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第31話 幕間『それぞれのレース後』


 アルアージェ皇国の中心、皇都ヒビアに存在する宿屋『眠り縞猫亭』は元冒険者の主人が切り盛りする冒険者専用の宿屋である。

 皇都東門から大通りを真っ直ぐ進んだ先に位置し、行政区域にある冒険者ギルドからの距離も近い好立地に立つこの宿屋は、古めかしい外観ながら、建物全体の造りはしっかりしている。

 室内も掃除が行き届き清潔で、長旅に疲れた冒険者達からの評判も良い。


 金獅子(きんじし)級———冒険者ギルドが定める冒険者達の階級の最高位———冒険者が泊まるにはやや物足りないが、銀狼(ぎんろう)級や銅鷲(あかがねわし)級冒険者からすれば、皇都でも最良の宿屋だ。

 その下の鉄鼠(てっそ)級や、駆け出し冒険者の木鹿(もくろく)級にはまた相応の宿屋がある。


 宿の一階部分は食堂になっており冒険者同士の交流や情報交換にも利用される。夕方から夜へ移り変わる時刻には既にテーブル席の殆どが埋まっていることからもその盛況ぶりが伺えた。




 そんな『眠り縞猫亭』の一階。

 食堂のテーブル席の一つに突っ伏す年若いヒュマールがいた。

 片手には握りしめすぎてシワだらけの競竜新聞が握られており、わかる人には彼の身に何があったかおおよそ察せられる風体で撃沈している。


「なんでだよぉ、あんな終わってるパドックで来るとは思わんて……」


 情けなく机にへばりついて嘆く青年は冒険者チーム『赤雷』の斥候エンチャバル。

 その向かいの席に座るエルフの魔法使いフィルは、白葛(しろかずら)の杖を手入れしながら視線を向けることもせず無情に告げる。


「でもアオノハーレーは来たでしょ」


 フィルの指摘に、エンチャバルが納得いかないとばかりに勢いよく上体を起こす。


「だッからおかしいんだよ!あんなやる気のひとつも感じられないパドック見せられたら普通は『あー今回は無いな』って切っちゃうのッ」

「私は切らなかったよ。確かにパドックでは前と様子が違ったけど、騎手が乗ったらシャンとしてたもの」

「ヤダー!そんな勝者目線のありがてーご高説、今は聞きたくないッ、オレは同じようにアオノハーレー外して負けた奴らと傷の舐め合いがしたい!」

「こころざしが低すぎる……」


 可哀想なものを見る目でエンチャバルを見下ろすフィルの隣。裾の長い法衣の下で伸びやかな足を組んだ女性、メツァリクがにっこりと微笑む。


「エンチャバルが評価していた白竜も強かったじゃない。白の盟主様と同じ鱗を持つ飛竜ってだけでも珍しくて有難いのに更に強いなんて……神官としては応援したくなっちゃう飛竜だわ」

「メツァリクは破戒僧だけど白竜をありがたく思ったりするの?」


 神に仕える者は欲を遠ざけ清貧であるべしと戒める月白教の神官でありながら、それを面白くないと蹴って捨て冒険者になったのがメツァリクだ。

 意外だとでも言いたげなフィルに、肩口で切り揃えた栗色の髪を揺らして、メツァリクは手にしたグラスの氷をかろりと回す。


「人が人の体裁の為に定めた戒律を破る事と、神々への信仰心は別物よ。戒律は所詮、神の教えと指し示される道を理解するための手習書でしかない。だから私がロクデナシであっても神を信じる心は失われているわけじゃないの」

「……自分でロクデナシを自称しちゃうんだ」

「そりゃそうでしょ!お酒は吐くほど好きだし、美味しい物も大好き。なにより殿方を———」

「信じる心……、そうだ信じる心だよ!」


 メツァリクの言葉に、卓に突っ伏していた赤銅色をした後頭部が揺れ、威勢よくがばりと起き上がった。フィルから向けられる胡乱な眼差しも意に介さず、エンチャバルはシワだらけの競竜新聞を強く握る。


「次こそはカイセイルメイが来る!ケルクス賞は距離が伸びるからレース後も余裕のあったカイセイルメイが圧勝するとオレは信じる!よっしゃ、次こそは勝ったな!」

「……でも次回のレースは来月でしょ?私たちこれから依頼で遠征するから間に合わないわね」

「確かに」

「———ちくしょー!」


 にべもないメツァリクの指摘にエンチャバルが再び机に轟沈した。

 その隣で1人会話に加わらず、宿屋の給仕へ注文を伝えていたノガーナが、緩みすぎた場の空気を変えるため、パンッと大きく手を打つ。


「はいはい落ち着いて。食事が来るまでに依頼内容の最終確認をしよう」


 リーダーの一声に、エンチャバルがのそりと起き上がって居住いを正す。

 フィルとメツァリクもそれぞれに卓へと向き直った。


「前回の大災節から夏になれば18年目だ。あと2年後に再び生まれる厄災獣に備えて合同調査隊が編成される。今回はその調査隊の護衛、及び特定の魔物討伐が依頼内容になる。これは冒険者ギルドからの直接要請。国家存続にも関わってくるから実質強制参加だ」


 皆の注目が集まったことを把握したノガーナが依頼書と地図をテーブルの上に広げ、地図の一点を指差す。


「皇都の南西、大海湖の先、リリボト大森林には複数の魔力溜まりが確認されている。このうち皇族直轄領に下ってくるだろう厄災獣が生まれる魔力溜まりが目的地だ。僕たち以外にも銀狼級から複数チームが参加する。陣頭指揮を執るのは金獅子級のチーム『星振りの夜』だ」

「神殿と国、ギルドによる大規模合同調査かあ。調査ってどんなことをするんだ?」

「私も大災節自体は何度か経験したけど調査に加わるのは初めてだから詳しくは知らないけど……魔物の活性化状況の確認と進路の予測だと思う」


 合ってるよね?と視線で尋ねるフィルに「その通りだよ」と答えて、ノガーナは更に情報を補足する。


「それに加えて増殖している魔物の特性が厄介であれば、これを討伐して数を減らすのが僕たちの仕事だ」


 長い戦いの歴史の中で大災節に生まれる厄災獣の誕生には周期以外にも、幾つかの法則が存在することが判明している。


 一つ、厄災獣は原生魔力が異常に噴き出す魔力溜まりから生まれる。


 二つ、魔力溜まり付近で最も活発に活動している魔物が、厄災獣の元になる。


 三つ、厄災獣は元になった魔物、あるいは魔物化する前の動物の習性を強く引き継ぐ。


 四つ、魔力溜まり周辺の魔物をどれだけ駆逐しても厄災獣が生まれる事自体は防げない。


 厄災獣が生まれる事を防げないのなら、魔力溜まり周辺の魔物を狩るのは無意味に思えるかもしれないが、意味はある。


 例えば厄災獣化した際に進路の予測が立て辛く、討伐するのも厄介な飛行型の魔物が、魔力溜まり付近で活性化していたとする。

 これを狩って数を減らすことで、厄災獣化する可能性を下げることはできるわけだ。

 また強力な個体が厄災獣化した場合、生まれる厄災獣の力も強力になる。そうならないよう先に強い個体を間引くことも事前にできる対策の一つ。強力な厄災獣が生まれないように対策を重ねて、人類は20年毎に襲い来る大災節を乗り切ってきた。


「前回の厄災獣は貪食羆(グラトニーベア)で大海湖直撃だったっけ?」

「ええ。大海湖を擁するマデリーは避難が早くに済んで人的被害こそ少なかったけど、大海湖でのみ採れる貴重な海産生物は大打撃を受けたらしいわ」

「適切な人員配置や避難経路の確保には正確な情報が必要不可欠だ。心して掛からないといけない」


 ノガーナの言葉に全員が頷く。その会話が途切れた絶妙なタイミングで注文していた料理を給仕が運んできた。


 ふかしたハロ瓜を濾して牛の乳と煮込んだ暖かいスープ。

 芽玉菜とキヌ豆のグリル、燻製肉を添えて。

 潰して捏ねた芋を丸めたものと春野菜を揚げたフリッター。

 ケラスース鱒ときのこのパイ包み焼き。

 バロン筍と鶏肉のやわらか煮込み。

 そして赤身肉を豪快に焼いたステーキ。


 湯気を立たせ、次々と卓に並ぶ料理に一同の目が釘付けになる。

 大仕事を前に奮発したのは明らかだ。誰のものか、ぐぅ、と腹の虫がないた。

 地図や依頼書を卓上から片付けて真剣な表情を崩したノガーナは笑顔で仲間を見回す。


「何はともあれ、とりあえず腹ごしらえにしようか」

「うおー難しい話聞いてたら腹減った!」

「あら、ドラゴンステーキもある。奮発したわね」

「これから向かうのは魔物のひしめく魔力溜まりだし、景気付けにね」


 ドラゴンステーキはその名の通り、飛竜の肉を用いた料理だ。この飛竜の肉は高級食材で、金獅子級に次ぐ実力を持つ銀狼級の冒険者チーム『赤雷』でも普段は注文できない。

 それでも多くの冒険者達は、ここぞという仕事の前に飛竜の肉を使った食事を摂る。


 飛竜の血肉には膨大な純正魔力が含まれているからだ。


 魔法を扱う冒険者が陥りやすい魔力欠乏にも効果があるほか、魔物が生息する原生魔力に満ちた場所へ赴く前に摂取することで、人体に有害な原生魔力への耐性を上げることができる貴重な食材。

 滋養強壮の効能もあり、血は治療薬(ポーション)の原材料の一つでもある。


 そんなドラゴンステーキが乗った皿を、なんとも言えない複雑な顔でフィルが見つめている。

 気付いたエンチャバルがフリッターを摘む手を止めて不思議そうに覗き込む。


「フィル、食べないのか?」

「……なんか、今までは全然そんなこと考えたこともなかったんだけど。アオノハーレーを応援するようになってからこのドラゴンにも元は応援したり大事に思っていた人が居たのかなって思うと複雑で……」


 そこまで口にして、重く息をつく。


「———ごめん、こういう場で言うべきじゃなかった。身勝手な事を言ってる」


 フィルの言う通り、食材として提供される飛竜の肉は競飛竜(レースドラゴン)だったもの。あるいはそうなる予定だったものだ。

 魔力を生み出す力、すなわち飛行能力が優れていない、競争能力が欠如しているという理由で間引かれ食肉に用途変更された飛竜。

 魔力を生み出す特性の重要性や宗教との兼ね合いで、最初から食用として飼育される飛竜はいない。少なくとも表向きは。


「謝る事はないよ。フィルの中で価値観に変化があっただけのことだ」


 ノガーナのフォローに、指先を拭ったエンチャバルが口を挟む。


「言いたいことはわかるぜ。でも年間何千頭と産まれてくる飛竜全部、長けりゃ30年の寿命まで面倒を見れる場所も余裕もないんだよな。飛竜艇(ドラゴンキャリッジ)もできたし、昔よか再就職先も増えたんだけどさ」

「各都市への魔力分配や国の運営と競竜は、もはや切り離せないからね」


 酒を追加で注文していたメツァリクも頬に手を当て、思案顔で会話に加わる。


「神殿も引退した競飛竜(レースドラゴン)を引き取って各地の巡行神官に随伴させたりしているけど……それでも全部をすくい切れるわけじゃないのよねえ」

「僕個人としては他の命を頂くことは、決して悪とみなされることではないと思うけれど———理屈と感情、双方を納得させるのは難しいね……僕たち人間は時に人以外にも共感して感情移入する生き物だから」

「でもこれを言い出したら他の家畜は?ってなるんだよなあ〜」


 椅子の背に片腕を引っ掛けて食堂の梁を見上げるエンチャバルに、腰に佩いた剣の柄を小さく撫でて、ノガーナが同意する。


「だから僕らは、せめて感謝する心を忘れてはいけないんだと思うよ」

「そうね、多くの命を糧に自分があるのに命を物のように扱えば、その傲慢さはいずれ自身に返ってくるわ」


 ノガーナやメツァリクと会話をしながら、エンチャバルがさりげなく他の料理の皿をフィルの前に移動させようと手を伸ばす。

 それを今まで黙って聞いていたフィルが首を横に振って制した。


「ううん、食べる。どの料理も感謝して食べる。それで次の依頼を頑張って沢山の命を守る。私が今できることってそれくらいだと思うから」


 仲間の顔を順繰りに見つめて「変な空気にしちゃってごめん」と頭を下げるフィル。

 そんな少女の取り皿に、香ばしく焼き目が付いた芽玉菜を取り分けながらノガーナが口を開く。


「いや、価値観は時代と共に変わっていくものだから、こうやって思考する事を止めたらいけないと僕は思う」

「そーそー、『当たり前に対しておかしいと感じる感性が変革をもたらす』んだぜ。誰の受け売りだったか忘れたけど!」

「ロン・ナハディでしょ。エンチャバルにしてはよく知ってるじゃない」

「オレにしてはってどーゆーことっすか姐さん!」

「エンチャバル、私もちょっとびっくりした」

「フィルサンまで?!」


 食卓に和やかな雰囲気が戻ったことに頬を緩めて、料理を口に運ぼうとしたノガーナはふと手を止めて料理の切れ端を見つめる。


『命に価値をつけたとしても、命の尊厳まで奪って良いことにはならない。預かる命が生くる間は安寧を与え、終わりには安息を約束する。全ての人よ、我ら人間に飛竜を与えたもうた白の盟主の御心に相応しくあろう』


 エンチャバルが口にした言葉にいつか聞いた演説の一説を思い出し、心の中で感謝の言葉を述べる。


 今、自分を生かす全ての命に感謝を。






*****








———時は少し遡り、ケラスース賞のレース後。




「俺の騎乗が至らないばかりに……すみません、先生」


 強い悔恨の滲む声と共にカヤトーが深く頭を下げた先には年老いたエルフが立っていた。

 丁寧に後ろへ撫で付けた色の抜けた癖毛のグレイヘア。褐色の肌に刻まれた皺の深さに対して、背筋は伸び矍鑠(かくしゃく)としており老紳士という言葉がぴったりの容姿をしている。


 ハヴィカ・セイゲツ。


 カヤトーが籍を置くセイゲツ竜舎の調教師。数多のG1勝ち飛竜を輩出してきた、トゥリームオでも指折りの名門を統括する彼は、もたらされた敗北に激昂することなくカヤトーと同じく灰色がかった青い瞳を穏やかに細めて残念そうに首を振った。

 

「ゴール直前、僕にはルメイが急に失速したように見えました。何かあったのかと心配しましたが帰ってきたルメイに異常らしい異常は見当たらない。背に乗っていた君から見て、何があったか教えて下さい」


 ハヴィカはカヤトー・セイゲツから見て祖母の弟、大叔父に当たる。

 周囲から反対される中、騎手を志したカヤトーの背中をただ1人後押しして『自分がカヤトーを一人前に育てるから』と手を差し伸べてくれた大恩人。

 彼からの恩義に報いる事ができない己の不甲斐なさを噛み締めて、カヤトーは言葉を選ぶ。


「多分、ですが……ルメイは安心したんだと思います」

「安心?レース中にあの子が?」


 カイセイルメイは特殊な状況で生まれ育った結果、飛竜同士の関係を上手く作ることができず他の飛竜自体を苦手にしている。いっそ恐れていると言ってもいい。

 セイゲツ竜舎に所属するようになってからも竜舎の中で仲の良い飛竜ができるわけもなく、いつもカヤトーや人間の背に隠れようとする孤独な飛竜だった。


 そんなカイセイルメイという飛竜をよく知るハヴィカからすれば、思ってもみない言葉だったのだろう。驚きに目を丸くしている。


「はい、ご存知の通りルメイは他の飛竜が苦手です。飛竜同士が並んで飛ぶレースだって本当は恐ろしいはずで、上下から他の飛竜が飛び出すゲートも苦手で気後れしてしまう———けれどルメイは人間の指示には良く従います。前へ行けと指示されたら我慢して飛ぶ。なるべく早く、遠く、飛竜達から離れるように」

「そうですね。出遅れてなお後方から追い抜き、突き放すことのできる速さとスタミナ。それがあの子の強さだ」

「だけど今回初めて並ばれた上に追い抜かれてしまった。最初ルメイは前方を飛ぶ飛竜への恐ろしさを堪えて前へ行こうとしてくれました……けれど。並んだのがアオノハーレーだと気付いてしまった」


 カヤトーは自身が身に付けているブーツの先に視線を落とし、募るやるせなさを押し殺して言葉を続ける。


「……先生、以前ルメイに絡んだヤジールアヤタルを他所の飛竜が追い払った事をお話しましたよね?」

「そんなこともありましたね……まさか、その飛竜は」

「……アオノハーレーです。そしてルメイは、たった一度出会ったアオノハーレーの事を覚えていました。レース前には懐くような仕草さえして見せた」


 カヤトーはカイセイルメイがアオノハーレーに挨拶をしようと駆け寄った時のことを思い出す。

 アオノハーレーが戸惑いつつも挨拶を受け入れてくれた時には安堵と、喜びがあったはずなのに。


 今はなんて皮肉な巡り合わせなのかと、2頭を出会わせ、こんな形で再会させた存在を詰りたい気持ちでいっぱいだった。


「———並びかけ、追い抜こうとしたあの時。ルメイは隣の飛竜が初めて心を開いた飛竜だと知って、逃げなくていいのだと安心してしまったんです」


 飛竜は本来群れで生きる生き物。

 友鳴きを誘うほどの相手と並んで飛ぶことは本来であれば安心しても仕方ない事だったが、恐怖からくる必死さで飛んでいたカイセイルメイにとっては致命的だった。

 死に物狂いで飛ぶ中に差し出された安堵。心許した相手と飛ぶ安寧は毒のように、カイセイルメイの翼を鈍らせた。


「———だから失速したと、なるほど」


 深刻な声音で呟き腕を組むハヴィカに、カヤトーは今一度謝罪の為に頭を下げる。


「オレの責任です。レース前にルメイがアオノハーレーを気にする素振りを見せていたのに。あの時もっと危機感を抱くべきでした」

「……難しい判断ですよ。2頭の巡り合わせがどうレースに影響するのかなんて誰にも分かりません。何よりルメイを一度とはいえ抜き去ったのは間違いなくアオノハーレー側の実力で、キミ1人でどうにかできた問題ではないと僕は考えます」


 項垂れるカヤトーの両肩を支えるように、歳月を積み重ねた掌が置かれる。

 

「次のケルクス、負けるわけにはいきません。カイセイルメイはパンサール様からお預かりした大事な飛竜であるのと同時に、歴史に名を刻む飛竜だと僕は信じて疑わない。彼女以上に女王の冠が相応しい飛竜はいない……そうでしょう?」


 強い確信を持ったハヴィカの弁に異論などあろうはずもない。カヤトーとて新竜戦からずっと共に戦ってきたのだ。


 カイセイルメイは他の飛竜を越える最高速度を長距離維持して飛べる翼がある。

 異次元の末翼をもつアオノハーレーだが、その末翼を長く維持できないことは今日のレースを見ても明らかだった。

 コース全長11.2Kmのケラスースから17.6Kmに距離が伸びる次走のケルクスであれば、スタミナで勝るカイセイルメイが負けるはずはない。


 ———けれど、また並ばれてしまったら?競うはずの相手に競争意識を持てない飛竜が勝てるのか?


 カヤトーが口にしない不安を読み取って、ハヴィカはカヤトーの肩に乗せていた手を退ける。そして思索を巡らせるように天を仰いだ。


「そのためには距離延長という条件だけでは心許ない……策を打たないといけませんね」

「策、ですか?」

「ええ、ひとつ思い当たるものがあります。そのためにはカヤトー、鞍上はキミでなければいけない」


 竜舎所属で調教師の親族とはいえカヤトーはまだまだ新人騎手だ。ベテラン騎手と比べれば技術も踏んだ場数も劣る。

 今日のレース結果で鞍を降ろされるかも知れないと思っていたのに、自分でなければいけない理由が思い当たらず、訝しむカヤトーにハヴィカは目尻の皺を深くして微笑む。


「私はキミとルメイの『絆』を信じていますから」


 労りを込めてカヤトーの背中を叩いたハヴィカはくるりと踵を返す。


「パンサール様には私から納得して頂けるよう説明します。キミ以上にカイセイルメイの力を引き出せる騎手はいません」


 立ち尽くす若い騎手を振り返ることなく、再度念を押して歩き出したハヴィカの顔には平時と変わらぬ柔和で人好きのする笑顔が浮かんでいる。


 裏腹に、灰色がかった青い瞳には勝負に燃え立つ冷たい炎が揺らめいていた。

難しい問題なので言葉を選んだつもりですがまた書き直すかも知れません。


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次の大災節が3年後ならアオノハーレー達は現役かどうか微妙な時期かなぁ カイセイルメイは使い減りしそうだし貴重な白竜って事で早々に繁殖入りしそうですが アオノハーレーは血統だけなら繁殖入りは遅くなりそう…
[良い点] 所謂説明回でもあったのかもしれませんが、きちんと最後に整理されていて分かりやすかったです!世界感の新たな加筆、とっても嬉しいです。一見レースには関係ないようにも見えますが、ドラゴンの特性を…
[良い点] カイセイルメイの飛行が鈍った理由 [一言] 恐怖故に凄まじい飛行をしていた子が安心出来る相手見付けちゃって鈍っちゃったのか~ カイセイルメイ相手に互角の飛行が出来るアオノハーレーだからこそ…
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