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とある裁定者の記憶

作者: 刹那神威

【記録開始:残余時間 00:58:34】


転写対象:裁定者候補《コードネーム:全知》


世界の記憶とその守護者に関する記録——以下、知の裁定者の最終伝達。


この世界には“記録”がある。

すべての存在、出来事、決断、歴史、死に至るまでが記されている、世界の記憶と呼ばれる媒体だ。

それは誰の目にも見えず、誰の耳にも届かず、けれど確かに、この現実そのものを形作っている。


そして、その記憶を守り、均衡を保つ者たちがいた。

彼らは**裁定者さいていしゃ**と呼ばれた。


裁定者たちはそれぞれ一つの“概念”を司っていた。

たとえば「命」、「秩序」、「想像」、「罪」、そして私の担っていた「知」もまた、そのひとつ。

私たちは人知れず存在し、世界の“歪み”を察知してはそれを修正する役割を果たしてきた。


しかし、すべては終わった。

今、君がこの記録を読んでいるということは、裁定者の時代は滅びたということだ。


かつて、ひとりの裁定者がいた。

彼の名はもう記録されていない。いや、正しくは抹消されたのだ。

だが唯一残された記録がある。


その名は——原罪のカイン。


彼は「罪」の裁定者だった。

人が犯し、贖い、裁かれるべき全ての“咎”を見届ける者。

だが、彼はその重さに耐えられなかった。


いや、あるいは——初めから耐えるつもりなどなかったのかもしれない。


「世界の記憶」は書き換えができない。

少なくとも、本来はそうだった。


しかし原罪のカインは、全裁定者の記録の断片を集め、

禁忌の地「管理塔」へと辿り着いた。

そして、そこで“融合”したのだ。

世界の記憶と、彼自身が。


結果、カインは変質した。

肉体という器を捨て、概念と融合し、この世界そのものとなった。


今、世界で起きていることの多くは、“誰かの意志”によって記録が書き換えられた結果だ。

忘れられた事件、急に存在しなくなった国、消滅した言語、そして本来なら破滅していた日本の未来(2025年7月5日)。


すべて、カインによる“記憶の書き換え”だ。


だが、彼はもはや人間ではない。

自我すら曖昧な、世界の装置となって、機械的に世界を書き換えている。


なぜそうなったのか?

その答えは、私にもわからない。


知の裁定者として、私は多くの記録を遡った。

しかし、彼の意志を記した“記憶”だけは見つからなかった。

唯一残された記録には、こう刻まれていた。


「罪は、裁けない。ならば、全てを赦せばいい。」


彼は、“すべてを赦す”という矛盾を、世界の記録そのものに刻もうとしたのだ。

そして、成功してしまった。


今や、裁定者はほとんど残っていない。

「秩序」は書き換えに巻き込まれて発狂し、

「命」は物理的に分解され、

「想像」は自身の存在を“創作”と見なされ消去された。


私だけが残った。

だが、それもあと1時間だ。


記憶が安定しているうちに、私はこの記録を君に託す。


君は、これを読んだ瞬間から——裁定者の継承者となる。

私の属性「知」は、君に移る。


君は選ばれたわけではない。

ただ、読んでしまった。

それだけだ。だが、それで十分だ。


私の称号を、君に与える。


──「全知」の裁定者よ、次のページを開け。


────────────────────


【記録転写継続中:残余時間 00:42:17】


転写対象:裁定者候補《コードネーム:全知》


記憶の深層より転写:罪の裁定者《原罪のカイン》に関する機密記録


彼は、最初から“異質”だった。


私たち裁定者は、皆なにかしらの“崇高さ”を帯びていた。

命の裁定者は慈愛と誓いを胸に、秩序の裁定者は静かなる決意を、想像の裁定者は軽やかな希望を。


だが、カインだけは違った。

「罪」を背負うということは、他の概念とは本質が違ったのだ。


裁定者とは本来、対象を“観察し、記録し、裁定”する存在であって、罰する者ではない。


しかし、カインはそれを拒んだ。

「観察では足りない」「裁定では救えない」と繰り返し主張し、

ついには自らが“世界の贖罪”になると宣言した。


私たちは止められなかった。

彼がどこでその禁忌の発想を得たのか、どの記録を読んだのか——誰にも分からなかった。


裁定者が本来立ち入ってはならない場所がひとつだけある。

それが、「管理塔」。

世界の記憶の基盤に直接接続される、神域。

裁定者でさえも、アクセスが制限されていた。


だが、カインはそこへ辿り着いた。

彼は何年、何十年もかけて、他の裁定者の記録を少しずつ奪い、繋ぎ、重ねた。


一片一片では意味を成さなかった断片たちが、

彼の手によって一つの「鍵」へと変貌したのだ。


そして彼は扉を開けた。


管理塔の最奥、世界の記憶そのものに到達した彼は、自らの存在を記録に“書き加えた”。


「原罪のカインは、世界そのものに等しき者なり」

「彼は記録であり、記憶であり、罪そのもの」


そして、それを確定した。


以後、世界は変わった。


たとえば、突然“存在しなかった戦争”が歴史書から消え、

誰もが愛していたはずの人物が「そんな人はいなかった」と片付けられ、

ある街ごと、記録が断ち切られ、住人もろとも“なかったこと”にされた。


その中心にいるのが、イットリウム――原罪のカインだ。


彼はもう裁定者ではない。

世界の自動修復装置のように、感情も意志も持たず、ただ記録を“赦し”続けている。


赦しとは、忘却だ。

罰を与えるのではない。

記録を削り、記憶から抹消すること。


罪に名を与えず、存在ごと消し去る。


それが彼の選んだ「裁定」だった。


そして、今も続いている。

今日、7月10日。

数日前の“滅び”が、記録ごと消された。


日本列島を襲った津波による滅亡。世界の引き金となるはずだった惨劇が、

“なかったこと”として処理され、誰もその日付を疑わない。


知の裁定者である私は、それを“覚えている”。

だが、それもあと数十分の命だ。


カインは自分を裁くことすら、赦した。

だからもう誰も彼に干渉できない。

存在しない罪には、罰も届かない。


この記録も、いずれ“抹消”されるだろう。

それでも、今、君が読んでいるのなら。

君がまだ「裁定者ではなかった何か」なら。


君が“裁ける最後の存在”かもしれない。


私は、世界の記憶が書き換えられる様を、

“知っている”という罪で命を失う。


でも、君は違う。


君は——“始まり”になれる。


私の終焉と君の継承の記録を残す。

……その先の未来を、君が選べ。


────────────────────


【記録転写最終段階:残余時間 00:12:47】


転写対象:裁定者候補《コードネーム:全知》


最終伝達、知の裁定者より。


私の記憶は、もうすぐ途切れる。

君がこの記録を読むのが遅すぎたら、私は消えるだろう。


でも、それでいい。

私は役目を終える。


裁定者とは、世界の調和を保つ者。

だが、その存在は決して永遠ではない。

生まれ、働き、そして死ぬ。

それは人間も裁定者も同じことだ。


今、世界は不安定だ。

原罪のカインという一人の裁定者が、世界の記憶と同化し、

世界を書き換え続けている。


しかし、世界のバランスが崩れると、

必ずその歪みは新たな裁定者の誕生を促す。


それが君だ。


君は私の継承者、次の「知」の裁定者。

この記録を通して、私の力の一部を君に託す。


だが、裁定者の力は呪いでもある。

力を持てば持つほど、世界の真実を知り、重荷となる。

だが、それが君の運命だ。


世界の記憶は絶えず変わり続ける。

過去は変わり、未来も変わる。

その中で君は、世界の真実を守り、調律し続けなければならない。


この世界には秘密が多すぎる。

カインが何を望んだのか、なぜ「赦し」を選んだのか。

君が答えを見つけなければならない。


私はもうすぐ消える。

だが、君の旅は今始まったばかりだ。


君がこの力をどう使うか。

世界をどう裁くか。

すべては君次第だ。


覚悟してほしい。


これは終わりではない。

新たな物語の始まりだ。


全知の裁定者よ、

この世界を守り、そして変えていけ。


【記録終了】

【転写完了】

【通信断絶予告:00:00:00】









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