第42話 幕間『遠雷、再び』
『——————……早々先頭はカイセイルメイ!
ブラックサーベル必死に食い下がっている、外からマーヴルセバストスも来ているが……しかしッ、カイセイルメイこれを寄せ付けない!
4竜身、5竜身!!突き放してゴォォォォォル!!
これが!ケルクス女王の意地だーーーッ!!!
秋の空に純白の雪が舞う!
やはり強かったカイセイルメイ!!ケルクスに続くG1連勝で二冠牝竜が誕生しました!』
*****
エデヴァン競竜場、竜主席。
牝竜三冠の最後を飾るG1ラジアータ賞を観戦すべく、多くの竜主が集う場にも、場内に響く大歓声が届く。
その大歓声の中、鮮やかな羽飾りの付いた扇子が、大型の魔法道具・写し鏡を力強く指し示した。
「ああっ、なんて素敵なのかしら!ねえねえセレン見ていまして?!」
黄金の髪を揺らして子どものようにはしゃぐのは、カイセイルメイの竜主、竜姫パンサール・デイラール・クロトーワ。
その隣席から拍手を伴って、間延びした声が答えた。
「おめでとーパンサ。さっすが君の見出した飛竜、凄く強いレースだったねぇ!」
パンサールの隣に寄り添い、慈愛に満ちた表情で彼女を見つめる青年は、セレン・デイアン・ネルグローズ。
罪竜の亡骸が眠る魔境山脈を監視し、大災節においては防衛指揮を任される皇家の盾・ネルグローズ辺境伯の次男であり、パンサールの許婚だ。
黄金の髪と空色の瞳という華やかな容姿から、大輪の花にも例えられるパンサール。
そんな彼女と並んでも遜色無い、栗色の長髪と深緑の瞳を持つ美丈夫は、優雅にそつなくパンサールの手を取って立ち上がった。
二人が動いたのを見計らったのか、同じく竜主席で観戦していた貴族達が笑顔で近寄る。
「おめでとうございます、パンサール様!」
「流石はクロトーワ家次期当主の見出した飛竜!惚れ惚れするような勝ちっぷりですなぁ!」
「誠にその通り。巷の新聞では口さがない記事も出回っていたようですが……全くもって杞憂でしたな!」
「ありがとうございます。皆様の素晴らしい飛竜達と競えたこと、心から光栄に思いますわ」
我も我もと祝いの言葉を述べる貴族達に、パンサールも完璧な笑顔で応じる。
空気の読めない幾人かが、これを機に公爵家次期当主に覚えてもらおうという下心を隠して、さらに話しかけようとしたところで。
「パンサール、そろそろ行かないとー」
婚約者であるセレンが、のんびりした声でパンサールの注意を引いた。
「そうね。……名残惜しいですけれど、わたくし達は先に失礼しますわ」
他の竜主達の物言いたげな視線を背に、パンサールらは竜主席を離れる。
これから行われる、優勝飛竜の授賞式に出るためだ。
セレンにエスコートされ、護衛の騎士と執事を引き連れて、廊下を進むパンサールの足取りは軽い。文字通り、勝利に気持ちが浮き足立っているのだろう。
このままダンスを踊り始めても不思議ではないその姿を数歩後ろから、まじまじ見つめていたセレンが首を捻る。
「……うーん」
「なあに、セレン。どうかしまして?」
人差し指を顎に当て、何か考え込んでいる様子の許婚に、パンサールが振り返る。
「キミの飛竜が勝ったのに、あまり嬉しそうじゃないね」
思わぬ指摘。はしゃいでいた年若い姫君は、虚をつかれた顔で足を止めた。
「わたくしとしては、いつもと変わらないつもりなのだけれど……」
歯切れの悪いパンサールの返答に、セレンは「そうかな?」と眉を下げる。そして喉の調子を整えるようにコホンと一つ、咳をした。
「……えー、いつものキミなら、今ここに人目が無いのをいいことに『いよっっしゃぁぁぁ!!!!やってやりましたわオラァァァ!!なァにが、『秋を迎えて本格化してきた他竜と比べると見劣りする矮躯。これ以上の成長が望めるかは疑問』よ!あのド三流記者共がァ……予想と称して好き勝手にピーチクパーチク!ウチの子だって立派に成長しているんですからね!今に見ていなさい、魔境山脈の裾野に広がる大森林の杉の木くらい、カイセイルメイはぶっとく大きくなりますわよ!!オーホホホ!!!』くらい言うのに、不思議だなぁって」
おっとりとしたセレンの風貌から繰り出された迫真のモノマネに、パンサールはたじろぎ、扇子で顔を仰ぐ。
後ろでパンサール付きの執事がぼそりと「85点。声質の壁はあるものの演技力は抜群の仕上がり」と呟いたのは、幸い彼女の耳には入らなかった。
「そ、そんなことは……」
とっさに否定しようと言葉を探したパンサールは、そこで少し思案する。
これまで自分が所有した競飛竜達が勝った時は、どうだっただろうかと思い出し。
いつもの自分を客観的に振り返った。
結果。
「——————もしかしたら、ちょっとは……ちょっとだけなら、言っているかも知れませんわね」
その指摘の正しさを認めた。
自分ですら気付いていなかった内心を、言い当てられたことが恥ずかしかったのか。
再び歩き出したパンサールの歩調は少し早い。それをセレンは焦る様子もなく、歩幅を広げて追いかける。
「やっぱりアオノハーレーが居なかったから?」
「……ええ。きっと、そうなのでしょう。あの飛竜はカイセイルメイに土を付け、栄誉ある三冠を邪魔した飛竜。けれどアオノハーレーがラジアータに出ないというだけで、心のどこかで面白みがないと……そう感じてしまったのは確かです」
どこか不満げに、あるいは寂しげに。目を伏せて、アオノハーレーを語る婚約者の横顔を見つめ、セレンは深緑の瞳を優しく細める。
「そのアオノハーレーだけどさぁ、リハビリも順調でもうすぐ復帰するみたいだよー」
「ほ、本当に?!」
さらりともたらされた情報に、パンサールが食いつく。
驚きに大きく見開かれた空色の瞳に、安堵と喜びを見つけたセレンは、とろけるような笑みを浮かべて頷いてみせた。
「トゥリームオに帰ってくる時期は晩秋。次走はぁ……まだ検討中。軽く探りを入れただけだから、分かったのはこの程度かなー」
「そんなことまで……あちらの陣営も決して口が軽いわけではないでしょうに。ネルグローズ辺境伯お抱えの密偵、恐ろしいこと」
ネルグローズ辺境伯は皇国を守護する盾の家系。アルアージェ皇国において、公爵家でこそないものの、国への貢献は他家にも決して劣らない。
諸外国との交渉や国家運営に深く携わるのが三大公爵家だとすれば、ネルグローズは国内の治安維持を統括している。
魔物や大災節、犯罪組織への対処を目的とした情報収集と解析も彼らの領分で、その情報網は国中のあらゆるところに張り巡らされている。
一見すると、国の防衛にさほど関係が無さそうな場所にさえも。
それを暗に指摘したパンサールの、扇子を持たない方の手を、セレンがそうっと持ち上げる。
「怖がらないでパンサ。僕の耳目はぜーんぶ君の為にあるんだよ」
ほっそりした指先に口付けたセレンは、イタズラを持ちかける子供のような、密やかでどこか意地の悪い笑みを見せた。
「あっ、そうだ。あっちの陣営は距離の短縮———カイセイルメイと当たらないレースも模索しているみたいなんだけどぉ……どうする?パンサ」
「なんですって?!」
告げられた言葉に、パンサールの眉が跳ね上がる。
唯一カイセイルメイと渡り合った、忌々しい好敵手が再戦することなく、空を違えようとしている。
———違う。逃げ出そうとしている。
競飛竜の距離適性を見直す。激戦区や有力飛竜を避け、闘える空を変える。
その判断自体は間違いではない。間違いではないが。
「……そんな、面白く無いこと———許さないわ。だってまだ勝負はついていないじゃない」
カイセイルメイとアオノハーレーの勝敗は、現状一勝一敗。
パンサールは当然、カイセイルメイの方が強いと思っている。
しかし、数字としては引き分けているのだ。
しかもカイセイルメイが勝ったケルクスでは、アオノハーレーは故障による競争中止になったため、なんとも消化不良な内容だった。
どちらの飛竜が強いのか。確実に測れる物差しは、同じレースに挑んだ時の結果だけ。それ以上に確かなものは競竜に存在しない。
だからこそ競わせたい。
己が見出した飛竜の才能こそが本物だと、証明したい。
なのに、その再戦すら叶わないかもしれないなんて。
———決着がつかないまま終わるなんて、そんなつまらないことは許せない。
目的地を目指し早足で歩きながら、婚約者のもたらした情報を元に思考を巡らすパンサールの手の中。繊細な作りの扇子が、リズミカルに幾度も弾む。
ポン、ポン、ポン。
ポン、ポン、ポン……。
そして、唐突に止まった。
「セレン。わたくし、良い事を思いつきましたわ」
*****
ラジアータ賞を優勝した、カイセイルメイの授賞式は、多くの人々から祝福される中、恙無く終わりを迎えようとしていた。
騎手、調教師、竜主が表彰され、順番に勝利後のコメントを求められる。
それぞれが、それぞれの視点から、レースを振り返って感想を述べ、カイセイルメイを讃えた。
最後にお鉢の回ってきたパンサールが、これまで応援してくれた観衆への感謝と、引き続き期待に応えていく旨を口にした。
誰もがこれで授賞式も終わりだろうと思い、肩の力が抜けた、その時。
「———この場を借りて、ぜひ皆様にお知らせしたいことがございます」
いつもなら結びの言葉を述べ、挨拶を終えるはずのパンサールが、唐突に新しい話題を切り出した。
訝しむ竜舎の人間や、驚く記者を他所に、パンサールはにこやかな笑顔を貼り付けて言葉を続けた。
「カイセイルメイの次走についてです」
取材用の手記を仕舞おうとしていた記者の一人が、慌てたはずみで手を滑らせ、ペンが地面に転がる。
「エッ?!次走をもう発表されるんですか?」
「それは今年中に、カイセイルメイの飛ぶ姿が見られるということでしょうか?!」
記者達がにわかにざわつくのを見渡して、パンサールの笑みがいっそう深まる。
「はい。今回のラジアータでの飛翔を目の当たりにした結果、自信を持って公言して良いと思えましたので」
泰然と頷くパンサールの斜め後ろに控えていた、カイセイルメイの調教師であるハヴィカが、あからさまにたじろぐ。
カイセイルメイの、ラジアータ賞後のローテーションについては、パンサールとハヴィカの間で幾つかプランを話し合っていた。
ラジアータで勝てた場合は、どの路線に進むのか。万が一負けた場合は、どこで立て直すか。放牧はいつにするか。
今レースにおける疲労の抜け方にもよるが、おおよその話はしている。
けれどその話を今、ラジアータ賞に勝利した直後におおやけにするなどとは、一言も聞いていなかったからだ。
背後で目を白黒させるハヴィカに構わず、パンサールは集まった記者達に。そして、その先にいる観衆に向けて高らかに宣言した。
「体調を考慮しつつではありますけれど、カイセイルメイの次走は年の瀬に開催される『アルアージェ建国記念祭』を目標にしたいと思います」
「おお!」
「建国記念祭!ということはカイセイルメイは、初めて先達の古竜達に挑むことになりますね!」
ここで持ち出された古竜とは、俗に四歳以上の競飛竜たちを指す。
既にいくつもの場数を踏んだ歴戦の古竜を相手に、牝竜三冠レースを飛び終えた世代最強の呼び名も高い若竜が挑む。
年若いカイセイルメイという飛竜が、古竜相手にどこまでやれるのか。
期待に弾む記者の声に、パンサールは大きく頷いてみせた。
「古竜とは、初めて競うことになりますけれど……春から秋にかけて、カイセイルメイは肉体的にも精神的にも、大きく成長を遂げました。古竜相手でも全く引けは取らないと考えております———そう今のカイセイルメイであれば。例え、天を駈ける戦女神であろうとも、影を踏むことは叶いませんわ」
広げた扇子を口元に当て、不敵に嗤う竜姫の、言わんとすることに気付いた記者のペン先が震える。
彼女が比喩で持ち出した戦女神が、何を指すのか。解らない競竜ファンはいない。
今年の春。カイセイルメイと大激戦を繰り広げ、純白の飛竜に唯一、土をつけた青い飛竜。
ケルクスで翼を負傷し、療養のためトゥリームオを離れている、もう一頭の女王。
復帰も近いとの噂は耳にしたが、次走はまだ公表されていないはずだ。
記者の手の中。興奮で震えたペン先が、押し付けられた手帳に黒いシミを生む。
(……なんてことしやがる!)
パンサールの考えを察した記者の1人は、内心、快哉とも非難ともつかない声をあげた。
なぜならそれは、1人の竜主、ひいてはただ一頭に向けた宣戦布告に他ならなかった。
もう一度、同じ空へと昇って来いという鼓舞にして、それでもなおカイセイルメイがお前を下すという挑発。
アオノハーレーの竜主、シフレシカ・デイル・アオノ伯爵は、アルアージェ皇国の貴族を取りまとめる三大公爵家のどの派閥にも、表立っては属していない。
しかし同世代の有力飛竜を所有するよしみか、クロトーワ公爵家次期当主パンサールとは、交流が盛んだとも聞く。
アルアージェ皇国では、数十年前の変革期以降、爵位の違いを利用して他の竜主に働き掛けること———無理やり参加をさせたり、逆に参加を取りやめるよう圧力をかける事———は禁止された。
なので、飛竜の体調や適正を持ち出せば、この誘いを回避することは可能だろう。しかし。
だからこその、『アルアージェ建国記念祭』だ。
アルアージェ建国記念祭は、その名の意味する通りアルアージェ皇国の建国を祝うレースだ。
皇国内で最も盛大な祭りの一環として開催され、普段競竜を見ない層にも認知されている。
そしてこのレースは、賞金獲得額だけでなく、一般の人気投票により、出走資格を得ることができる珍しいレースでもある。
———つまり、民意を取り込んで扇動しようというのだ。
このパンサールの発言を記事にすれば、多くの競竜ファンは、再びカイセイルメイとアオノハーレーが対決することを望むだろう。
そして2頭に、いや参戦を表明していないアオノハーレーにこそ、期待を込めて投票するだろう。
票と注目が集まった上に、公爵家からの誘いとあれば、流石にアオノ伯爵も無碍にはできまい。
きっとファンは、パンサールの願う通りに動く。
カイセイルメイとアオノハーレー。
かたや、その名を知らぬ者なき竜姫パンサール・デイラール・クロトーワ公爵令嬢の冠名『カイセイ』を戴く、超良血飛竜。
かたや、竜主になったばかりの傾きかけた伯爵家当主シフレシカ・デイル・アオノ伯爵の冠名『アオノ』を戴く、零細牧場出身の飛竜。
この二頭が同じ空で対決するのを、もう一度見たい、と。
かくして。アオノハーレーの預かり知らぬところで、冬の嵐を予感させる雷が遠くヒビアの空で、再び鳴り響かんとしていた。
パンサール「私の見出した最強の飛竜がライバルに勝つとこ……見てぇーんですわぁ!(かかり)」
セレン「婚約者の生き生きした姿なんてなんぼあってもいいですからね」
こういうカップルです。
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