序章 『リトル・シスター』/Side メル(作者:千鳥)
この作品は匿名希望αと千鳥のリレー小説です。二人の作ったキャラクターが順番に物語を展開していきます。
http://terraromance.rulez.jp/
↑の『ファンタジーリレー小説サイト Terra Romance』に参加しています。
「悪魔の復活」について記述された予言書は、古来より幾つも存在し、その殆どがイムヌス教の使徒たちによって抹消・隠匿されてきた。
だが、時にその予言は最悪の形を持って人々の前に姿を現すことがある。
その一つが、13歳の少女の人生を大きく変えた『聖ジョルジオ教会の悪夢』であった。
†††††††††††††††††††
聖ジョルジオ教会は、イムヌス教における聖戦後に建てられた由緒ある77聖教会の一つである。天へと垂直に伸びる荘厳な教会の横には、乳白色の小さな建物――ブロッサム孤児院が寄り添うように立っている。この教会の守護聖人ジョルジオは悲しい言い伝えを持つ英雄である。
今は昔、人間の存亡をかけた聖戦において騎士ジョルジオは悪魔軍団長ベルスモンドを討った。しかし、悪魔の魂はその肉体が滅びる前に逃げのび、ジョルジオの妻、ブロッサムの腹の胎児に宿った。それは他ならぬ悪魔の子。天使オベルスにその事実を伝えられたブロッサムは胎児ともども自害することで悪魔を葬り去る事を決意する。
凱旋後、妻の死と真実を知ったジョルジオは亡き妻と子への弔いとして、多くの戦災孤児を集めブロッサム孤児院を建てた。彼の死後、ジョルジオとブロッサムの遺体を聖遺物とし、孤児院の横に建てられたのがジョルジオを守護聖人とする聖ジョルジオ教会であった。
ブロッサム孤児院は、多くの優秀な人材を神学校、魔術学院に輩出し、彼らはブロッサム姓を名乗ることが許されていた。「聖ジョルジオとブロッサムの子」であることは孤児たちの誇りであった。
―――その日は聖ジョルジオ教会の創立800周年。アメリア・メル・ブロッサムはお手伝いの見習いシスターとして祝典に参加していた。少女はその名のとおり、ブロッサム孤児院で育てられた孤児であったが、てきぱきと仕事をこなす仕草や明るい表情は、教会の守護の元で慈しみ育てられた子供であることが感じられた。
由緒ある教会の祝典となると、各地の教会からの使者、信者が大勢教会に足を運ぶ。おかげで清めの水の確保からキャンドルの補充、食事の用意とシスターたちにも休む暇は無い。
「メル。頼みたいことがあるんだけど、ちょっといいかな」
「なんですか?ロビン様」
身廊を早足で歩くメルを呼び止めたのは、まだ青年と呼ぶには若すぎる神学生だった。
淡いブロンドの髪に、清らかなオーラを身に纏った少年は宗教画に出てくるどの聖人よりも美しいとメルは思っていた。
その神性も、聖ジョルジオの末裔で次代の聖ジョルジオ教会の主という身分を考えれば十分納得できた。
最近は滅多に会えないが、小さいころからのメルの憧れの人である。
思わず顔が綻ぶが、彼の後ろに控える、赤い法衣を纏った人々に気が付くと、慌てて顔を引き締めた。
ソールズベリー大聖堂の使者たちだ。おもわず緊張の面持ちで答えるメルにロビンは手に持っていた一枚の書を渡す。
「ソールズベリー大聖堂から頂いた貴重な聖句だ。副祭壇の上に奉っておいてほしい」
「はい!分かりました」
明るく答えるメルに、ロビンは身を折ると小さく耳打ちする。それは随分と不可解な頼み事だった。
「それと、君には祝典が終るまで中で待機していてほしい。けっして祭壇から目を離してはいけないよ」
「……?」
「さぁ、おいきなさい」
有無を言わさぬ口調だった。ロビンは使者をつれて遠ざかっていく。その方向から見るに孤児院に案内するのだろう。一人残されたメルは命令に従うしかなかった。
見習いシスターでしか無いメルが式に参加する事などできるはずが無い。首を傾げながらも、メルは関係者用の小さな扉をあけた。
最初に耳にしたのは、聖歌にまぎれて聞こえた羽音だった。
「天使だ―――」
その光景をみた誰かが呟く。
祭壇に立つ司祭の後ろに広がる大きな羽。
薔薇窓から降り注ぐ光を背にして、『ソレ』は人々の前に姿をあらわした。
「違う。・・・悪魔だ」
呟きの次に辺りを支配したのは悲鳴だった。
司祭の体を破るようにして現れたのは黒い翼を持つ異形の化け物。その姿は、祭壇の後ろに広がるトリプティク(三枚の板絵)に描かれた、聖人ジョルジオの剣に貫かれし悪魔そのもの。
悪魔軍団長、ベルスモンドは天国に一番近い場所で、多くの信仰者に見守られながら復活した。
記念すべき日を迎えた聖なる教会は、瞬時に、恐ろしい地獄となった。司祭の体から完全に分離した悪魔は、宙へと飛び上がると強く黒い翼をはためかせる。
それは人々を恐怖へ誘う死の風。
ある者は聖女アグヌスの大いなる守護を、またある者は聖・エディンバラの光臨を、そして彼らの信じる守護聖人に助けを求めた。その願いは届いたのか、神は天国への扉を開くことで彼らを救済した。
何故か、メルだけが、神の御手から取り残され、悪魔と対峙するように立ち尽くしていた。
メルの耳には、今もなお聖歌隊の歌声が響いている。悪魔の跳躍一つで柱の下敷きとなったクワイア(聖歌隊席)にはもう生きている人など居ないというのに。そう、生きている人など、ここには誰一人いないのだ。血の涙を流した人々の死体だけが辺りに広がっていた。彼らの魂もここにはない。メルだけがこの地上に縫い付けられ、さらに地獄へと引きずりこまれようとしていた。
(なぜ、私は生きているの)
生きていることを喜ぶことは出来なかった。
恐怖で力の入った右手に大聖堂より授かった聖句がある事を思い出す。この聖句が自分を守ったのだろうか。
悪魔ベルスモンドは祭壇から降りると、緩慢な動作でメルの元へと歩みを進める。神の加護に守られた自分をこの悪魔は確実に死へとおいやるつもりなのだ。メルは恐ろしさのあまり動くことすらできずベルスモンドを見つめていた。
このとき二人は確かに見つめ合っていた。
しかし、幼いメルには悪魔の血の色に染まった瞳に狂気でも殺意でもない感情が宿っていることに気がつくことができなかった。
ベルスモンドの目に宿るのは思慕の情。この恐ろしく残忍な悪魔軍団長は、あろうことか仮の体として入った胎児の記憶から逃れられずにいたのだ。僅かな間とはいえ注がれたお腹の子へのブロッサムの愛情は今やこの悪魔の唯一の弱点となっていた。そして、悪魔の鋭い感覚は、目の前の少女の体の中にあのブロッサムと同じ血が流れていることを感じ取っていた。
その事実をメルは知らない。
悪魔の指がメルの体に触れた。そっと撫でるような優しい仕草だった。
「…ッ!!!」
しかし、人の体は悪魔の存在を受け入れない。焼け付くような痛みが全身を駆け巡り、視界がぐるぐると回転を始めた。これは毒だ。立つことすら危うい少女に、悪魔はゆっくりと抱きしめるように腕を広げる。
「シスター・アメリア!!離れなさい」
「ロビン様…!」
赤い法衣が舞い上がり、ロビンの後ろから白い何かが飛び出した。刹那、純白の騎士団服を纏った男がメルと悪魔の間に割って入る。男の剣が閃き悪魔の首を狙う。それは舞い上がった法衣が床に落ちるよりも素早い動作だった。
しかし、悪魔もまた先ほどの緩慢な動きとはかけ離れた瞬発力で飛び退き、そのまま教会の天井を突き破った。
「逃したか」
「深追いはなりません」
悔しげに空を見上げる男を、別の赤い法衣の男が制した。メルにはロビンに背中を預けその光景を呆然と眺めていた。何が起きたのか分からなかった。そして、何が変化していくのかも。
†††††††††††††††††††
『聖ジョルジオ教会の悪夢』による死者の数は100人以上。生存者は、当時13歳の見習いシスタ一人。聖所での悪魔の復活はイムヌス教の権威の失墜であり、その少女をはじめ多くの聖職者が「悪魔信仰」の疑いで異端審問会にかけられた。そのうち6人が処刑されたが、そこに真実があったのかは定かではない。
読んで頂きありがとうございました。
http://terraromance.rulez.jp/pc-list/list.cgi?id=10&mode=show 主人公のイメージ画像です。
次は、もう一人の主人公の登場です。