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第33話 君に捧げるケルクス 前編


 アルアージェ皇国四大競竜場が一つ、クロトーワ競竜場。

 今日はここで競竜の花形であるG1レース、ケルクスが開催されるとあって場内は熱気が漂っていた。

 競竜場の前には出店がずらりと並び、多くの人々が行き交う。

 競竜新聞を睨む勝負師達の傍らを、親子連れが賑やかに通り過ぎる。

 市民に神官、冒険者、貴族。

 様々な種族。幅広い年齢層。千差万別の目的を持った人々が、このクロトーワ競竜場に、ただ一つのレースを楽しみに集っていた。


 レースの開始を今か今かと待ち侘びる人達でごった返す場内の喧騒から距離を置く、一般観客の立ち入れない関係者専用のバルコニー。

 競竜場全体が見渡せるその場所に二つの影が在った。


 影、というのは比喩ではない。

 バルコニーに差し込む陽の光を呑み込んで、一切反射しない漆黒のローブ。

 刺繍も差し色もない、闇そのものから切り出したかのような黒衣で頭の先から足先まで覆う姿は、影としか言い表せない異様な様相だった。


「———今日のケルクス、楽しみですか?」


 背の高い影に付き従って一歩後ろに控えた小柄な影から、まだあどけなさの残る少年と思しき声が発せられた。


「なんだい急に。私は競竜を楽しめる立場に無いよ」


 バルコニーの欄干近くに立ち、競竜場を眺めていた背の高い影が身じろぎもせず、低く落ち着いた大人の男の声で答える。

 

「……そうでしたね。ですが御師様(おしさま)は競竜場に足を運ばれることはあっても、レース自体を観戦されたいと仰ることは今まで一度もありませんでしたから」

「我々の仕事は無くてはならないものだが、現場に呼ばれない方が良い。控えていて何事もなく暇で終わるのが一番良いのだ。———それに飛竜にしろ関係者にしろ、私達が居ては落ち着かないだろう」


 白い石材から削り出された欄干を、ローブの下から伸ばされた手が掴む。

 細く、今にも折れそうな枯れ枝を思わせる老人の手だった。


「それでも観戦を望まれたということは……やはり気になるのですね。『アオノ』の飛竜が」

「……嗚呼、そうだね。気にならないと言えば嘘になる。私の———全ての始まりだから」


 影色の外套を纏った老人は欄干に添えていた手を離し、代わりに頭を覆うローブの裾を摘んで、日差しを遮りながら天を仰ぐ。

 晴れ渡った空は夕暮れが近付くに連れて、西の空へと傾き始めた太陽から赤が滲み出し、青から薄藤色に色変わりを始めている。

 淡い紫色の空には白く輝く光の道、競飛竜(レースドラゴン)たちが飛ぶ空のコース、光線帯が伸びている。


 移りゆく空と光線帯を見上げるローブの下から、誰にも届かない独白が落ちた。


「フラックス……きみも見守っているのだろうか」







*****







『かつてこの地に広がっていたとされる広大なケルクスの森。

 そこを切り開き作られたのが、クロトーワ公爵家が代々治めてきた都市テリエゼ。そしてこのクロトーワ競竜場の始まりと伝えられています。


 始まりの大地、母なるケルクスの森。

 その名を冠したレースを勝利し、牝竜三冠の二つめ、女王の冠を戴くのはどの競飛竜(レースドラゴン)か。


 さあ、いよいよ本年度G1ケルクス開催です!


 ——————注目はやはり昨年の暮れフィーユドメリジーヌを大差勝ちしたカイセイルメイ。

 そしてそのカイセイルメイと牝竜三冠の一つ、ケラスースを接戦の末、クビ差勝利したアオノハーレーでしょうか。


 どちらもG1を勝利した飛竜同士。この二頭の対決が再び観れるとあって、今年のケルクスは例年にも増して盛り上がりを見せています。


 では本日の出走飛竜全18頭の紹介をしていきましょう。まずは——————』






*****







 狭っ苦しい四角い(ゲート)の中。息詰まる感覚から逃れようと深呼吸をする。

 あちこちから聞こえてくる競飛竜(レースドラゴン)達の息遣い。地面を爪がえぐる音。ゲートの擦れる金属音。

 どれもこれもひどく耳障りだった。


 いつもならこれから飛ぶコースを、ゲートの出口から眺めてイメージトレーニングなんかをして過ごすのだが。今日見えるのは傾きかけた夕日に染まる空。


 嫌な記憶が引き摺り出されそうで、ひたすらに前脚の爪を見据えて、スタートの合図が来るまで耐える。


 ———ケラスース戦の後から。繰り返し見る夢がある。

 真っ赤に燃える校舎の一室であった過去の出来事。

 そしてあの日カイセイルメイが減速した場面を、延々と順繰りに自動再生し続ける夢だ。

 過去のジブンが死ぬ前に体験した屈辱が。憤りが。今のジブンに重なろうとしてくる夢。


 悪夢を振り払いたくて、どんな経緯があるにせよ勝ちは勝ち。何度もそう唱えて自分自身を納得させようとした。

 相手はただの飛竜で、人間から転生したジブンみたいにレースというものが速さを競う勝負であることを理解していない可能性だってあるじゃないか。

 そう言い聞かせようとした。


 あるいはジブンだけの話なら渋々でも納得できたのかもしれない。

 ———けれどあの勝利はジブンだけのものじゃなかった。

 ジブンの勝利を涙を流して喜んでくれた人たちが、心から祝福してくれるたびに。感謝の言葉を紡ぐごとに。優しいてのひらが労わってくれる都度に。


 繰り返す悪夢が後ろ指を差す。所詮『譲られた勝利』なのにと。

 彼らから差し出されたいずれも受け取る資格なんてないくせに、恥ずかしくないのかと糾弾する声が絶えず聞こえてくる。


 彼らから献身を貰えば貰うほどに追い詰められた。

 褒められるたび居場所がなくなっていく。


 ジブンは自らの力では何も成していない。

 だからこそ、今回は絶対に自分の力で勝たなくちゃいけない。勝ち取ってこの頭の中に響く声を消さなくては。


 階段状のゲート上方にいるだろう白い鱗の飛竜。見えないその姿を睨む。


 カイセイルメイの枠順が大外17枠だということは把握している。対するジブンは4枠。

 大外枠は競馬であれば不利な枠らしいが、上空から追い越しをかけられる競竜ではそこまで影響があるとは思えない。

 何よりその程度、カイセイルメイにとって問題になるはずがない。


 カイセイルメイのことを考えながらゲートの天井を睨んでいると、コツコツと拳で首筋を叩かれて意識が引き戻される。

 背中のシークエスが体勢を低くした。ぐいと押される首。

 スタートが近い合図だ。

 四肢の爪をスパイクのように地面に食い込ませる。



『ガシャンッ!!』


 ゲートが開くと同時。心に積もり積もった重苦しい感情を振り払おうと助走をつけて飛び立ち、風に乗る。

 ジブンと同じように好スタートを切ったうちの一頭、緑の鱗を持つ競飛竜(レースドラゴン)が勢いよく先頭を奪った。そのまま他の競飛竜(レースドラゴン)を突き放し、ぐんぐん距離を稼ぐ。


 レース開始直後から先頭を飛んでそのままゴールを目指す、逃げの飛竜だ。

 緑色の背中はジブンが警戒している飛竜ではないが、ああやって目の前から逃げられると不安と不快が入り混じる。

 以前まではロケット加速で追いついて捉えてやると思えていたのに。


 いや。と不安を無理やり押さえ込む。鞍上からの指示に従って竜群の中団に控えようとした時———頭上から空を揺らす羽ばたきが降ってきた。


 うわぁん。


 空気と共に魔力がうねり、辺りに響く。

 翼が空を打ち据えるたび、強力な魔力流を生み出して突き進んでくる。一度聞けば嫌でも記憶と耳に残る、他の飛竜とは一線を画す羽音。


 思わず仰いだ天に、見たくない白い影を見た。

 大外17枠。階段式のゲート、最上段に近い場所から飛び出したカイセイルメイが、大外という枠順の不利を捩じ伏せようと上空からコース内側へ急襲してきたのだ。


 前回のレースでは中盤まで最後方に控えていたはずのカイセイルメイが、今回はこんな序盤も序盤、ゲートを出てすぐから前方の集団に上から迫っている。


 先頭で5、6竜身先を逃げている緑の飛竜を追うつもりかと思ったが、先行集団に追いついたカイセイルメイは猛加速を収めると、そのまま先行組に加わった。先頭から数えて3、4番手の位置だ。

 カイセイルメイの翼なら先頭を行く逃げ竜に追いついてかわすことも出来たはず。


 なぜ逃げ(それ)をしないのだろう。なぜ先行(そこ)なのだろう。


 その選択が不気味だった。


 竜の身体では流れるはずのない冷や汗が吹き出すような感覚に襲われる。鱗がざわめく。


 なんだか猛烈に嫌な予感がする。


長くなってしまい、どこで切るか試行錯誤しているうちに遅くなりました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 新キャラ登場。アオノ家が竜関係をこじらせた理由を知ってそうですが、宗教関係なのかな。 だとすれば宗教に関わる竜を"賭け事"として扱わせている理由も存じてそう。 神事なら、福島県相馬野馬追い…
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