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アクマの命題  作者: 匿名希望α & 千鳥
17/20

【15】目的/Side スレイヴ(作者:匿名希望α)



 スレイブは微笑む。

 メルが見事に困惑している。少し種明かしをした。いそがば回れ。つまりはここに来るまでに回り道をした。しかし、それらはここに来るための手段であり、ここがたどり着くべき目的の場所ではない。

 全てはこれからのために。


 これから繰り広げる喜劇のために。


 口調、態度から察するにはメルをこの場に案内した時に挑発をした悪魔の可能性が高そうだ、とスレイブは判断する。

 男子生徒に憑依……。 

 ターゲットが、切り替わる。


「貴方は確か……何度か見掛けた記憶がありますね」


 少年の表情に驚きが走る。こんなやつに覚えられているとは、と。

 その口調は普段とさしてかわらず、悪魔憑きの人物の前にいるとは思えないほど穏やかだった。

 付き合いが長い人間なら、コレに対して予兆を感じたかもしれないが、ここにはいない。それが不幸か幸いか先にも後にも判断がつかないだろう……


「彼の名前をご存知ですか!?」


 急くようなメルの声に掠める記憶がある。悪魔退治などには、それらに付けられた名前を知っていると知らないとでは、大分違うらしい、と。


「あぁ、生憎ですがそこまでは知りませんね」


 表情の曇るメル。対して少年の顔には微かな安堵が映る。少年本人の感情かそれとも悪魔のモノか、判断はつかない。

 ここで少年はメルが名前を知りたがっていると気付いただろう。だが、口が、舌が、喉が、腹が、自分の意思で動かない事に驚愕している。

 悪魔は舐めるように少年の絶望を味わっていた。


『残念だったな小娘』


 少年の口から少年の言葉ではないモノが発せられた。

 失点を見つければ悪魔はそこを攻め立てる。安易なプレッシャーのかけ方だ。しかし簡単だからこそ常套手段となる。


『俺を落とす?こいつ程度に振り回されてる貴様に俺が落とせるものか!小娘、オマエの姿は滑稽だったぞ!』


 どこからか見ていたのだろう、悪魔は嘲笑う。ここで襲ってきた時からだろうか。

 と、そこでスレイブがふう、と息をつく。


「やれやれ、こいつ扱いとはヒドイですねぇ」


 ここに来ても彼の会話のトーンはかわらない。悪魔に対してでさえ友人に語りかけているようだ。本当に友人か何かなのでは?という疑問が沸く。メルはそこをぐっと押さえた。スレイブ・レズィンスという人物は、どのような存在に対してでも同じなのでは、と。


「まあ、確かに貴女の姿は興味を引くものでしたね、シスター」


 キッとスレイブに鋭い視線を向ける。悪魔に同意するとは……、と言いたげな目。

 そこでニヤリと笑うスレイヴ。


「しかし、それらと悪魔を落とすという事は別問題ですよ」


 今度は悪魔の方がスレイブを睨んだ。その凝視を涼しげにうける。


『貴様、この俺が小娘より劣っているとでもいうのか』


 言葉は静かだがその分重い。


「この俺、と言いましても私は貴方の事を知りませんし、何を判断材料にすればよいのでしょう?」


 当然の如く切り返す。名前くらい解れば、と問い掛けてみた。

 すると悪魔は大笑いする。


『何を言うのかと思えば!そんな幼稚な罠に引っ掛かるはずがないだろう!』

「ひっかかりませんでしたか。予想外ですねぇ。名前を言ったのなら大ウツケと指を指して笑って上げようと思ったのですが、残念です」


 あたりまえだ、と言わんばかりに失笑する悪魔。

 だが、その罠にひっかかる程度の悪魔という認識をスレイブが持っている事に気付いていない。


「しかし、それも悪魔を落とすという事とは別問題ですよ」


 少年の眉間にしわが寄る。彼の体の支配は徐々に悪魔に奪われている。


「スレイブさん!今はそんな事を言い合っている場合ではありません!悪魔が彼の体を完全に支配する前に……」

「果たして彼は、あの悪魔から救うほど価値がある存在でしょうか」

「な……何を言うのですか!?」


 メルが絶句する。スレイブのようなタイプは始めてなのだろうか、彼の思考の一つ一つに戸惑っている。

 品定めするかのように、少年はスレイブを見る。

 彼の表情が能面となりながらもスレイブは自分自身に向けられる意思を感じていた。


「等価交換。彼は契約によって力を借りたのです。代価を払うのは当然でしょう」

「しかしこれは悪魔の……」

「別問題ですよ、シスター」

「でも……っ!」

『面白い事を言う。アイツが気にする事はある』


 閉口していた悪魔がスレイブらのやり取りに口を挟む。スレイブはふと思い立つ。


「おや……彼の意思はもうないのですか?」

『ふむ、この愚か者の事か。体は動かせないが意識は明瞭にある』

「これからお楽しみという事ですか」


 その台詞はメルの神経を逆なでた。

 平手がスレイブの頬へ跳ぶが、体を軽くそらしてかわす。


「貴方という人は!」

「私は事実を述べたまでですよ。彼はこれから死ねない苦しみというものを味わうことになりそうですから」


 二発目の平手は飛んでこなかった。

 威嚇するようなメルに、スレイヴはやれやれと首をすくめる。それから視線を少年へと向けた。

 彼はまだ、少年と呼べる存在なのだろうか?


「たとえ爪が剥がれようと、腕を折られようと、貴方は失神もできずに悶え苦しむのです。痛撹はありながら自分の力で制御出来ない体自らがその痛みを与えることになるのです」

「スレイヴさん!!」


 スレイブが言うのは確かな未来ではない。しかしその可能性は充分にあることをメルは知っている。

 彼が少年でなくなる事を促進するような内容である。

 メルは止めさせるべく声を上げるが、止まるはずもなかった。


「体の自由が利かなくなり、精神を蝕み、なおかつ正常な思考と感覚を残し、身体が変形する苦痛と、在るべきはずもない意思に触れ。それでも気を失うことが出来ず、正気を失うことができず。死にたくても死ねない。完全に乗っ取られた体は人間の理から離れ永続的に生存するでしょう。あぁ、生存という言葉は正しくないですね。

何せ人間としては既に死んでいるのですから」


 まだ残っている少年へ向けた言葉は凍てつきかけた少年の心を突き放すものでしかない。

 反比例するかのようにスレイヴの言葉は弾んでいるように聞こえる。

 悪魔は微動すらしかなった。おそらく少年にこの言葉を聞かせるためだろう。

 先ほどに比べ幾分か法陣の発する光が弱くなっている壊れかけた室内。三者……正確には四者は未だ対峙しているだけだった。


「そもそも貴方は生きていたと言えるのですか?日々勉学に明け暮れる魔法学院の生徒と言えば聞こえはいいでしょうが…貴方にはそれだけに打ち込める意思はありましたか?あれば貴方はこのような場所にいるはずがないでしょう。貴方は何をしたかったのですか?

いえ、質問を変えましょう。何をしにこの魔法学院の門をくぐったのですか?」


 スレイヴの言葉は少年のあり方にまで及んでいる。

 彼を止めるかべきか……聖職者なら止めるべきなのだろうとメルは心に思うが、圧倒されて行動にならない。

 経験不足か力不足か、その一歩が踏み出せない事に苛むメル。

 だが、後悔する間すら与えず場は進んでいく。


「貴方の趣向は伺ってますよ。まぁこの状況に免じて口に出すのは止めておきましょう。

学友からも講師からも白い目で見られる貴方は生きている意味はあるのでしょうか?消えてもらった方が環境にいいでしょうね。おっと、悪魔の餌になるという事ができまから、存在しないよりマシでしょうか」


 最後にスレイヴは鼻で笑う。自分とはまるで関係ない存在だ、という事を強調するために無関心そうに。

 次々と攻め立てる言葉を並べるスレイヴに、メルは再び絶句していた。

 何故この人は、ここまでひどいことが言えるのだろう。現状を忘れてその一点だけに思考が回る。

 悪魔は表情をあらわにした。底から来る快楽を抑えるように笑いをこぼしながら。


『貴様は本当に人間か?……なるほど、そういうことか』


 だが、次の言葉で全てが一変した。


「それでも助かる事を望みますか?」


 スレイヴの声。

 瞬時に、理解できなかった。

 一時の沈黙の後、メルが我に返る。


「な!?」


 驚きは悪魔も同様『キサマ……』と呟き睨みを利かせる。

 無論。スレイヴは無視している。

 場が再び荒れ始めた。視得ない力が波立ち始めている。


「地面にはいつくばり、土や泥と(まみ)れようとも自らの意思で生きる事を望みますか?」


 見下した嘲笑を前面に押し出してスレイヴが再度問いかけた。

 瞬間、悪魔とは違う微かな力が場を通る。……いや、少年を中心に発せられていた。

 それを合と採ったスレイヴはその口を歪め、笑顔を浮かべた。

 表現し難い、氷の炎のような笑顔を。


「ならば私に助けを請いなさい。悪魔を拒絶しなさい。貴方も魔術士の端くれなら心の底からの叫びを上げて自らを主張しなさい。貴方にも見た夢、欲望があるでしょう。それらの為に祈りなさい!行動力や実力が伴わなくともそれくらいならできるでしょう!さぁ、貴方の欲望を成す為に、私に助けを請いなさい!」


 表情を隠そうともせず、存在を繕うともせず、スレイヴは少年に向かって叫んだ。

 これはまるで────


「なんという……」


 表現する言葉が見つからないメルは呆然と呟いた。

 その最中、悪魔に異変が起きてた。

 少年が自らを叫び、悪魔に抗うという(すべ)を実行しているのだ。


『ぐ……キサマ!』


 ただの一般人なら悪魔にとって問題はなかった。

 少年は一見落第した学生だが、”魔法学院の生徒”であり、”力を使う術”も学習している。

 抵抗力は……弱くはない。だが、憑かれて時間が経過している。はじき出すまでには至らなかった。

 にやりと笑うスレイヴを、人間とは違う表情をした少年が睨む。


「氷結」


 短く呟いた言葉。同時に少年の足元に現れる光陣。

 乾いた木材を叩いたような音が響き、陣の上に氷のオブジェが出来上あがった。

 それらは空気中の水蒸気だであり、悪魔は補足されまいと既に飛び退いていた。

 続けざまスレイヴは次の法を敷く。


「雷電」


 彼の背後。中空に子供の背丈ほどの円陣が浮き上がった。

 帯電しているソレは近づくモノへと放電する。少年の腕が一振り、電子の束を払うと突風に吹かれたかのように法陣が消し飛んだ。

 突然開始された攻防。メルは出遅れて……というより混乱していた。

 今までの過程、そして現状。彼の言動が一本につながらない。

 だが目の前で行われているのは戦闘行為であり、対峙しているのは少年についている悪魔ということだけはかわる。

 咆哮による力の解放。

 波動となって押し寄せるそれらに対しスレイヴは「防護」と小さく呟いて射線上に陣を敷く。

 十字を握り締めたメルは、防護陣の影響範囲に移動しつつ参戦すべくスレイヴの隣に……


「!?」


 だが、彼の咆哮は質……いや目的が違った。

 音が消える。

 思わず上げようとした声すら、自らの耳に聞こえてこなかった。スレイヴも眉をひそめている。


『どうだ!唱えられまい!』


 沈黙結界……とでもいうのだろうか、悪魔の詠唱を封じる術に嵌ったということになるだろう。

 その中でも悪魔の声が聞こえるというのは、正に彼の手中のなかということだろう。

 魔法を使えぬ魔法士、聖句を唱えれぬ聖職者、手法を封じることにより優位に立つ。


 表情を悦に歪め、スレイヴに迫る少年。

 メルがスレイヴの間に入ろうとしたが、それよりも早くスレイヴが前に出た。

 意表を付かれたが、術を使えない人間など相手になるまい、とスレイヴに強化した少年の右手を突き動かす───


 音が聞こえたなら、さぞ重い音がしただろう。

 スレイヴの左腕には法陣が三つ、大きめの腕輪のように現れていた。効果で言えば加速・硬化・防護。

 左手の掌が少年の腹部をしたたか打ち抜いた。

 その勢いによって飛ぶはずの少年だったが、吹き飛んだのはその中身だった。


『な……使えるはずなどっ』


 崩れかけた壁に叩きつけられた悪魔は叫ぶ。少年から全力で拒絶され激しい衝撃を受けた悪魔は、少年の体から弾き飛ばされていた。

 同時に沈黙の領域がなくなり、空間に音が戻る。

 すぐさまメルの耳に聞こえてきたのはスレイヴの高笑いだった。


「クク……あーはっはっは!!馬鹿ですか貴方は!その程度ですから彼女も貴方など見向きすらしないのですよ!」


 足元で崩れ落ちる少年を他所に、髪をかきあげながら叫ぶスレイヴ。

 正に絶頂、といわんばかりにスレイヴは笑い散らしていたがふっと声がやむ。

 メルを振り返るスレイヴ。それは満足したような笑みだった。


「……おっと、失礼。後は貴方の仕事ですよ、シスター」


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