【17】巡る真相、探る深層/Side スレイヴ(作者:匿名希望α)
初めて見る退魔師の仕事。現場はスレイヴにとって少々物足りないシロモノであった。
瀕死の重傷を負ったメルが最後の力で行ったと思われる浄化の炎は、悪魔の身を焼き存在を削っていく。
「やれやれ、名を知られたからと言って命乞いですか。あまりに見苦しいですね。哀れみの念すら浮かばない」
情けない────呟くスレイヴは嘲笑を浮かべている。
頭を振りつつメルを視界に捕らえる。彼女は死にかけている。この悪魔と心中とは余りに愚かしい。嘲笑を込めて彼女を見やるがスレイヴの表情が固まる。
幾分か、先ほどより血色がいいのだ。その事実にスレイヴは目を見開いた。
対してメルは燃え行く悪魔を睨み付けており、スレイヴの視線に気づかない。
何故回復している?回復魔法?だろうか。しかし、その兆候は見られない。場の魔力の動きは無し。では神の加護?神の奇跡?この術の事は詳しくは知らない……だが、この回復力は尋常ではない。魔法だろうと加護だろうと、施行には代価を支払わなければならない。抉られた肉の補修、大量出血を補うほどの血を生成?どれほどの代価を必要とするのだろうか?現状から推察すると、この場で何かを消費しているようには思えない。
ならば何を代価としているのか?寿命か記憶の消費?現在解っているのは彼女の身体は数年前で成長が止まっている事のみ。
精神的な代物ではないのならば、人体のあるべき姿から逆らっている呪術の類……言わば不老。この異常治癒能力と関わっている?……この呪術は不老という考え事態が間違っている?この能力は治癒?回復?修復?修繕?修理?再生?蘇生?……これでは成長しないという事と係わり合いがない。それとも複数の呪術?
……興味が尽きないですねぇ
醜い悲鳴を上げ続ける悪魔を前にして考えいたが、耳障りに感じてきたスレイヴはそのまま声に出す。
「止めは刺さないのですか?」
騒音公害。すでに致命傷を受けている悪魔を殺ることは容易なのではと推察する。
対してメルは「いえ」と小さく呟いた。
「この悪魔には、最後まで聖なる炎に焼かれながら懺悔をしてもらいます」
固い表情のまま答えるメル。悪魔への拷問を懺悔というのなら、止めは救済になるのだろうか。
メルの瞳には何が移っているのだろう。聖職者は救いを求める悪に対して懺悔という名の拷問を要求するのだろうか。スレイヴに察することはできなかった。
(悪魔という存在がよほど気に入らないのでしょうか?)
業が深ければ深いほど知りたいという欲求は増す。利益を求めるという行為ではない。
ただの知識欲である。
(それがわかるのなら相応の代償を払いましょう)
その間にも悪魔の悲鳴が大人しくなっていく。
叫ぶという機能まで消え始めたのだろうか。悪魔に再び意識を戻した瞬間、悪魔がふと消え失せた。
「おや?」
スレイヴは不自然さを覚える。どういうことかとメルを見やった。
一つ息を吐きゆっくりと目を瞑ったメル。静かな口調で答える。
「悪魔は退散いたしました。これでもう安全です」
再度悪魔の居た場所を見つめるメル。スレイヴも同じく焦げ跡すら残っていない床を見る。
喧騒が過ぎ去った室内。壊れた屋根や壁から光が差し込み彼らを照らす。
(残留思念の欠片もないようですね。退散というならその通りですが……)
「退魔師の現場は初めて見ましたが、中々に興味深い物でした。しかし……あのように粗野な作業なのですか?」
自らの体を削り窮地まで追い込まれていたメル。戻ってきた時に見た惨状。
皆々ああでは退魔師は途絶えてしまう。解っていながらスレイヴはあえて問う。
「他の方はもっと速やかに悪魔を退けるでしょう。私はまだ未熟で」
「それだけではないでは?」
言葉を遮られたメルは身を震わせる。スレイヴの言葉の意味を瞬時に理解したのだろう。
メルはこれまでのスレイヴの行動から「スレイヴ・レズィンス」という人物をある程度知る事が出来ただろう。
次の行動を察したのか、表情が強張っている。
「まぁいいでしょう。では、そうですね、この場で私はあの悪魔の名前も知らなかった。貴女は傷を負わずに退魔に成功した。という事にしましょう」
「え……?」
「先程の悪魔は名を知られてもいない存在。先日の事件を起こした悪魔に引きずられて出てきた小物」
事実の捏造。スレイヴは少しばかり首をかしげながら考える。
2、3秒後には纏まった虚実を口にする。
「小さな聖職者を見つけ、その悪魔は小物らしく貴女を挑発し呼び出した。そして襲い掛かるが返り討ちに。あの少年や貴女の今の格好……丁度いいですね」
自分の造った状況を見直し、くすくすと笑うスレイヴ。そしてメルに視線を合わせる。
きょとんとしているメルの表情がより一層スレイヴを刺激している事は気づいていないようだった。
「この場に呼び出されて不意を突かれ、衣服を刻まれ。迫る悪魔は貴女の胸に爪を突きつける……正にこれから凌辱しようという展開ではないですか」
言われ、メルは自分の姿、服が破けている部分を再確認した。
「きゃぁあ!」
羞恥で顔を赤くしながらその腕で胸を隠ししゃがみ込むメル。心臓を抉られれば服は破けているわけでありまして。
血まみれの法衣がより危険な雰囲気をかもし出していた。
スレイヴは爽快な笑みを浮かべている。
「あぁ、私は”彼ら”のような趣向はないので、大丈夫ですよ」
「何の話ですか!」
「しかし非常に背徳的ですね……幼いシスターの法衣をはだけさせ弄ぼうとするのは、実に悪魔の所業と言えるでしょう」
一人大きくうなずきながら納得している。表情は至極真面目である。関心しているようにも見える。
「貴方も同じです!」
「おや、ほめられてしまいました。照れますね」
「ほめてません!」
抑揚のない棒読みなスレイヴの切り返しにしゃがみ込みながらも突っ込むメル。
そんな中、スレイヴは一つの考えに思い当たる。
(彼らのような趣向……これ以上成長しない彼女。この姿が全て。成長しようともこの姿を留める。欠落しようともこの姿に戻る?)
大それた欲求の一つ「不老」もどきの呪術。もしそんな呪術が彼女にかかっているのなら、呪いをかけた存在は何を思って行ったのか。もしそれが彼らと同じなら。
スレイヴは大声を立てて笑いたい衝動に駆られたが、表面に現れる前に押さえつける。
考えを切り替えるため、スレイヴは自分の青いマントをはずして二つ折りにした後に、しゃがみ込んでいるメルの肩にかけてやる。
「え?」
恐る恐るメルはスレイヴを見た。が、スレイヴの視線はすでにメルから外れていた。
この場の惨状の具合を確かめている。
「そのままの格好では、着替えがある場所にも向えないでしょう。今の貴女の姿が人目に着いては私の代案も無駄になってしまいます」
怪我をしていない、ということになっている。血に濡れた法衣は存在しないはずなのだ。
「貴女の血がこぼれた所が陣の上でよかった。これなら楽ですね。少し離れてください」
疑問を問う前にスレイヴが半目で集中する。手をかざすと同時に敷かれた陣が光り、その下にもうひとつの陣が現れる。
加速──重力に逆らい浮き上がる血液。3つの陣が立体的に液体を囲むと徐々に球体になっていく。
凝固──陣がその下に一つ現れ、激しく光ると同時に球体となった血溜りが急に小さくなった。
スレイヴがその陣に手を突っ込み、小さくなった鈍く赤い色をした球体を手に取る。
「これは貴女のモノですよ。どうぞ受け取ってください」
前が綻びないように右手でマントを握り、マントの裾から手を出すメル。
渡されたのは石のように固い、メルでも握り締められるような小さな玉。
「これは?」
「貴女と同じ成分の……宝石、とでもしておきましょう。血は魔力の源でもあります。あれだけの血液ですから、相応の力が含まれているでしょう。ただ、即席ですので……精度は少々荒いですがね」
赤い玉を観察しているメルをよそに、スレイヴは部屋の入り口へと向う。
はっとしてメルはスレイヴを視線で追う。顔だけ振り返り横目でメルと視線を合わせたスレイヴ。
「この場の後片付けは済みました。さぁ戻りましょうか。送りますよ」
スレイヴに終始奔走させられていたメル。その思いからか誘いに一歩留まった。一つ深呼吸をして目を瞑り静止していたが、ゆっくり目を開いた後に静かな口調で答える。
「お願いします」
その意思のある瞳に、スレイヴは満足した。
‡ ‡ ‡ ‡
────学園内某所。
『あの小娘……次は必ず殺してやる!』
削られた躯体。退いた悪魔はまだ現世に留まっていた。
退魔であって抹殺ではない行為。
『今に見ていろ……油断などしなければ』
「次はねぇんだよクソペド野郎」
『!?』
白い短髪のチンピラがガンをつけている。
「気配が小せぇがこの俺様の探知がら逃れられるやつぁいねぇ」
『はっ!貴様程度が何をしようというのだ。邪魔をするな』
「あぁん?最後の台詞はそれでいいのかよ。ケッ。クソ面白くもネェ」
どうしようもねぇなとつまらなそうに空を仰ぐチンピラ。
その横に赤髪の男がいる。そいつからは魔力をまったく感じられないため、悪魔は無視を決めた。
『貴様も死にたいらしいな』
急接近。鋭利な爪をチンピラの心臓へ突き出す。が、
『ガッ!?』
殴られた。横の赤い髪の男に。
ただの拳だというのに、根底を揺るがすほどの衝撃。赤髪の男は軽く突き出した拳の攻撃だったはずだ。
飛沫のように揺らぐ存在。自分という意思が削られたかのような喪失感を覚えた悪魔。
「存在に依存して存在している存在?ワケわかんねぇかもしンねぇけどよ。そいつらの存在そのものをブッ壊したらどうなるか知ってっか?」
目の下のモノを嘲笑うチンピラ。その表情が悪魔を逆撫でる。
『キサマァァァ!』
「ぎゃはははは!それだよソレ!それを聞きてぇンだよ!ってワケで消えとけボケ」
フェイントで悪魔の攻撃をかわすチンピラ。その先には赤髪の男。
重心を落とした姿勢からの拳の一撃。東から伝わる武術の基本だっただろうか。
『 』
”悪魔ウィンダウスに攻撃するという意思”が”悪魔ウィンダウスという存在”を押し潰す。
何も考えられなくなった悪魔ウィンダウスという”存在”は、
世界から消滅した。