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アクマの命題  作者: 匿名希望α & 千鳥
6/20

【4】 そう人は呼ぶ/Side メル(作者:千鳥)



場所:ソフィニア魔術学院(図書館)


††††††††††††††††††††††††††††††††



 今回の調査対象の一人であるスレイヴ・レズィンスは、地上へ繋がる階段を落ち着いた足取りで降りてきた。歳は20代半ばだろうか、メルが想像したよりも、若い。

 視界の端に、オルドと呼ばれた柄の悪い青年が片手を上げて挨拶する姿が見えた。どうやらこの4人は親しい間柄のようだ。

 

「こんなところにシスターがいらっしゃるなんて珍しいですね。あぁ…」


 アルフの隣で立ち止まると、眼鏡の奥の目を細めてスレイヴは考え込む仕草をした。


「もしかして、先日の事件のことですか?」

「はい、わたくしはソールズベリー大聖堂から派遣されたシスターです」


 スレイヴは、彼の頭一つ小さいメルを一呼吸の間見下ろして、観察した。

 “観察”という言葉は見られたメル自身が感じた印象で、オルドの“値踏み”するような視線とは異なっていた。メルは上目遣いにならないように一歩下がると正面からスレイヴを見返した。


「調査員のアメリア・メル・ブロッサムと申します。こちらの学院で起きた悪魔召喚の事件について貴方にお聞きしたいことがあります。スレイヴさんですね…?」

「いかにも、私がスレイヴ・レズィンスです」

「腹の黒さにかけちゃ学院に並ぶ者が無いって呼ばれてる、あのスレイヴだな」


 楽しむような台詞に、横からオルドの茶々が入る。


「はらぐろ・・・?」


 首を傾げながら振り返ると、オルドは浅く腰掛けていたイスから盛大に床に転がっていた。アルフが冷ややかな瞳で彼を見下す。


「無駄口を叩くな、オルド。話がややこしくなる」

「大丈夫ですか…!?」


 慌てて駆け寄ろうとしたメルをミルエが優しく制する。


「気にすることはありませんわ。オルドはマゾなのでこうやってアルフに苛められるのを悦んで無駄口をたたいているのですから」

「ミルエ、てめぇッ誰が…マゾだ」


 よく見れば、オルドの座っていた椅子の一脚が溶けたように短くなっていた。これはアルフの仕業だったが、メルには知る由も無い。そんなハプニングなどスレイヴは気にもせずメルを見つめていた。


「アメリア・メル・ブロッサム……もしかして、サイズマン研究室の助手のグレイス・ブロッサムとはご親戚ですか?」

「……グレイス兄さん。そうです、同じ孤児院で育って…よく面倒をみてもらいました」


 スレイヴの言葉にメルは忘れていた兄弟の名前を思い出す。そして自分が孤児院出身である事をためらいも無く口にした。ブロッサム孤児院の子供たちにとって、あの家は誇りだったからだ。しかし、その家がなくなった今、


「では後で彼の所まで案内……」

「いいえ、結構です!それよりも貴方が悪魔と遭遇した場所に連れて行ってくださいませんか」


 グレイスに会う事は出来なかった。


 スレイヴの親切な提案を、メルの声が素早く打ち消した。4人の視線が集まり、メルは必死に取り繕う台詞を探す。有り難い事に、他人に深く干渉することがない彼らは、それ以上メルに追求することは無かった。


「では、講堂の方に案内しましょう」

「あ、じゃあオレ様モ…」

「お前はいい」 


 身を翻したスレイヴに、ほっと肩を撫で下ろすとメルは彼の後ろをついていく。しかし、思い出したようにオルドの首根っこを掴むアルフの元に駆け寄る。


「アルフさん。親切にありがとうございました」

「たいした事はしていない」


 本心からそう思っているであろうポーカーフェイスのアルフにメルはくすりと笑う。その表情は見た目の幼さから見ると幾分か大人びていたかもしれない。


「いいえ、アルフさんはとても良い方ですわ。でも、せっかく素敵なのだからもっと笑った方が良いと思います」


 一瞬、アルフの周りが凍りついた。


「だぁーっ、ハハハハッ!!おぃ!聞いたかアルフ。ほら、もっと笑ってやr」


 腹を抱えて笑い出したオルドにアルフの天誅がくだる。ミルエは読んでいた書物で顔を隠したが、肩が笑っている。言いたい事を言ってすっきりしたメルは自分の言った台詞が爆弾級の威力を持っていることなど全く自覚するはずもなく、


「もうよろしいですか?」

「はい!」


 スレイヴに元気よく返事をすると図書館を去った。



  ―――その王子様的容姿に騙されて(?)アルフ・ラルファに恋する女性は少なく無い。しかし、彼の噂を聞くやいなや、たいていの場合は近寄る勇気すらもてず、夢の中で彼に微笑んでもらい満足するのである。その微笑ほほえみを本人に求めるとは、メルはなんとも命知らずだった。


 ミルエ曰く「冷徹漢のアルフに微笑まれたところで、寒気がするだけですわ」らしいが。


 † † † †


「貴女は随分と大胆な人ですね、シスター」

「どういうことでしょう?」


 講堂へ行く途中、上機嫌で言われたスレイヴの言葉に、メルは小首をかしげた。

 先ほどから、行き交う生徒が自分たちを見ると一斉に道を開けている。異常な反応だったが、きっと客人が来たら道をあけるように教え込まれた礼儀正しい人たちなのだとメルは思った。


「私たちは学生時代からの昔馴染みなのですが“絶対四重奏”などと呼ばれてるんですよ」

「まぁ、素敵な呼び名ですね」


 メルは、きっと彼らがそれぞれに秀でた人物であるからつけられた名前なのだろうと考えた。それはある意味正しい。しかし、スレイヴはわざとらしくため息をついて続ける。


「それはどうでしょうね。世の人々が何を思いそう呼ぶのか、当事者には名に込められた真実の意味など知ることは出来ないのです」

「それならば、わたくしは教会内では“リトル・シスター”と呼ばれていますのよ」

「貴女が小さく可愛らしいからかな?」


 そのお世辞に、メルは首をふった。


「いつまでたっても、本物のシスターにはなれないからですわ」

「奥深いですね」


 スレイヴの眼鏡の奥が光ったような気がして、メルは喋りすぎた事を後悔した。事件の調査に来た自分がそのような事を言っては、まるで力不足のようではないか。

 メルは改めて気を引き締めると、スレイヴ・レズィンスを見た。アルフのように無表情ではないし、オルドのような乱暴さもない、常に口元に笑みを浮かべるどちらかといえば老成した若者だった。しかし、その笑みが問題だ。この男の笑みは人を不安にさせる。本来なら、笑みは人を安心させる作用があるはずなのに、その笑みに騙されてうかうか気を許したら、底なし沼にはまるのではないかと、そう感じさせるものがあった。


(悪い方ではないと思うのだけれど……)


 それがスレイヴの第一印象だった。


「ここが、私がその悪魔と遭遇した場所です。本来ならば魔法で修繕するところですが、貴女がたを呼ぶまで状態を保存していたようですね」


 立ち入り禁止のロープの張られた研究棟と議会場を結ぶ回廊には、未だ痛々しい傷跡が残っていた。大理石の床が獰猛な獣の爪にかかったかのように大きくえぐれている。その傷を目で追うと途中で鉄壁に突き当たったかのように途切れていた。


「この事件で出た死者は20数名。いずれも一定の戦闘力、魔力を持った衛兵や魔術士だとききます。彼らを一瞬で死に追いやった悪魔を貴方が一人で撃退したのですか?」

「私はあくまで、追い払っただけですよ。相手に傷一つつけていません。彼らとの違いは、悪魔という存在の扱い方を多少知っていたという事です」

「そうですか…」


 彼の言葉はメルにも十分頷けた。メルたちエクソシストも個々では悪魔を破滅させられるだけの力を持っていない。神のご加護の元、人々から悪魔を退かせるのがメルたちの仕事なのである。

 メルは懐に入っていたガラスの小瓶を取り出すと、その手を聖水で清め回廊の柱の一つに十字を刻んだ。単なる魔よけだが、悪い気が集まるのを防いでくれるだろう。「これでとりあえず大丈夫」そういいかけたメルの背後でピシリと何かが割れる音がした。


「動かないで」


 落ち着いたスレイヴの声と同時に、光の筋がメルの足元を走った。スレイヴを中心として巨大な光の円陣が広がる。その円陣は十分にメルの元まで届いている。防護の陣だ。


「どうやら、貴女への宣戦布告のようですよ?シスター」


 メルの頭上にあった屋根。それが今や粉々になっていた。スレイヴの張った結界が、メルの上に振ってくるはずだった瓦礫の雨を押しとどめている。そして、メルが十字を切った円柱には ―――


「“愚かな子供よ 親(神)の後ろに隠れて泣き叫ぶなら今のうち”……上等ですわ」


 十字の形を残して柱が崩れ落ちている。さながら墓標のように。柱に書かれた神を冒涜する悪魔のメッセージを前にメルは笑みすら浮かべていた。


「事件で悪魔を呼び出した召還陣の場所はご存知ですか?」

「ええ、すぐ近くですよ。その日は研究生の論文の中間報告会がありましてね」


 スレイヴが指をさしたのは百人程度の人を収容が出来る中規模の講堂だった。


「その、隣です」


 † † † †


 そこは、今は使われなくなった小さな建物で、以前は衛兵の詰め所として使われていたらしい。窓が高く、誰にも邪魔されずに魔方陣を書くにはもってこいの場所と言えた。


「これは……ラクトルの魔方陣ですわね」

「ほぅ、知っているのですか?」

 

 黒い染料で描かれたそれを見たメルの第一声に、スレイヴは意外そうに尋ねた。


「敵を知らずに戦うことは出来ませんわ」


 ラクトルの魔方陣は、悪魔召喚に使われる魔方陣の一つである。何百年も昔に主流とされたもので、現在は使われていない。何故なら、この魔方陣に関する資料が完全な形で残ってはいないからだ。イムヌス教の聖職者たちによって歴史上から抹消されたとも言われている。

 生贄を必要とする現在主流の魔方陣とは異なり、ラクトルの魔方陣は名の鎖による契約で高度な交渉術を必要とする。今回の事件の契約者はおそらく悪魔との契約に失敗したのであろう。


「でも、まさか完璧な形で残った資料があったなんて…。何処で手に入れたのかしら」

「ソフィニアには魔術に関する古来からの貴重な資料が数多く集められていますからね。その資料を頼りに不完全だった円陣を完成させることは不可能ではありません」

「そう、なのですか…」


 悪魔退治に来たはずが、とんだ問題が増えてしまった。メルは頭を悩ませる。報告書にはこの事件で起きた全てを書き記さなければならないのだが、メルにはスレイヴの言った説明さえ殆ど理解できそうになかった。 

 口元に手を当て考え込むメルに、スレイヴが声を低くしてささやいた。


「実の話ですが…この魔方陣の再現を成功させたのは、今回事件を起こした男と全く別の人間です。召還者の専門はミルエと同じ自然魔法・精霊魔法専攻ですし、地位と金の替わりに才能に見捨てられた研究者には無理なことですからね。その魔術士は研究の過程で偶然この魔方陣の復元に成功したのですが、運悪くその現場を別の人間に見られたために学院を追われてしまったのです」

「随分お詳しいのですね」

「私も陣式・印式を専攻していますから。魔方陣のことでしたら一通りは・・・」


 確かに、先ほど悪魔の攻撃からメルを守ったスレイヴの魔法は複雑な魔方陣を地面に描いていた。メルは納得しながら尋ねた。悪魔の召還陣を扱うような人間を野放しには出来ない。


「それで、今その方は何処に……?」

「その男を捜すのは時間の無駄ですよ。シスター」

「でも、スレイヴさんはその人の事をよくご存知なのですね」


 メルの言葉にスレイヴは殊更にっこりと笑みを浮かべた。あの人を不安にさせる笑みだった。


「えぇ、とてもよく知ってますよ」


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