表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アクマの命題  作者: 匿名希望α & 千鳥
14/20

【12】開幕/Side メル(作者:千鳥)

 〝アメリア・メル・ブロッサム。

   これより汝を悪魔と通じた疑いで異端審問会にかける――〟



  否定の言葉など聞き入れてはもらえなかった。  

  手のひらに、鋭い激痛と共に杭が打ち込まれた。


 〝ならば、その体は何なのだ?

  えぐれた肉はもう塞がっているぞ?

  止まった心臓が何故再び動き出す?

  それは、悪魔と契約した証拠――〟    


  地獄のような拷問の中、それでも生きている自分が死んでいないのではなく死ねないことに気がついた。



  とっくに完治したはずの傷口が、怒りと共に蘇るように熱く疼いた。



  感情的に動いてはならない。

  人をむやみに疑ってはならない。

  彼らの口から話を聞かなくては・・・。

  人々を正しい道へと導くのはシスターの務めなのだ。

  いくつ教訓を並べても、メルの心は治まらない。

  若い精神が、悪魔に対する憎悪がそうさせるのか。

  かつての家族に名を呼ばれるまで、シスターアメリアの表情は厳しく凍り付いていた。


†††††††††††††††††††††


「・・・メル?君はメルなのか!?」


 親しい者など居るはずの無いソフィニアの魔術学院で誰かが自分の愛称を口にした。怒りに任せ歩いていたメルは足を止め、ゆっくりと振り返える。


「グレイス兄さん・・・?」


 彼女を呼び止めたのは、サイズマン研究室のグレイス・ブロッサム。五年ぶりに再会した彼女の家族だった。彼は五年分歳をとりすっかり大人になっていたが、メルは当時と変わらぬ姿でそこにいた。

 これが、メルがグレイスに会うのを拒んだ理由。


「お久しぶりです・・・グレイス兄さん。助手として学院で立派に働いてるって、聞きました」

「ありがとう。メルは・・・変わってないね」


 グレイスは上手く喜びを表現できないのか、奇妙な表情を浮かべた。メルもまた、悲しげに微笑んだ。

 唯の他人ならば、メルの幼い体つきは体質なのだと思っただろう。しかし、幼い頃からメルを見て来たグレイスはメルの発育がほかの子供たちに比べ劣っていない事を知っている。大人びた仕草と言葉を身につけながら、体だけは全く成長していない18歳の少女に彼は違和感を感じているのだろう。


「孤児院が閉鎖されたのは手紙で知ったよ。みんな無事なのかい?」

「子供たちは無事です。孤児院は殆ど被害に遭わなかったから」


 しかし、孤児院を運営していた教会は全壊し、メルと同様教会で働いていたブロッサム孤児院の兄弟たちは命を落とした。


「そうか・・・」


 悲しげに目を伏せたグレイスにメルは「ごめんなさい」と言葉を漏らした。


「なんでメルが謝るんだい?君が無事で良かった」

「でも、私はその場にいたの。・・・人々が死んでいく様子を。あの悪魔の行為を目の前で見ていたというのに!」

「自分を責めちゃ駄目だよ。君はその時、まだ13歳の見習いシスターだったんじゃないか」


 彼は殊更優しい声で言った。メルが激しく動揺する姿を見て、グレイスは事件のショックがこの少女の成長を止めてしまったのでは無いかと考えたのだ。


「でも・・・」


 もしグレイスがメルの身に起きたもう一つの異変を知ればこんな陳腐な言葉をかけはしなかっただろう。


「何か僕に手伝える事はない?」

「あ・・・スレイヴ・レズィンスという方の居場所を知りませんか?彼に聞かなければならないことがあるんです」

「スレイヴ・レズィンスか・・・。彼には余り関わらない方がいい」


 メルはグレイスの口から再び絶対四重奏と名を轟かす彼等の噂を聞かされる事となる。

 内容はバルドクスの従者が語ったものと大差ないが、同じ学院の人間が語る分、説得力があった。


「でも、会わないわけにはいきませんわ。もしかしたら・・・わたくしに悪魔を仕掛けたのはあの方かもしれないのですから」

「僕も一緒に行こう」

「いえ、わたくし一人で大丈夫ですわ」


 これ以上自分の家族を危険にさらしたくはない。メルは既にシスターとしての落ち着きを取り戻していた。


「だけど、君を一人で・・・」

「あ!グレイス先生~。教授が探してましたよ」


 引き下がろうとしないグレイスに、一人の男子生徒が声をかけた。グレイスはしばし悩んだ後、「くれぐれも無茶をしないようにね!」と言い残して、その場を後にした。



「何だか困ってるようだったから、嘘ついちゃったけど、大丈夫だった?アメリアちゃん」


 メルと一緒にグレイスを見送った少年が、急に振り返って笑顔を見せた。


「え?」

「グレイス先生とアメリアちゃん、同じ姓だから、もしかしたら先生をつけてればまた会えると思ってたんだ」


 メルのフルネームを知るこの男子生徒に、覚えはなかった。必死で自分の記憶をたどっていたためメルは、少年の危険な言葉に気がつかない。


「あ。昨日の!」


 アルフの研究室までメルを案内してくれた色白ノッポの少年だ。名前はまだ知らない。

 昨日の出来事だと言うのに、何故彼のことがわからなかったのだろう。メルは不思議に思い、そして気がついた。昨日まで、その顔に鮮やかに散っていたそばかすが消えていたのだ。彼の特徴の一つであったソレがなくなるだけで、その印象もガラリと変わる。しかし、一晩でそばかすは治るものなのだろうか・・・もちろん、化粧をしているわけでもない。


「ヤダナー。僕のこと・・・忘れちゃってたの?」

「そ、そんなこと、ありませんわ。あの、わたくし人を探してますので・・・」


 ヘラヘラと笑う男子生徒は、小さく呟いた。

 

「スレイヴ・レズィンスやアルフ・ラルファには会いにいくくせに、僕とは話す時間もない?」

「何か仰いました?」

「いいや何も。君は、いまに僕がただの学生なんかじゃないって知る事になるだろうね」

「・・・・・・?」

「スレイヴ・レズィンスがさっき裏門を通ったのを見たよ。図書館に行くのなら、この廊下を真っ直ぐ行けば会えるかも」

「有難うございます」


 二人の会話に朝の予鈴が割り込んだ。男子生徒は再び何か呟いたようだったが、大きな鐘の音に掻き消されてしまった。


(あら、わたくしあの方にスレイヴさんを探してるって言ったかしら・・・?)


 男子生徒と別れると、メルは再び一人になった。

 授業が始まったのか、廊下から人気が消えている。たまに遅刻したのかメルの脇を慌てた様子で生徒が走り抜けていく。

 それに対し、メルの探し人は朝の散歩でも楽しむようにのんびりと廊下を歩いていた。

 前方で待ち構えるメルに気が付くと、軽く手を上げて挨拶をした。


「おはようございます。シスター。実に良い天気ですね」

「お話したい事があります。お時間は大丈夫ですか?」


 挨拶を返しもせず、話を切り出したメルをスレイヴがおや、という目で見た。昨日までの礼儀正しいメルとは明らかに違う。


「貴方について・・・バルドクスの従者から話を聞きました。スレイヴさん」

「わたしも、グレイス・ブロッサムから貴方について聞きましたよ。シスター」


 グレイスがメルについて一体何を知っていると言うのか。メルは冷ややかな視線でスレイヴを見返した。

 

「何故わたくしを騙したのですか?」


 高慢にも取れるそのセリフに、スレイヴは浅く笑った。どれほど清廉潔白な者ならば、人間が嘘をつくことを責められるというのだろうか。


「はて、私は貴女を騙したりしましたか?」

「ふざけないで下さい」

「心外ですね。正直に答えただけですよ。でも・・・そうですね内容が内容ですから場所を変えましょうか」

「・・・・・・」


 メルは一瞬考え込んだが、スレイヴは返事も待たずに歩き始めた。結局彼の後を追うことになる。

 

「小屋の中にあったラクトルの魔方陣は消したようですね。実に賢明な行為ですが、遅すぎたとは思いませんか?」

「どういうことですか?」


 メルはスレイヴの背中を見ながらたずねた。どうやら彼はあの場所に向かおうとしているらしい。


「本来ならば、事件が発覚した直後に消すべきだったのです。一度使われた召喚陣は閉じられた状態でも悪魔を引き寄せやすくなる。例えば、貴女を襲った悪魔もしかり」

「・・・?あれは貴方の仕業じゃないんですか?」

「まさか!」


 スレイヴは大げさな身振りで振り返った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ