第23話 GⅢ マツカゼ記念
年が明け、また一つ飛竜として歳を重ねてジブンは三歳になった。
人間だった頃は年明けって正月だったり冬休み真っ只中だから休暇のイメージがあるんだけど、競飛竜にはそんなの関係ないらしい。
年明け早々レースに参加とか……これが世に言う社会の歯車ってやつ?
例え世間がお休みでも必ず働いている誰かがいる。世の中はこうして回っているんだなあ。
さて、そんな社畜のジブン。今回参加するレースはなんと重賞レースである。
重賞レースってのは数ある競竜レースの中でも毎年決まった時期に開催される特に注目度の高いレースだ。
その中でさらにG1、G2、G3とランク分けされており、数字が小さいほど格が高い。
未勝利戦なんかが近隣校との交流戦だとして、G3は地区大会、G2は県大会、そしてG1が全国大会みたいな感じだと思う。
大きなレースだから当然有力な飛竜達がわんさか参加するし、同じくらい観戦する観客の数も多い。
何よりも。重賞はそれ以下のレースと比べて賞金が桁違いなのだ。
賞金なんて飛竜には関係ないだろうと思われるかも知れない。だがG1に挑む条件の一つに一定以上の賞金額を稼いでいることがある。
なのでG3に挑戦するというのは今後もっと大きなレースに参加するための、そしてたくさん勝ってジブンの価値を高めるために重要な意味を持つ。
競飛竜としての価値が上がればお肉コース回避の可能性も上がるのだから。
「うーっ、寒い!海側の風強すぎるし〜」
パドック内を強い寒風が吹き抜ける。
鼻とほっぺたを真っ赤に染めて、綱を引くアルルアちゃんがぶるっと身震いした。
空の上にあるのに海とは?と思ったのだが、どうやらこの世界の人たち、陸地の向こうに広がる空のことを海と呼んでいる。
飛行機から見える雲の絨毯を雲海と言ったりするけれど、空が海とは不思議な感覚だ。
今回参加するマツカゼ記念というレースはコースの距離が11.2kmの7マイル。前走と同じ距離なので距離に不安はない。
ただ今回は新竜戦や未勝利戦を戦ったヒビア競竜場ではなく、ツェツェール競竜場という場所で開催される。
内地にあるヒビア競竜場や調教都市トゥリームォと違い、ツェツェール競竜場のある都市はこの世界の人たちいわくの『海沿い』に位置するらしく、今の季節は海側から冷たい風が吹き付ける。
マツカゼ記念が開催される本日も、空は晴れているものの、時折強風が吹きすさぶ競竜的には荒れた空模様。
人間にとって凍えるような寒さも厚い鱗を持つ飛竜にはさして問題ではないが、この強風は問題だ。
調教で逆風コースを飛んだことはあるが、それも魔法で人工的に作られた風で一方向から吹き付けるだけだ。
今日の風は違う。海側から複雑にいろんな方向から風が吹いていて風向きが読みづらい。
本番でここまで荒れた空は初めてだからレースにどう影響するのやら。
まあ、でも。『それ』はジブンの考えることじゃない。
騎乗合図の号令がかかる。騎手達が各々の競飛竜の元へやって来る。
シークエスが今日も今日とてヘルメットのシールド越しにも分かる、あの笑みを浮かべ近付いてくる。
「ハーレー、行こうか」
いいか、考えるのはお前の仕事だぞ。ジブンは飛ぶのが仕事なんだからな、ちゃんとこの荒れた空を拓いてみせろよ。
そんな思いを込めてぶるりと大きく身震いすると、応えるように首筋をポンポンと叩かれた。
……それからお前。このあいだみたいな事したら今度は空でも構わず振り落とすからな。
*****
今日のジブンは15頭が出走する内の5番。前走に引き続き真ん中付近だ。
ゲート入りは奇数番号の数が小さい順なので1番と3番のゼッケンをつけた競飛竜に続いてゲートへ誘導される。
ゲートの中は横に幅があるが、競飛竜が翼を広げると手狭に感じる。
外が見えるとはいえ四方は壁に囲まれ、箱の中に閉じ込められたような息苦しさと閉塞感。狭苦しさから早く解放されたくて、飛び立ちたい衝動にうずうずする。
これはきっと飛竜の本能なんだろうな。
ぐっ。と、シークエスが首を前に押した。スタートが近い合図だ、集中しろ。
『バァンッ!!』
ゲートが開くのに併せて視界が一気に開けた。
短い助走をつけて浮島の縁に立つと四つの脚で強く大地を握り締め、蹴り上げる!
広げた翼で空を掴み軌道を確保しながら、まず手応え一つ。
今回もなかなかいいスタートが切れた。
シークエスが重心を右へ傾けてコース最内へと誘導する。
『スピードは抑えて、前にはまだ行かなくていい』
舵から伝わる指示通りのルートを取っているジブンを横目に、4頭ほどの飛竜がすいすいと追い抜いて行く。
ジブンの位置は中団手前の最内だ。
以前のジブンなら他の飛竜に抜かれ、置いていかれる事に焦ったかも知れない。
だが今日は全く焦りを感じない。
ジブンは騎手の指示通りに飛ぶ事に専念できているという自負すらあった。
強風がふいに翼の制御を乱すように吹き付ける。
やはり上空も風が強い。遮るものがない空だから地上より勢いがあるかも。
不規則に吹き荒れる風を上手くいなしながら、落ち着いた心持ちで飛べば周囲を観察する余裕も生まれる。
先行集団の4頭は縦長に隊列を形成しているが、中団のジブンより少し先を行く位置で身体幾つ分も離れているわけではない。
どうやら今日は極端に『逃げる』という戦法を取る飛竜がいないらしい。
競竜で飛ぶ競飛竜にはそれぞれ取れる戦法が違う。
これはその飛竜の飛び方の癖だったり、性格だったりに影響されるらしいが……そんな戦法のうちの一つ『逃げ』は『逃げ竜』などとも呼ばれる飛翔法だ。
名前の通りスタートと同時に先頭を奪って竜群を抜け出し、そのままゴールまで逃げ切る。
周りを他の飛竜に囲まれないし、一番いい位置で飛べるから強そうだが、後続から逃げ切れるだけの速さやスタミナがないと難しい。
今、前を走る4頭はあえていうなら一番先頭が『逃げ』でその後ろが『先行』かな。
『先行』。これは逃げ竜の後ろ、中団より前を飛ぶ飛翔法だ。集団の中で揉まれないからコース取りとかし易そうで良い位置だと思う。
『逃げ』、『先行』ときたら、次は『差し』と『追い込み』だ。どちらもラストスパートで勝負に出る末翼の優れた飛竜が多い。
『差し』は集団全体の中団くらいでレース展開を見ながら勝負を仕掛ける戦法。
『追い込み』は集団の後ろで力を温存しつつ後半一気に名前の通り追い込みをかけることだ。
ちなみにジブンはこの『追い込み』か『差し』と言われる戦法になるんだと思う……。
自信がないのはジブンの知識がトトー先生やシークエス達の会話から聞き齧った独学だから。
『差し』と『追い込み』。この違いがイマイチ飛竜のジブンには分からないんだよな。どっちも後半から一気にエンジンかけるタイプなのはわかるんだけど。
そんな風に解析をしていると、1コーナーを曲がろうといったところで隣を飛んでいた飛竜がコーナーでもたつき、進路が大きく外へ膨らむ。
その隙をつくように横にぬっ、と薄暗い紫の鱗をした大柄の牡竜が割って入った。
ぴたりとジブンに寄り添うように、外へ出さないと言うように。
嫌な位置取りだ、と咄嗟に思った。
何となくだが偶然空いたところに収まったという感じじゃない。狙ってジブンの横を取りに来た。
いや、もっと直裁的に言おう。
ジブンを閉じ込めに来た感じがする。
今日は風が強い荒れた空。風に煽られて互いにぶつからないよう騎手達が調整しているのか、いつもより飛竜と飛竜の間に距離が空いている。
それなのにこの隣に来た飛竜の不気味な接近はなんだ。
鞍上のシークエスも勿論気付いているようで、隣を一瞬気にした素振りを見せた。
だがすぐに前を見据え、冷静に竜鞭を翼の付け根に添わせる。この竜鞭が離れたら加速準備の合図。今はまだその時では無いということ。
実際、前は先行組に塞がれているので抜け出せない。
レースの展開は大きく変わらないまま、2コーナーに向かう直線。
ここにきて隣の飛竜への嫌な印象が確信に変わった。
己の身体を壁にしてこちらを内側に押し付けようとプレッシャーをかけてきたのだ。
露骨な体当たりなんかは、お互い危ないのでしないがそれでも翼がぶつかりそうなくらい近い。
競竜場のコースである光線帯には競馬とは違ってコース内側に柵がないから、気の弱い競飛竜はプレッシャーにやられて失速、最悪コースをはみ出してしまうだろう。
そうなったらコースアウトで失格だ。
ちょっと、幅寄せとかいう危険運転はやめなさい!煽り運転反対!みんなで持とう思いやり!
真横に並んだ飛竜の、山吹色の瞳が「もっとそっち行けよ」と言わんばかりに睨んでくる。
あいにくジブンはそれに怯むような気の弱い飛竜じゃない。負けじと「譲るのはお前だボケ!」と睨み返す。飛竜の喧嘩は引いたら負け。引いてたまるかお前が引け!
思いやりぃ?ここ、そういう場所じゃないんで!
競飛竜同士のいがみ合いに気付いたのか背中でシークエスが鼻で笑った気配がする。
圧をかけようと失敗した隣の飛竜、ひいてはその鞍上で指示を出しただろう騎手への挑発だった。
「チッ」
直後、吹き荒ぶ風に混じり微かに隣の鞍上が舌打ちしたのが聞こえた。
横殴りの強風がコース内側から外側へと吹き付ける。
壁のように横を塞いだ茄子紺色の身体が、強風に煽られ外へ流され距離が開く。
ジブンは上手く風を乗りこなしたのでそれ程影響はなかったが、おかげで幅寄せ危険運転を仕掛けてきた牡竜は遠のいた。閉塞感から解放される。
機を計ったようにシークエスの竜鞭が翼の付け根から離れ、両手が舵を握る感触。
加速準備の合図だ。
行けるのかと前方を窺う。先行組は先ほどの強風の影響か縦長の隊列が組み変わり、徐々に横へ広がっている。
だが、まだロケット加速で突き抜けられるような場所は見当たらないが———。
危惧しかけて、止める。
騎手が行けると判断した。ならばそれを信じる、そうすると決めたのだ。
時折強く吹き付ける風を上手く交わしつつ、翼の魔力操作に集中する。
半竜身、一竜身。じり、と位置が後退する。
ジブンの後ろにつけていた飛竜が、先行集団とジブンの間に割って来ようか迷う気配。
潔く割り込まないのは、ジブンのロケット加速がいつくるか判らないからか。もしくは不規則に叩きつける強風に翼のコントロールを取られて接触することを恐れたのか。
だがどちらにしろもう魔力充填は完了した。この場所は譲らない。
2コーナーを曲がり、3コーナー最後のカーブ。
シークエスから加速の合図はない。いつでも行けると前を見据える。
その時、突風がゴオッと音を立ててコーナーを曲がろうとした飛竜達に襲いかかった。
数頭がバランスを崩し、横へと大きく押し流される。
先行組も煽りを受けてコース外側へ流された。
ジブンもまた流されそうになるのを耐えて持ち堪える。
そうして、思わず目を見張った。
———目の前に道ができている。
ぞわりと背筋が粟立つ。
それはきっと偶然ではない。
ツェツェール競竜場に吹き荒れる冬の海風。
何度も吹きつけてきた風に煽られて、徐々に徐々に竜群全体が広がり、外へとヨレていったのが積み重なり、今最後の一押しでジブンが通れるくらいの道が拓いたのだ。
シークエスがジブンの為に用意した道!
この集団の中で最内を突けるのはコースの内側に閉じ込められ尚且つ、そこを譲らなかったジブンだけ!
竜鞭を振り上げたシークエスが、荒れ狂う風を斬り払うように勢いよく振り下ろす。
『バシィンッ!!』
鱗の上で魔力が弾ける。衝撃に後押しされて翼から青白く燃える、高密度の魔力が噴き出す。
最終直線、最内に生まれた間隙。
もはや誰もこの隙を埋める暇はない。猶予も与えない。
溜め込んだ魔力を放出しながら用意された道を駆け抜ける。
先行組を瞬きの間に抜き去り、後続に影も踏ませず、鮮やかに。
勝利へ続く直線を貫いてゴール板を通過する。
観客席から一際大きな歓声があがった。
ゴールを突き抜け、少しずつ減速をしながら何度も深く息を吸って呼吸を落ち着ける。
これで前回に続いて重賞初勝利。
やった、やった。行けた。込み上げる歓喜に尻尾の先が揺れる。
「お疲れ。あの牡竜に絡まれてよく堪えたな」
シークエスが鱗目に添って首筋を優しく摩る。
人間にすれば身を切るような寒さの中で、何度も冷たい海風に晒された指先は冷えきっている。
いつだったか騎手は繊細な舵取りと魔力操作の為にグローブは着けないと言っていた。
……お前もお疲れさま。
そんな思いを込めてぐいと首を手のひらに押し付けると、背中で驚いたようにシークエスが身を固くした。
だがすぐに先ほどより優しく首筋を撫で始める。
そうして地上に降りるまでの間、ずっと首筋を摩り続けていた。
コースの絵を描きながらああでもないこうでもないと試行錯誤しています。
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