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第26話 ケラスースへと続く道、ラーレの珍道中


 G2ラーレ賞は、クロトーワ競竜場という場所で開催される。

 クロトーワ競竜場はジブンが未勝利戦で飛んだヒビア競竜場、マツカゼ記念のツェツェール競竜場と並んでこの国における競竜四大開催地のひとつらしい。


 また直近の大目標であるケラスース賞も同じく、ここクロトーワ競竜場で開催されるため、事前にどんなコースなのかを知って飛べるのは悪くない。







 

 今のジブンは飛翔場から空の浮島にあるゲートまで、ウォーミングアップがてら飛んでいる最中だ。


 今日のラーレ賞は文字通りG1という大舞台への足掛かりとなるレース。当然、集中していかないとなのだが。


 ……なんなんだアレ。

 ついつい眼下が気になって、よそ見をしてしまう。


 原因は下へ下へと遠ざかって行く飛翔場。

 薄紅色の鱗を持つ競飛竜(レースドラゴン)が首を激しく上下させ、翼をばたつかせている。

 飛竜を落ち着かせようと手綱を短く握る竜務員さんの身体も上下に激しく揺さぶられ、腕がもげてしまいそうで心配だ。

 背中に跨る騎手も制御しようと苦労しているのが見て取れる。

 この競飛竜(レースドラゴン)。ジブンが飛翔場に入場するより前に入場していたのだが、その時からテンションがおかしかった。


 今までのレースでも、レース前後に興奮から軽くジタバタする飛竜はいた。ゲートの枠に入るのを嫌がったりね。


 ただ、同じ飛竜として何となくだが薄紅飛竜は「レースって何?!やりたくないよ!」だとか「重くてグイグイしてくる奴を背中に乗せるのヤダ!」って感じでゴネているわけではなさそうなのは、ぼんやり解った。


 「何かをしたくない」という拒否のためのジタバタとは少し違うんだよね。———じゃあなんであんなにフィーバーしてるの?って原因までは流石にわからないけど。


「こら、ハーレー集中して」


 ジブンの意識が散漫になっていることに気づいたシークエスが舵を操作し、注意を促す。

 おっといかんいかん。レース前だというのに気持ちが緩んでいた。

 地上でいまだ荒ぶる薄紅飛竜への好奇心を無理やり引き剥がし、前方を見据える。


 今日の空模様は曇りだが雨の気配はなし。風も微風程度なので飛ぶのに影響はない。

 ジブンのコンディションも、よく食べよく眠って体重管理だってバッチリ。

 魔力も問題なし。いけるぞ。


 階段式のゲートを前にぐるりと大きく旋回してスピードを逃し、浮き島に着陸する。


 今日の枠順は13頭の中の11番。外からのスタートだ。

 今回のラーレ賞は牡牝混合だった今までの3戦と違い、牝竜限定なので周囲には女の子しかいない。

 なんだか少し不思議な感じがする。


 ゲートに入る順番待ちの間、手持ち無沙汰なので他の飛竜を観察してみることにした。

 ジブンより小柄だったり少し大きかったり。体色もさまざまだが、さっきの薄紅飛竜ほど悪目立ちする飛竜もいない。

 うーん。見た目だけじゃ、どの飛竜が速そうとか正直わからないな。賭け事をしている以上は競馬みたく見分けるコツがあるんだろうけど。


 ———などと他の参加飛竜を眺めているうちに枠入りの順番が回ってきた。

 誘導員さんと鞍上に促され、ゲートに収まる。

 いよいよレースが始まる。







*****







『さあ本日クロトーワ競竜場メインレースはG2ラーレ賞、11.2キロのコース。ケラスース賞への最重要トライアルレースです。


 1番人気は前走マツカゼ記念で2着に6竜身差を付け圧勝したアオノハーレー。今回も前走で見せたあの衝撃的な末翼(すえよく)を発揮できるのか。

 鞍上は未勝利戦から手綱を取るシークエス・ディアー騎手です。


 ———最後に12番ロイファンファーレが収まって、ゲートイン完了。


 ……ラーレ賞、飛び出しました!


 ややバラついた出だし。2番ルベールミネルヴァ出遅れたか。

 5番マーヴルセバストス抜け出して行ったが、これを交わして6番バンライカッサイ前に出た、1竜身リード。

 後を追って内から3番ブラックサーベル、1番シータートルスープ、7番ナンリンライツ横に広がって、その後ろ2番トキワソヨカゼ、11番アオノハーレーが先団に着いていく。


 その後方では8番ストラスアーリャが……おっと、これはかかり気味か?大丈夫か?

 8番ストラスアーリャ外へと大きく膨らんでいる。

 我慢させられるかどうか、ビルリッツ・カール騎手懸命に宥めていますが折り合いつけられるのか?


 11番アオノハーレー、それを避けるように大きく上昇し外へと進路を取った———』







*****





ちょっと!!前回に引き続きなんなのもー!


 スタートを今回もいい感じで切れ、外枠なのを利用して竜群の少し上を取りつつ、中団に加わわろうとしたまではよかった。


 ゲートから出てすぐの横広がりから、コース内に沿って徐々に縦長へと隊列が移行し始めた矢先———ソイツは現れた。


 最初の印象は、なんだか後方が騒がしいなあだった。

 でもそれは今回に限ったことではない。顔も知らない者同士が隣に並んで飛ぶのだから些細な牽制のかけあいなど、ままあること。

 だからジブンはそこまで注意を払っていなかったのだが、鞍上のシークエスは違った。


 後ろを振り返ったシークエスが何かに気付き、体重を外側へかけながら舵を使って身体全体で進路を上昇しながら外へ向くように変えようとしてきたのだ。


 無駄に外へ膨らむのは距離のロスが大きいのにどうしたことか。

 疑問に思いながらも指示に従って上昇しつつ外へ進路を取ると、ジブンがずれた事で竜群の側面に大きく穴が開く。まるで何かを竜群から出すための出口を、わざと作ったみたいに。


 訝しんだのも、ほんの束の間。


 ジブンが開けた竜群の穴から、弾かれるように抜け出てきたのは、飛翔場でゴネまくっていたあの薄紅飛竜だった。


 周りを囲っていた飛竜達の間を、体当たり上等の飛行で無理やりこじ開けて薄紅の飛竜が外へ外へと飛び出してきたのだ。


 いち早く後方の異変に気づいたシークエスから指示を出されていなかったらどうなっていたことか。


「こりゃまた……。えらく危ない飛竜だな」


 呆れかえったシークエスの言葉に同意せざるを得ない。

 ほんの一瞬見えた薄紅飛竜の顔。あれは周りが見えていないだけでなく、()()()()()()()()()

 前へ、前へと意識だけが先行して、周りにぶつかろうが何だろうがなりふり構わず突き進む。


 飛びながら首を高く持ち上げたり振り下ろしたりを繰り返しているのは、舵による騎手の制御を無理やり逃しているんだ。


 やっばぁ……。なんて危ないヤツなんだ。

 まさに暴走。みんながソーシャルディスタンスを守って飛ぶ中、一頭だけ暴走族が紛れ込んでいる感じ。


 自身の位置を取り直しているうちに、暴走族こと薄紅飛竜は鞍上の制止を振り切ってぐいぐいと先頭に立ってしまった。


 まあいい。あの暴走族みたいな競飛竜がジブンの周りにいなくなったことは逆を言えば安心材料だ。

 気持ちを切り替え、周囲の飛竜達の様子を探る。


 薄紅飛竜の暴走によって混乱は生まれたものの、そこはレースに慣れた騎手達。件の競飛竜が先に出て行った後は、どの競飛竜も落ち着いて飛んでいる。


 一方、薄紅飛竜はといえば単独で先頭に立つと、後続との差を1・2竜身ほど保ちながら竜群を引っ張っている。


 さて。今回のコースなのだが、今までの綺麗な楕円を描くコースと違って3コーナーから4コーナーにかけてが大きく外に膨らむ形だ。カーブが緩やかだから、最終直線前にスピードを落とさなくても周り切れそう。


 もうすぐ第3コーナー。

 シークエスが竜鞭を翼の付け根に軽く当ててから離す。

 コーナーの減速に合わせて魔力を充填させろってことか、了解!


 この日を迎えるまでの調教で、ジブン達は魔力充填の合図の出し方を変えていた。


 今までは魔力充填開始のタイミングまでは抑止のために、竜鞭を常に翼の付け根に押し当てられていた。

 だがここ暫くジブンの様子の変化から、ジブンに鞍上の指示を汲もうとする意思があると判断されたのだろう。魔力充填開始前にだけ竜鞭で合図を出す形に変わった。

 これによりシークエスは片手制御の時間が短くなり、安定して騎乗できるようになった。ジブンも信用されたみたいでこそばゆい。


 まあその間の調教で意思疎通が上手くいかず、何回かシークエスを放り出しそうになったり、実際放り出したりしたんだけど……。

 人間同士みたく作戦変更を口頭で説明できないので———ジブンは口頭で説明して貰えれば理解できるスーパー飛竜ちゃんだけど、そんなこと人間達は知る由もないしね———お互い手探りの意思疎通だったから仕方ない。

 あとコイツは浮遊の魔法道具(マジックアイテム)があるとはいえ、放り出されても平気でへらへら笑ってたしな。

 人がいちいち心配して戻ってきてやってるというのになんて危機感のないヤツ!


 ……おっとと、閑話休題。翼に魔力を留めることに集中しなくちゃ。


 ———さあ、トライアンドエラーの成果見せてやるぞ!







*****






『———先頭が第3コーナーへ差し掛かりました。

 先頭は依然8番ストラスアーリャ、2竜身後ろに6番バンライカッサイこれに並びかけるように5番マーヴルセバストス。

 外から1番シータートルスープ早くも仕掛けに行ったか!


 後方では7番ナンリンライツ、その上を取って10番シュローカが上がってきた。


 さあ4コーナーを回って直線を向いた!8番ストラスアーリャ先頭リードは1竜身ほど、2番手は6番バンライカッサイ、外から5番マーヴルセバストス。

 内からは3番ブラックサーベル上がってきた。


 ここで来た、来ました!!大外から11番アオノハーレー!

 凄まじい末翼で前をまとめて呑み込んで6番バンライカッサイを抜き去り、先頭に変わる勢いだ!8番ストラスアーリャに並びかける!


 内ではストラスアーリャ必死で粘っている、粘っているが厳しいか……ここまでか、抜けた11番アオノハーレー!

 ハーレーストライク!!3竜身・4竜身リードを取ってゴールイン!!


 2着は接戦3番ブラックサーベル、8番ストラスアーリャ、最後に10番シュローカ突っ込んできた!


 1着はアオノハーレーとシークエス・ディアー騎手。

 他竜を寄せ付けないこの末翼、今年の牝竜は強い!そう感じさせる素晴らしい飛翔でした。アオノハーレー、ケラスース賞に向けて堂々たる勝ち名乗り!』








*****








 はぁ〜〜〜、危なかった!まさか暴走族こと8番の薄紅飛竜が粘ろうとするなんて。


 前半で鞍上と喧嘩していたからやっぱりと言うべきか、最後の直線はへろへろになって体力も残っていないいっぱいいっぱいな感じだったのに。


 ロケット加速でジブンが並びかけた途端に目の色が変わるんだもの。


 追い越しをかけようとしたジブンに気付いた薄紅飛竜は抜かれまいと、死にものぐるいでロケット加速中のジブンに喰らい付いてこようとした。

 体力が残っていなかったから粘り切れず失速していったけど、あの姿を見てジブンは納得した。


 薄紅飛竜はレースとは『先頭に立つこと』だと考えていたんだ。

 最終的にゴールした時点で、っていう競竜的に大事な部分は理解していないみたいだけど。


 レース前の謎のフィーバーっぷりも、レース中の暴走も愚直なまでに先頭に立たなければと思い込んでいたからこそ。きっと根がすごく真面目なヤツなんだろう。


 今回は体力が続かなくて失速しちゃったけど、あの僅かな時間の最後の粘り。鮮烈な底力には肝が冷えた。

 もし薄紅飛竜にスタミナがもっとあって、騎手との折り合いもついていて、最後まで力が残っていたら。

 負けるつもりはないけれど、苦戦を強いられたかも知れない。


 彼女にジブンが勝てたのは、必殺技のロケット加速と人間としての知能があってこそなのだ。


 なら、競飛竜として速さと体力を兼ね備え、尚且つ騎手の指示を理解する競飛竜がいたとしたら?……否、居るはずだ。


 G2にその片鱗が窺えるのなら、G1というレースにはそんな競竜における天才飛竜が居て当たり前だと覚悟して挑まないといけない。


 驕るな。慢心するな。常に自分より上の存在を警戒しろ。

 勝利に逸りそうになるジブンを戒める。


 ———……そういう意味では今回薄紅飛竜とのレースはいい教訓になったのかな。

 また戦いたいかって言われたら答えは嫌!!だけど。





 競い合った競飛竜達が戻った後、観客席の前をジブン一頭で飛翔する。レースの勝者だけが行うウィニングフライト。


 湧き上がる歓声と拍手は全て、レースに勝った飛竜と騎手を讃えるもの。勝者だけが与えられる名誉だ。


 数多の人間から向けられる賛辞と祝福に包まれて胸が躍る一方、ジブンはG1で待ち受けるだろうまだ見ぬ強敵との出会いを、確かに予感していた。









*****





 クロトーワ競竜場には竜主達がレースを見守る竜主席の他に、クロトーワ公爵家が招待した者しか立ち入れない観覧席が存在する。

 竜主席が豪商や貴族達の社交の場であるのに対し、その部屋は主に皇族や他国の来賓を歓迎する為に用いられる。

 クロトーワ競竜場の最上階に設けられ、物理・魔法どちらの干渉も許さない鉄壁の造りと強固な警備に守られた一室。


 広々とした豪奢な室内に、華やかなドレスに身を包んだ少女がひとり、佇んでいる。


 歳の頃はまだあどけなさの残る10代の半ばほど。

 黄金を絹糸に変えたかのごとき金髪に、透き通る肌。細部まで美しい立ち姿は、物語に語られる姫君そのもの。

 しかしその中で一つだけ異彩を放つ、その双眸。


 青空を映した瞳は意思の強さを表すかのように(まなじり)が切れ上がり、静かな炎が宿る。

 おおよそ少女には不釣り合いな、凄みすら感じさせる眼力があった。


 彼女こそクロトーワに咲く大輪の花。

 竜姫パンサール・デイラール・クロトーワ。


 少女の射抜くような鋭い視線がガラス張りの貴賓室前、群衆の歓声を浴びて悠々と客席の前を飛ぶ青い飛竜を追う。


「あれが、アオノハーレー」


 白く、たおやかな手の中でぱちん、と乾いた音を立てて扇子が閉じられた。


 実況パートと主人公視点を交互にしてみたかったのですが思った以上に難産でした。




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[良い点] 地方競馬の平場レースですら、信じられないラインをカットしてギリギリ馬1頭分の隙間にスッとスムーズに入るなんて光景が時々見られます。 騎手に技術があるのはもちろんですが、騎手の意図を的確に汲…
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