第24話 レース後の一波乱
初めての重賞挑戦を勝利で飾り、意気揚々と飛翔場に降り立つ。
この後はレースで不正行為が無かったかの確認をする為に身体検査を行う場所へ行くことになっている。
その検査が済んだら1着を獲った競飛竜はウィナーズサークルという場所で表彰式があるはずだ。
前回はアオノ氏も来てくれていたが今日も来てるのかな?
トトー先生やアルルアちゃん達、竜舎の面々も喜んでくれたらいいな———などと考えながら検査場へと向かおうとしたのだが。
ジブンの目の前。進路を遮り、見覚えのある飛竜が滑り込むように土埃を巻き上げて降りてきた。
ジブンより大柄な体格。暗い紫色の鱗を持つ牡竜。
お前、幅寄せ煽り運転野郎じゃないか!
レース中のようにまた何かしてくるのか。ぐっと四肢に力を込めて警戒体勢をとる。
だが予想に反して茄子紺色の飛竜はジブンを一瞥しただけですぐに目を逸らし、むしろ視界に入れまいとするかのような素振りを見せた。
……自分が争うのはレースの中だけですってか。
いーや、許さんぞ。見ろ、こんなに可憐な牝竜ちゃんに怖い思いさせよってからに。可哀想でしょ、ハーレーちゃんに謝れー!謝りなさいよ!
尻尾を大きく左右に揺らして『アンタがしたことジブンは覚えてるし許さないんですケド?!』と不機嫌アピールをして見せると『ボクは君に関わりたくありません』とばかりに顔まで逸らした。
……ふむ、どうやらコイツの意思でジブンの進路を邪魔しに降りたわけじゃなさそう。それなら騎手の指示か。
何の目的だろうと紫色の背に跨る騎手へ注意を移す。そんなジブンの背中から、心底煩わしそうな声が小さく落とされた。
「うっわ、老害クソエルフかよ萎える……」
ジブンを褒めた時とは打って変わり、不機嫌を隠さないシークエスの低い囁き。
飛竜の聴覚だから拾えた小さな音の連なりは、相手の騎手には届かなかったはず。
だが牡竜の背に跨る騎手はヘルメットの下の顔を嫌悪に歪めて此方を———否、シークエスを睨む。
「穢れた身でありながら……よくも閣下の領地に足を踏み入れたものね『バロールの子』」
苛立ちに塗れた女性の声。
身体のライン的にそうかなと思っていたが牡竜の鞍上は女性の、シークエス曰くエルフの騎手のようだ。
ヘルメットを被っていても小綺麗な顔立ちなのはわかる。確かによくよく見れば目元にうっすらシワが見えるけれど、老害と揶揄される年齢には程遠いんじゃないか。
それに、ばろーる?って何だ。バーム○ールの仲間?
「今日は随分カビ臭いと思ったら、やっぱり骨董品が乗ってたのか。いい加減その埃被った古臭い価値観を押し付けるのやめてくれる?」
シークエスも負けず劣らず剣呑に返す。
「古臭いだと?他の競竜場ならまだしも、この場にお前が存在していることが我らエルフにとってどれだけ許し難いことか……!」
「そうやって私情混えて絡んだ結果が今日のコレ?いやあオレ達の踏み台ホントーにご苦労様。おかげで他の飛竜が遠巻きに様子見してくれて助かったよ」
背景に雷が鳴り響いてるんじゃないかってくらいの言葉の応酬。どちらも引かない。引いたら負けは飛竜の世界だけではないということか。
誰か助けて。現場の空気が最悪です。
喧嘩はやめてー。特にジブン達の背中の上でやるのはやめてー。よそでやる分には勝手にしてー。
女性の騎手を背に乗せた紫の牡竜も、心なしか居心地悪そうにげんなりした目をしている。
ジブンのように言葉は解らなくても背中の人間同士が険悪ムードなことくらいはわかるのだ。
そんな牡竜が逸らしていた顔をこちらに向け、どんよりした山吹色の瞳で雄弁に語る。「どうにかして」ってそんな無茶な。
……でも言葉はわかる手前、ジブンがどうにかするしかないかあ。
やだなあ喧嘩の仲裁とかしたくないんだけど。
気乗りしないまま牡竜とお姉さん達にのっそりと近づく。牡竜がちらと気にする素振りを見せたが、こちらに敵意がないことを悟るとそっぽを向いて我関せずのスタンスに戻った。
まあまあまあまあ。綺麗なお姉さん、そう目くじら立てないで。ほらかわいいジブンを撫でて落ち着いて、ね?
「きゃっ、ちょっと何なのこの子」
「おいハーレー?!」
お姉さんの手綱を持つ肘のあたりに鼻先を潜り込ませる。スリスリと擦り寄ると驚きながらも長年騎手をしているサガなのか、お姉さんの手がおずおずと鼻筋を撫でてくる。よし!まずは第一関門突破。
ぐりぐりと頭を牡竜の首とお姉さんの間に割り込ませ、あざとくかわいく「もっと構って」アピールだ。
お姉さんの下から「何してんのキミ」と言いたげな気配を察知したが……だまらっしゃい!この冷えっ冷えの現状を何とかしようとしてるんでしょうが!
「えっと、ちょっと待ってどうしよ、えぇ……」
当惑しながらもお姉さんは額から角の間の楕円模様を優しく撫で摩る。
うんうん、話のスジは飛竜のジブンにはよくわからないけど7:3くらいの割合でコイツが悪いんでしょうよ。コイツときたら胡散臭いしスピード狂の変態だし頭のネジはどっかに失くしてるし、良いとこなんて騎乗の腕とツラくらいのもんですよ。
でもここはジブンに免じて穏便に!ほらぷにぷにしたジブンの顎下も撫でてごらんよ。
ぐっと喉元を晒すと意図を察したお姉さんの手が喉の柔らかい部分を指先でくすぐる。
さすが騎手をするだけあるなー撫でる手つきが絶妙で優しい。飛竜撫でるのが上手い人に悪い人はいないからね。ぺろぺろもしてあげちゃう。
「えらく人懐こくてかわいい子ね……アンタにはもったいないくらい」
一生懸命、2人の間に流れる険悪な空気を何とかしようとお姉さんに可愛いアピールをして宥めていたのが功を奏したのだろう。ジブンに手のひらを舐められているお姉さんの怒りのボルテージは、目に見えて下がってきた。
そうそう何が原因か知らないけど喧嘩はやめよう、ねっ!
———ただ、反比例するように背中から漂う空気が冷たいような気が……。
「人の騎竜たらし込むのやめろ大竜大戦から進歩のねえクソエルフの大年増」
コ、コラーーー!!消えかけた火に油どころかガソリンぶち込むやつがあるか!!!
当然ガソリンをぶっかけられたお姉さんの怒りは一気に燃え上がった。ハーレーちゃんセラピーで穏やかになっていた表情が般若の如く。
あーあーあーもうどうすんだよこれ。
背後に怒りの炎を揺らめかせるお姉さんからそっと距離を取る。触らぬ神に何とやらだ。
ここまでの努力を水の泡にしやがったシークエスはどうしてくれよう。ここに落として先に帰ろっかな……なんてジブンが遠い目をしかけた時だった。
「このッ、言わせておけば……親にすら見放された親無しの呪い子のくせに!」
ぞっとするような罵声。
空気が凍てついた。
さっきまでの、場の空気が冷え込むとかのレベルじゃない。完全に凍りついた。
ジブンが言われたわけではないのに無防備な頬を打たれたような衝撃に脳が揺さぶられる。
憎々しげに吠えてなお、まだ溜飲が下がりきらない様子で、牡竜の騎手が追撃しようと怒りを瞳に宿して口を開く。
——————それ以上は。
『ウオオォォォンッ!!』
制止の言葉が出ない代わり。咄嗟に大きな嘶きが口を突いて出た。
迷惑そうな顔で我関せずを貫いていた牡竜もこれには流石に驚き、目を白黒させながら首を振ってのけ反る。
牡竜の背中から落竜しかけた騎手が、慌てふためき手綱を引く。
軽い恐慌状態に陥った飛竜となんとか宥めようとする騎手。そのやりとりを張り詰めた気持ちで凝視する。
またさっきのような暴言を浴びせようとするなら止めなければと思って。
だって、それ以上は許されない。踏み越えてはいけないラインのはずだ。
シークエスがどんなに人間性に問題があっても。お互い売り言葉に買い言葉であっても。
人の出自をあげつらうのは。本人の努力ではどうしようも無いことで揶揄するのは。
———違うだろ。
尾が地面を擦るように大きく横に揺れるのがわかる。
今しがたまで懐こい態度だったジブンが一転して不機嫌を露わにしているものだから、言い合っていた人間達も戸惑ってどうしたものかと思いあぐねているらしい。
束の間生まれた気まずい沈黙。
その沈黙を叩き割るようにして、頭上から野太く厳しい声が割って入った。
「ピアーズ、シークエス!いい加減にせんか!」
見上げれば、広げた翼に逆光を受けながら、深緑の鱗を持つ競飛竜がジブン達を見下ろしている。
声の主はその背に乗る騎手だろう。
そのまま飛翔場に下降してきた飛竜の背に跨るのは、子供のように小柄な人影。
岩盤じみて硬い筋肉に覆われた、太く短い手足。ヘルメットの中にもじゃもじゃの髭を詰め込んだドワーフの騎手だった。
彼は髭と太い眉の間に埋もれそうな小さい瞳を尖らせると、牡竜の騎手をぎろりと見据える。
「ピアーズ、お前達エルフの御伽話を否定する気はないが競竜場にまで持ち込むな」
「御伽話ですって?!」
「御伽話じゃよ。少なくとも今を生きる他の種族からすれば聞いていて気持ちのいいものではないわい」
気色ばむお姉さんにドワーフの騎手は、聞き分けのない子どもに言って聞かせるように至極冷静に返す。
次いでシークエスへと苦い顔を向けた。
「シークエスお前もじゃ。進んで喧嘩を買うのはよせ」
「……はぁい」
不承不承と言った感じだが割と素直にシークエスが返事をする。
それぞれを叱り飛ばしたドワーフ騎手さんはジブンとお姉さんの乗る牡竜を順繰りに指差して、2人の騎手を睨め付ける。
「お互い自分が預かる飛竜を見てみい。人間同士の諍いに巻き込まれて困っとるのがわからんのか」
指摘された2人の騎手が、はっと息を呑んだ。
ジブン達飛竜の様子にようやく思い至ったようだ。
2人揃って気まずそうに俯いていたが、先に沈黙を破ったのはお姉さんの方だった。
目を瞑り、一つ大きく深呼吸をしてからドワーフ騎手さんに頭を下げる。
「……今回は私が悪かったわ。仲裁ありがとうロドリグ」
そう告げると跨っている牡竜を促し、踵を返して飛翔場から去っていった。
お姉さんの背中が離れていくのを見ながら、ロドリグと呼ばれたドワーフは困ったように呟く。
「謝る相手はワシではないが……まあ、エルフにはエルフの言い分があるんじゃろ。気にするなよシークエス」
「いいですよ別に。アイツらに頭なんて下げられたら気味悪くて吐くかもだし」
「お前のお———いや、ええわい」
苦言を呈そうとして、しかし多分言っても懲りないと思ったのだろうロドリグさんは諦めたように肩をすくめる。
代わりに穏やかで優しい眼差しをジブンに向ける。
「だが、その飛竜は大事にしてやれよ。……お前の名誉の為に吠えた、少なくともワシにはそう見えたからの」
「えっ」
おや、と我知らず驚く。
言葉が通じない人間達の中でここまで正確にジブンの意図を読み取ってくれるなんて。
同じように鞍上のシークエスも意表を突かれたような、普段のコイツからは考えられない間の抜けた声を漏らした。
「……稀にだがの。人の心の小さな機微まで察する、そういう頭の良い飛竜がおる。この飛竜も侮辱された鞍上の変化に気づいたんじゃろ。賢くて優しい子じゃ」
もじゃもじゃのヒゲに埋もれた目を細めて破顔したロドリグさんに褒められて、思わず照れてしまう。
いやあ、それほどでも……ありますけれども。
ロドリグさんと緑の飛竜も先に去り、ジブン達も検査場へ続く通路を歩いて帰る道すがら。
鞍上のシークエスはずっと何かを考えている様子だった。
不意に手綱が緩く引かれ、意識が背中に向く。
なんだよ。
「……怒ってくれたの?」
いつもの人を食ったような声音じゃない、静かな問いかけ。
応えるために首をぐいと後ろに押し付ける。
お前のためなんかじゃないんだからな。人として当たり前の怒りだぞ。あとお前は口を慎め。せっかくジブンがかわいさでラブアンドピースを実現しようとしたのにそれを台無しにした自覚を持て。お前が火にガソリンばら撒くようなことしなければお姉さんだってあんなに———……って、うわあ!!
なんで抱きついてくるんだ!首がこそばゆいやめろー!ぎゅってするな!わーわーわー!おーちーろー!!
あっ。
2レース続けてレース後に騎手を振り落とす気性難がいるらしい。
紫の牡竜の名前はリトルオーバジーン。普段は大人しい性格で操作性抜群の飛竜です。
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