サリーナ様がブチギレましたわ……
少しでも笑っていただけたら嬉しいです。
伯爵家のご令嬢サリーナ様は、幼い頃から才女と名高く、学問も経済もお手のもの。私の友人、そして“推し”なのですわ!
めっちゃLOVE!
そんなサリーナ様と幼い頃に婚約したのが、侯爵家の嫡男ノーム様でした。
しかし、ノーム様のお父様。
領地改革を次から次へと打ち出しては失敗し、十五歳の息子に当主の座を丸投げして失踪してしまいます。
その結果──
財政は傾き、領民は疲れ果て、屋敷の使用人が次々と辞めていく有様。
ノーム様は重圧に耐えきれず、引きこもり状態。
普通なら、ここで完全に詰み。
ですが――
ここで登場するのが、我らがサリーナ様!
不正を洗い出し、税制を整え、商人との取引を再構築。書類の山に埋もれながら夜更けまで働き、「働いて、働いて、働いて参ります」と言わんばかり。
ノーム様のお母様(以後、“ノ母様”)も、心配して何度もお声掛けになったそうです。
あ、申し遅れました。
私、サリーナ様の友人、マーブ・ダーチと申します。
さてさて。
その努力の甲斐あって、侯爵家は見事に立て直されました。
――が!
なんとサリーナ様、ご自分の功績を一切主張なさらず、すべて「ノーム様のお手柄」で通したのです。
もう!
奥ゆかしいにも程がありますわ!
サリーナLOVE!!
とはいえ──。
これから先、ようやく幸せになっていくサリーナ様の姿を見られると思うと……。
嬉しくて、“マーブの舞”を披露してしまいそうですわ!
◇
「サリーナ、君との婚約を破棄する!」
きらびやかな舞踏会の、ど真ん中。
空気が凍りつき――次の瞬間、会場はざわめきました。
宣言したのは、ノーム様。
しかもそのお隣には、伯爵令嬢のクレジーナさんが寄り添っております。
「理由を、お聞かせ願えますか?」
サリーナ様は、声を震わせながら問いかけました。
「ふん! そんなことも分からんのか! だから捨てられるのだ! 俺は真実の愛に目覚めた。クレジーナと婚約する」
「っ……!」
サリーナ様は、ぎゅっと唇を噛みしめておられます。
「うふふ……。ノーム様のお気持ちが理解できない方に、侯爵の妻など務まりませんわ」
クレジーナさんが、見事なまでの嘲笑顔で言い放ちます。
(ノーム様の辛い時期を支え続けてきたのは、サリーナ様なのに……。ようやく幸せになれると思っていたのに……。こんな仕打ち、あんまりですわ!)
――と、その時です。
場の空気を読んだかのように、“ノ母様”が登場なさいました。
(来ましたわ! 救いの手! 貴族の婚約は政治同盟のようなもの。簡単に破棄などできるはずがありません。この場で止められるのは、あなただけですわ!)
「ノ……お義母様!」
サリーナ様が、すがるように声をかけます。
「サリーナさん。ごめんなさいねぇ」
(……え?)
「ノームがどうしても婚約を解消したいって言うものだから。私も止めようと思ったのだけれど……。男の決意って、母親にも止められないものなのよ」
そう言って、肩をすくめるノ母様。
(いやいやいや……それはないでしょ!)
サリーナ様も、落胆しておられる様子。
「あなたには感謝しているのよ。本当に助けられたわ。だから恨まないでね、ね?」
まるで「私は悪くありません」と言わんばかりの声音。
サリーナ様は、うつむきながら肩を震わせておられます。
(やっと、幸せになれると思ったのに……。サリーナ様……そのお気持ち、痛いほど分かりますわ……)
――と、思った、その瞬間。
「はあ!? お前ら、マジで言ってんの!?」
(……え?)
顔を上げたサリーナ様は、まるで昔のヤンキーのような目つきで、お三方を睨みつけておられました。完全にメンチを切っております。
(あれ? 涙は? あ、ありませんわね。代わりに殺意がありますわね)
「ノーム様。まず確認させていただきますけど……」
先程とは打って変わって、にっこり笑顔のサリーナ様。
一方、ノーム様は、驚き戸惑っております。
(怒った人の笑顔は凶器ですわ……)
「誰が、侯爵家を建て直したと思ってんじゃああああ!? このウジ虫クソ野郎がぁぁぁあ!!」
――炸裂。
(ば、罵倒の初手が、もう最終奥義ですわ!!)
「ひっ……! ウ、ウジ虫クソ野郎は……さすがに言い過ぎ……」
勇気を振り絞って反論するノーム様。
「あら、大変失礼いたしました」
サリーナ様は、すっと背筋を伸ばし、急に淑女モードに戻られました。
「訂正いたします。あなたは“ウジ虫クソ野郎”ではありません」
(おや?)
「何もしない・決められない・責任を取らない・それでいて成果だけは欲しがる――」
サリーナ様は、淡々と言います。
「領地が傾いたら引きこもり、立て直ったら胸を張り、そして調子に乗って“真実の愛”とか言い出す」
一歩、ノーム様に近づく。
「ですから正確には――」
にこやかに、はっきりと。
「“無能で、責任感ゼロで、寄生虫気質の、自分を優秀だと勘違いしているウジ虫クソ野郎”ですわ」
(訂正じゃありませんでした! パワーアップさせましたわ!!)
会場のあちこちで、クスクスと笑い声が聞こえ始めます。
「で? そんなあなたが私を“捨てる”ですって?」
サリーナ様は、鼻で笑われました。
「立場、分かってます? 捨てられるのは――」
一拍置く。
「あなたの方ですわ!」
(決まったぁぁぁ!! ゴォォォォルッ!!)
「私が侯爵家を支えてきました。だから、私がいなければ――」
遠くを見つめる。
「今ごろ、どこで何をしていたんでしょうね? 引きこもり侯爵様?」
「ま……待て……侯爵家を建て直したのは……俺──」
ノーム様は必死に訂正しようとします。
「ああん!? てめぇ、まだ自分の立場が分かってねぇようだな!! ケツ穴に爆竹さして、爆発させてやろうか! あん、侯爵様よ!!」
「ひっ……」
ノーム様は、もう限界。
鼻水まで垂らし、ついに泣き出します。
「ひ……ひっく……うぇ~ん! 母ちゃ~ん!!」
(……出ましたわ。最終奥義“ママ召喚”)
ノーム様は泣き叫びながら、ノ母様にしがみつきます。
“よしよし”するノ母様。
そして──
満を持して、ノ母様が口を開きました。
「サリーナさん。あなたの気持ちは分かるわ。でも、許してあげてほしいの。あなたは優しい子じゃない?」
(出たぁぁぁ!! 都合のいい“優しさ”の押し付け!!)
その言葉を聞いた瞬間、サリーナ様の拳が、ぎゅっと握り締められました。
「はあ!? ババア、何を寝ぼけたことをぬかしてんだ!! そもそも、てめえが止めていれば、こんなことにはならなかったんだ! 自分のせいだって、分かってんのか!?」
「わ、私のせい……?」
「ああ、そうだよ。お義父様が失踪したのも、このウジ虫クソ野郎が、こんな性格に育ったのも――」
一拍。
「全部、てめえのせいだ!! 無能で無責任なクソババア!!」
(言葉が、急所を正確に貫いていきますわ……)
「ち、違うわ……」
ノ母様は頭を抱え、か細い声で呟き始めました。
「違う……違う……わ、私は悪くない……」
(現実逃避、始まりましたわね)
それを見たサリーナ様は、にっこりと、とても綺麗な笑みを浮かべます。
(……怖い)
「いい加減、お認めになってください」
静かに、はっきりと。
「悪いのは、あなたです」
「ひっ……! ひぃぃぃぃい!!」
ノ母様はその場にしゃがみ込み、「悪くない……悪くない……」と、ぶつぶつ呟き続けます。
(ああ……心が折れる音がしましたわ……)
「さて──」
そう言って、サリーナ様は、ゆっくりとクレジーナさんの方を向かれました。
「ひっ……!」
クレジーナさんは、それだけ言い残し、踵を返して全力で逃走。
(判断が早い。生存本能だけは一級品ですわね)
「ふぅ~、やれやれだぜ……」
深いため息をつくサリーナ様。
その瞬間、会場から――
ぱち、ぱち、ぱち……
やがて、大きな拍手が巻き起こりました。
今夜の主役は、間違いなくサリーナ様です。
◇
その後。
サリーナ様のもとには、
山のように婚約の申し込みが舞い込みました。
あの舞踏会での立ち回りを見て、多くの男性が心を奪われたのです。
……まあ、当然ですわね。
強くて賢くて、美しくて、しかも容赦がありませんもの。
そして、もちろん──
私のサリーナ様への愛も、深まっております。
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