第22話 次走と遠雷
新しい朝は希望の朝!
晩秋のピシッと冷え込んだ空気が運動後の身体に気持ち良い。
朝の調教を終えたまだ暗い帰り道。調教を行うコースから戻る道の脇には竜舎がずらっと並列している。
中皇競竜には3,000を超える競飛竜が所属しているらしいので、ここら一帯が全て飛竜達の家だと考えると途方もなく広い。
見知らぬ竜舎をいくつも通り過ぎる。ここには何頭くらい所属しているんだろうと益体もないことを考えながら、竜舎への道を歩いていると足元からザクザクと小気味よい音がした。
見下ろせば建物の影になった日陰の土がほんのり白い。霜だ。
「おぉ〜初霜じゃん。記念に踏んじゃおっと」
足裏に感じるザクザクとした感触を楽しんでいると、綱を引くアルルアちゃんも気付いて一緒に霜柱を踏む。
ザクザク、ザクザク。
なんでこんなに霜を踏むのって楽しいんだろうね。
足先から冷たさが這い上ってきて背筋がぶるっと震える。
楽しいけど冷たい。冷たいけど楽しい。今こうしてささやかな季節の変化を楽しめるのも未勝利戦を勝てたからだと、改めて思う。
未勝利戦を勝利で飾ってからはや2週間。
レースでの疲労も完全に抜けて、レース前の鬱々とした悩みも解消された今は身も心も軽い。
問題があるとしたら勝利と引き換えにとんでもない『業』を文字通り背負わされるハメになったことくらいか。
……あの変態バカアホにやけ面め。今思い出しても背中の鱗が逆立つ。
なにが腹立たしいってあの後。
シークエスを振り落としぷんすかしながら戻ってきたジブンに「やっぱりシークエスが乗るだけあって気性難の癖竜だなあ」などと観客から非常に不名誉な称号が送られたことだ。
こんなに可愛くてお利口さんで賢くて偉い飛竜なのに。喋れないから弁明も告発もできやしない。世の中不条理だね、つらいね。
レース後のアレそれは置いておいて。
なんにせよ一勝。そして次へ繋がる勝利だった。
中身は論外だがシークエスの騎乗の腕が無かったらあそこまで綺麗な勝ち方はできなかったのは確かだ。そこだけは認めている。
競竜がどういうものか理解できたのも大きい。
騎手が道を拓いて競飛竜が飛ぶ。
これを踏まえれば、騎手を斤量としてしか見ていなかったジブンは扱いにくくて当然だったと反省している。
その反省を生かして、調教ではシークエスが乗る時以外はロケット加速を使わないことにした。
どうもあの加速を乗りこなすのは他の騎手や調教助手くん達には荷が重いらしい。乗りこなした上ではしゃいでるシークエスが異常なんだってトトー先生達がぼやいていた。やっぱアイツ、頭のネジが何本か吹っ飛んでるんだな。
それから単純だけど鞍上の指示に耳を傾けること。今までのジブンはジブン1人の力で勝つという意識が強すぎる独断専行。鞍上の考えを推し量ろうという誠意に欠けていた。
ジブンの心構えが変わったことによって周りの雰囲気も少し変わった。
トトー先生は厳しいけど思い詰めた顔はしなくなった。
最初は乗ってる間ずっと警戒しっぱなしだった調教助手くんからも「最近は落ち着きが出てきた」と太鼓判を押してもらえたし。
調教にも身が入るってもんだ。
そんなことを考えながら歩いていると。
「——————!」
「———っ、———!」
飛竜の優れた聴覚が喧騒の気配を拾う。数十メートルほど先がなにやら騒がしい。
音がするのは厩舎へ帰る進路上だからこのまま行けば喧騒の正体と出会すことになりそうだ。
なんだろ、厄介ごとじゃないといいけど。
「こら!アヤタルやめないか!」
「ルー、大丈夫。大丈夫だ」
近付くにつれ、人間達が誰か———恐らく飛竜———を諌める声と、宥めすかす声がハッキリ聞き取れた。
なんだなんだ。
ついつい野次馬根性を発揮して首を高く伸ばし、原因を探す。
進路の先。道の脇に建て並ぶ竜舎の前でトラブルが発生しているようだ。
これから調教に向かおうとしている飛竜と、調教を終えて竜舎に戻ってきた飛竜が鉢合わせたのかな。
2頭の飛竜は道の真ん中で向かい合い、睨み合って———ないな。睨み付けて威嚇してるのは一頭だけだわ。
もう一頭は身体を縮こまらせて明らかに怯えているし。
そもそも体格が違いすぎる。喧嘩を売ってる方は金色の派手な鱗に、二歳竜のジブンより明らかに大きい牝竜。歳も多分向こうのほうが上だろう。
かたや喧嘩を売られている飛竜はというと、今まで一度も目にしたことのない珍しい白い鱗の飛竜だった。
ここに来てから飛竜の鱗の色は青、赤、緑、黒、紫、金色を確認していたが白色も居たとは。
珍しいのは体色だけではない。体格が随分小柄で当歳竜と見紛うばかりなのだ。
トゥリームオに居るのだから一応、ニ歳以上なのは確実なんだけれども。
うーん、どう見ても不良に絡まれた小学生にしか見えん。
「なにあれ、同じ竜舎の飛竜同士でトラブル?ウチら通れんくない?」
遅れてアルルアちゃんも気付いたらしい。
かわいい顔を思いっきりしかめると揉めている一団から数メートル離れた場所で立ち止まる。
往来のど真ん中でケンカとかマジサイアクだよねー。やっぱ世の中ラブアンドピースっしょ。
せっかく気分よく調教を終えたのに。
辟易しながら早く終わらないかと近くの竜舎をなんとは無しに見て。
嫌な違和感に気付いた。
威嚇する飛竜の背後。竜舎の中からサワサワ、サワサワと飛竜達のさざめくような気配。
飛竜は視力はもとより聴覚も優れている。竜舎の中にいる飛竜達も外の騒々しさの理由に気付いているのだ。
しかし、流れてくる気配に心配の色はない。むしろ。
嘲笑。排斥。疎外。
群れの中、一番弱いものを便乗して嘲る気配。
なるほど。この白い飛竜は群れ全体から、そういう扱いを受けているわけだ。
ホートリー竜牧場にいた飛竜達にも絶対的な上下関係や仲の良し悪しはあった。
しかし誰か一頭だけを排斥しようとすることはなかった。
群れのトップたる老飛竜オーバルクロスがそういったいざこざは絶対に許さなかったからだ。
群れの空気は群れのトップが作る。
あえて一頭を槍玉に上げることで、他の諍いを抑えて群れ全体の結束を強める。そういう方針も世の中にはあるのだろうけれど。
ジブンは悪を許さない正義漢でもなければ、困っている人に誰彼構わず手を差し伸べられるほど善良なわけでもない。
しかし。
脳裏を過ぎる1人の少女の姿。いじめられて、追い詰められて。ジブンのために魔物がいる森へと入ってしまった子。
怯えて人間に縋る小さな飛竜の姿に、あの日のミュゼが重なる。
思い出しただけで喉の奥が不快感で震え、それは低い唸り声に変わった。
2頭の間に割って入ったジブンの唸り声に気付いて、金色の飛竜が白い飛竜を睨むのをやめ、ギョロリと鬱金色の瞳を此方に向ける。
値踏みするようなそれを受け、ジブンはやおら一歩踏み出す。
翼を威圧するように広げ、胸を反らせ首を高く持ち上げる。
オーバルクロス直伝『お前は頭が高いから地面とキスしとけ(意訳)』のポーズは効果覿面だった。
『グルルルルゥ!ウオォン、グォンッ!!』
金色の鱗を逆立てて激怒した飛竜が白い飛竜から標的をジブンに移す。
他竜舎の飛竜にまで喧嘩を売り始めた牝竜に、向こうの人間達がざあっと青褪め、必死で綱を引いていなそうとしている。
此方は此方で驚いたアルルアちゃんが咄嗟に綱を引くが、動くわけにはいかない。地面を踏み締め、不動の姿勢をとる。
尻尾をゆるりと大きく揺らす。
飛竜同士の喧嘩は引いた方の負けだ。
確かにこの金色の牝竜はジブンより体格はいいし年嵩も上。
だが逆を言えばそれだけでしかない。
オーバルクロス程の威圧感も凄味も感じない。彼女の視線だけで他者を平伏させるオーラを知っている身からしたら、ぎゃあぎゃあ喚くだけのコイツなんぞチンピラレベル。ちっともこわくない。
ホートリー竜牧場No.2のアイラールカルデラから、下剋上をしょっちゅう仕掛けられていたオーバルクロスの対応を思い出して深呼吸する。
———真に強い飛竜は。
『ウオオオオオォォォンッッ!!!』
渾身の一言で黙らせる。
びりびりと辺り一帯の空気を震わせる咆哮に牝竜が思わずたじろぐ。
そして、それはこの喧嘩の終わりも意味していた。
先程言った通り、飛竜同士の喧嘩は引いた方の負け。
少しでもビビった時点で相手の負けだ。
人間達も心得たもので、今だとばかりに金色の牝竜を竜舎の方へ引き込む。
牝竜は束の間逡巡を見せたものの、既にジブンとの格付けが済んでしまったことを悟ったのだろう。ジブンを恨めしげに睨め付けながら、すごすごと竜舎に連行されて行った。
「すみません、こちらの飛竜がご迷惑をおかけしました」
ひとりその場に残された、白い飛竜を庇っていた人間がアルルアちゃんに向かって謝罪と共に深々と頭を下げる。
引き締まった体躯の浅黒い肌をした青年だ。耳が長く尖っているからエルフで、しかもダークエルフなのかも知れない。
「いやウチの問題児こそ、ケンカ売った上に勝っちゃってスミマセン」
「はは、気にしないで。悪いのは全面的にアイツですから」
アルルアちゃん?!ねえちょっと問題児ってジブンのこと?遺憾の意なんですけれども。
アルルアちゃんの評価にギョッと目を剥くジブンを上から下まで眺めた青年が、灰色がかったブルーの瞳を眩しげに細め感心した様に呟く。
「しかし———、その飛竜も二歳竜ですよね。歳上の、しかもボス格の飛竜に勝つなんて気が強い子だな」
「普段はマイペースな子なんで他の飛竜とケンカしたりしないんですけど……お腹空いてイライラしてたんかな」
アルルアちゃんの中のジブンどういうキャラになってんの。
…………あとさっきから気になってるんだけど。
アルルアちゃんと会話する青年の後ろ。
彼の緩く巻いた短い黒髪の影から、じーっと白い飛竜が此方を窺っている。
お前は親の後ろに隠れる人見知り全開の子どもか。
いくら当歳竜と見紛う小柄さとはいえ、人間の後ろに隠れるのは無理があるだろ。
尻尾の動きや首の高さを見るに、怯えているわけではなさそうだが。
頬にビシバシ突き刺さる好奇心まみれの視線に呆れて「何か言いたいことでもあんの」と一瞥をくれてやると「ひゃあ!」と言わんばかりに青年の後ろへ隠れてしまった。
———が、またすぐにチラチラこっちを見てくる。
……なんだか見た目だけでなく所作も幼い飛竜だなあ。
「本当にお手数をおかけしました。……さあ、ルー行こう」
青年はアルルアちゃんと幾つか言葉を交わした後、もう一度丁寧に此方に頭を下げた。そしてこちらに背を向け、白い飛竜を伴って調教場へと続く道を歩いて行く。
アルルアちゃんもぺこりとおじぎをして———ついでにジブンもぺこりと頭を下げておく———いくらか距離が離れたところで唐突に胸の前で両手を握り、小さくガッツポーズした。
「セイゲツ竜舎のホープくんめっちゃ紳士だしかっこい〜!話せてラッキー!」
はしゃぐアルルアちゃんが今にも鼻歌を歌い出しそうなくらい軽やかな足取りで綱を引くのに「乙女だなぁ」と思いつつ、のんびり帰途に着く。
——————背中をまだあの白い飛竜が見つめている気がした。
*****
同月。ガガラド竜舎の事務所にて。
アオノハーレーの初勝利を受けて、竜主であるシフレシカ・デイル・アオノと調教師トトー・ガガラドは今後の予定を話し合っていた。
「ではアオノハーレーの次走は年明け、ゴヨウ月の8日に開催されるG3マツカゼ記念へ挑戦ということでよろしいですね」
マツカゼ記念は牡牝混合の重賞レース。当然有力な牡竜も多数出走登録してくるが3歳時点であれば牡竜と牝竜の差は殆どない。
何よりこのレースで実績が残せればクラシックレースと呼ばれる3歳飛竜限定レースへの出走も夢ではないことからの選択だ。
調教師であるトトーの言葉に、向かいのソファーに腰掛けたシフレシカは頷く。
「ええ。そこでの結果次第でG2ラーレ賞及びG1ケラスース賞へ挑みたい」
ケラスース賞。
春に咲く可憐な花の名を冠したそれは、中皇競竜において3歳牝竜のみが挑めるG1レースにしてクラシックレースのうちの一つ。
翌月に開催される同じくクラシックレースの一角、優駿牝竜、別名をケルクス。
そして秋に開催されるラジアータ賞と並んで牝竜三冠と呼ばれる重賞レースだ。
牝竜にも同じく三冠が存在し、才能ある競飛竜はまずこの三冠へ挑戦することを目標にすると言っていい。
ちなみにシフレシカが挙げたもう一つのレース、G2ラーレ賞は牝竜限定の重賞レースで、3着までに入線した競飛竜にケラスース賞への優先出走権が付与される。場所もケラスース賞と同じコースを使用するトライアルレースだ。
「未勝利戦後からハーレーの調教はとても順調です。シークエスが鞍上であればマツカゼ記念とラーレ賞でも良い結果が出せるでしょう。幸い最も警戒すべき注目竜はこの2つには参加しない予定ですから」
「おや、その飛竜がいてはハーレーは勝てないと?」
にこやかに微笑みながら首を傾げるシフレシカに、竜主の機嫌を損ねたのかとトトーは慌てて頭を下げる。
「そういうつもりでは……。抗しうる存在がいないことは吉報のつもりで口にしました、気を悪くされないで下さい」
恐縮しきりのトトーを前に、シフレシカは目の前のテーブルに置かれたティーカップを優雅に持ち上げ、涼やかな目を伏せる。
「失礼、意地が悪かったですね。無敗で重賞を勝ち上がった『あの』クロトーワの飛竜の噂は私も耳にしています」
カップから立ち上る湯気をひと吹きして言葉を区切ったシフレシカは、笑みを消し表情を真剣なものに変える。
「先生、私は若輩者です。競竜も競飛竜に関しても知識不足であることは否めない……なのでご教授願いたい。稀代の相竜眼をもつ竜狂い姫が見出した飛竜———それほどに強いですか」
アルアージェの三大公爵家が一つ、クロトーワ公爵家。
その公爵家には競竜の世界において名を轟かせる人物がいる。
それは公爵本人ではなく、その娘。
パンサール・デイラール・クロトーワ。
飛竜に魅入られた令嬢。竜愛る令嬢。竜狂い姫。竜姫。
おおよそ公爵令嬢には似つかわしくない二つ名の数々。そのどれにも必ず『竜』の文字が付くのは、彼女が競竜や競飛竜に傾倒し、お抱えの竜牧場すら所有する若き大竜主であることがひとつ。
そしてもうひとつ。
幼少のみぎりより優れた飛竜を見出す天賦の才『相竜眼』を発揮し、数多の名飛竜を世に送り出した才能と功績を持つからだ。
長く竜主を続ける者でも所有する競飛竜が中皇で勝ち上がり、あまつさえ最高位のG1レースで勝つなど夢のまた夢。
だが彼女は齢16にしてすでに幾つもの重賞飛竜、それどころかG1を制した飛竜を何頭も所有している。
優れた飛竜を持つことが絶対的ステータスの貴族社会において、間違いなく頂点に君臨する存在。
そんな竜狂い姫が今年送り込んだ一頭の競飛竜は、すでに頭角を現し重賞を2つ獲得している。
頭の中でクロトーワの令嬢と彼女の所有飛竜を思い浮かべたトトーは、口の中で言葉を吟味しながら慎重に口を開いた。
「……ええ。アオノハーレーは調教師の私ですら見たこともない飛行をする——言い方は悪いですが化け物。しかし、かの竜姫の飛竜も同じくらいの化け物です」
「ハーレーと同じ、ですか。あの子に惚れ込んだ私からすれば俄には信じ難いことだ」
カップをソーサーに置き、思案顔で腕を組むシフレシカに、トトーもまた重々しく頷く。
「しかも何の因果か同じく2歳牝竜。ケラスース賞に進めば必ず当たるでしょう。かの飛竜の名は、———」
*****
年の瀬のパヴロヴナ月。クロトーワ競竜場にて。
『……———大外からカイセイルメイが来た!後続を置き去りに一気に伸びる、伸びる!先頭ブラックサーベルの背を捉え抜き去った!ルトゥールアサヒ、マーヴルセバストスも懸命に追うが届かない!離されていく!どうなっているんだ、これほどまでか!これほどまでに強いのか!カイセイルメイが2着以下を大きく引き離し今圧勝のゴールインッッ!!』
興奮を抑えきれない熱を帯びた実況。宙を舞う竜券。割れんばかりの大歓声の中を一頭の競飛竜が泳ぐ。
『圧巻の6竜身差でフィーユドメリジーヌを制しG1初勝利、鞍上のカヤトー・セイゲツ騎手もこれがG1初勝利です!クロトーワの竜姫、その目に狂い無しッ!カイセイルメイが快晴の大空にその名を流しました!!』
ヤダこの飛竜、頭のネジが行方不明な奴しか乗れないピーキーの自覚がない……
ここまでで書き溜めていたストックが尽きたので次話更新からは不定期になります。続きはのんびり更新になりますがお付き合い頂ければ幸いです。
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