現の夢
夢から醒めましょう そして また夢を見ましょう
私が最初に忘れたのは名前だった。
私が目を開けたらそこは本当に何もない所だった。なんか、映画とかだったら「そこは真っ白で何もない空間だった」みたいな感じで表現するんだろうけど、本当に何もなくて表現方法が分からない。
そこにあったのは『彼』だけだった。
「あなた、誰?」
「やぁ、初めまして。僕はもちろん、ここの住人だよ」
ニコニコと笑顔を崩さず言う彼を怪しみながらも彼の言葉にある謎に問いかけずにはいられなかった。
「住人って、ここどこ?いつの間にか違う国に来ちゃったの?」
「うーん…正確には違う。ここは君達が言う『夢の中』さ」
「夢?へーこんなにリアルに人と話すような夢、初めて」
夢と分かると先程までの不安は欠片も残さず消えてしまった。自分で言うのもなんだけど、単純ね、私。
でも、いつも日常風景だったり、非日常風景ばっかりの下らない夢しか見たことなかったから変な感じ。予知夢とか正夢を見るなんて貴重な体験もしたことなかったし。それにこんな風に夢の中で考えたり、夢、と気づかされることももちろん初めて。
「だけど、ここは現実」
「どういうこと?」
「君達が『現実』と呼んでいるあっちの世界が本当は『夢』なのさ。だから本当はこっちが現実。君は今まで夢を見てたんだよ」
「それじゃ、この何にもない世界が本当の現実世界で、食べたり歩いたり生活している方が夢ってこと?」
「そう」
とまたニコニコ笑ってる。
待って待って。少しだけ時間を頂戴。頭の中を整理させて。彼の言葉の意味が全く理解できない。理解できるわけがない。だって、ねぇ。
「ほら、大昔にいたどっかの哲学者が言ってただろ?現実世界には魂だけがきてて、実際は違う世界に住んでるっていう話。あれってあながち間違っちゃいないんだよね。夢の中で夢のこと暴こうとしちゃって」
何を言ってるんですか?いきなりそんなちんぷんかんぷんなこと言われても困りますが。
それにどっかの哲学者って誰?私が習ったことある人物?………って言うか私、学生?
どうしてそれが分からないの?何歳どころか名前すら分からないじゃない。
自分の手を見つめて、自分の顔に触れて身体を見回してみてもさっぱり分からない。
うーん…何て言うんだろ。手がしわしわじゃないからおばあさんじゃないってのはなんとなく分かった気がするんだけど、何歳がどのぐらいの外見をしてるのかがさっぱり分からない。
なんか、幼稚園生が友達のお母さんにおばさん、って言う心境が今ならよく分かる。だって、お姉さんとおばさんの境目が分からないんだもの。物事の基準が分からない。
でもどうして分からないの?なんか、どんどん頭の中から色んなものが消えていく気がする。私を見ても女なのか、身長は高いのか、可愛いのかも分からない。右も左も、「彼」と目の前に居る人に使っている表現も正しいのか、私は何歳だったのか。高校生?記憶がない…なら中学生?中学生って何?…分からない。
あまりにも分からない事だらけで頭がパニックになっていく。混乱して焦ってくる。その間も穴の開いたバケツからどんどん水が抜けていくみたいに記憶がなくなっていく。
「きみは、いままでみてたゆめをわすれさせられるんだよ」
かれがいう。
もういままであたまにいれてきたことすべてが…あまたってなに?
「つぎのゆめをみるためにじゅんびしてるのさ」
もうかれがなにをいっているのかさっぱり―――分かる。
「あれ、何か、色々と思い出してきた」
突然上から新しく水が入れられたみたいに記憶が甦る。右も左も分かるし、どんな人がおばあちゃんで、お姉さんかもちゃんと分かる!
「あらら…他の夢が埋まってるみたいだね」
「どういうこと?」
他の夢って…?一応記憶が戻ったって言っても自分が誰かもまだ分かってないんですけど…。よろしれば説明して下さいませんかね?
「今さっきまで記憶がなくなっていってたのは、君が新しい夢を見るために記憶がリセットされてたのさ。それで新しい夢を見るための準備をするんだ」
「つまり、生まれ代わろうとしてたってこと?」
「まぁ簡単に言えば」
「じゃあ私死んだんだ?」
現実って呼んでた夢の中で。
「そうだよ」
冗談のつもりで訊いたのにさらりと恐ろしいことを言うな!
「じゃあ今の私はどうなるの?」
「元の夢の続きを見るのさ」
「死んだのに?」
「だから、あっちでは死んだってことになっててもさ、あくまで夢だから。今僕の目の前にいる君が本当。でもたまたま新しい夢の空きがないから戻るだけ。でも綺麗に消えてしまった記憶は戻らないよ。大体自分のことから忘れちゃうから、戻っても君は自分のことを忘れたまま。たぶん、周りの人のことも忘れてるんじゃないかな」
…なんとなく分かってきたかも。だから自分のことは思いだせなくて、一般常識的なのは分かる…わけよね。
「それに、君はまだ死にかけてただけ。そっちの世界で言う三途の川を見てきました状態。たまに、事故で死にかけた人が目を醒まして記憶喪失になってたりするのはみんなここにきて、記憶を消されてる途中に戻っちゃうからああなってるのさ」
なるほど。で、それが今の私。
彼曰く、たまに前世の記憶を持った人も夢の中でリセットしてる途中に次の夢を見てるからああなっちゃうらしい。ようはせっかちさんが前世の記憶を持ってたりするわけね。
あーそれでたまに来た事もない所でなんか懐かしー!なんて思ったりするんだ。それは前の夢で見たからそう思うだけか。
「あ、そういえばさ。あっちで見る夢はなんなの?」
突然よぎった疑問をぶつけてみる。夢の中で夢を見てるってことになるでしょ?
「人間は我侭だから、夢の中でもまた夢を見ようとする」
いきなり真面目な顔になって諭すような口調で私を真っ直ぐ見つめてくる。
「人間は何処までも欲が尽きないからね。あっちの世界に行ってるだけで俗に言う“現実逃避”ってやつなのに、また逃げようとする。きっと、人間はどこまでも逃げていこうとするよ。どこまで逃げ切れるのかな」
クスクス笑う彼の顔を見て、私は息を吐き出した。
「うーん、それでも起きたいな…起きろっ!私!」
なんて両腕を高々と上げて天を見上げても起きれるわけもない。
「やっぱ無理か…」
「無理だね。ちょっと待ってなよ。時間がくれば戻れるさ」
冗談じゃない。さっさと夢の世界でも何でもいいから戻りたい。こんな記憶を消されちゃったりするような場所にいたくない。
「もう消えないよ、たぶん。新しい夢がないんだもの。新しい『夢の身体』が出来てないんだ」
「それって赤ちゃんが生まれてないってこと?」
「そう。夢の身体は夢で創られる。君を入れる体は生憎ないみたいだけど。夢は全て想像から創られてる。最初の人間が想像したのさ。みんな想像されたルールの中で生きてる。男女が出会って結ばれて、子どもが生まれる。そういうシステムを誰かが想像したんだろうね。最近は新しい『夢の身体』を創る人たちが少なくなってきてるんだ。自分の夢を見るので精一杯で、他の人の夢のために身体を創ってあげる優しい人が少ない」
自分の夢を見るのが精一杯、かぁ…。
確かにそうかもしれない。私だって、憶えてないけど、きっとそうだったはず。
でも、それなのに私が夢を見れていた、ってことはお母さんとお父さんは自分の夢ばっかりじゃなくて誰かのために『夢の身体』を作ってあげてたってことよね。
そう思うとなんだか頬をが緩む。
そんな私をよそに彼は続ける。
「でも、夢を見るにも合う夢と合わない夢がある。例えば、世界を救うはずの救世主が違う夢を見て魔王なんかになっちゃったら大変だろ?他には…ああ、女が合ってるのに間違って男の夢を見ちゃったりすると、オカマさんが誕生しちゃったりするよ」
楽しそうに彼は身振り手振りで話した。
じゃあ私に合う夢を一応見れてたんだ。全く憶えてないのが残念だけど。
「人間は夢の中だけで暮らして、目が醒めないようにしたかったんだ。だから科学者やら医者やらが夢の文明を発達させた。でも、人間の想像力はすごいね。それこそ力だよ。想像力が強い人はやっぱり弱い人の国を創って、弱い人は仕方なくそこに住む。それを可哀想だと思う奴はその人達を助けようとする」
私は、数少ない記憶の中のいつか見た、発展途上国へ行くボランティア団体のドキュメンタリー番組の映像を思い出していた。あれも全てが想像の力によって生まれた関係…。
つまりは想像されたもの、ってこと?
いつまでも夢の中にいたいと願った者が命を永らえようとして色々想像していく。私達にとっての「死」はこっちの世界での「夢から醒める」。
なんかややこしいけど今までの重大性が全て逆転してしまったような変な気分。
人の命を奪ってはいけないとかなんとか言ってたけど、「せっかく夢を見てるのに起こすんじゃねーよ」ってことなの?だからあれほど人は死を恐れてるのかな。
「人間ってさ、面白いよね。夢の中で人が死んだだけでお葬式をしたりして悲しんじゃってさ。ただ、次の夢を見るだけなのに」
そういう彼に私は言葉ではいい表せられない寂しさを感じた。
でも、私は人間達が『想像』してきた感情とか関係とかやっぱり大事だと思う。それが全て夢だったとしても、それがあるから楽しいんだよ、『生きる』って。所詮夢を見てるだけなんだろうけど。
………ん?
「あ、戻れるようだね」
彼が私の身体を指差してクスクス笑ってる。私は自分の手を見てぎょっとした。
何よこれ!身体が透けてる…!
「良かったね。現実と夢の記憶、両方持ってるなんてラッキーだよ。記憶喪失の人は大体両方の記憶持ってるけどさ、話さない方がいいよ。頭がおかしくなったと思われるから」
確かにそれは言えてる。目が醒めて、本当の現実世界へ行ってきましたなんて口走ろうもんなら涙ながらかわいそうに、なんて言われて違う病院へ連れて行かれるだけだ。
「現実より、夢の方が意外と残酷なんだよ」
「どういうこと?」
「全て想像の夢であっても、お互いの欲のぶつけ合いでしかないからさ」
「…それでも私は夢を見ていたい」
たとえ夢の中で追い続ける夢であっても、醜い欲のぶつけ合いであっても。
「夢と夢の関わり合いであっても、結構人間って成長していけるんだよ」
「それは楽しみだね。次はどんな夢を創り出すんだろうねぇ…」
皮肉染みた言い方だけど、嫌味な感じはしない。
一体、彼はどんな夢を見て来たのだろう………ん?
どんどん薄くなっていく身体を眺めながらハッと気づく。
…こいつ結局誰なの?
「そう言えば、あなたなんなの?」
「僕ももちろん君と一緒で夢見る人間さ。織田信長の家来だったこともあるんだよ」
けらけら笑う彼の顔を訝しげに見つめる。
「たまーに気まぐれに誰かの夢にお邪魔してる。ちなみに僕も君と一緒にここに戻ってきたんだよ。で、君は記憶が消えていく中、僕とだけずっと話してずーっと僕のこと見てるだろ?ってことはさ―――
そこで私は夢の続きを見るべく「現実」から「夢の中」へ入り込んでしまった。
「大丈夫か!?○○○!」
と誰かが聞き覚えのない名前を呼んでいる。薄っすらと目を開けてみても人の影しか見えない。
しばらくしてその人物の顔も見えるようになってきて、その輪郭がはっきりしてくる。
………ほんとにお邪魔虫。
私が唯一憶えている「彼」が相変わらずのニコニコ顔で目の前にいた。
高校生の時に夏休みの課題で書いた小説。
なんだか思い出深いので^^
何事にも意味があったらいいよなぁ…なんて気持ちで考え付いたものです。
意味わからないところが多かったかと…;