表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ミニマリストA

作者: 田中教平
掲載日:2026/04/09

 

 新山蓮は晴耕雨読の日々を送っていた。今日は晴れているので畑に出ようか。何の変哲もない郊外の朝である。自宅裏のスーパーマーケットからガタンガタンと何やら荷物を運びこんでゆく音が聞こえる。労働。彼は労働に就きたい、と願っていた。彼は南美と結婚していたので尚更であった。しかし、蓮の体調はあまり優れない事が多く、そうして蓮が優れてくると、今度は南美が悪くなるのであった。

 彼は胃痛を緩和する薬を服しながら、南美に

「全くうちの家庭は旦那に労働に行って欲しいのか、欲しくないのかわからんて」

と、不満を言う。

南美は

「そうは言ってもあんたが職場で体調崩すようなら、誰が面倒みるのさ」

と、譲らない。

「そうだな、確かに、俺が以前みたいにポカやったときは、ありゃ確かに迷惑をかけた」

と、蓮はしみじみ言う。

「そうよ、面倒かけられる身にもなって、別段、あなたに仕事に行って欲しいわけじゃないの。こりごりね。それより、家の家事をやってくれないかしら。わたしだって病気で大変なの」

という、算段によって、蓮は主夫、という事になった。

ある日、彼はコンビニに向かって、チャイラテを一本、求めようと思った。いいや、南美の事も考えて、二本にしておくべきか。会計を済ませようと、レジにそれらを持ってゆくと、アルバイトの女性店員さんが接客してくれた。

「この、チャイラテっていうの、好きなんですか」

「大好き。妻も好きですね」

「奥さんも。へぇ」

しかし、この時、蓮が考えていたのは、今、目の前で働いている人の輝き、というか、彼に対しての優位性のようなものであった。

(この人が、アルバイトを辞めるというか、他の所でもいい、仕事をしている人が辞めれば、もしかしたら、俺の雇用に繋がるかも知れないんだ)

 そう、考えてじっとしてしまっている自分に気づき、蓮はハッ、とした。自分のエゴに気づいたからであった。

 チャイラテ二本を袋に下げて、コンビニを出て、自宅に帰る。

(寧ろ、俺が雇用というものに、参画しない事によって、他の誰かがその雇用に就ける、という事を考えれば、不器用な俺は、主夫、に甘んじる事で社会貢献しているのでは)

 考えて、わからなくなった。彼が今でも億劫なのは、そして体調が悪いのは、前職に於ける、トラウマという側面もあった。

そうして、彼が参画するとして、ポツポツとした単発のアルバイトだけであったのであった。

 蓮に訃報が入った。祖母が亡くなった、という。母が来てくれて、フォーマルのスーツを置いていってくれた際に

「おじいちゃんも、座っていな、って言ってもやっぱり立ち上がって、おばあちゃんの形見の整理とかはじめちゃうのよ」

と、言った。 

 連は髭を剃りながら考えた。亡くなった時には物は残る。そうして日々、物を買ってばっかりで生きて、物を活かしていきているのか、自分は、と問うた。答えはノーであった。

 彼はキャンパスノートを持って、自分が所持している物のリストを作る事にした。

・歯ブラシ 一

・チューブ 一

「なにしてんの」

「物の数、数えている」

「何それ。そんな事より、可燃ゴミ出しに行ってきて下さいね」

「はーい」

 可燃ゴミの袋は軽かった。玄関周辺にはチラシが散乱していたので、それもまとめて可燃ゴミの中に入れ直した。

(これで良い)

 このとき、ふと、彼は考えて、気づきを得たのだが、今まで書いてきた日記の事である。

十年くらい日記を書いてきて、三年くらい、止していた。三年読みかえさない日記ならば、捨ててもいいと考えたのである。しかし、実際にそれを実行するには勇気の要る事だった。

(捨てるのか。捨てるのかこれを・・・)

彼はえーい、ままよ、といった心構えになり日記十冊を可燃ゴミの袋に入れた。袋はズッシリと重くなった。

 彼は駆け足でその袋を肩から下げてゴミ集積場に向かうと、ドサッ、と捨てたのであった。そこには気分の高揚があった。

 自宅に帰って書斎のデスクに座ると、彼はデスクの上の、ジムビームのウイスキー、小瓶に目を向けた。

(これもお酒をやめてしまえば不必要な、「物」だ)

 彼はそういう風に、どんどん自分自身の持ち物を、冷静になって、或いは冷酷になって想像してみた。

 そうして、自分にかけている、コスト、というものを想像した。無意識にかけている、物、に対するコスト、つまりお金をどんどん削ってゆく・・・。蓮はちょっと複雑な気持ちにもなったので、まずはインターネット、或いは書籍などで、「断捨離」について調べてみる事にした。そして「断捨離」に関して必ず「ミニマリズム」「ミニマリスト」という物を持たない考え方、物を持たない人の情報がセットになって出てきた。

 彼はうーん、と思考してみた。直感として正直、ちょっと危険だなぁ、と思った。

「なあ、南美。ミニマリストとか断捨離とか、どう思う?」

蓮は真剣に訊いたが、南美は取り合わない。

「ミニマリストとか断捨離っていうのは一時期の流行でしょう?大した事ないわ。それに蓮はそもそも、物持ちが少ないじゃない。それでどうして断捨離するっていうの」

「例えばね、アコースティック・ギターが二本あるけれど、一本は全然使ってないじゃない。しかしその一本は、リビングに、デン、と鎮座しているわけでさ、それを売ったら、或る程度のお金にはなるでしょう」

「ふうん、無駄を省こうっていうのね。まあ無駄なギターだと思えば、無駄なギターだと思って売っちゃえばいいんじゃない。それでまた欲しい人がいたなら、その、流通っていうものに蓮はタッチしているわけじゃない。それは、善だよね」

 善、という言葉が南美から出るとは思わず、蓮は驚いてしまった。彼女は信心深い部分があるのであった。真・善・美を求める事があるのであった。一方で、彼女の部屋は荒れていた。本当に断捨離なり、ミニマリズムを必要としているのは、彼女の方ではないか、と連は考える事が多くなった。その為にも、物を捨てつづける姿を、彼女に見せつづけねばならぬ。それが背中を一押しした。彼は無駄な物を捨てる日々に、少しずつ、入っていったのであった。

 当初、蓮の所持していた物が八十あった。こんなにあったのか、と驚き、そしてどうしても、その数を減らしていきたいと思った。

 例えば煙草をやめたとして、煙草、ライター、灰皿。この三つの物が減る。お酒をやめれば、ウイスキーボトルが減る。

(つまりは、習慣を変えてゆくんだな)

彼は禁煙外来に通い、そしてウイスキーをキッチンシンクにぶちまけた。

 ギターを売った。七千円くらいになった。

しかし反動が出た。その分、中古本の本を買うようになってしまったのであった。

 彼は彼のミニマリズムに対する認識を深くする方向で、例えば、禅の書籍、それこそ、ミニマリストの書いた本、古代ローマ賢人の逸話の本等、自分の方向性に合っている本を選んで買ってゆく事にした。

「なんか蓮の洗濯物が少なくて、洗濯楽になったんだけどいいのかな」

蓮はニヤリ、として

「ミニマリストだから」

と、この時からミニマリストを自称するようになっていた。

「あの話、まだ終わっていなかったの」

「終わる事って言ったら、持ち物リストが、本当にミニマルになってからだね」

 それから蓮は暫く、ぼうっとしている事が多くなった。そうして、物の数に神経質になった。あと、一つ、二つ、減らす所はないか考えると、ちょっと苛ついてくるのであった。

 その今捨てようとしている、物、が、南美の所有物である事に気づくと、ハッ、として申し訳ない気持ちになったりした。

 この日、蓮は、母親の運転する軽トラックに乗って、不動産の設備点検のアルバイトに出ていた。運転中

「最近、断捨離っていうか余計なものを捨てているんだけど」

と、彼は告白してみた。

「母さんもしているよ。軍歌のレコードが出てきて、軍歌?捨てちゃえ~って」

「でもね、物をよく捨てるようになって、時々、不安になる事も多いんだよね。それは捨てちゃったら、もう元には戻らないんだからさ」

母は少し考えた後

「でもお母さん、断捨離して、後悔する事ないよ」

と、ポツリと言った。

彼は次元、という事を考えた。正直に言って、彼は、ミニマリズムを通じて軽くなりたいのか、消えてしまいたいのか、わからなかった。このとき、彼の物は本を除けば相当少なくなっていたが、それで、不安になったときには、必ず、左手の結婚指輪を眺めるのであった。

 そうして、その結婚指輪がある内は、大丈夫だという気がしてくるのであった。そんな事を話そうか迷っている内に、軽トラックは自宅に着いた。

「ありがとうございました。また、宜しくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ、じゃあね、蓮、断捨離、頑張って」

 彼は自分が変わりたかったのだと明確に分かった。そうして、ミニマリズムを通じて、変った側面にも目を向けたが、変っていない側面というものを、考えなければならない。

「蓮、おかえり」

「ただいま」

 次第に雲行きが怪しくなり、雨がちらついてきた。彼は暫し、その空を眺めていた。物が減って、する事が無い。彼は料理をしてみようかと思った。

「ああ、ええっと、焼きそば屋〜、焼きそば屋でござい」

 そんな文句を口にしながら、鍋をふるっている姿を、ただ南美は興味深そうに、眺めていた。南美の左手の指輪が光っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ