第25話 意外な長所
「先生、ハーレーの魔力量増加を検討してもらえませんか」
ことの発端は、つい先日の調教終わりにシークエスが発したこの言葉。
その日の調教は調教助手くんではなく、シークエスが乗っていた。
次に挑むラーレ賞というレースに向けて、ロケット加速の調整をしたいんだとかでシークエスは以前にもまして、よく調教に顔を出すようになった。
なんでもこのラーレ賞、上位3頭に入るとG1というこの国最高位レースの一角、ケラスース賞へ優先して出走できるんだと。
トトー先生達竜舎の面々も気合いが入っていて、調教メニューや今のジブンの調子など、熱心かつ丁寧にサポートしてくれている。
その日も本番のレースに向けて行われる調教を終えた直後。
ジブンの鞍から降りたシークエスが冒頭のセリフを、調教を見守っていたトトー先生に提案した。
「ハーレーは魔力不足って感じはしないけど……騎手のアンタから見て魔力量が足りていないと感じたのかい?」
提案されたトトー先生は右手で顎をさすって思案顔だ。
ジブンもレース中に魔力が足りないと感じたことはないので、シークエスの意図を推し量ろうと首を捻る。
見つめる先のシークエスは、いつもの軽薄な薄ら笑いを貼り付けたまま首を横に振る。
「魔力量が足りないわけじゃなくて、むしろ逆です。ここ2戦乗ってはっきり確信が持てました。アオノハーレーは魔力量と魔力の調整に優れた飛竜です」
シークエスの言葉にトトー先生は太い腕を組みつつ、肯首する。
「魔力の操作は……上手いだろうね。じゃなきゃあんな加速をして翼が壊れていない説明がつかない。魔力量が多い根拠はアンタが『見た』からかい?」
「それもあるんですけど、一番はこの間の強風で荒れたマツカゼ記念です」
ああ、あの煽り運転に絡まれたレースね。
確かに地形の影響なのか風が四方八方から吹き荒れて飛ぶのが大変だった。
ジブンの追想を補足するように、ヘルメットのバイザーを押し上げてシークエスが言葉を続ける。
「どの飛竜も強風の中を突き進んで無駄に体力を消耗するのを嫌い、様子を見ながらスローペースで進んだ。それでも複雑に吹き荒れた風に、他の飛竜達は大きく影響を受けました」
シークエスが顔の前で水平に構えた手のひらを、風に煽られる飛竜を表すようにひらひらと揺らす。
「ハーレーは終始安定したポジションを維持しながら飛べていたね」
「ええ。一時隣からプレッシャーをかけられながらもバランスを崩すことなく、非常に上手く風を捌いてくれました……正直驚きましたよ。一頭だけ別世界の穏やかな空を飛んでいるような安定感でしたから」
ふふーん。これに関してはホートリー竜牧場に居た頃から、魔力の調整を頑張ってきたジブンの努力の賜物だね。
ミュゼみたくもっといっぱい言葉の限り褒めてくれていいぞ。なぜなら、ジブンはきっと褒められて伸びるタイプだから。
誇らしくなり、ちょいちょいと前足で地面を叩いて褒め言葉を催促してみた。
催促が通じたのかは定かでないが、気付いたシークエスが小さく笑って鼻先に触れる。
「オレが見た感じ、荒れた空で魔力をコントロールしながら、あの加速を使ってなお余力がありました。この長所を育てればハーレーの加速はまだ伸びます」
そう断言したシークエスがジブンの鼻先を揉むように撫でながら、目を覗き込む。まるでジブンに言い聞かせるかのように。
「ハーレーが加速のトップスピードを維持できている距離はだいたい1.5マイルってとこだけど……それがまだ伸びると?」
ジブンの加速は、まだまだ進化できる余地がある———それって凄いことじゃないか。
驚きで小さく目を見開いたジブンと同じく、問いかけた先生の声も期待と緊張に少し上擦っていた。
問われた当人はいまだジブンの鼻先を撫でながら、視線を空へ向ける。
騎乗して自身が感じた感触をどう伝えるべきか、言葉を吟味しているような素振り。
「距離も、ですけど。魔力を上手く持たせられたなら加速を2回使う事も不可能じゃなさそうなんですよね」
シークエスが提示した可能性に、今度こそジブンは息を呑んだ。
マジか?!ロケット加速を複数回使うなんて考えたことなかった。
だってジブンの中でロケット加速は必殺技のイメージだから。
必殺技って最後にバーン!とかっこよく使って締めるものって考えが強すぎてもう一回とか考えたことなかったな。
「今までは一度の加速で十分でしたけど———今後はきっとそうも行かなくなる。瞬間的な加速力においてアオノハーレーに勝る飛竜はいませんが、並外れた加速力を長い距離維持できる飛竜はいます」
「……カイセイルメイ」
シークエスの懸念に、先生の口から唸るように紡がれた単語。シークエスも頷いて同意を示す。
恐らく競飛竜の名前だ。
カイセイルメイ。
頭の片端にその名前を刻んでおく。どんな飛竜なのか知る由もないが、このまま勝ち進めばいずれジブンの前に障害として立ち塞がる。人間達の様子からそんな予感がした。
「とはいえ魔力量はそうすぐに増やせるもんでもないからねぇ……身体も未完成の2歳竜なら尚更さ」
言って、トトー先生は何かを数えるように太い指を親指から順番に折り曲げる。
「ラーレ、それからケラスースにケルクスも……間に合わないだろうね。ラジアータに間に合うかどうか」
先生の折り曲げられた薬指がぴこぴこと動く。
今、挙げられたラーレやケラスースはジブンが飛ぶ予定のレースだ。ならばケルクスとラジアータも競竜レースの名前だろうか。
シークエスは思索に耽るトトー先生の考えを邪魔しないためか口を挟もうとはせず、笑みの形を貼り付けたままじっと見つめている。
「魔力量の増加には質の良い魔石が大量に必要だけど、魔石の購入は竜主に負担して貰う案件だからね……伯爵家の財政的にどうなのか。育成方針と併せて一度竜主であるアオノ伯爵に説明して御理解頂かないと」
「……掛け合ってもらえるんですか?」
シークエスのライムグリーンの瞳が向けられていることに気付いた先生はおどけるように肩をすくめ、しっかりと頷いてみせた。
「他でもない鞍上のアンタがそこまでいうなら、アオノ伯爵に掛け合ってみるよ」
*****
「すっごぉい、ちょーピッカピカしてんじゃん!」
ガガラド厩舎の一角。ジブンの竜房の前でアルルアちゃんが感嘆の声をあげた。
彼女の手のひらの上には、女性の握り拳より少し小さいくらいの石が一つ。足元に置かれた水を張った桶の中にも同じくらいの大きさの石が5つごろごろと沈んでいる。
角のない透明でなめらかな石の表面を、水滴が軌跡を残して滑り落ちる。石の内部で揺らめく魔力の光が水滴を内側から照らして煌めく。
ジブンのボロ(うんこ)から出た元魔石こと魔導石である。
またこの石をまじまじ観察される日が来ようとは。
ホートリー竜牧場の時と同じく、羞恥と捨てきれない人間時代の価値観をチクチク刺激され、思わず遠い目をしてしまう。
魔石には1から7までの等級があり、数字が小さい程内蔵している原生魔力———わかりやすく言うと、六罪竜たちの『人間絶対許さん末代まで呪うからなパワー』だ———の量が多い。
人体に有害な原生魔力が多いということは危険度も高い。しかし浄化後に内蔵できる魔力量も多いので、等級の高い魔石は珍重されているらしい。
この原生魔力を体内で浄化して、人に無害な純正魔力に変換できるのが人間達の良き隣人、飛竜ちゃんなわけだが。
「マジで一等級を一度に、こんだけキレーに浄化しちゃったのヤバいっすね」
「浄化能力のキャパシティを確認したくてあえて一度に5個も食べさせたんだが……どれも原生魔力の残存による濁りもない。これは予想外だねえ」
魔導石を洗うアルルアちゃんの背後から覗き込んでいたトトー先生も、吊り気味の鋭い目を丸くして驚嘆している。
先日食べさせられた魔石5個は、どれもホートリー竜牧場で食べさせられた魔石より大ぶりで欠けやヒビが見当たらない最高級品だった。
排泄———いや、断固として排出と呼ぶぞ———排出された魔導石はどれも宝石のように透き通り、先生が言ったように変な濁りも見られない。
呆気に取られている2人に混じって、後ろから浄化済みの石を覗き込みつつ、考察する。
魔力量が多いほど浄化能力も高いということは。浄化能力が人間とかでいう肺活量みたいなものに当たるのだろうか。
肺活量が多いほど酸素を効率的に取り込める。全身に酸素が行き渡り体力や持久力が増え、疲れにくくなる。
この酸素を魔力と置き換えればわかりやすいかもしれない。
浄化能力という肺活量を鍛えたら体内の魔力量も多くなる……みたいな?
そう結論付けたジブンの前で、トトー先生がアルルアちゃんの手のひらから魔導石の一つを掴み取った。
もう片方の手で胸元を探り、平べったい円形のガラス状のものが嵌った謎の器具を取り出して魔導石に当てている。
あっ、そう言えばヤフィスおじさんもそんなことしてたな。
「内蔵魔力も十分過ぎるくらいだね……これは高値がつくよ。魔石を用意してくださったアオノ伯爵もきっと喜ばれる」
トトー先生が心なしが弾んだ声で検分を終える。その声音は、最高級品の魔石を用意するという負担を快諾してくれた竜主に良い報告ができる事を心から喜んでいた。
先生から先日の件を相談されたアオノ氏は「ハーレーなら倍にして返してくれるはずだ」と言って、驚くほど迅速に魔石を融通してくれたらしい。
我が竜主ながら期待が重いが、あの美人さんに少しでも報いることができたならジブンとしても嬉しいな。
「はえ〜。これを見抜いてたんだとしたらシークエス騎手の目が『トクベツ』ってウワサ、マジだったんだ」
掌の上で煌めく石を転がしつつ、アルルアちゃんが感心したように何気なく呟く。
シークエスの目が特別?
言われてライムグリーンの燐光が宿る瞳を思い出す。あのギラつく物騒な目は確かに普通じゃないわな。
「……アル。間違ってもそれを本人の前で言うんじゃないよ」
手にした石をアルルアちゃんに渡した先生が眉間に皺を寄せ、重々しい口調で釘を刺した。
アルルアちゃんの言葉は、何か悪い意味を含んでいたわけでも引っ掛かる物言いでもなかったはずだが、どうしたんだろう。
同じように疑問に思ったらしいアルルアちゃんも目をしばたかせて、きょとんとした顔で首を傾げる。
「エッ。魔力の流れが見えて干渉できるってめちゃスゴい才能じゃないですか?」
確か人間って魔法は扱えるけど魔力は見えないんだっけ?
『魔力とは目には見えないが、あらゆるところに存在する不可視の力である。』みたいな説明をミュゼに読み聞かせて貰った記憶があるぞ。
飛竜独特の感覚であろう『色の匂い』が、なんとなく個々の人間の魔力を感知しているんだろうなあと思っているのだが、人間であるにも関わらずシークエスもそれに近い感覚があるわけね。なにそれチートじゃん、うらやましっ。
……ん?ということはもしかして。
アイツ、魔力の流れを読んでジブンの弱点やら加速を使いそうなタイミングを判断してたのか?最初は一々口出しされてイヤだなあとしか思っていなかったが、翼に流れる魔力を充填しようとした変化がバレていたからか。
———そう考えると、奴の人間性に関しては思うところもあるけどジブンの鞍上で良かった。
だってロケット加速の仕掛け時やチャージのタイミングがモロバレになるなんて、敵に回ったら厄介すぎる。
もしかしてチート能力持ちだからエルフの騎手に嫌われてたんかな。1人だけチート使うなんてズルいー!……とか?
そんな安直な感じでもなかったか。
シークエスも我が主戦騎手ながら謎の多い男だ。
その謎の多い男の、一番最初に開示されたプライベートな情報が『飛竜の出すスピードに興奮する特殊性癖』なの最悪すぎるだろ。思い出したらなんか腹立ってきたぞ。
背後でひとり勝手に不機嫌になっているジブンに気付かず、2人の会話は続く。
「確かにそうなんだけどね———……色々と面倒なのさ。アイツも周りも」
「ふぅん?わかんないけどリョーカイでーす」
「それじゃあ浄化した魔導石は伯爵にお渡しするとして……。明日の調教はシークエスが乗るから、魔力を使ったその後にまた魔石をあげてみるかね」
げっ、まだ食べさせられるの?!身体作りのためとはいえどうせ食べるならリュウゴウとか甘い果物がいいんだけど……そういうわけにもいかないよね自分の為だもんね、ガンバリマス。
人間時代は想像もしていなかったけど、アスリートの身体作りってこんなにもストイックなんだなあ。
意外なハーレーの長所であり、意外なシークエスの長所?です。
少しでも面白いなと思っていただけた方はお手数ですが↓の
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎をクリックして応援をしてくださると励みになります!
続きを気にしていただける方はブックマークしてくださると嬉しいです。
感想・コメントもお待ちしております。
ここまで目を通してくださりありがとうございました!




