【2】 絶対四重奏/Side スレイヴ(作者:匿名希望α)
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ここに、一人の学生がいる。
彼は少々変わった趣向を持っている。
彼は見つけてしまった。
この魔法学院にあるはずのない聖法衣を纏った少女。
年の頃は10代前半。
その視線は手にした紙切れと周囲を往復している。
彼は少女が道に迷っているのだと判断した。彼にも経験があるからだ。
そして道案内してあげようと決めた。
ここでもう一度述べよう。
彼は少々変わった趣向を持っている。
具体的には「年下の女の子に”お兄ちゃん”と呼ばれることに最大の喜びを感じる」という趣向だ。
彼の脳内シュミレートで行き着いた先は、未成年お断りな代物。
思わず緩んでしまった顔を引き締めると、いかにも”いい人”なオーラに切り替えて少女に近づき声をかける。
少女は何の疑いもなく応答した。年相応のあどけなさに彼の背筋をたとえ様の無い快感が走る。
彼の様子に首を傾げたが、その様子も彼にとっては快感の餌でしかない。
彼は我に返ると何処に行きたいのかを問うた。
その行き先を聞いた時、彼の背筋をたとえ様の無い悪寒が走った。
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研究棟には錬金術関係が集中する一角がある。
他の分野とは一閃を駕するそれらは、機材・資材の都合で別環境にあると言ってもいい。
故に、魔法学院の棟の中では一番離れた場所に位置し、生徒達には錬金棟などとも呼ばれている。
その錬金棟に並ぶラボの一つに「アルフ・ラルファ」の名があった。
少し長めのボサついた赤髪、少々ずれかけの眼鏡。ここまで見ればだらしがないと一蹴されるだろうが、その眼光は刺さるような鋭さを持っていた。
身だしなみを整えればどこかの麗しい王子に見えなくも無いが、本人はあまり興味がなかった。
少しよれたシャツの上から白衣を纏っているその姿は、それで様になっているようだが。
先日、学院長の使いに渡された紙切れ。内容は学会発表時に起きたあの事件についての捜査の協力要請だった。
もう片付いていることを何をいまさら、と思いつつも抗議しにいくのも面倒だったので結局そのままにしておいた。
そして今、ドアがノックされる。
アルフは拭いていたビーカーを定位置に置くとドアへ向うが、ドアノブに手をかける前にまたノックされる。こんどは声付きだ。
「ソールズベリー大聖堂から派遣されま……」
言葉の途中でドアを開くアルフ。にべなしに訪問者へと問い掛ける。
「要件は」
よく通るその声は、小さくとも相手に伝わる。
聖法衣の少女はアルフを見上げ目線を合わせた。アルフも予想外に背の低い相手を見るため、視線を下げる。
「は……初めまして。わたくし、アメリア・メル・ブロッサムと申します。ソールズベリー大聖堂から調査員として派遣されました」
アルフの雰囲気に気圧されたのか驚いたのか、踏み出しでこけそうになったがその後は難なく言葉を続ける。
見た目相応の声をした少女──メル──はアルフの眼を見据えたまま次の言葉を述べる。
「先日の悪魔が召還されたという事件についてお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
アルフは何もアクションをしなかった。無言と目線を肯定の意思として次の言葉を待つ。
だが、メルはその意図を汲み取ってはくれなかった。
傍から見ればラボのドア先で気まずい状態になっている二人。メルからすればそうなのかもしれない。
その間いアルフは少女を観察する。年端もいかないあどけなさを残すが、容姿とは沿わない落ち着きを感じる。
だが、経験不足か?
「一週間前に学術発表会が行われ、事件はその会場で発生。発表時に粗を突かれて逆上した生徒が退場後、悪魔を召還。魔法学院に雇われている治安部隊が退けようとしたが多大な被害を出した。だが悪魔を還すことに成功。召還者は悪魔帰還のリバウンドを受け、耐え切れず死亡。ということになっている。聞きたい事は何か」
一息に情報を伝えるアルフ。
突然の長文に対処しきれていない様子のメル。だが、時間をかけゆっくりと頭に染み渡らせる。
アルフが述べた内容は、差障りないが少々引っかかる物言いだったがメルは気にせず一つのことを問う。
「悪魔を撃退した方についての詳細な情報はありますか?」
学院長が言い淀んだ彼についてらしい。
アルフは即答する。
「スレイヴ・レズィンス」
「それが彼の名前ですか?」
アルフは軽く頷くと視線を軽くずらした。メルも思わずそちらの方向を見てしまうが、そこには床しかない。
何か考えているのかな?と思うのも束の間、「出る準備をする」というアルフの声と共にドアが閉められた。
「あ……」
何か言うこともできず、案内してくれた人をも探してみるが、彼の姿も消えていた。
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「聞くより直接会うが早い」
ラボから出てきたラルフが言った言葉だ。
メルは見知らぬ生徒に案内された道を遡っていると感じる。実際そうなのだが。
所々にかかれた紋様はただそこにあるだけでも美術的価値がありそうなしろものだが、それは全て合理的になされたものらしい。
石作りの廊下を歩く二人。
「何処へ向っているんですか?」
行き先を告げていなかったアルフは「図書館だ」と呟いた。
通常の講義などが行われる一般棟との間に位置する。「資料館」とも呼ばれるそこは呼称に相応の物量を誇り、魔法魔術関係の資料は他主要都市の図書館と比較すると群を抜いている。
故にこの魔法学院の図書館を目当てにソフィニアを訪れる者も少なくない。
他棟との連絡通路に差し掛かった時、他方から声が上がった。
「ようアルフ。相変わらずクソ鋼鉄顔面してやが…………あ゛?」
かけられた声の質と内容は品性のカケラも無かった。
アルフはユックリと、メルは急な動きで声の主を見やる。そこには銀の髪を短く乱切りした男が立っていた。背はアルフよりも少し高いだろうか。
彼の第一印象は大概同じである。『チンピラ』、と。 眉間に皺を寄せメルを見る姿は正にソレであった。
魔術士とは思えない服装──何かの獣の皮を加工したと思われるズボン、上半身裸の上からズボンと同質と思われるジャケットを羽織っただけ──をした彼は遠慮もなしにメルへと近づく。
メルはこの類の人間に耐性はあるのだろうか?
「あぁん?何でこんなガキがココにイんだよ」
「ガ、ガキ……」
外見は10代前半の少女なのだから言われるのもしょうがないが、メルは衝撃を受けているようだ。
少し意識が別の所へ飛びかけてる彼女を他所に、チンピラ風な彼はメルを舐める様に上から下まで見る。
まるで品定めをするかのように……
「オルド」
アルフが短く彼の名を呼ぶ。──オルド・フォメガ──学内でひたすらに規格外な存在である。
何故こんな男が”魔法”学院にいるのか。盗賊ギルド所属と言った方が周囲は納得するだろう。
「よくよく見りゃぁ、結構な上玉じゃねぇか。ッテーことは」
オルドはニヤリと笑う。悪党が悪事を思いついたときのような……そんな雰囲気で。
大して憮然としているアルフ。メルは内に入ってしまっていたがはっと意識を戻した。
含み笑いをしているオルドはメルを眺めながら嬉々として”何かを”語りだす。
「拉致って幼女(?)を自分好みに育てるってかぁ!しかもシスターとはまたイイ趣味しテんなテメェ!どこぞの王子様気取りでっ……」
「!?」
「黙れドアホウ」
オルドの台詞の途中、突如アルフの上半身がねじれその下半身の戻りの回転力を利用した突き刺さるような蹴り……ソバットが放たれた。
前屈み気味にメルを観察していたオルドは顔面にアルフの足の裏を──鈍い大音が響く──喰らい、
「ふぉおおおおおおお!?」
「!?」
彼が歩いてきた通路を吹っ飛んで逆行し、廊下を数回バウンドする。
30歩分程すっ飛んだようだ。中々の威力である。
回転力によって舞ったアルフの白衣がふわりと戻るのと、オルドが停止するのはほぼ同時だ。
「効いたゼ、オマエのパンチ……ごふっ」
何故か満足げな表情を浮かべた後、動かなくなるオルド。
「蹴りだ」
短くツッこむ。
そして何事も無かったかのようにアルフはまた廊下を進み始めていた。
「あ、あのっ」
メルの焦っている声が上がる。置いていかれまいとして駆け寄りながらその表情は混乱だろうか。
「あの方は……大丈夫なのでしょうか」
あれこれ変なことを言われたメルだったが、それでも相手を気遣っている。それが彼女の性格なのだろう。
アルフは前を向いたまま、いつもの憮然とした表情で答えた。
「気にするな。いつもの事だ」
これが彼らの日常らしい……
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書物の保護の為に、階層を上に積むより下に掘り下げているその図書館の外観は、只広い建造物である。
温度、湿度共に適当ではあるが、簡単な結界術により更に安定化されている。
つまりは単に過ごしやすいのだ。
受け付けカウンターを通り越し中に入ると、壮観な眺めが目に映る。
「うわぁ……」
幾段階に分かれた通路と積み上げられた本棚。
その景色は一つの芸術作品にも成り得そうな、幻想的なイメージも受ける。
空間という資源を余すことなく使うよう設計されたこの場所は、機能美という言葉で片付けるだけではアマリに物足りない。
メルが声を上げるもの致し方ないだろう。
アルフは軽く息を漏らしながら笑い、図書館の一角のブラウジングコーナーへと向う。
掘り下げられた空間の中、中段に位置するそこは精霊光でも用いているのか仄かに明るい。書物を読む場として適切に灯されているのだろう。
「あら、ごきげんよう」
足を踏み入れると、アルフまた声をかけられた。
声の主は金髪縦ロールでいかにも”お嬢様”という印象を受ける女だった。閲覧席にて本を広げていたがようだ、アルフを見かけて視線を向けていた。
「スレイヴを見かけたか」
「今日はまだ見かけていませんわね。でも現れると思いますわ」
その言葉を聞きアルフは振り向いた。だが、そこには誰もいない。
しばし停止したが、階段の上を見やると周囲からは浮き立っている修道女が視界に入る。
その視線に気が付いたメルはほっとした表情を浮かべ、アルフの元へと移動を開始する。
「誘拐?」
「ミルエ、オマエもか」
どこぞの神話に出てきそうな台詞を呟くアルフ。だが彼女──ミルエ・コンポニート──はつまらなさそうに「冗談ですわ」と呟いた。そして
「誑かした、が正しいかしら? 物理的に拾ってきただけでは、あのような表情はしませんわ。何か薬物を用いてインプリティングでも施したのでしょう?」
「……」
アルフ、無言。ミルエは再び「冗談ですわ」と呟いた。
周囲を見回しながら歩いてくるメル。初めてこの図書館に来る者の反応だ。初々しいその姿にミルエの頬が緩んでいる。
容姿も相まって尚更幼い印象を受ける。
「……すごい所ですね、ここは」
すっかり図書館の雰囲気に呑まれているメル。無理も無いだろう。ここで平然としているミルエやアルフも初めてココを訪れた時はそうなったものだ。
「初めまして。わたくし彼の友人でミルエ・コンポニートと申しますの。貴女が調査員のシスターさん?」
「は、はい」
アルフしか認識していなかったのでメルは少々驚いたようだ。
「名前を伺ってももよろしい?」
「はい。わたくし、アメリア・メル・ブロッサムと申します」
似たような台詞回しだな、とアルフは内心呟く。
縦ロール女ミルエ。レースの飾りが多重についた脹らみのある白が基調のワンピースドレスを着用している姿は、誰しもがいい所のお嬢さんだと思うだろう。
事実そうなのだ。
開いていた本をパタムと閉じ、優雅と思わせるゆっくりとした動きでメルを見つめると再び問い掛けた。
「どのような用事でこちらへいらっしゃいましたの?」
答える義理もない質問だが、気負いもなしに言うミルエには答えなければならない気がしてくるメル。
さして秘密にする必要もないので、メルは答えるだろう。
ミルエは出会い頭のアルフの質問で大体察しはついていたが。
「先日の悪魔召還の一件です。悪魔を撃退された、スレイヴ・レズィンスという方の事をお聴きしたくてアルフさんを尋ねたのですが、こちらを訪れれば彼に会えるみたいのですので……」
アルフをチラッと見ながら答えるメル。
その様子を心の中で細く笑みを浮かべながら思う。──これは面白くなりそうですわ──と。
「そうでしたの。まだ彼は……噂をすれば影、ですわね」
ミルエの言葉の途中、一人の男が階段を降りているのを視線で捕らえる。
彼の方はすでに気づいているらしく、こちらに向ってくるつもりらしい。皆の様子に気づいたメルは振り向くと、噂の彼だと思わしき人物を発見する。
「皆さんおそろいとは珍しいですねぇ。これから何かあるのですか?」
いつのまにかミルエの近くに座ってくつろいでいるオルドがいたが、アルフは居ない事にすると決めた。
話題の人──スレイヴ・レズィンス──は客人と思わしき修道女を認め「初めまして」と声をかけた。