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アクマの命題  作者: 匿名希望α & 千鳥
3/20

【1】 悪魔とは悪である。/Side メル(作者:千鳥)

場所: とある教会 ソフィニア魔術学院


††††††††††††††††††††


 教会の庭で、一人のシスターが子供達に神の教えを説いていた。

 学校に通えない子供達は、日曜になるとこの教会に聖書の言葉や文字を教えてもらう為に集まる。そんな彼らの先生は桃色の修道服を来たシスターだが、その見た目は随分と若い。身長もさることながら、ふっくらとした子供っぽい頬も、大きい瞳も、怒鳴るとやたらに高く響く声も、昨日12歳の誕生日を迎えた粉屋の娘のエミリアと何ら変わりがない。


「シスター・アメリア。今日は何のお話をするの?」


 だから子供達は、同じ年の友人と接するようにシスターに話しかける。


「それでは、今日は偉大なる七英雄の一人、老師クラトルのお話をしましょう。賢い彼の行いを見習って皆がちゃんとお勉強をするようにね!」


 幼い見かけに反したシスターの大人びた口調はまるでお芝居でもしているようだったが、子供達もシスター自身も気にする様子は無い。


「賢者クラトルは、形のない力――『賢さ』の使い方をわたくし達に教えてくれた英雄です。錬金術と魔法を用い多くの人々を救った彼は、ソフィニアで最も偉大な魔術師であり賢者の一人でもあります。老師クラトルが堕天使シェザンヌを再び神の元に導いた事は知っていますね?」

「しってるー!」


 子供達は頷いた。教会での教えは彼らにとって身近なものであったし、この説法好きのシスターから何度も聞かされた話しだったからだ。暖かい日差しを浴びながら、彼らの穏やかな時間は過ぎてゆく。


 しかし、忍び寄る悪魔の影は一通の手紙と形を変じて彼女の元へやってきたのだった。  

 


  †††††††


 桃色の修道服を着た幼いシスターこと、アメリア・メル・ブロッサムはいつものようにお勤めを終えると、彼女の師である司祭の部屋に報告に向かった。


「ファザー・ケイオス、入っても宜しいでしょうか?」

「どうぞ」


 小さくノックすると、すぐに返事が返ってきた。ケイオスは今年で50歳になるが、黒い髪には白髪一つ見られない若々しい司祭である。


「ちょうど良いところにきましたね。貴女に用事があるところでした」

「何でしょう?」


 司祭の机の上には一枚の封筒と便箋が広げてある。既に目を通したであろう手紙を再び手に取りながら司祭は静かな声で告げた。 


「シスター・アメリア。貴女に仕事です」

「お仕事ですか?」

 

 教会で働く修道女にはお祈りの他にも戦地での看護や孤児院の手伝いなど様々な仕事がいいつけられる。メルの思い浮かべた内容を否定するように司祭を頭を横に振った。


「シスターとしてではありません。エクソシストとしてのお仕事です」

「ファザー?わたくしは…」


 この教会の責任者である司祭ケイオスは、同時にイムヌス教、第四派閥に籍を置くエクソシストである。そしてメルは彼の弟子として退魔の方法を学んだ。しかし、彼女は正規のエクソシストではない。それは彼女が身にうけた呪いのせいでもあるのだが、彼女がたった一人の悪魔を滅する為にその技を伝授されたからでもあった。


「上層部は悪魔ベルスモンド討伐の大命を貴女に与えるべきか決めかねています。まずはこの仕事の結果次第というわけでしょう」


 聖ジョルジオ教会を崩壊に追いやった、悪魔軍団長ベルスモンド。メルが悪魔を心底憎むのは、大事な故郷と人々、生まれ育った孤児院をこの悪魔に奪われたからであった。


「神がわたくしの力を必要とするならば、わたくしはいつでもこの身を捧げるつもりです」


 教会と密接した孤児院で育ったメルは、何の疑問も持たず僧籍に入った。しかし、〝聖ジョルジオ教会の悪夢〟以来、神の威光を広め悪魔の手から人々を救う事こそが彼女の使命となったのだった。


 こうしてメルは、その小さな身体に大きな鞄を一つ携えてソフィニアへと向かうことになったのだった。

 


  †††††††


 ソフィニア魔術学院は大陸最高峰の魔術士養成所であると当時に、魔術国家ソフィニアを支える研究機関でもある。学院はソフィニアの象徴として都市の中枢部にあるため、地下鉄道を使うのが一番の近道である。

 魔法力機関を使ったこの乗り物はまさにソフィニアの技術の集大成でありメルのような田舎者を圧倒させるだけの存在感を持っていた。

 今回、退魔と治癒魔法は使えても、魔法自体に関しては全く知識を持ち合わせていないメルが魔法国家の魔術学院に派遣されることになったのはエクソシストとして、ある事件の調査を依頼されたからだ。

 

“学院の人間により悪魔の召喚が行われ、召喚された悪魔が暴走、多くの死者を出した。

 悪魔は学院の者により撃退されたが、この儀式における影響は未だ不明である”


 この事件の真実と解決の確認を行うことがメルの仕事だった。悪魔との関わりをもつ黒魔術は魔術学院でも禁忌とされている。悪魔との交わりは大変危険でその場所や人に何かしらの歪みを残すからだ。メル自身も、悪魔との遭遇により身体の時を止められていた。今年で18歳になる身体は、全く成長の兆しを見せなかった。

 不老となった体がいつ元に戻るのか、一生このままなのか……彼女にも分からない。

 肝心の召還者が意識不明の現段階では、悪魔との間にかわされた契約の内容すら知ることができない。そこで、学院長は懇意にしているソールズベリー大聖堂から“専門家”の派遣を要請したのであった。


「わが学院にようこそ。えぇと・・・シスター・アメリア?」


 メルを出迎えた学院長は、この小さな“専門家”に思わず不安そうな眼差しを向ける。自分の容姿に説得力がないのはメル自身も十分理解している。どうみたって、見習い修道女かエクソシストの弟子にしか見えないだろう。


「初めまして、学院長。わたくし、アメリア・メル・ブロッサムと申します。ソールズベリー大聖堂から調査員として派遣されました」

 

 物怖じしないメルの様子に多少安堵したのか、諦めたのか、学院長はその年老いた顔に苦渋の表情を浮かべて頷いた。


「今回の事件は、お恥ずかしい限りです……悪魔の召還など」

「事件の関係者から詳しいお話をお聞きしたいのですが、今皆さんは何処に?」

「召喚を行った者は死にました」


 それでは肝心の事件の真実を知る人物はいなくなってしまったと言う事だ。


「では、悪魔を撃退したという方は?」


 書類によるとその魔術士以外、悪魔の目撃者は全て命を失っていたはずである。召還した悪魔がかなりの使い手であることは、その書類からでも十分に推察された。


「彼は、その、ちょっと何処に居るか、学院では関知しておりませんもので」

「・・・?」


 学院に所属する魔術士の事だというのに、随分と突き放した返答だった。

 

「この事件の処理は学院の研究員に任せております。詳しい事は彼に聞いてください」


 まるでそれ以上の追求を避けるように学院長は部屋からメルを追い出した。彼女に手渡されたのは担当の研究者の居場所が書かれた地図のみである。


「一体、この学院で何が起こっているのかしら?」


 生徒たちの視線を浴びながら、メルは魔術学院という特殊な世界に一人放り出される事になった。

   

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