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第35話 君に捧げるケルクス 後編

 翼に当たって切り裂かれた風が、ビョォオと音を立てて流れ、解ける。

 先頭は変わらず緑の飛竜が逃げていて、後ろを4頭ほどの飛竜が追う。その中には竜群から上に距離を取って、白い飛竜カイセイルメイが居た。

 此方はと言えば、飛竜達に囲まれて中団を飛んでいる。

 あの位置から何をするつもりなのだろうか。鱗の隙間を這い回る嫌な予感を抱えて、先をゆく小さな白い背を睨む。


 異変に気付いたのは二つ目のコーナーを曲がった後、先頭を飛ぶ競飛竜(レースドラゴン)達が直線コースを半ば過ぎた辺りだった。


 後続を3竜身引き離して飛ぶ緑竜。その後ろに続く先行集団の上を飛んでいたカイセイルメイが、大きく翼を振り上げたのが、飛竜達の隙間から見えた。


 何をするつもりか。すぐに分かった。あの位置から、加速するつもりなのだ。


 前回より前につけた状態で、前回より早い段階で仕掛けに来た。

 なぜカイセイルメイが前につけるという意味で、逃げを選ばなかったのかは分からない。

 最初から逃げに打って出た緑竜と先頭(ハナ)を奪い合い序盤で体力を消費する事を嫌ったのかも知れない。あるいはもっと別の理由があるのか。


 だが前回のレースより前にポジションを取りに来た理由は、これでハッキリした。

 ジブンに追いつかれないためだ。

 最後方からまくってジブンに追いつかれたなら、今度はもっと前の位置で勝負を仕掛けるつもりなんだ。


 前回ジブンと競り合ってもゴール後、早々に息が戻ったカイセイルメイのスタミナは、ジブンより豊富だ。末翼もジブンのそれより速さは劣るが長くもつ。


 スタミナにものを言わせて、先行の位置から『まくる』ような真似をされたら……。


 ———まずい!


 カイセイルメイの翼が生み出す魔力流で空気が一際強く波打ち、震える。

 同じくカイセイルメイの仕掛けに気付いたらしいシークエスが鞭で合図を出すか出さないかの内に、魔力充填を開始する。


 翼に魔力が溜まり始め、一時的な減速が起こって後退する。いつものことなのに今回はいつも以上に焦れったい。魔力が溜まる時間は変わらないはずが、ずっと長く感じられた。

 カイセイルメイはこうしている間にも、逃げていた先頭の緑竜を易々と追い抜き、後続を突き放しにかかっている。


 ほぞを噛む思いで遠ざかる白い影を睨んでいると、シークエスが首に取り付けられた舵を引く。

 第3コーナーを曲がったところで、コーナーリングの下手な飛竜が外へと膨らんだのが見えた。竜群全体にわずかな隙間が生まれている。

 ここから抜け出して外を回るということか。意図を理解して後退しながら外へと抜け出す。


 両翼にはちきれんばかりの魔力が渦巻く。

 魔力は溜まった。早く加速しなければ。

 勇んで先走りそうになる衝動と戦いながら第4コーナーに飛び込む。

 カイセイルメイはといえばその第4コーナーで少しだけ減速したものの、最終直線に入るとまたこちらとの距離を離そうとしている。


 ジリジリしながら最後のコーナーを曲がりきると、待ちかねたシークエスの鞭が飛んできた。


 合図を受けて翼に溜まった魔力を一気に解放する。

 噴き出す魔力にびりびりとあたりの空気が揺れた。

 直線を前に竜群が横に広がり切るより先、大外を一気に駆け抜けて、ゴールへ伸びるまっすぐな一本道に斬り込む。

 空気の壁を突き破る圧を身体全体に感じながら、細めた目で前方を見据える。

 聴覚器官の横で、轟々と風が砕ける音がする。

 他の飛竜は眼中にない。打ち倒すべき敵は、乗り越えなければいけない壁は、ただ一頭。


 睨む様に見つめた先に、小さくも恐ろしい白い背中が近付く。

 前のレースでも感じたが、他の飛竜ならあっという間に追い抜ける差が、カイセイルメイだと明らかに縮まり辛い———それでも。


 あと少し……!あと少しで届く!

 目の前の背に手を伸ばす代わりに首を伸ばし、近付くために空を翔ける。


 すぐそこにカイセイルメイの長い尾先が揺れる。逃げるカイセイルメイを、もうすぐ捕えられる!






 ———がくん、と。


 ……加速が鈍った。


 あと少しなのに翼に貯めていた魔力が底をついたせいだ。

 ずるずる後ろに引き摺られるかのごとく再び、カイセイルメイが遠のいていく。


 嫌だ!


 まだ諦めたく無いと翼を振り抜いて必死に追い縋る。シークエスも鈍った翼に檄を飛ばすように鞭を入れる。


 ハミを噛み締め、翼を振り上げた。

 重い泥をかき混ぜるように手応えがない。

 跳ね回る心臓を落ち着かせようと息を吸う。

 口角に浮かんだ泡が飛び散る。


 死に物狂いで羽ばたいても、赤い夕陽に照らされたカイセイルメイの背中は軽やかに離れていく。

 目を焼くような眩しい斜陽の空の向こうに、ゴールを示す板が逆光を浴びて迫っている。


 忌々しく焼け爛れた空の終わりへ、白い影が吸い込まれようとしていた。

 小さな背の向こうで沈む日が瞬く。


 赤い。赤い。視界が赤い。





『こんな落書きに何の価値があるの?テストで100点とることの方がよっぽど嬉しいのに』

『君の絵にはさぁ、彼の絵みたいな華がないんだよね』

『絵を描くことだけはやめないでよ』

 




 脳裏を焼いたのは過去か、夕陽か。



 ———いやだ。まだ終われない。負けられない。

 このまま負けたら、ジブンはずっとあの悪夢に囚われたままだ、それだけはごめんだ。


 ———もう一度、加速する。


 そうすれば追いつけるはずだ。できるかどうかはわからないが、ジブンが勝つにはそれしかない。

 翼は重く鉛がぶら下がっているようだけれどやるしかない。

 大きく息を吸い込む。心臓から翼に流れ込む魔力を意識してかき集める。もっと早く集めろ!もっともっともっと!

 

 ぎしぎしと翼が軋む。連続加速はした事がないから負荷が掛かっているのだろうか……でも止めるわけにはいかない。


 魔力充填の減速で、先を行くカイセイルメイの背中がまたも遠ざかるのに焦燥が募る。


「……な、まさかッ?!やめろ、ハーレー!」


 魔力の再充填に気付いたらしいシークエスが焦ったように叫ぶ。背中に感じる僅かな重心の傾きで、シークエスが左の翼に鞭を当てようとしているのがわかった。


 邪魔をしないでくれ!


 とっさに身体を揺する。

 魔力の流れに介入しようとしていたシークエスは振り落とされまいと慌てて舵を掴んだ。


「やめろ!オレ達2人で飛ばなきゃ意味が無いだろ……ッ!!」


 悲鳴のように掠れた声が、風に裂かれて千々に消える。


 ゴール目前、追い越す、追い越す、追い越す、追い越す……!


 魔力を解き放とうとした刹那、左の翼に竜鞭が当たっているのに気付いた。


 それでも構わず再び翼から魔力を噴き出す——————。






『ぱきっ』



身体の中で何かが音を立てた。


 次の瞬間、右の翼から背骨を貫く激痛が走る。


 身体が傾ぐ。

 ここは上空。

 競竜場の敷地内。


 人間は脆い。

 シークエス。

 落とす、わけには———。


















 ———痛い。

 右の翼が動かせない。


 薄っすら開いた視界に広がるのは夕焼け空ではなく、対照的な緑。

 長く伸びた芝生がジブンの鼻息で揺れている。

 気付けば、潰れた青草の匂いと抉れた地面の湿った土の匂いに包まれていた。


 四肢に力を込め、よろめきながら起き上がる。なんとか空中で軌道を確保し、滑り込むように地面に落ちたのは覚えている。

 咄嗟のことだったけれど、どうやらうまく不時着できたみたいだ。これが頭から真っ逆さまに落ちていたら、いかに頑丈な飛竜でも大怪我は免れなかっただろう。

 勢いよく地面に滑り込んだ衝撃で鱗が剥げたのか、身体のあちこちがジクジク痛むが、手足も動くし尻尾も問題ない。

 そう思って翼を動かそうとした途端。

 右の翼から電流のように駆け巡った痛みに、堪えきれず(うずくま)る。


 右翼からガンガンと痛みが波打ちながら押し寄せて、身体中に響く。


 ———痛い。


 背中で何かが動くけはい。

 シークエスが転がるように鞍からおりた。


 よかった。怪我はないみたいだ。


 ……?どうしたんだよ。変なかおして。

 いままで一度だってそんなかお、したことなかっただろ。


 ———いたい。


 なんでそんな、なきそうなかおするんだ。

 そんなによばなくてもだいじょうぶきこえてるよ。


 ———いたい。


 ……ごめん、ってなんだ。どうしてあやまるの?


 あやまるのはきっと、じぶんのほうなのに。

 こうなること、わかってとめようとしてくれたんだよな、なのにかってをしてごめん。

 あぶないめにあわせてごめん。


 しんぱいしてくれたのに。「ふたりでとばなきゃいみがない」っていってくれたのに。


 ———いたい。


 ばかだなあ、シークエスからおしえてもらったのに。

 けいりゅうはひとと、ひりゅうがいっしょになってするものだって。なのにまたひとりでとぼうとしてた。ほんとばかだ。



 いたい。いしきが、じぶんのからだのりんかくが、どんどんぼやけていく。

 さむい。からだのまんなかにこおりがはいったみたい。シークエスのてのひらだけが、あったかい。



 あかくぬりつぶされたそら、ゆうひをあびてうすべにいろにそまったしろいひりゅうがまっている。




 ああ、なんて———。



ハーレーが右翼以外ほとんど無事に不時着できたのはハーレーが痛みの中、なんとか体勢を維持したのもありますが、鞍上でシークエスが落下の衝撃を魔法で緩和したおかげでもあります。自身の安全だけを考えれば落ちると判断した時に離脱するのが正しい判断でした。(騎手は落下しても助かる魔法道具を所持している為)でもそれをしなかったのは心中できると約束をしたからです。


次話はなるべく早めに上げます。



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