ったんだろう。まあワシがホリィにプレゼントしたのが一番キレイだがな」
「とうさまスゴいスゴいー!!」
「ま、まあルールについては母さまが大きな紙にまとめてくれてな。それを村長の家のリビングに貼り付けてもらったんだ。あの家が一番でかいからな。みんな休みの日に集まって指してるぞ。ワッハッハ」
「かあさまもスゴいー!!!」
「ワッハッハそうかそうか。じゃあ一緒に村長の家に遊びに行くか?たぶんみんないるぞ。ホリィの強さを知ったら腰を抜かすに違いないわ」
「いくー!!!!」
そして父さまはわたしに軽く吹っ飛ばされて名人でないのがみんなにバレて部屋の隅で小さくなっていた。
あんまり自分を大きく見せるとろくなことにならないなあと子供ながらに思った。
6才になった頃。わたしは村長さんの家で大人に混ざって将棋を指すことが多くなった。
1人で来ることもあるが、今日は母さまとレオンも一緒だ
「ホリィちゃんや。ワシはやっぱり振り飛車が好きなんじゃがどうも受け身になるのがなあ。何かよい方法はないかのう」
「えーとね。それならこんなのはどうかなあ?ゴキゲンなかびしゃっていうんだけど、きもちよくせめれるとおもうよー」
「ほほう。角道を止めないのかい。面白そうじゃのう」
「うん」
レオンは大人しくわたしの横に座って村長さんと指してるわたしをキラキラした目で見ている。
母さまは向こうのテーブルだ。
大きな体のおヒゲのおじさんと指してるが、おじさんはさっきから眉間にシワを寄せて体を折るようにして、うんうん唸って指そうとしては手を出し、でもやっぱり引っ込めてを繰り返してる。
確か子供が二人いて、下の子供がオードリックっていう男の子らしい。
向かいに座る母さまは涼しい顔でお茶を飲んでいるので優勢なのだろう。
「ホリィちゃん、オレにも新しい戦法教えてくれよ」
「お前ズルいぞ、俺もうちのかみさんの矢倉をなんとかしたいんだよ。先にアドバイスしてくれよ」
「村長権限でワシが先じゃ!!」
「あなたはさっき教わったでしょ。ホリィちゃん、次はおばあちゃんよね?」
「えーとね、それならぜんいんいっしょでいいよー」
「うん?全員同時に対局するってことかい?」
「うんー。4にんならだいじょうぶだよ。ばんをならべてー」
「スゴいのう」
「ホリィちゃん、スゴいわ」
「それなら勝てるかも」
「お前は無理だよ。オレならいい勝負が出来るだろうけど」
わたしは村長さんとおばあちゃんはユルめたが、おじさん2人は吹っ飛ばした。
7才になった頃。友達が出来た。
2つ上の男の子「オードリック」1つ上の女の子「サラ」
この村に子供は30人いるが年が近い子供はこの2人だけで、よく一緒に遊んだ。
そしてある日の朝
「ねえ、オード。今日は何して遊ぶ?」
「サラはいつも遊ぶ事ばかりだなあ。まあいいけどホリィは何したい?」
「ん。きょうは天気もいいし、森で虫取りがいいかな」
「もう。ちゃんとシーラおばさんに勉強も習ってますう。足し算だって引き算だってできるんだから、読み書きはまだだけど」
シーラおばさんとは母さまの事で、村の子供たちに勉強を教えているのだ。わたしも習ってるのだけど、実は九九や割り算、読み書きまで出来る。2人にはナイショだけど。
母さまは教師役だけではなく、薬も作ることが出来る。
傷薬、火傷薬、熱冷まし、腹痛、風邪薬、塗り薬、皮膚薬、疲労回復薬、毒消し、麻痺消し、他にも石化消しまで作れると言っていたが、石化って薬で直るのかなあ…
わたしも薬草取りを手伝ったりしてるのだが、作るのは危ないとかで手伝わせてもらえない。
「ゴメンゴメン、悪かったよ。サラも虫取りでいいか?子供だけで森にいったのがバレると怒られるからナイショだぞ」
「はーい」「うん!」
「じゃあ出発ー。今日はホリィより取るぞ~」
結果はわたしが10匹。オード兄ちゃんが7匹。サラちゃんが2匹だった。
「ホリィちゃんスゴ~い。一番年下なのに。オードは男の子なのに今回も負けてだらしないわねえ」
「なんだよ。お前なんかたったの2匹なのにえらそうに。オレは少なくないよ。去年兄ちゃんが8匹とったのを自慢してたからな。ホリィがスゴすぎるんだよ。何で毎回そんなに取れるんだよ」
「えーとね。前に来たときに虫が集まってるところを覚えてたのと、そのときに取りやすいところにじゅえきが出るように木にキズをいれてただけだよ。」
「ホリィちゃんスゴい」
「なるほど次からはオレもそうしよう。じゃあそろそろお昼だし帰るか?」
「はーい」「うん!」
村の中心ほどに帰って来た頃に。
「今日も楽しかったね。オード兄ちゃん、サラちゃん、またあしたね」
「まあね。ホリィちゃんまたね。オードは次はカッコいいとこ見せてよね」
「任せとけって。あっ、ホリィ。明日の朝はランスおじさんに剣を習いに行くからよろしく伝えといてくれ。サラも明日はホリィん家に集合な」
「わかったわ」「うん!」
ランスおじさんとは父さまのことでランスロットが正式な名前。
この名前は知らない人には教えちゃダメだと注意された。
理由を聞いたら、かくれんぼしてるからだと教えてくれたのだけど、父さまがかくれんぼって…なんか可笑しかった。
昔、王都で冒険者をしていたとかで母さまともその頃に出会ったらしい。
今は木こりだが、毎朝いつも暗いうちから裏庭で剣の素振りをしているのをわたしは知っているし、前にそっと二階から覗き見た事があるが、振るのが早すぎて全く剣が見えなかった。
村の自警団のリーダーで、たまに周辺に魔物が出たらみんなで狩りに行ったりしてるようだ。村の大人や子供にも剣を教えててオード兄ちゃんもその1人だが、父さまが言うには
「オードリックが一番センスがある。今は筋力が足りないが飲み込みが早いし、良いものを良いとして取り入れる柔軟性もある。まあレオンの方がスゴいがな。ワッハッハ」
だそうだ。
8才の時に父様と母さまが王都に行く事になった。
父さまは騎士見習いとして4年間王都に行く事になったオード兄ちゃんのお兄ちゃんの護衛で。
母さまは一度王都に来て欲しいという先生からの依頼で。
同じタイミングで二人が村から離れるのは初めての経験だ。
王都に行くには往復3週間はかかり魔物も出る険しいピルネー山脈を越えないといけないので、子供はついてはいけない。
その間わたしたち二人は、レンおばさんと、マールおばさんに面倒を見てもらう。
本音はわたしも行きたかったのだが父さまは出発の直前までわたしたちの心配をしていたので、ことさら気丈に振る舞ったのを覚えている。
「父さま、母さま、いってらっしゃい。レオンの事はあんしんしてわたしに任せて!お姉ちゃんだもん」
「おおおおぉぉぉぉ……ワシのかわいいホリィィィィ……やっぱり行かない……ワシやっぱり残るぅぅぅ……」
「ハイハイ、さ、あなた、行くわよ。ホリィ、レオン、行って来るわね。レンおばさんと、マールおばさんの言うことをちゃんと聞くのよ?」
「ホリィィィィ_、レオン……ワシの事を忘れないでくれよぉぉぉぉ~~~」
「あなた、いい加減にしなさい!!」
こんな感じである。
二人が出発した夜は、サラちゃんちにオード兄ちゃんの家族も集まって、盛大に夕飯を食べたのだが、特別にレンおばさんが作ってくれたデザートのリンゴのタルトが美味しすぎてわたしとレオンは転げ回った。
そのあとはオード兄ちゃん。サラちゃん、わたしとレオンの四人でお風呂に入り洗いっこをしたり、夜遅くまでベッドの中でお話をした。
3週間はあっというまに過ぎた。
二人が帰って来た時に村の人全員にお土産と、食料や衣類、日用品等を馬車いっぱいに持って帰って来たので大騒ぎになったのだが、いったい王都で何があったのだろう…
9才の時に村を凄まじい嵐が襲った。
天からのし掛かるような分厚い波打つ雲に覆われて夜のように真っ黒い空。時折その漆黒の絨毯を我が物顔で駆け抜け大地に突き刺さる悪魔の剣のごとき稲妻。
木々を薙ぎ倒し容赦なく全ての命を巻き上げ吸いこみ喰らい尽くす勢いで大気を揺らし続け怒り荒れ狂う暴風。
その暴風に煽られて上から横から斜めから、あるいは下からもその向きを一瞬ごとに激変させて吹きさらす制御不能の滝のような大粒の豪雨。
どれくらいの時間がたったのだろうか。
わたしは家の地下室で、青ざめた顔で小刻みに震えるレオンを励ますように小さな強張った手を握りしめ。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんがついてるからね」と勇気の出る呪文のように繰り返す。
わたしが怯えたらこの子はもっと怯える。でもそうは言っても怖いものは怖い。家が震えてるのか自分が震えてるのかも分からず歯を食い縛っていると、それまでは暴風と振動で気がつかなかった
「ポタッ…………ポタッ…………ポタッ…………」
という地下室の天井に染み出してきた水滴の音が気になり出してきた。
「ポタッ…………ポタッ…………ポタッ…………ポタッ…………」
!!!???
わたしは突然心臓をわしづかみにされたような戦慄をおぼえて歯の根がガタガタ震えだした。
「ポタッ…………ポタッ…………ポタッ…………ポタッ…………ポタッ…………」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!???????????????????????????????????????????????????
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い~~~~~
わたしは声にならない悲鳴をあげて恐怖にとらわれていた。
とうさま、かあさま、誰か助けて!!!!!!!!!!
ずっと前にこんな怖い思いをしたような…
思い出せない……
思い出せないがとにかく怖い……
全身がガタガタ震えていた。たぶん顔色も真っ青だっただろう。首から下げたウルドを握り締める右手は赤くなってるに違いない。その時
「ホリィ、レオン、母さまもそばにいるからね。父さまだって今は見回りに行ってるけどすぐに帰ってくるから。もう少しの辛抱だから」
と、母さまはわたしとレオンがくるまる毛布の上から優しくそしてギュッと強く抱き締めてくれた。
だんだんと震えがおさまり少し安心したわたしとレオンはそのまま寝てしまった。か
しばらくして地下室の扉を開ける音で目が覚めた。
ゆっくり目を開けると母さまと話してる父さまの姿が見えた。こっちに気づいた父さまは
「ワッハッハ。もう大丈夫だぞ。嵐は過ぎていったからな。すぐに青空が見えるだろう。
村の人たちに怪我人もいないし、屋根が飛んだり。壁が壊れたりした家もあるが、なあにみんなで直せばすぐに直るさ。ワハハ」
わたしとレオンは小走りに父さまの足に抱きついた。ずぶ濡れのスボンは黒く変色して、ところどころ葉っぱや泥がついていたが構うものか。良かった父さまが無事で。
「レオン怖かったろう。よく我慢したな。さすがは男の子だ。ホリィ、母さんに聞いたがレオンをずっと励ましてたそうじゃないか。さすがはお姉ちゃんだ。よく頑張ったな。ワッハッハ」
と、大きな手のひらでわたしたち二人の頭をクシャクシャになるまで撫でてくれた。
わたしは安堵と嬉しさで流れる涙を見せないように、必死で父さまの足に顔を押し付けていた。
水滴で恐怖を感じたのは前世での体験からきています。
よほど強烈な記憶だったのだのでしょうね。