表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アクマの命題  作者: 匿名希望α & 千鳥
9/20

【7】噂の真偽/Sideスレイヴ(作者:匿名希望α)


──アメリア・メル・ブロッサム──


 少女はそう名乗っていた。


 『ブロッサム』


 これは孤児院の名前のようだ。メルの台詞と今までの情報が合致する。

 以前、耳にした研究生の名前『グレイス・ブロッサム』。

 ブロッサム姓を名乗るものは優秀な者が多い。そういう噂を聞いた。

 彼との関係を問うた所、肯定はした。だが、


「何か、あるようですね」


 何もないと言えるほうがおかしい。

 興味あるが相手が言いたくないなら聞かない。スレイヴはそんな殊勲な人間ではない。

 幾通りの調査ルートを思いつくが、あまり面倒なのは好ましくない。

 メルに直接聞くのが一番早いのは必至。しかし、相手が知らない情報を得てこそ、価値があるというものだ。


「やはり、本人に聞くのが妥当…ですか」


 彼も噂になっている。すなわち学内では名が通っていることになる。

 『ブロッサム』という姓を持つ人物。この噂は入学からしばらくたって表には出なくなった。

 元々、大陸全土から優秀な人材が集まってくるのだ。この類の話は後を絶たない。

 しかし、彼にはもう一つの噂が立っていた。その性格だ。

 自らの能力を惜しむことなく人助けに使い、彼にとってその行為は至極当然であり見返りを求めない。

 近年の魔術士によくある傾向を特化させた人物といえよう。

 魔術士とは『己の為にあるべきであり、その施行は代価を伴う』という本来の理念は過去の遺物になりかけている。

 ソフィニア魔術学園がそのあり方を変化させたと言ってもいいだろう。過去の恩恵を皆で学び、繁栄させていこうという方針だ。魔術士や人間ではないモノが恐れられていた大昔に比べると、格段に文化レベルは上がっている。

 その中、忌む意味でスレイヴらは「古い思考の持ち主」とされていた。あくまで噂であって、彼らの本質ではないが。


──彼が噂どおりの人物なら、少々面倒──


 スレイヴの噂も彼に伝わっているだろう。いくら彼がどんなに「いい人」であろうと、何年も学び舎を同じくしてこの噂を耳にしているのだ。スレイヴに対していい人を貫けるなら、それは相当アレな人物だろう。


──が、見合う価値はある


 スレイヴは”所用”を消化するために歩き始めた。


 ‡ ‡ ‡ ‡


 サイズマン研究室。

 自然魔法を基とした機材の研究を主としており、分野としては地味な位置にいる。

 だがその分、一般人への貢献度は大きい。

 学院から分配される研究費は多いほうではないが、自前で稼ぐ能力を持った研究室だ。

 それらのラボは十分に立派であった。


 コツコツと靴の音を立てながら廊下を進むスレイヴ。歩調は街の流れに比べるとやや早い。

 数階にわかれている研究棟。彼らが使用している部屋は特別で、二層にわかれていた。

 上層・二階が執務室、下層・一階が実験室だ。

 廊下からの階段でも移動できるが、彼らのラボには直通の階段がある。ただ、上下をぶち抜いただけなのではしご階段となっているが。

 外観からは勘違いされやすいらしいが正規の入り口は二階である。スレイヴは無論、上層の入り口へと向かった。

 スレイヴが二階へのい階段を上り終えると、廊下に出ていた研究生達とはち会う。

 彼らの表情は度合いはそれぞれだが一様に「驚き」を見せている。それもそのはず、スレイヴの研究室はすでに学院内にはない。

 追放される前はその性質上、サイズマン研究室とはそう遠くない位置にあった。

 だが、近くもないので訪れることはなかった。それが突然の訪問である。


「スレイヴ・レズィンス……?」


 呟いたような声が上がる。スレイヴはさして気にもせず表情はそのままだ。

 彼らの位置関係を見てサイズマン研究所の人間ではないと予測する。しかし、声をかけられたということにして、スレイヴは視線を向け──


「何です?あぁ、私も有名になってしまいましたから思わず声をかけてしまいたくなるのもわかります。……と、少し違いましたね。貴方は私がここにいること事態疑問に思い、今は理解できないでいる。それは当たり前ですよ。私は私の目的でここにいるのですから。理解する必要などありません」


──るだけでは収まらなかった。


 スレイヴはあながちはずれていなそうな勝手なことを並べている。それが当たっていようが外れていようがスレイヴには関係なかった。ただ言いたかっただけなのだ。


「しかしせっかくですから、一つよろしいかな?貴方方はグレイス・ブロッサムを見かけませんでしたか?」


 この研究棟で彼を知らない人はいないだろう。一人、声を出す。


「研究室に、いる」


 簡潔に一言。スレイヴはその答えに口をわざとゆがませ「ありがとう」と言う。

 罵りに近い台詞を吐いた後の礼の言葉はなんとも気味が悪いものか。

 そのまま彼らの脇を歩き進むスレイヴ。サイズマン研究室は廊下の奥の角部屋である。

 後ろでは先程の研究生達が呆然とスレイヴの背中を眺めていた。


 ‡ ‡ ‡ ‡


 廊下の角で開き放たれたドア。その脇の表札をみてスレイヴはここがサイズマン研究室であることを確認する。

 構内図では知っていたが、実際に来るのは始めてである。そんなこともお構いなしにスレイヴはノックの音を響かせ部屋の中を覗く。

 窓際、椅子に座り本を読んでいた女性がふと顔を上げ……あからさまに嫌そうな顔をした。

──素直な方は嫌いではないですよ──そんなことを心のなかで呟くスレイヴ。特に意味はない。

 その不機嫌そうな女性はそのままの表情で対応するようだ。席をはずしこちらへと向かってくる。


「で?の悪名高い『スレイヴ・レズィンス』が何の用?」

「おやおや、嫌われたものですねぇ」


 猛者も多く集まる魔術学院だ。こういう人材も少なくない。スレイヴも気にした風もなく首をすくめる。

 さっと部屋の中を眺めると、他にも何人かいるようだ。スレイヴの姿をちらっと確認したが気にする風でもなく自分の作業へと没頭している。

 スレイヴはグレイス・ブロッサムとは面識がない。だから目の前の女性に聞く。


「グレイス・ブロッサムはどの方ですか?」

「はぁ?アンタがグレイスに用?」


 この女性はとことんハッキリしているようだ。と、一人の青年が立ち上がる。どうやら彼が……

 短く切りそろえられた髪と、着崩されてはいるが無駄のない白衣。

 ハッキリとした目元とあまり鋭角ではない輪郭は優しそうな印象を受ける。

 スレイヴは噂を思い出す。


──容姿は噂そのままですね──


 客人の姿を見据えた彼は、やはり本人だった。女性が彼へ声をかける。


「グレイスー。この小悪党がアンタに用だってさ」

「……いくら噂の人でも本人を前にしてそう言うのはどうかと思いますよ」

「じゃぁ、本人の前じゃなければいいのかー」


 目の前で漫才でも始めそうな勢いの彼ら。ふむ、ここは一つ。


「まったくですよ。私は小悪党ではなく大悪党ですから」

「……」


 彼らの動きが止まる。その中、スレイヴはくつくつと小さな笑いをもらしている。

 女性がジト目になったのを感じる。グレイスの方はというと、難しい顔をしている。


「今日は貴方の出身地について聞きたいことがありまして」


 切り出したスレイヴの議題に、グレイスはあまりついてこなかった。

 ただ、小さな驚きのあと、また難しい顔になった。あまり触れたくないのだろう。

 スレイヴの言葉を待っているグレイスに軽く「先日あんなこともありましたからねぇ」と補足情報を加えた。

 連想されるは悪魔。


「わかりました。場所を変えましょう」


 深い息をつき、側の女性に「少し出てきます」と伝えた。第一印象としてうけた優しげな表情が一変、曇り続けている。

 スレイヴの背景に何か別なものを見ているのだろうか。

 これはこれで興味深い。スレイヴは思った。


「ウチの大事な助手なんだ。傷付けずに返せよ大悪党ー」


 腕組みしながら子供のお使いに出すような軽い口調で声を上げる女性。スレイヴはいつもの笑顔で「善処しますよ」と手をひらひらと振った。



 廊下で一つの情報が復元される。


 ……あぁ、思い出しました。


 あの女性が「サイズマン教授」でした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ