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第21話 幕間『冒険者達』

 アルアージェ皇国の心臓、皇都ヒビア。

 巨大な城壁に囲まれた円形の都市。都市中央に皇都のシンボル、皇族の住まう白亜の城『白楼宮(はくろうきゅう)』が聳え立つ。

 この皇城を中心として内側から放射状に貴族居住区、行政区、市民居住区、皇国軍駐屯地と区画分けされる。

 国内最大の商業港を抱えるツェツェール領、競飛竜(レースドラゴン)の一大産地クロトーワ領と隣接することから、人や物の往来も盛んな花の都。


 そんな皇都南の緑豊かな一区画に、巨大な競竜場(けいりゅうじょう)が存在する。

 ヒビア競竜場。

 アルアージェに存在する競竜場でも特に大きな四大競竜場の一つ。その中でもっとも歴史の古い競竜場である。




*****




 ヒビア競竜場は今日、注目の重賞レースが開催されるためか、レースに出走する競飛竜(レースドラゴン)を下見できるパドックにはいつもより人が多い。


 その雑踏の中を小柄な少女が進む。

 儚げな容貌にほっそりした華奢な肢体。紅茶にミルクをたっぷり注いだような色合いの長く柔らかな髪を後ろに結い上げ、顔の横には長く突き出た特徴的な耳。

 彼女の種族はエルフ。

 人間種の中でも魔法の扱いに長け、平均寿命は300を越える長命種。

 少女も見た目こそヒュマールでいう15歳程だが、実年齢は56を数える。

 それでもエルフの感覚で言えばまだ少女と言って良い年齢ではあるが。


 競竜場で飛竜を飛ばすのは、純正魔力の補填と魔物払いの意味があるとは言え、公共の賭け事が催される場に若い女性のエルフが訪れるのは珍しい。

 実際、少女も慣れていないのだろう。表情こそ乏しいものの、その目はしきりに辺りを見回している。


「……ここが穴場なのエンチャバル?」


 先端に大きな魔導石が嵌まる白葛(しろかずら)で編んだ杖をコツンと地面に打ちつけ、少女が訝しげに後ろを振り向く。

 羽織った暗色のローブがふわりと翻る。

 翻ったローブの向こうで、赤銅色の髪を鳥の尾羽のように結んだ少年がにっかりと笑って頷いた。

 身体にぴったりと沿う革鎧を身につけ、腰に短剣を差している。


「そうだよ。フィルは知らない?競竜のパドックって魔力を使い切った魔法使いがよく魔力浴に来てんだよ」


 同じ冒険者チームを組むレンジャーのヒュマール、エンチャバルがパドックの一角を顎でしゃくる。


 指し示された方向には出場する競飛竜(レースドラゴン)の下見をしようと新聞や伝信板と睨めっこしている競竜ファンにまじって、魔法使いと思しき杖を手にしたエルフ達が最前列を陣取っていた。

 どこかくたびれた様子の彼らからは、競竜で一山当てようという意気込みは全く感じられない。


 彼らの多くはフィルやエンチャバルと同業の冒険者。魔物討伐や護衛任務で消費した魔力を、競飛竜が放出する魔力で補うことを目的に来場している。


 競竜場、ひいてはパドックは当然ながら競飛竜が多く滞在し、しかも間近を通る。

 必然、宿屋で身体を休めるよりも早く失った魔力を補充できるのだ。


「でも今日はちょっと人が多いな……もっと前行けたらいいんだけど」

「私は後ろの方でもいいよ。ここにいるだけでも魔力が濃いのはわかるし」

「せっかく連れて来た手前、そういうわけには———」


 どうにか前の方に行けないか。

 空いた場所を探して視線を彷徨わせるエンチャバルの目の前を、場慣れしていない様子の女性が人混みに躊躇しながら通り過ぎる。

 腕の中におくるみに包まれ寝息を立てる赤子を大事そうに抱いて。

 それを見咎めたエンチャバルが不快を露わにしてその背を睨む。


「……ガキ連れて競竜とか非常識だな、泣き声に競飛竜がビビって怪我したらどうすんだ」

「……」


 競飛竜は繊細な生き物で、物音に敏感な個体も多い。

 パドックという競飛竜との距離が近い場所へ自制のきかない子供を連れ込むのは原則禁止されている。にも関わらず、赤子を連れ歩くのは非常識でしかない。

 ぼそりと毒吐いたエンチャバルの隣り。じっと母子を見つめていたフィルが、何を思ったのか徐ろにその背中を追う。


「あ、フィル!どうしたんだよ」

「ねえ、貴女」


 エンチャバルの問いには答えず女の肩を叩いたフィルに、驚いた女が振り向く。


「その子もしかして『小児魔力回路不全症』なの?」


 振り返った女の顔は若い見た目に反してやつれ、目の下には浅黒い隈が居座っている。隈の上の瞳には思い詰めた色が宿っていた。

 賭け事をしに来たとは到底思えない雰囲気に、フィルの後をついて来たエンチャバルが息を呑む。


「え、あ……はい」


 突然声をかけられたことに戸惑いながらもおずおずと肯首した母親の腕の中。いまだ眠る赤子の胸元には消音魔法(サイレンス)の掛かった魔法道具(マジックアイテム)。月白教の意匠が施されていることから神殿から貸し出しされたものなのだろう。


「なあフィル、小児ナントカって何?」


 やつれた母親とフィルを交互に見やって、置いてけぼりのエンチャバルが小声で尋ねる。


「小児魔力回路不全症って言うのは簡単に言うと、魔力回路に魔力が行き渡らないまま産まれちゃった子のこと。早産で産まれた赤ちゃんにごく稀に見られる難病だよ」


 治療魔法専攻ではないフィルからもたらされる聞きなれない病名に、首を捻りながらエンチャバルが質問を重ねる。


「えっと……魔力回路って血の巡りみたいなもんだろ?行き渡ってないとやっぱりマズイの?っていうかそんな病気の子をなんで競竜場(ここ)に?」


 魔力回路。それは規模の違いはあれど全ての生き物が体内に持つ目には見えない魔力の通り道。この魔力回路が大きく太いほど魔法を扱う才能があるとされる。

 その程度の知識ならエンチャバルも持ち合わせているが、いまいち状況を把握しきれない。


「本来赤ちゃんは母胎にいる間は母親から魔力を分けて貰って生まれて来る。だけど早産で予定より早く生まれて、なおかつ母体側の魔力が少ないと出産時に魔力が魔力回路に行き渡っていなくて不活性状態のままになっちゃうの」


 言葉を区切ったフィルがちらりとおくるみの中で眠る赤子に顔を曇らせる。


「母胎にいる間は母親の魔力で守られているけど、生まれたら自分の魔力回路に貯めた魔力で原生魔力から身体を守らなきゃいけない。だけどその魔力が貯められていないから抵抗力が弱いし、魔力回路が不活性状態だから純正魔力も上手く取り込めない。常に活気がなくて眠ってる時間が長い。やがて目が覚めなくなるから———」


 とても死亡率が高い。

 五感に優れたレンジャーのエンチャバルにだけ聞こえる声で結んだフィルの表情は険しい。

 事情を知る人と出会えて安心したのだろう、母親が泣きそうな顔で頷く。


「神官様にも診ていただいたんですけど、お薬や祈祷ではどうにもできないと言われてしまって。昔、飛竜のそばで過ごした貴族の子どもが快方に向かった例があるからと助言を頂いて、ダメ元でここまで来たんです」


 母親の腕の中、周囲の喧騒にむずがることもなく生気のない顔色で眠り続ける赤子。

 話を聞いてしまった手前、どうにかしてあげたい気持ちはあるが、この親子に何をしてあげたらいいのかわからず困って頭をかくエンチャバルの隣り。

 フィルがそれならばとパドックに視線を向ける。


「ここじゃ飛竜と距離がありすぎる。もっと前にいかないと」

「でも、割り込むわけには……」

「大丈夫。あけてくれる人たちに心当たりがある」


 言うや否や先導するように早足で歩き始めたフィルのいつにない積極的な姿に当惑しつつ、エンチャバルは母子をエスコートしながら追いかける。


 フィルが向かったのはエルフが陣取ったパドックの一角。

 大人のエルフ達が気怠げにたむろする、一種異様な空気の中、臆する事なくフィルは声を張り上げた。

 

「ねえ、あなた達!悪いけど場所をこの子に譲ってあげて」

「ああ?!後から来ておいて厚かましいな……」


 集団の後方にいた神経質そうな細身のエルフが苛立ちを隠しもせずに振り返る。

 胡乱な目でフィルを見、次いで斜め後ろで身を硬くしている母親と腕の中の赤子に気付いて顔色を変えた。


「そ、そこに居るのは赤ちゃんじゃないか!」


 1人が気づいた途端、周りのエルフも声に反応して振り向き、同じように表情を変えた。


「赤ちゃん?」「あっ赤ちゃんだかわいい」「ちっちゃ!」「お前らあけろ、赤ちゃんを通せ」「なんでヒュマールの赤ちゃんがこんなとこに?」「は?お前赤ちゃん初心者か?魔力回路不全症知らんとか初等魔法学校からやりなおせ」「なんじゃ親もまだ子どもではないか」「コラ!その発言は種族年齢差別ですよ!」「えぇ、別にそんなつもりはないんじゃが……」「そんなつもりなくても言っちゃダメです翁」


 ざわざわと騒めきながら、あっという間にエルフ達は道を開け、最前列の最も良い場所がヒュマールの親子に明け渡される。

 エルフ達の訓練されたかのような迅速さに戸惑いながら、母親はパドック最前列に加わることができた。


 これでとりあえずは一安心と顔を見合わせ安堵の笑みを浮かべたフィルとエンチャバルの背後。年老いて腰の曲がったエルフが近付く。

 気配に振り返った2人を好々爺然とした顔で見比べ目尻の皺を深くすると自信満々に頷いた。


「うむ、そこのエルフが子どもなのは流石にわかるぞい!なんとも親切で関心な子じゃ。ワシが場所を譲ってやるでな、そっちのヒュマールの幼な子と一緒に見学するとよい」

「幼な子ぉ?!じーさんオレ今年で17だぞ」


 見かけに反して押しの強い老人にぐいぐいと背中を押されながらエンチャバルが抗議の声を上げるのを、フィルが諦めたように嘆息して止める。


「エンチャバル、無駄。エルフの中でも老人は他種族の年齢感覚に疎いから」


 そうして母子同様瞬く間にパドック最前列に収まってしまった2人はエルフに囲まれながらパドックを見守ることになった。


 周囲のエルフを気にしながら、エンチャバルは隣のフィルにだけ聞こえるように囁く。


「エルフってなんでか子どもに優しい人が多いよな」

「エルフは種族として子どもが生まれづらいから。どの種族の子どもでも、特に赤ちゃんは大切にしなさいって教えられて育つの」


 誇らしげに語るフィルの横顔をちらと盗み見たエンチャバルは、納得したように頭の後ろで手を組む。


「へぇ、知らなかった……そうだったのか」




*****




 へぇ、知らなかった。そんな病気があるんだ。あとエルフっていい奴らだなあ。


 未勝利戦前のパドックで緊張を解そうと観客同士の会話に耳をそばだてていたら、気になる会話が聞こえて来てついつい盗み聞きしてしまった。

 今の会話してた人達はどこかな。あ、エルフの集団発見。あそこか。


 柔らかな色合いの髪を綺麗に結った可愛らしいエルフと目が合う。

 ぱちりと大きな瞳を見開いてエルフの少女が隣りのカレシくん?の袖を引く。


「ね、あの青いコ、こっち見てない?」

「イヤイヤ観客が物珍しいだけだって。特別こっちを気にしてるわけじゃないよ」


 いやいや見てるんだなこれが。———ちょっと失礼しますよっと。


「わわっ、ハレちん何してんの!輪から外れちゃダメ!」


 エルフ達の前に来たタイミングで周回の輪から外れて観客の方へと近付く。

 驚いたアルルアちゃんが綱を引くが、女の子の力では飛竜に叶わずズルズルと引き摺られてしまう。

 ごめんアルルアちゃん、ちょっと待ってね。


 パドックには観客との間に柵と植え込みが存在するため、互いが触れられる距離までは行けない。

 なのでめいいっぱい首を伸ばして柵の向こうにいるお母さんと赤ちゃんを覗き込む。

 お母さんはともかく、赤ちゃんの魔力———色の匂いは希薄で、今にも消え入りそうだ。

 ふんふん。ジブンは医者でもないしこの世界の病気には詳しくないけど、この子の魔力の希薄さは危なそうだなあ。


 急に距離を詰めて来た競飛竜に仰天してしまったのか、お母さんは赤ちゃんを抱いたまま放心したようにこちらを見つめている。

 びっくりさせて申し訳ない。

 でも魔力を通すってのにジブンはちょっと心当たりがあるんだ。そんな気持ちを込めてクルクルと小さく喉を鳴らす。

 飛竜同士だとコレは友鳴きと言って、害意はないよ!友達だよ!って意味なんだけど通じたかなあ。


 大きく、大きく息を吸い込む。

 柵と植え込みがあるので顔に触れられるほど近くには寄れないけど。ついでに羽から魔力送ればいいか。

 ぐぐと胸を逸らせ胸の奥底で魔力を生成する。

 翼を軽くはためかせると周りのエルフ達がワアッと歓声を上げた。

 コレ君たちのためじゃないんだけど。ま、いっか。


『フゥゥゥゥゥ……』


 いつかジブンがホートリーの飛竜達にしてもらったように。

 この子が目覚めて世界に羽ばたけますように。そんな気持ちを込めて息を吹き付ける。


 ジブンが口から吹く吐息が、青白い顔で眠る赤ちゃんのぱやぱやした旋毛を揺らす。

 ざわめきの中ですらすうすうと、いや、昏睡していたのだろう赤ちゃんがふと、眉を寄せてむずがるような仕草を見せた。

 母親が驚愕の眼差しで見つめる中、赤ちゃんは小さな顔をぎゅっとしわくちゃに歪めて。


「——————ッ!!」


 なぜだか声は聞こえない。もしかしたら魔法がかけてあったのかもしれない。

 けれどその子は確かに。

 先程までの血の気の引いた顔を、今は真っ赤に染めて高らかに命を謳った。


「あ、ああっ———神様!」


 母親が赤ちゃんを抱き込むように崩折れる。柵の向こうに隠れて親子の様子が確認できなくなってしまう。

 隣りの神経質そうなエルフの兄ちゃんが涙を浮かべて母親の背中を摩っていることしかわからん。

 ねえ、赤ちゃん大丈夫?どうなったのー!


「こらハレちん!お客さん怖がらせたらダメっしょ!こっちおいで」


 事情を知らないアルルアちゃんが血相を変えて手綱を引くので、名残惜しい気持ちで周回に戻る。


 赤ちゃん泣いちゃった……けど、あれで良かったのかな?わからん……お母さんも泣いちゃったし。


 チラチラ赤ちゃんの方を気にしていたら、最初に目が合ったエルフの女の子が小さく手を振ってくれた。

 うん、大丈夫だったと思いたいな。





*****





 競竜場内に併設されたカフェテリア。

 映像を鏡面に映し出す大型の魔法道具(マジックアイテム)・映し鏡が設置されており、その前に複数のテーブル席が設けられ、レースを観戦しながら食事や休憩を取る人達で賑わう。

 そんな映し鏡前のテーブル席に座っていた冒険者チーム『赤雷』のリーダー、剣士ノガーナは近付いてくる2人組に気付いて片手を上げた。


「おかえり、フィル調子はどうだ?」

「うん、だいぶ良くなった」


 人形じみていた頬に赤みが差し、血色が良くなった顔でノガーナに答えるフィルの横。竜券を手に映し鏡を気にしているエンチャバルの服の裾を、ノガーナと同席する白い法衣に身を包んだ妙齢の女性が引っ張る。


「ちょっとエンチャバル。てっきり観戦デートまでしてくると思ってたのになんで帰ってきちゃったのよ」


 フィルに聞こえないよう、ひそめた声で問われて、エンチャバルの顔が火を吹いたように真っ赤に染まった。


「デッ!!?ちちちち違いますメツァリク姐さん!俺はフィルが魔力切れだっつーから穴場に案内しただけでそーゆーシタゴコロはないんですッ」

「……ふぅん———あっそ。まあ、そういうことにしといてあげる」


 両手と首を大袈裟に振って否定するエンチャバルを「この意気地なし」と大きく書かれた顔で見やったメツァリクが、フィルの手に杖と一緒に握られた紙切れに気付いて首を傾げる。


「エンチャバルはともかくフィルも竜券買ってきたの?」


 元々競竜場に通い慣れたエンチャバルと違い、パドックへ魔力浴という名目で連れ出されたフィルは競竜に興味は無かったはずなのに。

 不思議そうなメツァリクの様子にフィルがはにかむ。


「うん、あの青い子の竜券買っちゃった。単勝?っていうの」


 細く白い指先が指し示した大型の映し鏡には、ちょうど次のレースに出る青い鱗の飛竜が紹介と共に映し出されたところだった。

 額から鼻先にかけて縦に2つ並ぶ色の薄い楕円模様が特徴的な整った顔立ちの飛竜だ。

 

「ソイツは当たんねぇよって言ったんだけど聞かなくてさあ」

「勝てなさそうな飛竜なのかい?」


 画面を眺めながら処置なしといったそぶりで頭を横に振るエンチャバルに、ノガーナが尋ねると「あれは無理。買えない」と即答が返る。


「新竜戦ですっげー飛び方したから覚えてたけど超が付く癖竜だよ。さすがにあのシークエスでも扱えないね」


 競竜に詳しいエンチャバルから断言されて、フィルはむっすりと唇を尖らせてそっぽを向く。


「いいの、これは応援する気持ちだから」

「応援するのは構わないんだが……その竜券、いったいいくら買ったんだ?」


 初心者の少女が初めての賭博で幾ら賭けたのか心配と興味が半々と言った感じで、ノガーナが指摘したのはフィルが手に持つ竜券。

 問われたフィルは、手元の竜券をちらりと見てなんてこと無いように告げた。


「5万」

「5万?!———エンチャバル、アナタ止めなさいよ!」

「オレだって止めたんっすよ!でもフィルのやつ買うっていって聞かなくてっ」

「今回の依頼料、個人取り分の半分じゃないか……」


 おおよそ競竜初心者がかける金額ではない。

 血相を変えたメツァリクの繊手に襟首を掴まれたエンチャバルが必死に弁明している横で、ノガーナが額を押さえうめく。


「こういうのはお布施と同じ。私はあの優しい飛竜が好きになった、だから応援したい」


 チームメンバーの反応もどこ吹く風で受け流し、フィルはキラキラとした目で映し鏡を見上げる。その横顔に宿るのは憧憬と陶酔。

 それに対し、メツァリクの拘束から逃れたエンチャバルが「うーん」と唸る。


「いやぁ〜あれは興味本位で寄って来ただけの偶然じゃねーかなあ」


 うっとりした表情から一変して分かりやすくムッとしたフィルが即座に反論する。


「ちがう。エンチャバルはわかってない、あの子は赤ちゃんを心配して見に来てた」

「確かに赤ちゃんが助かったのは事実だけどさあ」

「まあまあ。なんだかパドックで色々あったみたいだけど、とりあえず2人とも座らないか?」


 年下組が言い争いになりそうな気配を察知したノガーナが席に座るようすすめると、それにメツァリクが助け舟を出す。


「そうそう、ホラ見て。レース始まるみたいよ」


 自然、チーム全員でレース観戦をする形になった。


 ———……そして。




「がんばれ、がんばれ……」

「う、あああ、やめろやめろ!行くな!」

「ちょっとフィルが買った青い飛竜ってあれじゃないの?本当に行っちゃうわよ」

「一頭だけ速すぎじゃないか?」

「わあああ、勝ったあ!」

「……嘘だろシークエス、アイツ乗りこなしやがった……クッソォォあの命知らず信じて買うんだったぁぁぁ」



 ———結果。

 青い競飛竜(レースドラゴン)アオノハーレーの勝利に手を挙げてはしゃぐフィルと頭を抱えて蹲るエンチャバルという悲喜交々な状態が出来上がった。

 その様子を苦笑しつつ見守っていたノガーナが、ふと思い立って燃え尽きたエンチャバルに声をかける。


「ところでエンチャバル。あのアオノハーレーとかいう飛竜の倍率いくらだ」


 頭を抱えたままのエンチャバルがよろよろと力無く片手を上げ、指を2回動かす。


 二桁の倍率。元手の5万。完全に大穴的中である。


 エンチャバルの落ち込みっぷりに苦笑いを浮かべていたノガーナとメツァリクが揃って凍りつく。

 横ではフィルがマイペースに「払い戻しってどこでできるんだっけ」と竜券を手に場を離れようとした。

 その肩をノガーナの大きな両手ががっしり捕まえる。


「なに?」

「みんなで行こう」


 まじめくさった顔で告げるノガーナに、子供扱いされたと思ったフィルがじっとりと目を眇める。


「子どもじゃないんだから1人で行ける」

「ダメだ、みんなで行こう。エンチャバル起きろ、先頭に立って案内してくれ。僕とツァリーは左右で警戒しながら進む、いいな」

「ええ、任せて」


 メツァリクが腰に携えたモーニングスターに手を掛け大真面目に頷く。


「メツァリク、こんなところで武器を振り回したらダメだよ」

「いいの、必要になるかも知れないんだから」

「———というか、なんで依頼中みたいなフォーメーションになってるの?」

「いいから、みんなで行かないと危ないから」


 頭に疑問符を浮かべるフィルを囲うようにして、依頼遂行中もかくやという緊迫した雰囲気で冒険者チーム『赤雷』は払い戻し受付へと向かった。

実際の競馬場は赤ちゃんは入れませんがオルフェーヴルやコディーズウィッシュみたいな競走馬と子どものエピソードが好きで書きました。

ハーなんとかクライさんはお帰りください。



次話の更新は明日12時です。


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