放課後の
放課後の教室に夕陽が射していた。
いつもは白一色の壁が、灰色が入った白と夕陽の茜色に塗り分けられている。
なんだか変な感じだ。
授業を受けている時は一秒でも早く抜け出したくなる教室なのに、夕陽が入ってるだけでもうしばらくここにいてもいいかなって気になってくる。
俺しかいないってのもいい。
一番とか二番とか、あいつとこいつがとか、そういうのは全くなくて俺だけがいる教室。
三階にある教室には恨みしかなかった。毎日三階まで上らなくちゃいけないんだから誰だってそうだ。普通は一年が三階だろう。で、二年が二階。三年は一階。先輩が楽できるようになって当然だと思う。
俺の場合、最初は三階、次に二階、そしてようやく一階に行けるかと思ってたら三階に逆戻り。
なんでだよ。
三階の上は屋上になってる。
音楽室や美術室なんかが入ってる特別棟も三階建て。だから、特別棟が影になって夕陽を邪魔することはない。
三階の教室で、初めて良かったって思った。
窓際に立って下を見ると、やっぱり特別棟が影を作ってて薄暗くなってる。下校する生徒は一人も見当たらない。みんなとっくに帰ったんだろう。
部活をしている連中は部室から直帰するのが多くて、教室がある本棟には近付かない。それ以前に、部活中だからまだ帰る奴がいないのかもしれない。
なんかなつかしい。
夕焼けなんて三日に一度は見てるのになつかしい。
なんか帰りたくなる。
いや、これから家に帰るんだけどさ。
夕焼けを見るとどこかに帰りたくなるのは、子供に還りたくなるからだってばっちゃが言ってた。
いやいや、自分まだ子供ですから。
第一、子供の頃のことなんて覚えてないし。
小さな頃の写真とかビデオが残ってるから、それを観ると近所の奴らと遊んでたんだなってわかる。
でも、そいつらと遊んだのって小学校に入るまでだ。
俺の家は学区のギリギリのとこにあって、そいつらとは学校が別になった。同じ学校になったのもいたけどそいつ女だったし。
あいつらとは夕焼けになるまで遊んでたんかな?
俺は窓に足をかけ、窓枠に座った。
遠くから、野球部の掛け声が聞こえてくる。
蝉が元気よく鳴いている。俺が唯一知ってる蝉の種類、ヒグラシが鳴きだすにはまだ時期が早いようだ。
「ふんふんふんふーん」
鼻唄を歌いながら左手は見えないネックをつかみ、絶妙に折り曲げた指はコードのGメジャーを押さえる。右手は見えない弦を華麗に弾き、見事なアルペジオを運んでいる。
エアギターと言うなかれ。これはイメージトレーニングである。
部活も委員会もやってない俺の趣味の一つがギターだ。エレキではなくてアコースティック。
夕陽の熱が頬に移ってきた。
暮れなずむ空の空気は涼しくなってきたけれど、太陽の光が赤から紫になってきたけれど、やっぱり夏の太陽なのだ。
観客ゼロの脳内コンサートは、一音の狂いもなく完璧に幕を閉じた。
「ふんふんふんふんふんふんふ~ん」
ぎょっとして振り向いた。コンサートに集中しすぎて誰かが教室に入ったことに気付かなかった。
「バカ!!」
慌てて駆け寄ってくる。
窓の外に足を投げ出してかっこつけていた俺は、振り向いた際にバランスを崩してしまった。
救援は間に合わず、俺は窓枠から滑り落ちた。
「いって」
大きな音を立てて机が倒れた。俺の体は机を巻き込んで床に落ちてしまった。
痛い、で済んだだけましだ。窓の内側でなく、外側に落っこちていたら明日は全校集会になっていたかも知れない。
「大丈夫? 怪我してない?」
「大丈夫。怪我はしてない。多分」
「多分じゃなくて……」
「それよりどうしてここに? 部活だろ? 学年も違うし何か用?」
いつもより口数が増えてる俺がいる。
心配されてることよりも、とにかく恥ずかしい。穴掘って埋まりたい。家に帰ってギター弾きたい。
「外から先輩が窓に座ってるのが見えました。部活は終わりました。放課後だし、そのクラスの生徒に用事があるんだから入ってもいいんじゃないですか」
なんだこのクール星人。俺はお前が幾つまでオネショしてたか知ってるんだぞ。
間違っても口にしない、出来ない。
「用事って?」
「お母さんが、実家からスイカ届いたからお裾分けって。取りに来てよ」
「そんなのメールすればいいじゃん」
「本人が見つかったんだからいいじゃん」
男が女に勝てるのは腕力だけ。これもばっちゃが言ってた……。
言い返しても言い返されるのを知っているので、俺は無言でカバンを肩に掛けた。倒れた机と椅子は、俺が怪我チェックしてる間にこいつが直してくれていた。
教室を出ると、無言でついて来る。
一緒に帰るつもりらしい。
廊下の蛍光灯はついてない。
夕陽も、教室をはさんで廊下までは届いてこない。窓から空を見れば、紫色だった雲が段々灰色になっていく。
空はどんどん青が深くなって……やべ、もうこんな時間か!
携帯を見れば七時過ぎ。
我が家はそろそろ夕飯が始まる時刻だ。高校に入ってからは時間にうるさく言われなくなったが、無言のプレッシャーがある。
そうだ、こいつをだしにしよう。
「さっきのなんて曲?」
「ギター弾きなら誰でも知ってる曲」
「で、なんて曲?」
「スイカのお返しにCD貸すよ」
「ん」
喉を鳴らすだけの返事。
「お前さ、子供の頃のこと覚えてる?」
「ん?」
「小学校に入る前、みんなでよく遊んだろ?」
「あまり覚えてないかな。でも、うちに写真残ってるよ」
「うちにはビデオも残ってるよ……」
昇降口で別れ、校門で集合。自転車置き場は学年ごとに分かれているのだ。
校門から始まる長い下り坂を、今日は自転車を押して下りていく。
振り返ると、夕陽はもう見えなくなっていた。
「明日も晴れるかな」
「天気予報は明日も晴れだってさ」
「頑張れ陸上部」
「頑張ったら何かくれる?」
「あれしたら何かくれる? って、お前子供の頃とまったくかわんねーな」
「色々変わったよ?」
嫌な笑い方だ。
「さっきの曲を生演奏で聴かせてやるよ」
坂を下り終える最後の勢いを利用して、自転車に飛び乗った。
十メートルは離したが、陸上部相手じゃきっとすぐに追いつかれる。
早く家に帰ってギター弾こう。
今も頭で鳴り続けてる。
夕焼け小焼けは赤とんぼだけじゃないさ。
これを読んだ方がどんな情景を想像してくれるのか、書いてる当人じゃさっぱりわからん。
文章力よりイメージや経験が足りないのだろうか。
タイプする指が止まるような文章じゃダメってのがわかりました。