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アクマの命題  作者: 匿名希望α & 千鳥
11/20

【9】噂の真偽/Side スレイヴ(作者:匿名希望α)

場所:ソフィニア魔術学院:中庭

‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡



「それではいいですか?グレイス・ブロッサム」


 研究棟を結ぶ連絡通路。一歩外にでればそこは木々の装飾によって成っている。

 根を詰めて調査・実験に没頭する彼らにとっては、緑の恩恵こそありがたい。

 傍らにある腰掛に座ることなく、二人は向き合っている。

 スレイヴは彼の名前を再確認するように、問うた。


「構いません」


 口を真一文字に結んでいるグレイス。それは彼の持つ本来の表情ではないだろう。

 新たな印象をうけた。噂どおりでありながら、その柔軟性は失っていない。

 彼自身が噂され、目の前に噂されるモノがありながら、その一本通った筋は曲がっていない。

 あの『サイズマン教授』の下にいたのだ、自分という筋が強化されるのも納得できない話ではない。

 スレイヴは一人、その事実にニヤついていた。

 だが、今考えるはソレではない。


「ブロッサム。イムヌス教とは強い結びつきにある孤児院。貴方はそこの出身者である。それは間違いないですね?」


 言葉を区切る。一つ一つ、再確認していく。しかしそれは言葉に出すことにより、彼にどこまで知っているかを通知するものでもある。

 知っている事実を聞いたところで、プラスにはならないのだから。

 それのするのは”遊ぶ”ときだけだ。


「えぇ、合っています。そして僕は8年前にこちらへ入学しました」

 彼は補足情報もつけて返答してくれた。


 これは聞きたい情報だったので有益だ。


「イムヌス教の根源は悪魔の軍と対峙した所にあると聞きます。私は悪魔という存在の知識がありませんので」


 ふぅ、とわざとらしいため息をつくスレイヴ。


「些細な事でもいいので」

「……僕も大して詳しいことは知りません。イムヌス教としては、黒き病を操る黒い悪魔がいて、それを七英雄達が滅ぼしたという事ぐらいです」


 悪魔は敵。邪教ではない限り、それは定石でもある。スレイヴは関心もせずふむ、とうなずくだけだ。

 たいした情報はない、メルのあの反応はその為か。幼い心のための妄信か。


 新たな情報が加わる。


「そうでした。悪魔の軍には自軍に反旗を翻した者もいるようです。なんでも、当時最高峰と言われた魔術師クラトルの説得によって引き込んだとか」


 ということは、スレイヴの推察はずれる。

 利用するものは利用するという思想では一つの教えとしては崇められる筈がない故、典型的な『悪魔=滅』という宗教ではない。

 一心にその教えを受ける身ならば、その知識は平等にあるべきだ。

 と、彼の表情が曇っている理由を走査する。

 故郷について。


 そういえば、


「確か……ブロッサム孤児院の隣には教会が……」


 その呟きをグレイスは否応無しに奥歯を食いしばる。

 彼が反応したのを待つため、スレイヴは言葉を切った。

 時刻はいつの間にか夕刻となっている。雲間から差し込む日差しも傾き弱いものとなっている。

 その赤い光が壁を指し、視線をはずしている彼を写す。


「『聖ジョルジオ教会の悪夢』」


 苦しそうな息と共に吐かれた言葉は一つの事件を示すものだった。

 スレイヴにとってはただの最近起こった史実。しかし、グレイスにとっては身内に起きた惨事なのだ。

 重々しく彼が言葉を、


「創立800周年の式典。そこに一体の悪魔が姿を現して、その場に居た人達は……」


 繋げ切れなかった。

 事実は100人以上の死者を出した惨事。そこに彼の同胞はどれくらい含まれているのだろうか。

 そして、そこに彼はいなかった。

 だから、今回の事件を連想させた。

 もしアレが、議場の中心で召喚されたら被害は近しいものとなっていただろう、と。

 だから、スレイヴは。

 ”わざと口にした”


「先日はあのようにならなくて、幸運でしたね」


 鼓動が跳ね上がり、カッと目を見開くグレイス。あの場所にはグレイスは居なかった。

 だが、『サイズマン研究室の人間』は居た。

 古傷を撫でるような感触。うずくような、ざらつくような。

 一間、グレイスの思考は内で廻っていたが、噛み締めていた歯を緩めると長い息を吐いた。

 それは、自分の中でうごめいた衝動を吐き出すように。


「えぇ、そうですね……。本当に」


 その顔からは安心という感情が読み取れない。どちらかといえば苦渋、悔恨。

 夕日に染まる赤い世界で、沈黙が流れる。

 ”先日の事件”で、死傷者は確実に出ている。その点はグレイスの頭の中からは忘れられているのだろう。

 思い出させる事は出来たが、今は次の話へと展開させる。

 彼はその為にグレイスを訪ねたのだ。


「その事件の調査員として、アメリア・メル・ブロッサムというシスターがこちらへ来ているのです。彼女と面識は?」

「メル……? メルがこちらに!?」

「えぇ」


 スレイヴの相槌に「そうですか」と懐かしむような息が漏れる。

 そして、今度の吐き出された言葉は、本当に安心から出たものだった。


「生きていてくれて、よかった……」


 あんな事件が起こったというのに、生きていてくれたことが喜ばしい。

 8年前に別れたともあれば、彼の脳裏に焼きついた彼女の姿は非常に幼い姿だろう。

 スレイヴはそう推察し彼の趣向に触れようとした矢先、


「彼女は面倒見もよく、非常に聡明でした。だから僕は彼女は凛とした女性に成長すると思っていました。調査員とは……」


 ビシリ、とスレイヴの脳裏に響いた。彼の表現は現状には沿わないもの。

 聡明。年端もいかなければただ明るい年頃。それを聡明と言う。

 凛とした女性。それは少女に対する表現ではない。

 スレイヴは鋭く反応している。グレイスの心はそこに集中してしまったため、スレイヴの変化を見逃していた。


「彼女とは?」


 何気なしの言葉に聞こえたのだろう。グレイスはただ、安心した声で、


「彼女はよく、僕の変わりに他の子の面度を見ていました。5年前にも一度帰ったんですけど、その時も本当によく動いていて」


 他愛もない思い出話から──


「同い年の男の子も彼女にかかれば……。僕も生まれるのがあと5年遅かったらどうなってたか」


 思い出を懐かしみ微笑む彼を他所に、スレイヴにはもう、グレイスの声が聞こえなくなっていた。

 周囲の音すら認識せずに内なる感覚に身を任せる。ただ、ドスン、と何かが動きだした。

 それは地面から溢れ出る水の様に染み出し、流れる溶岩の様に静かに、崩れ落ちる土砂の様に激しく。

 体の奥底から黒い何かが。

 グレイス・ブロッサムの年齢は23と記憶している。

 それが、「5年遅ければ」、だ。


──そうですか……そうですか!アメリア・メル・ブロッサム、貴女というヒトは──


 勢いよく、廻りだす。


「大変興味深い話でした、グレイス・ブロッサム。貴方に感謝を」

「え、な……?」


 唐突に声を上げるスレイヴにグレイスははっとする。スレイヴの抑えているが滲んで来る何かを感じ取って。


「感謝ついでに、貴方にも有益は情報を提供しましょう。魔術士とは等価交換が基本ですからね」


 噂の彼にとって嫌味にも聞こえなくないそれは、スレイヴの知ったことではない。

 そのまま振り返って帰りの道へと進み始める彼を、グレイスは呆然と見ている。

 しかしながら自らの鼓動音が嫌に耳に障っていた。なんだ、コイツは、と。

 それはスレイヴの事なのか自らが発している音なのかそれ以外の何かなのかは、判断がつかない。

 ただ、この時はすべてに”障る”。


「アメリア・メル・ブロッサムの容姿は、聡明な少女。おそらく貴方が最後に見た姿とさして変わらないでしょう」

「なっ!?」


 驚き、これ以上の声は出せないグレイス。思考が固まる。彼の神経系は一瞬、すべての情報収集を中断していた。

 そんな彼を放置し、スレイヴはまた悪い笑みを浮かべ、薄く笑い声をもらしながらその道から去っていった。


──どうです、有益でしょう──


 振り返らずスレイヴは心の中で背後で立ち尽くす彼に言葉を投げた。



 ……噂とは帰して真実とも言ゆる。

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