涼風
涼風
涼しい風。夏の終わりにさわやかな風。
最近、困っていることがある。
「カフェテラスでランチって、性に合わねえんだけど」
「いいだろう、昼食ぐらい。それに今の時期は、外で食べたほうが涼しいぞ?」
どうせお前は、人の目なんか気にしないだろうさ。でもデリカシーのある俺としては、かなり恥ずかしいんだよ。
「おい、野乃。あそこでいいんじゃないか?」
「ああ――じゃなくて、野乃って呼ぶな、紫草!」
女みたいな名前は、俺のコンプレックスだ。紫草って名前も中性的だと思うんだが、幼なじみはあまり気にしていない。そういうところが凄いと思う。
だけど、他人にも気を遣う、そういう日本人の心も大切だと思うんだ、俺は。
「ああ、わかったよ、野乃」
「だから、野乃って呼ぶな!」
にらむと、紫草は苦笑した。そういう表情も似合う――って、何を考えているんだ、俺は。
カタン、と紫草はテーブルにトレーを置いた。俺も紫草にならう。席につく俺たちの間を、冷たい風が通り抜けた。
「涼風、か――もう秋も近そうだな、野乃」
「ああ――」
ふっとあげた視線の先で。
綺麗な黒髪が風になびいていた。
――やばい。
「どうした、野乃?」
「……あ、ああ、いや、なんでも」
最近、困っていることがある。
どこか他人とずれているし、男っぽいし。
そんな幼なじみのふとした動作が、洗練された大人の色香をただよわせていて――この気持ちをどうしたものか、困っている。
登場人物はこんな感じです。
時任 野乃 (ときとう のの)
主人公。紫草に片思い中。一人称「俺」。
法宮 紫草 (のりみや しぐさ)
幼なじみ。女性。長い黒髪。男のような話し方をする。一人称「私」。