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目を開けると、そこは白一色の空間だった。周囲に広がるのは何もない無機質な白、天井も壁も床もどこまで続いているのかわからない。そして、目の前には奇妙なものがひとつ。台座の上に赤いクッションが置かれ、その上には透き通る水晶玉のようなものが鎮座していた。わずかに光を放つそれは、まるで何かの生命を宿しているかのように揺らいでいる。
「やぁ」
突然、水晶玉から声が聞こえた。澄んだ音色の声だが、どこか無機質な響きも混じっている。陽介は思わず後ずさりしながら周囲を見渡したが、誰もいない。ただ、声は確かに目の前の水晶玉から発せられている。
「ここは…どこだ?」
「ここは僕のコアルームだよ」
水晶玉は明るい調子で言葉を続けた。
「コアルーム…?」
陽介は聞き慣れない言葉を繰り返しながら、その響きを頭の中で反芻した。
「そう。コアルーム。僕の本体が置かれている部屋、とでも思ってくれればいいかな」
「本体…?」
陽介はさらに困惑した。だが、次第にそれ以上の疑問が頭を埋め尽くしていく。自分は一体誰で、どうしてこんな場所にいるのか。そんな疑念を抑えきれず、口を開いた。
「…すまない。俺は記憶を失ってしまったようだ。自分が誰なのか、君が何なのか、ここがどこなのか、全く分からない」
水晶玉は少しだけ沈黙した。その後、穏やかな声で応じる。
「そうか。記憶喪失か。でも大丈夫だよ。君はダンジョンデザイナーで、僕のダンジョンを作るのが君の役目。それさえ分かれば、今は十分じゃないかな」
「ダンジョン…?」
陽介はどこか聞き覚えのある響きに眉をひそめた。
「その言葉には何となく馴染みを感じるが、ダンジョンデザイナーというのは初耳だ。それが俺だというなら、役目を果たさねばならない気はする。だが、記憶が無い以上、ダンジョンを作る知識もない。そんな俺に本当にできるのか?」
水晶玉は少し間を置いて、柔らかく笑うような声を出した。
「うーん、どうだろうね。でも、実は僕はこの世界初のダンジョンなんだ。だから君もきっと、この世界初のダンジョンデザイナーなんだと思うよ」
「この世界初…」陽介は自分の立場がますます掴めなくなった。だが、次の水晶玉の言葉がその思考を遮る。
「でも大丈夫。僕の知識によれば、君がダンジョンを作ろうとするだけで、目の前に何か画面が現れるはずなんだ。試してみて」
「画面…?あっ、出た」
陽介が無意識に目を細めた瞬間、目の前に薄く光る半透明のディスプレイが浮かび上がった。空間に固定されたように浮かぶそれは、どこかSF映画で見た未来的なインターフェースを思わせる。彼が手を伸ばすと、意外にも実体があり、軽く力を込めれば自由に動かすことができた。
「なるほど…これが俺のツールか」
陽介は興味深げに画面を覗き込み、指を動かして操作を試みる。直感的に使えるそれは、まるで彼の頭の中のイメージと連動しているようだった。通路を作るイメージを浮かべると、画面上にまっすぐな線が描かれる。部屋を作りたいと思えば、簡単に丸や四角い空間が浮かび上がる。
「これなら…いけるかもしれない」
陽介の中に、不思議な確信が生まれてきた。自分の記憶や過去がどうであれ、この作業だけは自然と馴染むような気がする。そして、彼の背後で水晶玉が静かに輝きを増した。
「じゃあ、最初のダンジョンを作ってみようか。オーソドックスなやつでね。冒険者が楽しめるように!」
陽介はディスプレイに視線を落とし、軽く頷いた。これが、自分の役目の第一歩なのだろう。白い空間に、彼が描く最初の「ダンジョン」の輪郭が浮かび始めた。