調合師カレアの毎日 ~ 婚約破棄しまして生まれ変わりました ~
読んでいただきありがとうございます。
コツ コツ コツ。
ん~。ダメだ、眼が開かない………誰か来るかも…………。
「ふぎゃ」
「わー驚かすなよ、カレア!」
「そっちこそ、踏まないでよアルバート」
「普通、ぼろきれに埋もれて、床で寝てる奴がいるなんて思わないだろ」
私は、ゆっくりと体を起こす。
「んー昨日、染色の調合が、なかなかうまくいかなくて……いっぱい試しているうちに、倒れちゃったみたい」
床に座る私を見て、アルバートが腕を組み、大きくため息をつく。
「公爵家のご令嬢が、床で転がって寝るかね~」
「なによ、アルバートだって、時々倒れて寝てるじゃない!侯爵令息のくせに」
「俺は男だが、お前は……あーもう。とにかく誰でも入ってこられる、作業場で寝るの禁止だ!すぐ隣に個室の仮眠室が、何部屋もあるだろ」
「はいはい」
私は、怒るアルバートを他所に、周囲に散らばった布を拾う。
この作業場は、王宮の良く言えば研究室、悪く言えば……んー実験室かな。
私達は新しい香水や染色、調味料やお薬などを開発する調合部門で働いている。
新商品が開発されると、王家から適任だと選ばれた貴族にその商品の権利を譲渡し、貴族たちはそれを元に商いをして税を納める。
そしてその税で、研究室は新しいものを開発する仕組み。
部門は我が調合部門と魔道具部門。
「それにしても、昨日はうまくいかなかったな~」
私は昨日、染色の調合がなかなかうまくいかず、いっぱい失敗した。
拾い集める布は、みんなドブみたいな色に染まっている。
「カレア………何色作るつもりだったんだよ」
「えーもちろんナタリーの、瞳の色みたいなライトグリーン♪あの色の布が出来たらきっと流行ると思うのよね~」
「はーい。私がどうしたの…………で言うか、二人とも徹夜したわけじゃないでしょうね~」
ナタリーが両手を腰に当て、私達を睨む。
慌てて、アルバートが答える。
「俺は、徹夜なんてしてないぞ!少し遅めだが家に帰って、さっき来たところだ」
アルバートの返事を聞き、ナタリーは私に視線を向ける。
「て 徹夜なんてしてない、ちゃんと寝たよ…………。」
「床でだろ」
「もーアルバート!ばらさないでよ」
ナタリーが、私の首根っこを掴む。
「カ・レ・ア!」
私は、両手をブンブン振って弁明する。
「あ~ごめんなさい。だってねだってね、ナタリーの瞳みたいに、綺麗なライトグリーンを作りたかったの!ナタリーの瞳の色は、ただ明るい緑だけじゃなくて、中心が少しだけ濃い緑でしょ、そのグラデージョンを出したくて、紺や黒なんかいろいろ調合してみたけど…………。」
「ははははっは」
アルバートが、お腹を抱えて笑う。
「深みを出したかった結果が、このぼろ雑巾か」
「真剣に頑張ったんだよ」
私が頬を膨らませると、ナタリーが両手の人差し指で膨らんだ頬をさす。
「ぶっ」
私の頬は見事に潰れて、ナタリーの指が食い込んだ。
「どうして染色の配合だけは下手なのかしらね。他の配合も調合も、右に出る者はいないくらい完璧なのに」
「そうだな、まあそのライトグリーンは、俺も手伝ってやるよ、もうひとりで寝落ちするまでやるな」
アルバートが、私の頭をガシガシと撫でる。
むー。頭がぼさぼさになっちゃう。
口をとがらせると、ナタリーが私の両頬をぴよーんと引っ張ってから手を離す。
「もう。カレア、どうせご飯食べてないんでしょ。研究室メンバー3人で、ブランチにでも行きましょうか」
「あー行く行く。俺も朝飯食べてないから」
アルバートが、机に置いた鞄を持ち、入り口に向かう。
私もそれについて歩き出すと、ナタリーに腕を引かれた。
「ちょっと、もしかして髪も整えずに、着替えもせずに行くつもり?」
「うん。サイフならポケットに入ってるよ」
ナタリーが、盛大なため息をつく。
「ちょっとこっちに来なさい」
私は、ナタリーと大きな姿見の前に並ぶ。
「わあ。ナタリー、今日も完璧な伯爵令嬢ね♪きれいよ」
私はニコニコして、ナタリーと鏡越しに眼を合わせる。
「そうね、カレアはどう?公爵令嬢だって、誰にも気がついてもらえないんじゃない?」
うーん。そうね、よれよれだわ…………。
「んー。公爵令嬢といっても13人兄妹の7女だもの、お父様なんて私の顔も、覚えていないんじゃないかしら」
「兄妹の数の問題じゃないのよ、カレア~。貴方が困らない様にブルーノ公爵が研究棟に作った控室使ってる?」
「……………………。」
「あの部屋を見て、顔もわからないなんてよく言うわよ!」
ん~。ナタリー顔が怖い。
「とにかく、控室で髪だけでも整えましょ、凄い寝ぐせよ」
「うそ!これはきっとさっき、アルバートがガシガシしたからだよ」
「ははは。お前達、同じ年には見えないな~。姉さんが、妹の世話をやいてるみたいだ」
アルバートが、並び立つ私達を見て、ニコニコ笑う。
「まあとにかく、髪を整えるわよ、本当はそのドレスも何とかしたいところだけど」
「これ凄く良いドレスなのよ、撥水できる加工をしてあるし、粉や液体がついても目立たない!この淡いグレー。いいでしょ」
エヘンと私は胸を張る。
「あー。カレアはそのままでいいよ、ほら、腹減ったから急げよ」
「「はーい」」
私はナタリーに、髪だけ整え直してもらい、ブランチへと繰り出した。
✿ ✿ ✿
王宮の近くにある、飲食店街へと足を運ぶ。
「あー。今日は何食べようか」
「私は、朝食べて来たから、軽食もある場所にして」
「じゃあ、シンクレアカフェは?あそこなら、ボリューミーなメニューも、軽食もあるでしょ」
「いいね~、行こう」
私達が、飲食店街にある噴水広場にたどり着くと、私は見慣れた顔を見つけた。
「ねえ、あれカレアの婚約者じゃない?」
「そうね…………。」
私は噴水のベンチに腰掛ける男女を見て、眉間に皺を寄せる。
ベンチでイチャイチャしている、ルーベン様との婚約は、ブルーノ公爵家と縁を結びたい、マーティン伯爵の強い希望で結ばれた。
ルーベン様は、私の4歳年上で私がまだ学生のうちに婚約は結ばれ、学院を卒業と共に婚姻を結びたいと言うルーベン様に、どうしても調合師の仕事をさせて欲しいと頼み込み、2年の猶予を貰ったのだが…………。
私は踵を返し、ふたりから眼をそらす。
「やっぱり、他の店にしてもいい?」
「うーん。そうね」
ルーベン様は、私が調合師となり働き始めると、会うたびに文句を言い、私の容姿についていろいろ注文してくるようになった。
…………。
歩き出そうとする私の腕を、誰かが強く引っ張る。
「痛い」
振り返ると、そこにはルーベン様。
「おい、カレア。またそんなドブネズミみたいな恰好をして!お前はマーティン伯爵家に嫁いでくるのだぞ、伯爵家に泥を塗るような真似をするな」
ギリギリと私の腕が引き上げられる。
仕事には、このドレスが一番いいのに…………。
「今は仕事中なんです、仕事着であるこのドレスは、とても優れています」
私が反論すると、ルーベン様はさらに語気を上げる。
「仕事仕事、令嬢が、二年ばかり仕事をするからなんだ!もっと他ことにも気を使え、だいたい仕事中に男と外食とは良いご身分だな」
「あら失礼、私もおりますけれど」
ナタリーが、前に進み出る。
「なんだ、お前は」
「私は、クライン伯爵家が娘ナタリーです。こちらはベルトラン侯爵令息のアルバート様、私達はカレアの同僚です、その手を離していただけます?」
ナタリーが、ルーベン様の手首に扇を軽く当てる。
「まー酷い、ルーベン様!大丈夫ですの?痛くありませんか?」
ルーベン様が腕にぶら下げたいた令嬢が、ここぞとばかり前に出てくる。
「あー。エリンなんて優しいんだ」
ルーベン様は、漸く私の腕を離してエリン様とやらを抱きしめる。
「まあ、婚約者がいる殿方が、昼間から他の令嬢を連れ歩き、さらには公衆の面前で抱きしめる………マーティン伯爵家では、ご子息にどのような教育をなさっているのかしら」
「なに言ってるのよこの暴力女、そのドブネズミみたいな子が、仕事ばかりしているから、私がルーベン様をお慰めしているのでしょ」
エリン様は、どうだと言う様に鼻を鳴らした。
「まあ、ご自分でお認めになりますのね、それに私のことを暴力女と言いました?それなら、不貞をはたらいているうえに、令嬢の腕をひねり上げる男性はどうなんでしょう?」
「俺が悪いと言うのか!」
ルーベン様は、今度はナタリーに掴みかかろうとするが、アルバートに止められる。
「マーティン伯爵令息、暴力は行けません」
「関係のない方は、引っ込んでいてもらえますか」
「関係なくありません。ナタリーもカレアも私の大事な同僚です」
「あらー。大事な人ですって♪ルーベン様。それならカレア様の有責で、婚約破棄してしましょうよ~」
エリン様が、ルーベン様にしなだれかかる。
「あーそうだな、エリン。カレアの有責で婚約破棄して、慰謝料をたっぷり貰おう」
そう言うとルーベン様は、私に向き直った。
「カレア!お前との婚約は今日を持って破棄する、まあ7女の婚約破棄に、ブルーノ公爵が金など出さないだろうからな、お前の大事な仕事とやらで稼いだ金で、慰謝料を払うんだな」
「婚約破棄は、お受けいたします」
私が、真っ直ぐにルーベン様を見据えて答えると、アルバートとナタリーが、私を挟むように横に並ぶ。
「「この婚約破棄、私達が証人となります」」
ナタリーが、両手を広げてくるりと回る。
「皆様も、聞こえていましたでしょう!まあどちらが有責かは見て明らかですが、婚約破棄の見届け人として皆様のお力も頂けますでしょうか?」
ナタリーの言葉に驚いて周囲を見回すと、多くの人が噴水広場に集まっていた。
殆どは商家の人達だが、貴族の顔も数名見受けられる。
貴族男性が大きく手を叩くと、拍手が波のように広がった。
「な なんだ、ちょっとからかっただけなのに、カレア!泣いてすがっても元には戻れないぞ」
「はい、私は婚約破棄で構いません」
「嫁入り先がなくなるぞ!」
「はい。貴方の元に嫁ぐよりましです」
ルーベン様の顔が、みるみる赤く染まる。
「カレア!今日中に誤りに来い!そうしたら許してやる」
そう言い捨てると、ルーベン様は、エリン様を引きずる様に広場を後にした。
人だかりを抜ける時、誰かが投げた石が頭に当たってたけど………怒りで気がつかなかったのかしら?
「はーなに?あの自分のことしか考えてないお花畑」
ナタリーは、二人の背中を睨みながら、プリプリと怒っている。
「カレア…………。」
心配そうに私を覗き込む、アルバートの紫の瞳が揺れる。
私は唇をぎゅっと結んで、お腹に力を入れた!
「あー。すっきりした、ふたりともありがとう」
ナタリーが、私を抱きしめる。
「本当よ、あんなお花畑と縁が切れてよかったわ♪それに私のことを暴力女と言ったこと!カレアを侮辱する言葉を言ったこと、私なりの方法で後悔させてやるからね~。私のお母様は、ベルトラン侯爵夫人と並ぶ社交界の両雄なのよ!」
ナタリーが拳を空につきあがる。
「あー。とりあえず。腹は減ったままだが、ブルーノ公爵に、今回のことを話しに行った方がいいんじゃないか?」
「そうね、あの娘大好き、ブルーノ叔父様に報告しなきゃ」
「アルバート、ナタリーありがとう。そして二人のお腹は、ブルーノ公爵家で責任をもってパンパンにするからね」
私達は声を上げて笑い、公爵家に向かった。
✿ ✿ ✿
公爵家に着くと、お父様は直ぐに私達を執務室に招き入れた。
「どうしたカレア!追い剝ぎにでもあったのか!」
お父様に、ぎゅうぎゅうぎゅうぎゅうぎゅうに抱きしめられる。
「怪我は無いか?」
「大丈夫よお父様、私は仕事の作業着を着ているだけ」
ん?と頭に?のでたお父様は、私とナタリーを見比べる。
「ブルーノ公爵様、私はたまたま、仕事場についたばかりで、あだ作業着にきがえていませんでしたの、普段は仕事が終われば、カレアも公爵が準備した控室で着替えるのですけど!今日は急なことがありまして…………。」
それから私は、お父様にこの作業用ドレスの機能性の良さと共に、広場でのルーベン様との婚約破棄を説明した。
「カレア、腕を見せてごらん」
お父様が、優しく私の袖をめくる。
ルーベン様に握られた所が、少し赤くなり腫れている。
腕を見た、お父様の表情がみるみる消えていく。
……………………これは、お父様…………むちゃくちゃ怒ってる。
「ここからの手続きは私が行う。マーティン伯爵家とカストロ伯爵家は更地にしておくから、お前達は食事を食べに行きなさい」
うー。空気が怒りでビリビリして重い。
お お父様…………怖すぎて誰も立ち上がれないわよ。
私はエイ!と、勢いよく立ち上がる。
「お父様!更地はダメです。マーティン伯爵もカストロ伯爵も、伯爵達は悪い人ではないでしょ」
「そういってもだな、カレア~。お父様も大事な娘を傷つけられて、黙ってなどいられない」
「お父様。私はルーベン様と縁が切れて、すっきりしたのです。次は私が望む方と、縁を結ばせてくださるだけで十分です」
「カレア~」
お父様が優しく私を包む。
「よしお父様が、どっさり慰謝料を得てやるからな、そしてカレアの個人資産に追加してやる!だからカレアは急がずゆっくり相手を探すといい」
「はい。お父様」
私達は、ウルウルした瞳のお父様を、執務室に残してダイニングへと向かった。
「あーしかし、ブルーノ公爵……怖かったな~。心臓が止まると思ったよ」
「はは、アルバート大げさね」
「そうよ、いつもの娘大好き叔父様だったわ~。でも事が事だけに、空気が怒りで震えてたわね」
「いや…俺は、慎重にことを進めないとだな…………。」
「アルバート。なにぶつぶつ言ってるの?」
「いやいやいや!何でもない、凄いお腹が減ったなーと思ってさ」
「そうね!いっぱい食べましょ」
私達は、遅いお昼ご飯をいっぱい食べながら、溜まった休みもあることだし、今日は仕事をお休みすることに決めた。
お腹がいっぱいになると、少しだけ一人になりたくなった…………。
私は、ダイニングに二人を残して裏庭に出た。
蔦薔薇が咲き誇るアーチが付いたベンチに座り、どこまでもどこまでも、ただ青いだけの空を見上げる。
ルーベン様は、婚約してからいつも傲慢で、婚約破棄できたことは良かった…………。
…………スッキリしたはず…………。
まあ………私もダメなところはあった…………。
……………………。
「はあ~。 ドブネズミかぁ…………。」
「もー。カレアはドブネズミなんかじゃないよ~。化粧しなくても、こんなにかわいいんだから♪化粧したら絶世の美女になる」
後ろから、ナタリーに抱きしめられた。
「あー。女同士はいいよな、こんな時に抱きしめられて、俺はここでカレアを抱きしめたら、公爵に弓で射抜かれる」
そう言いながら、アルバートが隣に座った。
「ははは、お父様もさすがに弓で射抜いたりしないわよ」
「ちょっとアルバート、試してみたら?」
クスクス笑いながら、ナタリーも隣に座る。
「そう言えば、カレアはどうしてお化粧もおしゃれもしないの?」
「うーん。小さな頃にね、お母様のお化粧の真似っこしたくて、おしろいを顔にパンパンつけてみたの」
「わー私もやったわ、口紅をぐちゃぐちゃにして、すごく怒られた」
「私もすごく怒られた………それに、おしろいが合わなかったみたいで、顔にぶつぶつが沢山出来て、痒いし…………ひどい目にあったの」
「あー。何かの成分に、かぶれたんだな」
アルバートが、両手を組んで空を見上げる。
「かぶれたのは、子供だったせいもあるんじゃない?大きくなってから試した?」
ナタリーの言葉に、私は大きく首を横に振った。
「うんん。それからは、なるべくシンプルで、いろいろ入っていないクリームだけ、服も機能的なものを選んでる……もうあの痒さと、顔のぶつぶつは嫌だもの」
「カレア~。俺たちお仕事はさあ、好きなもの作り出せるのがいいところなんだよな~」
「そうね!良いこと言うアルバート」
ナタリーが私の手を取る。
「自分に合う化粧品を、作ればいいじゃない♪それにそれに、新しい化粧方法とかも考えたりして♪」
「出来上がったら宣伝に、いろんなところに行こう♪婚約者から解放されて自由になったんだ、楽しまくちゃな!」
アルバートが差し出した手に、私とナタリーも手を重ねる。
「よーし、みんなでおしゃれして、ピクニックに行くぞー」
「「えーピクニック!」」
アルバートの掛け声に、私とナタリーは、お腹を抱えて笑う。
「あんだよ、咄嗟に思いついたのが、ピクニックだったんだよ~」
今度は三人で、お腹を抱えて笑った。
✿ ✿ ✿
次の日から私達は、お肌に優しいおしろいを始めとする、化粧品の開発を始めた。
「カレアは小さな頃、なんの成分にかぶれたのかしらね~」
「かぶれの確認は、腕の柔らかいところに、少し塗ってみながら確かめていくしかないな~」
「化粧品を作るに、必要な材料を詰めてから、確認していきましょう」
「あとあと。私は、ん~。キラキラするって言うか、発光するって言うか、光の加減できらめくお肌を作りたいわ」
「それなら、アコヤ貝の貝殻を粉末にして、入れてみたらいいんじゃない?」
「いいね~」
私達は、わいわい楽しみながら、試作を重ねた。
試作を重ねる間、「若いうちにいろいろ試して楽しまなきゃだめよ~」というナタリーから、髪飾りや小物の使い方、はやりのお店や、同年代に流行っている遊びなどなど、いろんなことを教えてもらった。
楽しい時間はあっという間に流れ、2ヵ月後には、おしろいと口紅、目元をぱっちり見せてるためのペンと、まつ毛もくるりんとすることが出来るブラシの化粧品、4点を開発することが出来た。
「きゃー。やっと完成したわ♪ 試してみましょうよ、今日は我がクライン伯爵家から、選りすぐりの侍女を連れてきてるのよ~」
ナタリーが、私の背中をどんどん押して進む。
「わああ。ナタリー押さないでよ」
「だって楽しみなんだもの♪アルバート~。腰を抜かさない様に、気合入れて待ってるのよ~」
「おいナタリー。カレアは、今でも十分にかわいいんだ、腰なんか抜かすはずないだろ!」
ナタリーのおかげで、最近の私は、かなり身なりが整っているけど………。
か かわいい………んー。なんだか顔が熱いんですけど。
「なにさらっと言っちゃってるのよ~。ほんとアルバートは分かりやすいんだから」
私はナタリーに、お父様が作った控室に押し込まれ、侍女のみなさんに、入念なマッサージとお化粧をしてもらい、淡い紫色のドレスを着せてもらった。
「くーーーー。やっぱり絶世の美女!」
「あのダサい、グレーのシンプルドレスを着こなすスタイルの良さ、少し緑がかったマットブラウンの髪!そしてもともとの綺麗な顔立ちが、さらに化粧で磨かれたわ~」
ナタリーが、ぴょんぴょん跳ねながら喜んでいる。
「さあ。アルバートにも見せましょ~」
ナタリーに手を引かれて、アルバートの待つ、研究室に入る。
「じゃじゃーん。どうどうアルバート♪きれいでしょー」
ドサ!!
アルバートは私を見るなり、真っ赤になって固まり、ナタリーが声をかけると同時に崩れ落ちた。
私は、慌ててアルバートに駆け寄る。
「アルバート!大丈夫?」
アルバートは、口を両手で押さえて、コクコクと頷く。
後ろで、ナタリーが大爆笑している。
私が首をかしげると、アルバートは眼をつぶり、ごくりと何か飲み込んだ。
眼を開けたアルバートと、視線がぶつかる。
「カレア。あまりの美しさに、ちょうど口に入れたクッキーが、喉に詰まりそうになった、あと少し腰も抜けた」
アルバートが流れるような手つきで、私の肩に落ちた髪を掬う。
今度は、私の心臓が飛び出しそうになって、ストンと腰が抜けた。
「ぷぷぷぷ。もーあなた達。かわいすぎる」
ナタリーも私達の隣に座り込む。
「ふふ。宣伝活動は、来週の夜会からスタートするのはどう?」
「えー。夜会なんてハードルが高い。私は、パートナーだっていないし」
「えー。パートナーなら隣にいるでしょ~」
ナタリーが、アルバートを見る。
「「……………………。」」
見つめ合う私達を見て、ナタリーが勢いよく立ち上がる。
「わー。なんなのこの甘酸っぱい空気!みんな~換気よ換気」
ナタリーが声を上げると、侍女の皆さんが研修室の窓を開ける。
「ちなみに私には、誠実な婚約者様がいるから、パートナーの心配は不要よ」
ナタリーがパチンとウインクして見せた。
✿ ✿ ✿
夜会当日。
私とアルバートは、ナタリーと会場の入り口で待ち合わせをして、夜会のホールへと足を踏み入れる。
ナタリーの婚約者は、伯爵家の3男で、クライン伯爵家に婿に入る予定だ。
とても誠実で優しい笑顔の男性。
「ルーク!あそこでお母様が手を振っているわ、挨拶に行かないと!」
ナタリーは、婚約者のルーク様をグングン引っ張って、クライン伯爵夫人の元に行ってしまった。
「あ…………ふふふ。ナタリーはいつも元気ね」
ふたりを見送る私の前に、大きな手が差し出される。
「さあ。僕たちも行こうか」
ほほ笑むアルバートの手を取って、私は会場に足を踏み入れた。
「まあ。アルバート様、パートナーとご一緒よ」
「綺麗な方ね~」
「どちらのご令嬢かしら?」
「まあご令嬢のまつ毛見て、長いし、くるんとしてかわいい」
「おしろいもどこのものかしら?角度で肌がキラキラしてるわ」
周囲のざわめきから聞こえる声に、私はアルバートを見上げる。
「聞いた?好評みたいね」
「そうだな、もっと目立つように、一曲踊らないか?」
「うん」
私達は、踊りの輪にそのまま加わった。
軽やかな曲に合わせて、少し早いステップ。
ん~。アルバートこんなに細身なのに、軸がぶれない、しっかりしてる。
それに、少しのしぐさで次の動きがわかる。
楽しい♪
くるりと回って、最後のピクチャーポーズを決めると、周りから大きな拍手。
私達は、礼をして拍手に応える。
「アルバート、楽しいね」
「ああ。俺も今までの夜会で一番楽しい、少し喉が渇いたな。ジュースでも貰おう」
アルバートにエスコートされて、軽食やデザートの並ぶ、テーブルの近くにある椅子に座る。
「少し待ってて、果実水を持ってくる」
「うん」
アルバートが私から離れると、令嬢達が私を取り囲んだ。
「こんばんは、突然なのですけど、どこの化粧品をお使いですか?」
「そのまつ毛はどうなってますの?」
「綺麗な色の紅ですね~。キラキラプルプルしてる」
「是非、私達も使ってみたいのですが、どこの商品か教えて下さいます?」
わー。女子パワー凄い。
「もちろんお教えします、これは……。」
令嬢達の後ろに、ルーベン様が立っている。
眼が座ってて怖い…………。わ 笑った!
「こんばんは、お美しいお嬢さん。私は、マーティン伯爵家のルーベンと申します。是非お名前を教えていただけませんか?」
ルーベン様は、私の周りのご令嬢達を押しのけ、私に向けて手を差し伸べる。
わー。怖い怖い!やっぱりお父様に更地にしてもらえばよかった。
私は両手を胸の前で握り、きょろきょろとアルバートを探す。
テーブルの向こうから、慌ててこちらに走ってくる、アルバートと眼があった。
助けて!
私がぎゅっと眼を閉じた瞬間。
「まあまあこちらのデザート美味しそうですわよ~ベルトラン侯爵夫人」
「あらほんと、いただきましょう。クライン伯爵夫人」
「美味しそうですわね~」
「私にもいただけますか~」
恐る恐る眼を開けると、アルバートとナタリーのお母様達が、夫人の集団を連れて私とルーベン様の間に立ちはだかった。
「ところで聞きました~。数ヵ月前の噴水広場でのこと」
「まあどんなお話なんですの?」
「うちの娘がまき込まれたんですけど、どこぞの伯爵家のぼんくら息子が、婚約者の前に他の令嬢をぶら下げて現れて、言うのも憚られる暴言を吐いたんですって」
「あー私も聞きましたわ、家の主人がちょうど通りかかって見たのですけど、令嬢に暴力をふるおうとしたとか」
「まあ酷い」
「一緒にいた令嬢も酷かった様ですわよ~。公然と不貞関係であることを公衆の面前で話したとか」
「まあ愚かですこと」
は!
社交界の両雄!
ご婦人達の隙間から、アルバートが飛び込んできた。
「カレア」
アルバートに抱きしめられて、漸く体の力が抜ける。
私は、アルバートの袖をぎゅっと握り返した。
「離れてごめん」
アルバートがつぶやくと、目の前のご婦人が振り返りにっこり笑う。
「ほら、早く行きなさい」
!!! ベルトラン侯爵夫人!
「母上。感謝します」
私とアルバートは、婦人たちの壁の後ろを通り、庭へと抜け出した。
婦人たちのルーベン様への攻撃は、止まるところを知らず、どんどんと盛り上がる。
急ぎ足で少し庭の奥まで進み、私達はベンチに腰を下ろし、ほっと息をつく。
「はあ~。お母様達、凄いわね」
「ああ、家の母上とナタリーの母上を敵に回したら、社交界でやって行けなくなることが、身にしみてわかったよ」
私達は、見つめ合ってクスクスと笑った。
遠くから、ダンスの音楽と笑い声が聞こえる。
「綺麗な星空ね~」
少し薄暗い、庭の片隅から見上げる空は、満天の星が輝いている。
「カレア!」
大き目の声に驚いて視線を戻すと、真剣なアルバートの瞳と眼があった。
「俺は、カレアが研究室に現れた日から、すっと好きだ」
「うー。心臓が破裂しそうにドキドキしてる、私もアルバートが好きだと思う!でもでも、私にはまだ恋とか愛とかわからないから、まずはピクニックからお願いします」
私は、アルバートに手を差し出した。
アルバートは、私の手をがっちり握る。
「もちろん。今日からは手加減なしだ!覚悟しろ、カレア」
私達はしっかりと手をつないだまま、ピクニックの相談を始めた。
~ 終わり ~
= 後日 =
ナタリーから、その後のお母様たちの武勇伝を聞いた。
ルーベン様は、離れた場所にいたエリン様と転がる様に逃げ帰ったそうだ。
両家とも、社交界で信頼を失い、両伯爵が火消しに走っているらしい。
お父様に更地にされるのと、どっちが良かったのかしら?
(#^^#)




