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トマ・サンデルスは、「失礼」と席を立って客間の入り口まで歩を進め、扉を開けた。執事は部屋に入っては来ず、その場でトマに耳打ちした。トマは低い声で何事か確認し、それから何事かを簡潔に指示する。執事は一礼して扉を閉め、姿を消した。
ラッピンに向き直ったトマは、溜息混じりに言った。
「彼らの動きの方が早かったよ」
ラッピンが怪訝になると、トマは淡々と状況を伝えた。
「デュフィが特殊部隊を差し向けてきたそうだ。……邸は囲まれる」
ラッピンは反射的に書斎の窓の外へと目線を遣った。
窓枠の先の視界は限定的だったが、共有庭園の緑――芝生――の上から、若い女性が幼児を抱えて小走りするのを見た。――まるで誰かに追い立てられているかのように……。
そこで初めてから応接椅子から腰を浮かせた。
「君を狙ってのことではなかろう。――保守党の院内総務の家の警護担当からうちの担当に、同じ状況を伝える連絡が入っている。狙いは〝軍守旧派と繋がりを持つ保守党の有力者〟の隔離だ」
この事態にも前準州代表は動ぜず落ち着き払っていた。一方、ラッピンの方は軽いパニックに陥りかけている。
――どういうこと?
対立する他方の軍閥に繋がる政治家を拘束する?
……それじゃクーデターになる ――っ⁉ 〝クーデター〟‼
……〝まさかそこまで〟という狼狽の思いと、〝いや、それは十分に有り得た〟……という慙愧の念が交錯した。
昨夜のマッケナも、つい先程のトマ・サンデルスも、戒厳司令官の首の挿げ替え――事実として〈非常事態〉を宣言された首都圏を支配することとなった〝特殊な暴力装置〟を統率する、事実上の〝王〟の首をどう〝挿げ替える〟か――の話をしていた。
それは〝ある視点での見方〟では〝謀議〟といえる。
気概のある王なら、〝水面下から攻撃の機会を窺う卑劣な敵に対し、先手を取る〟、という決断もするだろう……。
やるか、やられるか。
この数日のうちで、他ならぬラッピン自身が〝そういう性質の話の一方の当事者〟になっていたのだ。今さらながら、そのことに気付かされたラッピンであった。
そんなラッピンの蒼褪めた顔に、トマは変わらぬ表情で続けた。
「私と私の家族が危害を加えられることはないだろうが、君の方はどうする? このままここで捕まれば、ここから先、もう身動きはできなくなる」
そのトマの言に、ラッピンは、素早く〝自分の置かれた境遇〟と〝その後の状況〟に思案を巡らせた。
まさかいきなり〝命を取られる〟ということはないだろうが、間違いなく拘束はされる。
そうなったとき、統監府は自分の身柄を解放するよう戒厳司令部に申し入れることはしないだろう。
連邦国務省職員として、かつての『外交特権』に似た『連邦法行政執行特権』は保持しているが、自分の活動記録のうちの〝表に出す際には黒塗り〟となる内務省秘密情報部の工作補佐担当官としての経歴――例えば〝ファテュの件では初動から現地入りし特殊工作に従事〟といったこと…――が障害となる。
自分が工作員であることを先方は承知しており、その事実は、先方の統監府を恫喝する手札になりこそすれ、統監府の動く理由にはならない。マッケナの示唆した通り、いまの自分は連邦政府職員のシャノン・モーズリーではなく、〝アイブリー生まれのフェルタ人スパイ〟ジーン・ラッピンとして処理されるはずだ。
「それは困ります」
差し当たり〝打開の策〟は思い浮かばなかったが、諦観しきれないラッピンは、そう応じた。
そんなラッピンにトマは頷く。
「では、捕まる前にここを出なければならんな」
と、再び扉が鳴った。
「おじいちゃん?」
控えめに低めた若い男性の声が誰何してきた。
それはラファエル・サンデルスの声で、トマは扉の外に聞こえる声で応じた。
「入れ」
扉が開くとラフ・サンデルスの若々しい顔が現れた。ラフはラッピンを見止めると小さく頷き、部屋へと足を踏み入れてきた。




