【13】 転開/Side スレイヴ(作者:匿名希望α) ※挿絵有り※
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スレイヴはメルとの話し合いの場へと移動中、彼女の言葉に大げさに振り向いた。
彼女の表情はいたって真面目であり、ふざけた様子もなかったのがスレイヴのため息を誘った。
またも大げさにわざとらしく息を吐くスレイヴ。その仕草がメルに障る。
「まったく、聖職者というモノは何故もこう……」
言いかけて中断し、何か考える様子を見せた後スレイヴはまた歩き始める。
振り返る間に見えたスレイヴの顔には諦めの色が浮かんでいたのをメルは見逃していなかった。
「スレイヴさん」
「貴女はどこまで私の話を聞きましたか?私があの魔法陣を復元したという事ですか?えぇ、そうですよ。あの魔法陣は確かに私が復元しました」
メルの呼びかけを遮るようにスレイヴが語りだす。
それはメルに対して述べているのだが、メルに対して言っているようではなかった。
前を向き歩みを止めず、彼女の方を向いてはいない。
メルは彼の行動に憮然としたものを感じるが、仕方無しに彼の後ろを追った。
スレイヴの声はまだ続く。
「しかしそれは只の研究の過程。私は線図記号や文字が織り成す理に興味がありこの研究を続けているのです。悪魔など召喚して何の足しになるんですか。私が知りたいのは魔法陣とそれによって施される具象です。あの時は偶然悪魔召喚の法陣だったという事だけです」
淡々と語るスレイヴの口調には、それといって感情が込められていないようだ。
というより、メルには読み取ることができなかった。
相変わらずスレイヴはメルを見ていない。ただ、目的地へと足を進めている。
誰かに聞かせたいという意図はないそれに、メルの相槌は入らない。
「何故私が貴女を悪魔で脅かさなければならないのか?それこそ私の疑問でしたが、考えれば思いつくことでした。スレイヴ・レズィンスという人物の情報が欠落していれば必然とそうなるでしょう」
長々と語りだした彼の言葉がようやく止まった。それほどに、メルの疑いは心外だったのだろうか。
声という音がなくなると、廊下には二組の靴音だけが響いていた。
今の時間、学生らは講義中であるため廊下には人がいなかった。それがなおさら静けさを助長する。
別の区画に入ったのか、廊下の構造が変わった所でメルは今朝の事実を思い出した。
「ならば、あなた方は何故バルドクス・クノーヴィが死んだと嘘をついたのですか?」
スレイヴの肩がピクリと反応する。だが、その歩みは止まらなかった。
肩越しにちらっとメルを確認しつつ、スレイヴが質問を返した。
「私達の誰がバルドクス・クノーヴィが死んだと言ったのですか?」
忘れていた事実、だろうか。今度はメルがぴたりと止まった。
一間考えたあと、思い出す。
「……アルフさんだけ、ですね」
よくよく考えると、アルフ以外にそのことを口にした人物はいないのだ。
その言葉に満足そうな笑みを浮かべたスレイヴ。その顔は前を向いているためメルには見えなかった。
メルは気構えつつスレイヴの言葉を待つ。
「アルフですか……そうですね、彼ならそう言うでしょう。報告書に書かれてある事実を貴女に述べただけなのでしょうから。彼はそういう人物ですよ」
「……」
メルも大体は予想出来ていたのか、大した同様はなかった。
だが、次の言葉は予想に反するものだった。
「おそらく貴女は、その報告書が真実か問いたださなかった。もしアルフに質問していたのなら彼は間違いなく報告書を否定するでしょう。彼は正直者なのですよ」
「な……」
口を歪めくつくつと笑うスレイヴ。
「貴方がたは────」
メルは感情に任せて発しようとしたが、踏みとどまった。
唇を固く結び、出かかった言葉を無理やり押し込める。
「何故本当のことを言ってはくれないのですか?」
抑圧された声は低い怒気を含んだ重い音となってスレイヴの耳に入った。
だが、彼はそれすらも心地よい音楽を聞くかのように自分の中枢へと浸透させる。
「何故、言う必要があるんです?私達にとってあの事件はすでに終わった事。その再調査に協力して、”私”に何の得があるんですか?」
何の躊躇いもないスレイヴの台詞。更に、今は貴女と会話をすることは有益ですね、などと呟いていた。
一つ物を言えば、二つ捻られて返ってくる。
「それに、単にその方が面白いと思ったからですよ」
メルの真面目な問いに対して、スレイヴはあっさりと言い放つ。
思わず奥歯を強く噛み締めるメル。頭の中ではスレイヴ・レズィンスという人物の像を描き換えている。
────お前たちこそ悪魔だ!
メルの中では頭でも心の中でも、バルドクス・クノーヴィの叫びが反響している。
メルの思う彼は、その叫びに重なりつつあった。
「今は、私個人の感情は置いておきましょう」
立ち止まってしまったメルを構いもせず進んでいく。
無論、スレイヴはメルと離れていく事に気づいている。そこで立ち止まってしまうならそこまでだ。
スレイヴと一緒に行かなければ、これ以上の話はないのだ。
ぐっと足を踏み出したメルに、更なる言葉が降り注ぐ。
「調査員?貴女には向いていないと思いませんか?真偽を確かめる為に派遣されるというのに、貴女は何の疑いもしないで、言われるがままその言葉を信じていた。人の口とは真実を語るとは限りませんよ」
「……それは……」
メルを刺すような言葉を投げ続けるスレイヴ。先ほどまでと違い声には冷たいものが入ってきている。
矢先に立ってしまったメルはただそれを受けるしかなかった。
この辺りの部屋は普通の講義では使用されておらず、物音は彼らの靴音とスレイヴの声のみ。
石造りの廊下にぶつかり、その意味すら音で反響する。
「何故貴女は疑う事すら知らず何を調査しに来たのですか?難なくこの調査が終わると思っていたのですか?ただ人に聞いただけで、在るものを見ただけで、済ませられるものだと思っていたのですか?」
次々と言葉を放つ。
スレイヴはただ言いたい事を言っているだけである。
メルはエクソシストとしての仕事はこれが初めてである。失敗や思い込みなど誰にでもあろう。
だが、スレイヴはそれを知らない。知っていたとしても同じ事をしているだろう。
手のひらを握り締め、その言葉を受け入れているかのようだった。
スレイヴには自傷行為に見えてならない。尚更彼の意を増長する。
「そして貴女は存在しない嘘を、私達がついた嘘だと勘違いしている」
淡々と語っていた口調のトーンが、急に落ちた。
混乱しているのか、おぼろげな表情をしてスレイヴの変化に気づくメル。
気づかない方が楽だったのかもしれない。
スレイヴはわざわざ、メルの意識がこちらに自分に向くのを確認してから、次の次の言葉を投げつけた。
「身に振ってきた火の粉。自ら望まず発生した事象。その元凶を人に被せ、疑い続ける。
これはどんな気分なのでしょうね?まぁ貴女の場合、事実を調べるという過程があるので”聖職者としては”優秀だとは思いますが」
「──っ」
含み笑いをしてスレイヴは言葉を止めた。
スレイヴ自身、聖職者に対してよいイメージは持っていなかった。それをぶつけただけだった。
予想外にも石化の魔術でも受けてしまったかのようにメルの表情が凍りついていた。
当たりが絞れてきた感触。まるでロジックパズルを楽しむように、その手順を踏む。
スレイヴの目は、未だに鋭い。
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出会い頭の表情とは一転、険しい表情をしているメル。そんな彼女を引きつれスレイヴは小屋へと到着する。
今朝、悪魔が召喚された魔法陣は消してある。メルがこの場を離れた時と変わらない状態であった。
2、3歩部屋の中を歩き、スレイヴがスッと部屋の中央へと移動した。
「そして貴女は、何の疑いもなくまたこの場所を訪れた」
眼鏡の奥で鋭い意思を放つスレイヴの目。
それと同時に、壊れかけた小屋の床、壁、柱に幾つもの魔法陣が淡い光を帯びて浮かびあがる。
「え……」
足元には消したはずのラクトルの魔法陣すら浮かび上がり、愕然としているメル。
振り返ったスレイヴは彼女の様子を見て、口元を歪めていた。
「さて、今までの話は……どこまで本当でしょうか?」
この挿絵は匿名希望α氏より提供されました。
書いたのはワタクシ、千鳥なのですが
千鳥「私、こんなイラスト描きましたっけ?」
匿α「・・・・・・・」
そんな記憶力の無い作者ですが、次回もよろしくお願いします。