第40話 牝竜(オトメ)心と秋の空
色彩鮮やかな夏が過ぎた。
秋の訪れを告げるかのように、時折冷たい風が吹くようになったホートリー竜牧場。
ジブンが静養のため生まれ故郷に帰還してから、はや3ヶ月が経とうとしていた。
帰省してから一月くらいは、怪我をしたばかりということもあって、空を飛ぶこと自体が禁止。
時々外に連れ出してもらえるが、それ以外は竜舎の部屋でじっとしていないといけなかった。
ミュゼやおじさん達は、暇を見つけてはちょくちょく顔を出してくれたが、彼らにもそれぞれ学業や仕事があるわけで。ずっと付きっきりなんてできないから必然、独りでぼーっとする時間が多くなる。
この期間が、まあキツかった。
人間ならベッド上安静な期間。ただ食って寝るだけの生活。食っちゃ寝生活はいつかの夢だったはずだが、実際は想像以上に退屈で味気ない。
傷病竜生活に早々に飽きたジブンは、たっぷりある時間を有効活用すべく、この期間を飛べなくてもできる訓練に当てることにした。
なんの訓練かというと、飛竜の翼の中を駆け巡る魔力、その操作だ。
魔力を留めて放出すればロケット加速だが、室内でぶっ放すような危険行為は出来ないので、あくまで操作だけ。
常に翼から流れ出ている魔力を操れないか試行錯誤することにしたのには、理由がある。
———あれはケラスースの前走、ラーレ賞を飛ぶ前だったか。
トトー先生とシークエスがロケット加速について話していた時のことだ。
あの時シークエスは、魔力が保ったら2回目の加速も使えるんじゃないかと言っていた。
その言葉を受けて、魔力量を増やすべく先生や竜主のアオノ氏は魔石をこまめに調達してくれていた。
———だが、思い返すのも複雑なケルクスでの敗戦。
最後の直線でカイセイルメイの小さな背中に追い縋るため、ロケット加速を再度使おうとした時。
ジブンの翼は悲鳴を上げた。
怪我を治療してくれた黒マントおじいちゃんは、シークエスが止めていなかったらジブンは助からなかったと言っていた。
つまりジブンの翼には、今のロケット加速の連発に耐えるだけの耐久性がないってことだ。
それと怪我の功名と言うべきか。もう一つ理解したことがある。
怪我をする直前の感覚として、ロケット加速2回目を実行できるだけの魔力をジブンは既にもってそうなんだよね。
けれどどんなに魔力量が足りていても、身体がその放出に耐えられないんじゃ元も子もない。
ロケット加速一回じゃ、カイセイルメイには勝てないだろう。だけど今までのやり方じゃ、連発はできない。ならばどうするか。勝つことを諦められないなら、改良するしかないがどう改良すればいいのか。
そんな時に出会ったのが黒マントおじいちゃんだ。
彼が魔法を使う際に見た独特な魔力の流れ。全身を巡る魔力が一点に集まり、変化していたのを見た時、ある可能性を思いついた。
今までのロケット加速は、単純に翼全体の魔力の大半をギリギリまで堰き止めて、放出するものだった。
要は水の流れるホースの出口を、ぎゅっと塞ぐ感じ。
憶測でしかないが、これが怪我の大きな原因だったのかも知れない。
翼全体の魔力放出を極限まで制限してから解放するせいで、翼全体に負荷がかかっていたんじゃないか?一度ならともかく、2回連続使用には耐えられない負荷が。
だとしたら魔力を堰き止めずに流す箇所と、堰き止め放出する箇所を使い分けるのはどうだろうか。
イメージとしては、ジェット機の翼に取り付けられたエンジンのようなやつだ。
魔力を放出する面積は減るからスピードが落ちる可能性もあるが、安全性の確保と連発が両立できるなら、デメリットがあってもお釣りが来るはず。
そんなことを考えながら、何もしないよりとりあえずやってみる!の精神でくる日もくる日も魔力操作を繰り返した。
翼全体からただ流れ出る魔力。その流れの一部に方向性を作る。それも毎回同じ所ではなく、今日は翼の付け根。明日は翼の真ん中。その次は翼の先端といった具合に流れる先を変える。
大まかにできるようになったら、今度はその操作した流れだけを堰き止められるか調整する。ロケット加速にならない程度に加減して、ね。
この時調整のたびに吹き出した魔力流で、寝わらが不自然に撒き散らされてしまって「ストレスで寝所を荒らしたのかな?」って人間に疑われてしまったけれど、それはまた別の話。
そんなこんなで繰り返した魔力操作は、ロケット加速の比じゃないくらい難しかった。
単純に全部堰き止めるのと、魔力の流れ自体に介入するのじゃ難易度が跳ね上がったのだろう。
わかりやすく堰き止める部分をエンジン、その他を翼と呼称しよう。
エンジン以外の翼にも、魔力を一定にして流さないと、飛行バランスが崩れる。
だからといって意識が翼に逸れると、途端に集めたエンジン部分に溜めた魔力は霧散して、エンジン以外に流れてしまうのだ。
これを四苦八苦しながら、暇な時はずっと繰り返し鍛錬し続けた。
最初の一月は寝床で。
その後はヤフィスおじさんが竜医の爺さまと相談しながら、慎重にリハビリを積み重ねている合間に。
リハビリの甲斐あってか、おかげさまで右翼の調子はかなり戻ってきた。
怪我した後の痛みや違和感はなく、怪我をする前とほとんど変わらない。放牧地も飛び回れていて、こっそりロケット加速改良版を練習できているくらいだ。流石に人前でやると騒がれてしまうから、隠れてこっそりとだが。
もっとのびのびロケット加速を試せたらなあ……というのが、ここ最近の悩みの一つだ。
悩みといえばもう一つ。
ヤフィスおじさん達の会話から得た情報によると、ジブンはもう少ししたらトゥリームオに戻るらしい。
またこの地を離れなきゃいけないのは寂しいが、それ以上に気がかりなことがある。
この地に残していくミュゼのことだ。
おじさんに厳しく嗜められたからか、あの日以降ミュゼがジブンの引退話を、面立って口にすることはなかった。
だけど、心中ではきっとまだ———。
いじめられていた時みたいな思い詰めた感じはないけれど、折に触れて物憂げな顔でジブンを撫でる様子。
竜房の掃除中に止まる手と、溜め息。
彼女が抱えている悩み。ジブンの今後について吹っ切れたわけではないことは、なんとなくわかる。
ミュゼがジブンの引退を口にしておじさんに叱られ、走り去ったあと。
ヤフィスおじさんとヨーゼスくんの会話から、当初おじさんはジブンが怪我をしたと知って、すぐに引退について掛け合ったという事実を知った。
牝竜には好成績を残す以上に、子どもを産むという大事な役割もあるんだって。言われてみれば確かに。
けれど竜主のアオノ伯爵からは、飛行能力が失われていないなら、もう少し待って欲しいと回答が来たらしい。
調教師のトトー先生は無事に引退させたい気持ちもあるが、もう一度飛んで欲しい気持ちもあるとのことで、最終的に竜主であるアオノ氏の意見が通った……という経緯があったんだとか。
つまりミュゼは竜主と牧場主らの間で終わった話を、あの時蒸し返した……ということになる。
普段は優しいおじさんが随分厳しい言い方をすると思ったよ。
確かにミュゼの発言は出過ぎたもので、叱られることかも知れないけど、心底ジブンを思って言ったこともわかるんだよな。
心配をかけたジブンが言うことではないのだけれど、せめて。せめて、この地を去る前に彼女が安心できるような言葉を掛けてあげられたらいいのに。
*****
そんな思いを抱えながら過ごしていたある日のこと。
秋晴れの空は高く、飛竜は肥える。
悩み事や気がかりはあれど、ジブンの食欲に全く影響はなく。むしろ涼しくなり、今日も今日とて放牧地の木々に繁った葉っぱが美味しい。
ジブンが思うにティモの木はね、高い位置の若葉が一番美味しいんだよ。
噛み締めるたび、口腔に広がる爽やかなティモの香り。甘味の後から僅かに来る程よい苦味。そして若葉の柔らかな食感。これがツウの味ってわけ。
隣では当歳の仔竜が、ジブンの真似をして首を伸ばし、高い場所の葉っぱを毟ろうとしている。
しかし体格の小さな仔竜では、まだ高いところの葉には届かないようだ。
上の方の若葉は大人の味だから、諦めて下の葉っぱを毟りなさいよ。という思いで仔竜を見やる。
目にも鮮やかな赤い鱗を持つ仔竜だ。
母親は青い鱗だから、鱗の色は父親に似たのかな。飛竜の体色の遺伝がどういう仕組みか知らないんだけどね。
———紹介しよう。この仔竜はドラゴンママこと、マリカミストお母さんの3番目の子。つまりジブンの妹に当たる。
そんな妹が、どうしてジブンと一緒に居るのかと言うと。
数週間前までジブンは1人用の放牧地でのびのび過ごしていた。
そしてそれにかこつけて頻繁にロケット加速の改良を試していたら、とうとうヤフィスおじさんの知るところとなったらしく。
療養中なのに……と悩んだおじさんが、大好きだったドラゴンママと一緒にしたら多少は落ち着いてくれないだろうかと思案した結果、同じ放牧地に放り込まれているわけだ。
ドラゴンママに再会できたのは嬉しいけど、流石に小さい子どものいるところで、こっそりロケット加速を試すわけにはいかない。危ないからね。
あとおじさんがまた倒れても可哀想だし。
おじさんの計らいは想定とは違うけれど、結果的に功を奏した形になっている。
さて妹に当たる仔竜だが、牧場の人達からの呼び名はコーラルだ。
角の色が鱗に比べてピンク味を帯びているから、似た色の希少な宝石の名前を付けたんだとか。
……いいじゃん、オシャレじゃん。由来はシンプルながら、宝石めいた角を持つこの子の特徴をよく掴んでいる。
ジブンの名前の単純さと比べると……テンテン……いや、別にミュゼの名付けのセンスがどうとか言うつもりは……ない、けど。ジブンだってシンプルながら特徴をよく掴んでる名前だし……。
まあいいや。
このコーラルという仔竜。ジブンより早い生まれだったらしく、ジブンの時よりも早く初空を終えている。
親離れはもう少し先で、本来はドラゴンママことマリカミストお母さんについて回る年頃なんだけど。
ちょーっとオツムがアレなのか、天然なのか、はたまた小さいことを気にしない性質なのか。
ドラゴンママと同じ鱗の色をしたジブンを、母親と間違えて、しょっちゅう追いかけてくるのだ。今日も今日とて絶賛勘違い中である。
最初のうちはジブンも丁寧に、ドラゴンママの元に誘導していたが、コーラルの勘違いは頻回に発生した。
5回を超えたあたりでドラゴンママの元に、いちいち引き渡すのが面倒になり、逃げるようになった。
———のだが。
追いかけてくる。ちょっと……かなりしつこいくらいに。
初空を迎えたばかりの仔竜なんて、現役の競飛竜であるジブンからしたら、ロケット加速がなくても簡単にまける……そう思っていた時期がジブンにもありました。
だがコイツ、しつこい。ほんっっっっっとーーーーにしつこい。
飛行若葉マークのくせして根性だけはある。どれだけ引き離そうが、遠くに行こうが鳴きながらよたよた飛んで追いかけてくる。
しかも何故か、ふらふら飛び回っている内にドラゴンママの近くを通っても、ママの元には行かず、逃げたジブンの方を追ってくる。
その拙い飛び方も最近じゃだいぶマシになったけどね。これって間違いなく、ジブンとの追っかけっこのせいだな。
一方のドラゴンママはと言えば。幼い我が子がぴーぴー泣き喚いて、他の飛竜を追いかけ回しているのに、大して気にするでもなく、遠くから見守っている。
ジブンの時はかなり過保護だったのに。これが既に二児を育て切った母竜の余裕なのか。
というわけで。今日も今日とて非常に不本意ながら、コーラルとの鬼ごっこを諦めたところだ。
不毛な追いかけっこを思い出して、ややげんなりした気持ちを切り替えるため、もっと高いところのティモを千切ろうと後脚で立ち上がり———。
えっ。
竜牧場の出入り口側。竜舎の方角から放牧地の長い柵を辿るように、牧場主であるおじさんがこちらへ向かってくる。
それ自体はまったく珍しいことではないが、今日は1人ではなかった。後ろに1人、人間を伴って何事か話しながら近付いてくる。
牧場の人間じゃない。
けれど見知った男。
おじさんに案内され、ジブンに一番近い柵の前で立ち止まった男は、こちらが見ていることに気づくと、飄々とした仕草で手を上げた。
「ようハーレー、少し太った?」
弧を描く口元とは反対に、笑っていない毒々しい黄緑の瞳。耳を覆い隠すように伸ばされた両サイドの髪が、嫌味ったらしくさらりと揺れる。
顔立ち自体は、はっと目を引くほど整っているのに、浮かべる笑みが胡散臭くて台無しにしている。
何よりこの恵まれた容姿と引き換えに、デリカシーというものを神から与えられなかっただろう態度!
なんでお前がここに!
驚き、あんぐり開いた口から、今まさに頬張ろうとしていたティモの葉がポロポロと零れ落ちる。
隣でジブンの真似をして、高い位置の葉っぱを啄もうと悪戦苦闘していたコーラルが「ラッキー!」とばかりに、落ちた葉っぱをそそくさ拾い食いしているが、咎めるどころではない。
男は柵にさらに近づくと、ジブンの頭のてっぺんから尻尾の先まで、じろじろと視線を往来させ少し意外そうな顔をして見せた。
「あれ?食い意地張り過ぎて飛べなくなってんじゃないかって心配してたんだけど、意外と肥えてないな」
そこには乙女に対するド失礼発言を更新し続ける男、シークエスが立っていた。
一足早く騎手との再会。
本編と特に関係ありませんが妹はステイヤー。そんな妹との追いかけっこのおかげで、どすこい相撲部屋にならずに済みました。
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