第30話 ケラスース賞
同世代最強との呼び声が高いカイセイルメイとの出会い。もとい予期せぬ再会を終え、今はゲート入りの順番を待っている。
本日のG1ケラスース賞に出場する競飛竜の数は全18頭。
ジブンが今まで参加してきたレースの中でも最多の参加頭数だ。
その中でジブンの枠順は4枠。
先に奇数番号を割り振られた飛竜が枠入りするのを待ちながら、浮島の中央に高く聳え立つ階段式ゲートを見上げる。
思い返すのは先ほど別れたばかりのカイセイルメイのことだ。
噂のカイセイルメイがあんなに小さくて、同竜舎の飛竜にいじめられていた気弱な飛竜だとは思いもしなかった。
想像ではもっとゴリゴリのムッキムキなマッチョで、牡竜すら体当たりで押し退けてしまう女傑のイメージだったからね。
実物はイメージと正反対だったわけだが、侮ったりはしない。
だって彼女は既にケラスース賞と同じ、G1という競竜における頂点の一つを勝利しているのだから。
ジブンより競竜にずっと詳しい先生たちやシークエスの言動からもその勝利は、ただの幸運や偶然でもたらされたものではない事は明白だ。
レース中は彼女の存在を最優先で警戒しなければと再度心に刻む。
そうだ、G1レースといえば。
今日のケラスース賞もG1レースなだけあって、思い返せばパドックも観客席も凄い人の数だったな。
夢見が悪くてちょっぴりナーバスになっていたから反応できなかったが声援も貰ってた気がする。
このレースに出るってんで取材がくるくらい注目度の高いレースみたいだし、ミュゼやヤフィスおじさん達もテレビみたいなので観戦してたりして。
いやぁ我ながら凄いレースに出ちゃうんだなワハハハハ!ハハ、ハ……。
———あ、いかん。今更緊張してきたかも……。
自覚した途端に歩き方がぎこちなくなってる!
前脚と後脚が同時に、同時に出ちゃう!ジブン今までどうやって歩いてたっけ?あわわわわ……。
って、んん?
後頭部、というより角をまさぐられている気配。
この状況でジブンの角を触れる奴は1人しかいない。何をされているのか不審に思う気持ちが勝って、ぎこちない歩様を止め、不審者もといシークエスの挙動を窺う。
レースに参加する競飛竜は騎手や他の競飛竜とぶつかった際に、鋭い先端で怪我をさせないよう、角をすっぽり覆うカバーを着けている。
材料は布、革、毛糸で編んだものと様々。デザインや色もそれぞれ違い、一頭一頭拘りが感じられて見ているだけでも面白い。
そんな角カバーをジブンも着けているのだが、シークエスはどうやらそれを気にして触っているらしい。
「ハーレーってば花飾り付けて貰って、可愛いじゃん」
指先が角をつう、となぞる感触。
コラ!その花飾りはアルルアちゃんが「オンナのセンジョーなら可愛さでも一番にならないとダメっしょ!」ってデコってくれたお手製なんだからな。取るなよ!
ジブンの体色とお揃いの青い革製の角カバー。
レース名の由来になった花が、真珠色の素材で螺旋状に、邪魔にならない程度の控えめな大きさであしらわれた可愛いデザイン。
可愛さとオシャレ度で言えば間違いなくダントツ優勝だと思う。
アルルアちゃん渾身の力作だから無造作に触れて壊してくれるなよ。
あと指の動きがなんかヤダ。見えなかったけど、さっきの角をなぞる動き、絶対ねちっこかったでしょ!こちとら花の三歳、年頃の女の子なんだからやめてよね!えっち!
角カバーを弄る手から逃れようと、やだやだ!と頭を振る。
これ以上触るなの意味を込め、ゔゔぅ……と喉奥で唸ってみせるジブンに、深追いすることもなく手を離したシークエスが小さく笑った。
「ようやく普段通りに戻ってきたな。その調子で気楽に行こうぜ」
軽薄な態度とは裏腹に、首筋を撫でる手のひらからは微かな安堵が伝わってきて……居心地が悪い。
ここまでされたらさすがに気付く。
シークエスは気を遣ってくれたのだ。
悪夢を引き摺って機嫌が良くなかったこと。そして緊張していたこと。
言葉でやり取りできないジブンの気持ちに気付いて、わざと気を逸らすことをしてみせたんだ。
全部筒抜けだなんて恥ずかしい。尻尾の先をジタバタさせたくなるようなむずがゆい感覚から気を逸らしたくて、周囲を見渡す。
そうだ、顔見知りの競飛竜の枠順を確認しよう!
なんとか気を取り直してゲートに収まる飛竜を眺める。
まず、ラーレ賞2着に食い込んだ額に灰色の鱗を持つ黒竜は5枠。あの飛竜は前回先行組だったから内枠寄りの5枠は、いい枠かも知れない。
同じくラーレ賞で迷惑をかけられた薄紅飛竜は17枠。外枠だから周りに迷惑かけずに飛んでほしい。頼むよほんと。
そして今回のレースで最も注目されているだろうカイセイルメイ。彼女はちょうど真ん中に位置する9枠スタートだ。
カイセイルメイの飛行スタイルは不明だが、この枠順はジブンにとって有利に働くのだろうか、それとも。
そこまで考えたところでジブンがゲートに入る番が回ってきた。誘導されて4枠に収まる。
飛竜達の息遣い。ぶるると嘶く声。逸っているのか地面を掻く音に触発されて、霧散していた緊張が戻ってくる。
でももう平常心を失うほどではない。
やれることをやる。それだけだ。
前を向いて飛び出すタイミングを待つ。
鞍上のシークエスの重心が前方にかかる。首をグッと下に押された。
——————くる!
『バァンッ!!』
いっせいに開いたゲートから勢いよく飛び出し、地面を蹴り上げる。
翼を広げて飛び立った視界の端に、他にも何頭か絶好のスタートを切った飛竜が見えた。
鞍上から控えるようにと舵を取られ、スピードを落として後ろへと下がる。
あっという間に形成された竜群の中、中団の中頃につけた。周りを取り囲まれながら様子を見る。
想像通り5枠の黒竜は今日も前方で勝負するつもりのようだ。
黒竜が横をすり抜け前方に行くのを見送ると、同じように何頭かが前へ抜け出していく。
大外どころか光線帯の縁ギリギリを飛ぶ薄紅飛竜の姿も見えた。
あの飛竜は他の飛竜と競り合おうと無茶をするから、わざと竜群から距離を取っているのか、なるほど。
カイセイルメイは———中団にはいない。前方にも見当たらない。
つまり後方。後方で翼を溜める飛翔スタイルか。
姿が見えない分、いつどのようにして仕掛けてくるのか分からないところが不気味だが、今はとにかく道を拓くシークエスからの指示に注意しないと。
竜群に包まれながらレースは進み、先団が第3コーナーに差し掛かる。
前回のラーレ賞の時と同様、第3コーナーを前にしてシークエスが鞭を軽く当てて離す。
魔力充填の合図に、放出する魔力を絞って翼に溜める。
魔力充填をコーナーの減速に合わせているから周囲から引き離されすぎることはない、大丈夫だ。
今の所、大きなトラブルもない。あとは道が開けばロケット加速でぶっちぎってみせる。
意気込んだ、その時。
最後方から。
ぐわんと、大きな魔力流が生まれたのを肌で感じた。ピリッと空気がひりつく。
———音が。
———羽音が聞こえる。
大気を掻き分け、魔力を生み出し、凄まじい速さで前へ突き進もうとする音が。
飛竜達が鬩ぎ合う中にあって明らかに一線を画す、異様なほどに力強い羽ばたき。
ジブン含め他の競飛竜が小鳥の羽ばたきに思えてしまう、猛禽のごとき飛翔で、何者かが急速に迫ってくる。
はるか後方に聞こえたはずのそれがじわじわと、いやすいすいと。
まるで一頭だけ追い風を受けているかのような速さで近付いてくる。
恐ろしさで鱗が逆立つ。
最後方から正に一息で、ジブンのいる中団まで追い上げてきた何者か。
竜群の隙間から大外を、白い影が通り過ぎるのが見えた。
やはりカイセイルメイか!とんでもなく速い!
周囲を取り囲む騎手達の動揺が魔力の流れではっきり見える。
まだか。道はどこだ?!
充填は完了した。あとは道さえできれば!
両翼にはち切れんばかりの魔力を押し留めながら、遠ざかる白い背を睨む。
先行組がカイセイルメイに追い縋ろうと横に広がる。
先行組の動きに合わせて、シークエスが舵をきった。
みっちり詰まった竜群の中で、斜め右を行く飛竜と飛竜の間に、一頭通れるかどうかの狭い間隔がある。
そこへ進めと誘導されている。
狭すぎて翼がぶつかるかもしれないという恐れがかすかに過ぎる。
だが、ジブンの騎手が『ここを行け』と言うのなら。
意を決して隙間へ飛び込む…………行けた!
すぐさまシークエスから次の進路が指し示しされる。またもや狭い道だが、きっと行ける。信じて飛び込む。
飛竜達の間を縫う様に右、左、僅かに上へ。竜群の中に生まれた細い抜け道を、的確に導かれながら進むと。
ぱあっと視界が開ける。
息苦しさから解放されて、大きく息を吸い込む。あとは真っ直ぐ突き抜けるだけだ!
抜け出すやいなや、シークエスから合図の鞭が飛んだ。
溜めに溜めた翼の中の魔力を放出する。
噴き出す魔力が空気を歪ませ、大気を揺らす。
ジブンが生み出した大きな魔力流のうねりに煽られて、左右を飛んでいた飛竜がぐらつくのを尻目に、遥か前方を目指して突き進む。
ロケット加速の凄まじい速さで、先をゆくカイセイルメイの小さな背中を捉え、追いついた!
だがカイセイルメイは、今まで瞬く間に抜き去ってきた飛竜達とは違い、ロケット加速中のジブンに競ってきた。
ロケット加速に及ばなくとも、彼女も十分驚異的な速さで飛んでいるせいだ。
させるか!追い越せ!少しでも後ろに引き離せ!
自らを鼓舞しながらようやくの思いで追い抜く。
鼻先が抜け出し、クビ差、一竜身、二竜身———……差が、驚くほど開かない!
ロケット加速の勢いが足りないのかと不安になったが、鱗越しに感じる風圧や風を切る感触は今までの加速中に感じたものと遜色ない。
単純にカイセイルメイが速くて突き放しきれないのだと悟る。
氷を直接神経に当てられたようなビリビリとした悪寒が走る。
時を同じくして、もうひとつ最悪な事にも気付かされた。
ゴールが見えるのにジブンは失速してきている!
加速で放出し続けた翼の中の魔力が、残り少なくなってきたんだ。
対して斜め後ろから、再び迫りくるカイセイルメイの羽ばたきは揺らぐ事なく力強い。
このままでは抜かれる……ッ!
「ハーレー!」
シークエスが加速合図以外で初めて竜鞭を振りあげた。黒いそれが太陽を反射してぎらりと光る。
「行ッけぇ!!」
鱗の上で魔力が音を立てて弾けた。
まだ行けると発破をかけられ、意識せず身体が前のめりになる。
そうだ、まだだ!
翼に残るロケット加速の余韻を振り払って、大きくはためかせる。
浅く早くなりそうな息を大きく飲み込む。
少しでも多く空気を取り込め!少しでも多く心臓から魔力を翼に送れ!
苦しい。こんな、今にも力尽きてしまうんじゃないかってくらい必死に飛んだことはない。
今までのレースもそれなりに疲れたり息が上がることはあった。だけど結局のところ『それなり』でしかなかった。
———本当の勝負を知らなかっただけだ。
慢心なんてしているつもりはなかった。だけど死ぬ気で飛んでいなかったのなら、それは慢心と何が違うというのか。
己の浅はかさを、勝負に対する認識の甘さをまざまざと見せつけられている。
……でも負けられない。勝ってホートリーに帰らなくちゃ。
ミュゼと過ごした最後の夜に誓ったんだ、必ず帰るって。そのためには勝たなくちゃいけないんだ。
勝って、勝って胸を張ってあの子の元に……!
咥えたハミがなければ無様に口を開け広げて舌を垂らしていたはずだ。
首を伸ばして飛ぶのが辛い、項垂れてしまいたい。
翼が重い。振り上げて下ろす単純な動作がままならない。
ジブンは今、身体のあちこちからあがる悲鳴を、意地で捩じ伏せ飛んでいる。
———それなのに。
カイセイルメイが羽ばたくたび、じわ、じわと距離が縮まるのがわかる。
なんだ、なんなんだコイツは。こっちはこんなに必死に飛んでいるのに、聞こえる音は均一で一切のブレがない。
まるで別の生き物みたいじゃないか。
血の気の引く思いで、迫り来る脅威から逃れようとゴールを探す。
……遠いッ!ゴールはまだ先、届かない!追いつかれる!
ジブンだけが粘度の高い液体の中でもがいている感覚。
相手の、空気抵抗を全く意に介さない軽やかで重い羽音。
———これが天才。
皆が口を揃えて同世代で最強と評した競飛竜。
ロケット加速をもってしても突き放せない飛竜。
そんな飛竜もいるかも知れないと可能性として考慮していたけど、こんなに早く実際に出会ってしまうなんて。
悍ましさすら感じさせるカイセイルメイの羽音が、ついに真横に並ぶ。
———直感的に悟った。
『ジブンは負ける』
……だってここから、勝てるイメージがわかない。
ロケット加速はもう使えない。ただ飛ぶだけでは引き離すことは愚か、ロケット加速で作った距離を保つことすら不可能だ。
負けたくない。負けられないのに『負ける』と確信させられてしまっている。
悔しさと焦燥に突き動かされ、咄嗟に隣を通り過ぎようとする小さな飛竜を見る。
そこには必死の形相があった。
余裕のありそうな羽音とは裏腹にカイセイルメイの顔つきは険しい。
ジブンだっていっぱいいっぱいで似たり寄ったりの顔をしているだろう。
だけど何か。何かがジブンとは違う。
カイセイルメイの表情に理解できない色が混じっている。
違和感の正体を確かめようと凝視するジブンに気付いたのか、金色のまろい大きな瞳がこちらを映す。
刹那の間。互いの視線が交錯した。
ジブンの姿を見とめたカイセイルメイの瞳が、ほんの僅か驚いた様に見開かれる。
そしてゆっくりと。
———失速した。
ジブンじゃない、カイセイルメイが。
ずる、と後ろへ下がり交差した視線が外れたカイセイルメイを、思わず振り返りそうになる。
「ハァッ!!」
その瞬間、再びシークエスの鞭が飛んだ。
弾けた鞭の衝撃で、頭の中を駆け巡る余計な思考が千々に散る。
反射的に翼が空を掻く。
今はただ進め、進め、進め!!
最後の力を振り絞って、がむしゃらに目の前へと飛び込む。
これ以上はもう飛べない。限界だと力尽きた場所。
そこは、ゴールだった。
酸欠で狭まる視界の端、ゴール板が過ぎったのをかろうじて捉えると、ずっと張り詰めていた集中の糸がぷつんと切れる。
意識の外にあった周囲の音が津波の様に戻ってきた。
無音の空に音が溢れる。
「勝ったぞ!ハーレーよくやった!!」
シークエスの興奮した声を聞いて初めてジブンが勝ったのだと知る。
でも実感がわかない。だってジブンは負けると確信してしまっていたのに。
どうして?なんで?
苦しさのあまり目の前がチカチカする。
頭に酸素が行き渡らない、思考が纏まらない。呼吸が苦しい。
こんなにしんどいレースは初めてだった。
ふらつきそうになるのを堪えて、明滅を繰り返す視界で白い竜体を探す。
怪我をしたんじゃなかろうか、どこか不調があったのだろうか。
祈る思いで頭を動かし、見つけた。
カイセイルメイは。
ジブンより身体2つ分高い位置を優雅に泳いでいた。
高低差と逆光で表情はわからない。
だけど落ちてくる羽ばたき音の均一さが。力強さが。頭から尻尾まで、真っ直ぐ伸びる飛行機雲のような飛行姿勢の美しさが。
彼女の限界がまだ先にあるのだと嫌でも教えてくる。
ならば、どうして。
シークエスが何事か声を掛けながら労わって鱗を撫でてくれているが、感覚が遠い。
観客の惜しみない拍手と歓声が膜を一枚隔てたように不明瞭だ。
渦巻く疑問符に埋め尽くされた脳内。
疲労し、うまく働かない頭の中を今日1日の出来事が映像を巻き戻しながら高速で駆け巡る。
ゴール。レース。ゲート。緊張。驚き。困惑。再会。パドック。そして……悪夢。
混然とした思考の坩堝からずるりと這い出るように、一つの結論が浮かび上がった。
もしかしなくても、ジブンは
『勝利』を譲られ、た?
カイセイルメイ側に何が起こったのかは次のお話で。
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