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アクマの命題  作者: 匿名希望α & 千鳥
8/20

【6】リピート/Side メル(作者:千鳥)


場所:ソフィニア魔術学院


††††††††††††††††††††††††††††††††


 講堂から図書館へ――。

 スレイヴと来た道を、今度は一人で歩きながらメルはスレイヴの言葉を思い起こしていた。


「この事件は神がわたくしに与えてくださった試練…」


 この言葉は最初、メル自身がスレイヴに向けた言葉であった。しかし、それがいつの間にか彼ではなく彼女を縛り付ける言葉に変わっていた。まるでスレイヴの魔法にかかったように――。

 確かに、この事件を解決することが出来なければ教会はメルに“悪魔軍団長ベルスモンドの討伐”の任を下すことはないだろう。メルは悪魔ベルスモンドを自分の命と引き替えにしてでも葬る覚悟があったが、教会の後ろ盾がなければ、一介のシスターが悪魔に太刀打ちなど出来るはずも無い事を身をもって知っていた。


「聖アグネスよ、イムヌスの母よ。どうかわたくしに悪魔に打ち勝つ力をお与えください」


 あの悪魔召還陣を復元した男は、全ての試練を一人で乗り切ったという。しかし、メルには彼女の信ずる所における神と聖人たちの加護があった。白き教えのもとにあれば、神はメルを見捨てはしない。そしてこの試練を乗り越えてこそ、メルは己の信仰心を神によって認められる事を信じていた。

 この小さな身体に背負うには重過ぎる宿命に、メルはイムヌスの教えに寄りかかることでバランスをとっていた。


 †††


 図書館へは、難なくたどり着くことが出来た。

 最初は攻略不可能な迷宮に思えたこの学院も、至る所に案内板が設置されておりそれを理解すればたいていの場所に行くことが出来ることが分かった。

 しかし、肝心のアルフを見つけることが出来ない。下へ下へと捜索を広げて行くメルが見つけたのは、アルフではなく、別の人物であった。


「あぁん?さっきのシスターじゃねぇか。スレイヴと一緒に講堂に向かったんじゃねぇのか?」

「オルド・・・さん」

 

 確かそんな名前だったはずだ。

 スレイヴの話によれば、彼もまたこの学院の人間であるはずだが、オルドはメルの想像する魔法使いの姿とは随分かけはなれていた。沢山の鋲が服に打ってあるのは、防御力を上げるためだろうか?しかし、ジャケットを軽く羽織っただけのあらわになった上半身がその効果を減退させているようにも思える。

 鍛えられた腹筋をジロジロと見ている自分に気がついてメルは慌てて視線を外した。


「は、はい。現場の調査は既に終えました。次はアルフさんからバルドクス・クノーヴィさんについてお話を聞きたいのですが」


 学院長の話では彼は悪魔を召喚したリバウンドで既に亡くなったという。本来ならば詳しく話しを聴き、神の名の下に更生なり矯正なり行いたい所だったのだが。


「それならアルフよりミルエに聞いたほうが早いぜ。アイツらは同じ専攻だったから棟も一緒だったし。そもそもミルエが…」

「ひとの居ないところで何の噂話ですかしら?オルド」


 オルドがぎょっとして振り返ると、そこには背筋をぴんと伸ばし美しい姿勢で立つミルエがいた。


「貴方がそんなに肝の小さい方だったなんて残念ですわ。人間どれだけ身体を鍛えても弱いところは弱いままなのですわね。どうせなら筋肉を強化なさる研究を行うより、脳にブーストをかける研究でもなさったらいかが?」

「オィ、ちょっと待てよ!なンか誤解してねぇか!?」


 ニコニコと口元に笑みを浮かべるミルエの口調はどこまでも上品だった。だと言うのに、どうしたらここまでひどい事を言えるのだろうという内容がその唇から流れてくる。


「あの!オルドさんは何も悪くはありませんわ。わたくしがお話を聞いたんです!」


 流石にオルドが不憫に思えてメルが間に入る。小さなシスターがオルドとミルエの“二重奏”を止めに入る様子は、他の学生からみると何とも果敢な行為に映った。


「バルドクス・クノーヴィさんの事、ご存知ですか?」

「あのエピゴーネンの事ですかしら?」

「エ…エビ?」


 冷ややかにミルエが言い放った言葉が解らずメルは顔に「?」を浮かべる。既存する理論を切り貼りし、模索するだけで一人前の研究者を気取るバルドクスを侮蔑を込めて評したのだが、彼女の意図が分かる人間は残念ながらこの場にはいなかった。

 

「そろそろアフタヌーンティーの時間ですわね。宜しかったらご一緒にいかが?シスターさん」


 唐突に話題を変えたミルエは「いいお菓子が届きましたのよ」と、メルをお茶に誘った。


「思い出したくもない相手について語るのでしたら、せめて雰囲気だけでも楽しくいたしましょう?」

「あの、気分を悪くさせてしまったのなら申し訳ありません。ミルエさん」

「ミルエが本気で不機嫌になったらこんなもんじゃねぇよ……で、さっきからアンタを見てるヤツがいるが、知り合いか?」

 

 頭を下げていたメルは顔を上げて、オルドが顎で示した先を目で追う。しかし、本棚の並ぶ図書館は視界が狭く人の姿を捉えることは出来なかった。


「え……?」

「学院の人間みたいだったが。ストーカーってヤツかぁ?」

「お茶は…わたくしの部屋ですることに致しましょうか」

「そんな大袈裟です」


 急に顔つきの変わった彼らに、驚く。

 孤児院で育ち、教会で清貧な生活を送るメルにとって、きれいな服を着て、勉学に励む同じ年頃の生徒たちはやはり裕福で育ちの良い人々に思えた。そんな彼らが犯罪まがいの事を行うなど到底思いもよらなかった。

 そんなメルに、温室のバラよりも大事に育てられたであろう上品なミルエが心配そうに、しかしハッキリと言い切った。


「可愛いシスターさん、お気をつけあそばして。世界がそうであるように、この学院に起こるはずのない危険なんてありませんのよ」


 そんな彼女を見てメルはふと思い出した。

 そうだ、バラには棘があったのだ。 

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