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三つ目の視線

魔力測定試験の結果が掲示されて三日目。


アルケミエ学園の実習室は、朝日が高い窓から差し込み、石造りの壁に影を落としていた。リーナは緊張で息が浅い。周囲の生徒たちが試験装置の前に列を作っている。今日は再測定の日だ。


前回の容量値は12。その数字は学園全体に知れ渡り、廊下での視線はさらに厳しくなった。だが今、その装置の前に立つリーナは、わずかながら違う感覚を抱いていた。カイとの訓練が、何かを変えたのかもしれない。


「次、メディアス」


試験官の声が響く。


リーナは装置へ歩み寄った。その足取りは、数日前より確かだ。両手を装置の上に置く。冷たい金属。その上から柔らかな光が立ち上る。


魔力を流す。カイに教わった方法で。自分の容量の低さを知りながらも、その中で最大限に効率を引き出す。指先の微妙な調整。左手を少し弱く。右手をやや強く。バランスを取る。


ゆっくりと、光が増していく。


数秒。


装置の数値が点灯した。


「容量値:14。精度値:84。前回比+2」


前回より改善している。わずかだが、確実に。装置から手を離すと、リーナは深く息をついた。合格ラインまであと少しだ。次の試験までに、さらに上げることができるかもしれない。


試験を終えて訓練場を出ると、カイが廊下で待っていた。相変わらず白金の髪が陽光に輝いている。


「見たか。改善した」


カイの言葉は簡潔だが、その中に微かな満足感が混ざっていた。


「ご指導のおかげです」


リーナは丁寧に答えた。だが、その後ろでは、別の感情が静かに蠢いていた。敵であるはずの相手に、ここまで頼ってしまった自分。古代魔法の力を抱えながら、どうしてこんなに無防備に、この相手を信頼してしまったのか。


「それより」


カイが続けた。


「食堂へ行くか。朝食を摂っていないだろう」


それは質問というより、事実の指摘だった。リーナは昨夜、試験の不安で眠れず、朝もそのまま試験に向かってしまった。カイはそういったことを、自然に察する。


「……はい」


二人は学園の食堂へ向かった。廊下を歩く間も、時折他の生徒たちから視線が注がれる。容量値12の落ちこぼれと、帝国六大貴族の嫡子。その組み合わせは、学園内でも異常だった。


食堂への通路は、中庭を抜けるルートになっている。中庭は朝の時間帯、静かな空間だ。月夜の庭園とは違う、朝日に照らされた世界。昨日までの雨で、草木が生き生きとしていた。


ちょうどそのとき、背後から声がした。


「お疲れ、カイ。魔力測定試験、見に来たんだ」


リーナが振り返ると、一人の上級生が近づいてくるのが見える。


彼の第一印象は、「誠実」だった。


髪は深い栗色で、朝日に照らされるとわずかに光沢がある。身長はカイと同程度かやや低い。だが、何より印象的なのは、その目だ。青い瞳。その色は、冷徹なカイのそれとは異なり、温かみを持っている。同時に、何かを丁寧に観察するような知性も宿っていた。


服装は上級生の制服。その上に、軽く羽織った外套。その生地には、何らかの紋章が刺繍されていた。魔導師ギルド関連の標章だろう。


「エルヴィン。朝からご苦労さん」


カイの返答は、おなじみの冷淡さで。だが、リーナには分かった。この二人は旧知の仲だ。何度も会話を交わしてきた間柄の空気感が、その短いやりとりに満ちていた。


しかし、その中に、微妙なものが流れていた。友情とも、ライバル心とも違う、何かの緊張。


「で、こちらの生徒さんは?」


エルヴィンがリーナの方に視線を向けた。その目が、彼女をそっと観察する。


「リーナ・メディアス。同級生だ」


カイが淡々と紹介した。


「へえ。メディアス家。珍しい名前だね」


エルヴィンは笑顔で言った。その笑顔は、作られたものではなく、本当に興味を持っている表情に見える。


「よろしく、リーナ。僕はエルヴィン・レイトン。三年生だ」


エルヴィンは手を差し出した。その仕草は上級生らしく優雅で、同時にどこか親切だ。


リーナは戸惑いながらも、その手を握った。握手の瞬間、エルヴィンの瞳が、彼女の目を覗き込むように見つめた。それは、何かを探るような視線。しかし同時に、脅威的ではなく、純粋な好奇心に満ちているように見える。


「……リーナです」


「ところで、君の試験。見てたんだ。すごいね、あの魔力制御」


エルヴィンは握手を解いた後も、リーナを見つめたままだった。


「あの精度、同年代ではなかなか見ないもんだ。容量は低いけど、使い方が独特。君の魔法、もっと見てみたいんだ」


その言葉は、率直だった。ストレートに、何の飾りもなく。


リーナは、その誠実さに、思わず心が揺らぐのを感じた。古代魔法の痕跡を見透かされているのか。それとも、単純に自分の魔法技術を褒めているだけなのか。


その判断が、今のリーナにはつけられなかった。


カイが、その横で静かに立っている。その表情は変わらず、冷淡そのもの。だが、リーナには感じられた。わずかな、視線の緊張。カイの瞳が、エルヴィンとリーナの間を往復している。


「……ありがとうございます」


リーナが、慎重に答えた。


「そういえば、これから食堂?」


エルヴィンが聞いた。


「そうだ」


カイが答える。その声は、いつもより短い。


「じゃあ、一緒に行こうか。ちょうど俺も食事の時間だし」


エルヴィンが提案した。その笑顔は相変わらず温かく、親切そうなものだが、その底に何かが隠れているような感じがする。


三人は食堂へ向かった。


食堂は朝食の時間帯で、混雑していた。各所のテーブルで、学園生たちが朝食を摂っている。パンの匂い、スープの湯気、会話の喧騒。その中へ、三人は入っていった。


エルヴィンとカイはいつもの食事を取った。だが、リーナは、エルヴィンが勧める品々を幾つか口にすることになった。


「これ、いいよ。栄養価が高いし」


エルヴィンが指さしたのは、学園食堂でも少し特別な、高級な朝食。通常、一年生はこんなものを選ばない。だが、リーナは遠回しな好意を感じ、それを受け入れた。


テーブルに座ると、エルヴィンはリーナに向き直った。


「君の魔法の話、もう一度してもらえる?」


エルヴィンの質問は、単純だった。だが、その中には、何か深い興味が込められているように思える。


リーナは、カイの方を一瞥した。カイは、スープを啜りながら、何も言わない。ただ、その視線が、リーナとエルヴィンを往復している。


「私の魔法は……特に変わったところはありません。容量が低いだけなので、精度に頼るしかなくて」


リーナが、慎重に答えた。


「でも、その精度が独特だ。普通の帝式魔導ではあり得ない、魔力流通パターン。何か違う訓練法を受けてる?」


エルヴィンの質問は、鋭かった。リーナの内心が、一瞬凍りついた。古代魔法の痕跡を指摘されているのか。それとも、カイの訓練法のことを言っているのか。


「……カイさんに、魔力制御の最適化について教えていただいています」


リーナは、無難な答えを返した。


「ああ、そうか。カイが教えてるんだ。なるほど」


エルヴィンは納得したように頷いた。だが、その瞳には、まだ何かが残っている。純粋な好奇心か、それとも何か別の意図か。


しばらくの間、三人は食事を続けた。その間、エルヴィンとカイは時々会話を交わす。学園の講義について。騎導師志望者の試験について。そういった、当たり障りのない話題。


だが、その会話の端々に、リーナには、微妙な緊張が感じられた。


やがて、エルヴィンが立ち上がった。


「そろそろ授業の時間。また話そう、リーナ」


その言葉は、約束のように聞こえた。


「……はい」


リーナは、小さく頷いた。


エルヴィンが去った後、食堂の空気が変わった。カイが、リーナの方を見つめている。その瞳は、いつもの冷たさよりも、何かが強くなっているように見える。


「あいつは良い奴だが、気をつけろ」


カイが呟いた。その声は、低く、意味深い。


「……?」


リーナが、カイを見返した。


「何も。ただ、用心深くあれ。それだけだ」


カイはそう言って、スープの残りを啜った。その表情には、何かの複雑な感情が隠れている。不安。それとも、別の何か。


リーナの心の中では、新たな感情が生まれていた。


エルヴィンという新しい人物。その誠実な眼差し。その向けられた興味。そして、カイの警告。


新たな人物関係。新たな三角形。その中で、リーナの心は揺らぎ始めていた。


食堂の窓から見える中庭は、朝日に輝いている。その光の中で、リーナは自分の中に芽生えた、新しい感情に気づいていた。


守りたい気持ち。惹かれる気持ち。そして、その両方に対する戸惑い。


すべてが、ゆっくりと動き始めていた。

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