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中部都市圏を構成する4つの郡に非常事態宣言がなされ、アールーズが戒厳令下に置かれると、それまで何とか保たれていた日常は一変した。
都市圏の主要な都市の通りからは目に見えて人の数が減った。富裕層街区での小学校人質爆弾事件以降、州内で登校する児童の人数は半減している。
このままでは早晩、経済活動の停滞は避けられないだろうと誰もが実感する中、市中ではサローノに出自を持つ移住者や避難民への脅迫や嫌がらせが多発、サローノ人店主の店が襲われるという事件を皮切りに、サローノ人学生への銃撃事件すら発生していた。
生活の基盤が崩れ始めている…――。
バンデーラは、市警から提供された大部屋のドアを開け何食わぬ顔で入ってきた美女に厳しい視線を向けた。
美女の方はその視線を、臆するふうもなく受け止めた。バンデーラは部屋中に聞こえる声を発して傍らの相棒に言った。
「――…トゥイガー、紹介するわ、こちらモーズリー監察官。ファーストネームは……何だったかしらね?」
「シャノンよ」
役職上位者のきつい声音に捜査官らの注目が集まる中、モーズリー監察官ことジーン・ラッピンも硬い声で返した。
「…………」 バンデーラは声を低くして訊いた。「それでシャノン、――いまさらここに何の用で?」
ラッピンは素早く大部屋に視線を巡らせると、一応個室の体裁を設えている間仕切りを見遣ってからバンデーラを向いた。そこは本来、シーロフ支部長の使う小部屋だ。
なるほど。……衆目のあるところで話したい事柄じゃあないってことね。
バンデーラは腰を上げると、くいと顎でラッピンを誘った。
ラッピンを先に間仕切りへと入れドアを閉じかけたとき、いま一人、ブロンドの同僚が滑り込んできた。
「ナイショ話はダメ。フォローできなくなる」
そう言って左腕を上にして腕を組んで見せたのはセシリアだった。彼女は部局内外の情報調整を担当していた。
バンデーラがラッピンを向くと、ラッピンもまた肯いて返した。
「先ず謝った方がいいかしら」
二人の監督特別捜査官の視線を撥ね返し、ラッピンは小首を傾げてみせた。
「統監府の監視の下で――」
さっそくセシリアが話を進めようと切り出したのだが、バンデーラは片手を上げて押し止め、彼女なりの〝切り口〟で疑念を質しにかかる。
「――ジーン・ラッピンは〝仮の姿〟?」
「そうじゃないわ――」
ラッピンはバンデーラを向いて応じた。
「〝地球連邦国務省の監察官〟シャノン・モーズリーも〝アイブリー準州の諜報特務庁エージェント〟ジーン・ラッピンも、どちらも正規の身分。地球連邦の市民権も、アイブリーの市民権も、両方〝正しく〟有してるの」
バンデーラは隣のセシリアと目線を交わした。
信じられない。地球連邦とアイブリーの公機関職員の身分を重複できるはずがない。
首を横に振るセシリアの目も、バンデーラ同様、懐疑的だった。
頷いてセシリアから視線を戻しこちらを向いたバンデーラに、肩を竦めたラッピンはさばさばと応じた。
「ええ、そう、わかった。……統監府が原籍。IISOにはコネを使って出向の形を取った。でも市民権の方は本当にそうよ」
そちらの方がいよいよ疑問だ。
現行の行政が、複数の市民権証明を〝正しく〟保有するなどということを許すはずがない。
バンデーラは鼻を鳴らして〝取り合わない〟ことにしたのだったが、セシリアには引っかかることがあるのだろう。横から割って入った。
「どこ?」
ラッピンはセシリアが何を確認したいのか理解しかねたふうで、小さく小首を傾げてみせる。セシリアは補足をして再び訊いた。
「どこの州の市民権?」
「メドールよ。生まれはアースポート――届けがね。実際にはアビレーのセントラルで生まれたの」
「それぞれ〝違う名前〟で?」
セシリアは次に湧いた疑問をすぐさまに質す。ラッピンは〝あまり話したい事柄ではないんだけれど〟という表情で応じた。
「経緯は説明できるけど〝なぜ〟そういうことになったのかは、両親に訊いてもらわないと」
セシリアは慎重に頷いた。
これ以上は家庭内の私事に係ることだ。




