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第20話 未勝利戦〜騎手と競飛竜〜

 秋の高い空を重苦しい雲が埋め尽くした曇天。

 灰色の空に向かって鼻を突き出し、クンと匂いを嗅ぐ。

 飛竜の鋭敏な嗅覚が雨の匂いはまだ遠いと告げている。どうやらレース中に降ることはなさそうで、そこだけは安心できた。


 今日は新竜戦を勝てなかった競飛竜(レースドラゴン)が次に参加する、未勝利戦と呼ばれるレースの開催日だ。

 距離は11,200mの約7マイルで前回より長い。


 正直、初戦よりずっと緊張している。

 また騎手を落竜させてしまったらどうしようという不安。ロケット加速が思い通りに使わせてもらえない不安。今度こそ勝たなければというプレッシャー。


 それらが重くのしかかったまま、今はパドックと呼ばれる場所を竜務員のアルルアちゃんに引かれてぐるぐる歩いている。

 レースに参加する他の競飛竜(レースドラゴン)も一緒に輪になって観客の前を周る。

 これは観客が事前に競飛竜(レースドラゴン)たちを見て、今日の体調や身体の作り込みをチェックしているらしい。


 ぐるぐる歩きながら、少しでも緊張をほぐそうとレース以外の事に目を向けた結果、会場にいた赤ちゃんに泣かれてしまう小さなハプニングはあったものの、概ね問題なくパドック周回は終わった。


 周回停止の号令と共に、騎手達が各々騎乗する競飛竜(レースドラゴン)に駆け寄る。

 号令の意外なほど通る声量に驚いて暴れたり、嘶きを上げる競飛竜がちらほら。

 それを窘める竜務員さん達の悪戦苦闘を横目に、いまだ残る緊張を紛らわせるため、近付いてくる騎手を観察してみる。


 競竜の騎手達は皆、競馬の騎手が被るヘルメットより数段ゴツい、フルフェイスヘルメットを想起させる前面が透明なシールドに覆われた頭部防護装備を装着している。

 加えてシークエスは、シールドの奥に色の濃いゴーグルを着けているので、この(シークエス)独特の、物騒な光を宿した瞳は今は見えない。

 レースの開催場所が空という環境に加えて、競飛竜達のスピードが競走馬をはるかに凌ぐことからより厳重な装備になっているのだろう。


 着込んでいる服も、競馬の騎手とはやはり異なる。

 レーシングスーツのような見た目の、身体にフィットして動きを邪魔しない造り。個々にデザインが違うのは競馬同様、どの竜主の競飛竜(レースドラゴン)に乗っているかを分かり易くする識別のためだろう。

 シークエスの場合は、黒を基調に腕の部分に紫の意匠。肩から腰へタスキのように伸びる青いラインが左右から交差し、肩と背中にアオノ家の家紋があしらわれた柄だ。


「よっと。ハーレー、今日はよろしくな」

 

 羽のような軽い跳躍で、ジブンの背中に跨ったシークエスが気負いのない声を掛けてくるのに、フンッと鼻息で応える。

 唸ってやろうかとも思ったのだが、またトチ狂ったこと言われてもシャクだからね。これが大人の対応ってやつですよ。


 騎手は多種多様な魔法道具(マジックアイテム)を装備しているらしくシークエスの身体の至る所から魔力の気配がする。けれど装備品が沢山あってもそこまで重さを感じないのもまた、魔法道具(マジックアイテム)の力なのだろうか。


 騎手を乗せ、パドックを抜けて飛翔場(ひしょうじょう)という場所まで来ると、ここからは歩きではなく空を飛んで出走ゲートが設置された浮島までの道のりを移動する。

 競馬で言う返し馬———本番を前にしたウォーミングアップ———だ。


 飛翔場にはバカでかいモニターと観客席が併設されており、様々な人がレースを見守っている。

 レースでは観客席前の上空も通過するが、いかんせんコースが長くて見えない場所や角度が多い。

 それを補うため、レース中はカメラのような魔法道具が幾つも空に浮かんでいる。


 浮島に辿り着いたら次はゲート入りだが、これは好き勝手に入っていいわけではなく、ちゃんと順番がある。

 数字の小さい内枠奇数番号から先にゲートへ入り、次に偶数番号が同じく数字の小さい内枠から順にゲートに収まる。

 奇数番号が割り振られた競飛竜の中にはゲート入りを嫌がって抵抗している飛竜もいた。

 魔法を使って空中を飛行する係員さんたちがそんな聞かん坊を綱で引っ張ったり、尻をぐいぐい押したりしながらなんとかゲートへ誘導している。


 今日のジブンの枠順は8番で、16頭立てのちょうど真ん中。

 外枠寄りだった前回と違い、周りを囲まれやすい位置だ。

 ロケット加速は、加速中は軌道修正が効かないので周りを他の競飛竜に囲まれると接触の危険性が生まれる。だから前回はあえて大外のコースを取ったのだが、今回はどうやってレースを進めるべきなのか……。


 そこまで考えて、苦々しい思いで鞍上に意識を向ける。

 デビュー前の併せ竜を含め、前のレースまでは、ここで抜け出した方がいいかなとか。この辺りからロケット加速を使えばいいかなとか。色々考えながらジブンの判断でレースを進められたのだが。

 鞍上(こいつ)にロケット加速の弱点を抑えられている限り、ジブンでレースメイクができないんだよな。


 初めてシークエスを乗せた調教以来、ロケット加速の制御権は腹立たしいことに、このうさんくさニコニコヤロウに乗っ取られたままだ。

 許せん。ロケット加速の特許はジブンのものだぞ。しかるべき司法機関に訴えてやるからな。


 しかもこいつ。ロケット加速の制御をぶん取るだけに飽き足らず、調教のたびに飛ぶ速さの緩急や位置どりなんかにも色々指示を出してくる。うるさい。

 無視して好きに飛んでやろうかと思ったこともあるが、騎手と折り合いがつかなかった結果の新竜戦(トラウマ)があるので渋々……ほんっとーに渋々!指示を聞いてやっている。

 なんでコイツはこんなに指示出したがるんだよ。


 ———などと考えているうちに枠入りの順番が回ってきた。

 鞍上や係員さん達に促され、大人しく枠に収まる。

 後続も続々と、時に枠入りに苦戦する飛竜もいるものの、収まっていく。


 スタートが近い。


 鞍上への不満と無計画でレースに挑まざるを得ない不安に無理やり蓋をして、目の前の閉じたゲートを睨む。


 ———ぐっ、と。首が押された。


 頭が下がり、自然と飛び出しやすい姿勢になる。

 誰がやったかなんて1人しかいない。

 加勢したのか。驚きに目を見開いたがこれで意識が逸れて出遅れるなんて格好悪いと、再びゲートに集中する。

 

 ガシャンッ!


 ゲートが開くやいなや、足場を蹴って翼を羽ばたかせる。

 絶好のスタートが切れた。


 同じように好スタートを切ったのは緑の鱗を持つゼッケン1番。次いで黒い鱗の5番がスーッと前に出ていく。

 先頭は1番、ほぼ並びかけた状態で5番が続き、ジブンはその後方3番手だ。

 ロケット加速は使う前に溜めの動作が入る。そのせいでどうしても減速してしまい、順位が落ちてしまう。だからジブンとしては最初はなるべく前方で位置どりし、開く差を少なくしたいと考えていた。


 しかし、ここで鞍上が後方に控えろとばかりに首に取り付けられた舵を引く。


 ハア?控える?!

 スタートダッシュも決めて先頭から3位のいい位置を確保できたのに何で?

 思いもよらない鞍上の指示。今まで通り従うか、ジブンを信じて抗うか逡巡する。

 わずかな時間だったはずだが、迷っている間に迫っていた後方の竜群に呑み込まれ、あっという間に不本意ながら後方組に加わってしまった。


 おいおいおい!こんな位置で大丈夫なのか?

 いくらロケット加速があるからって、あのハイペースな先頭組に後方からで間に合うのか?

 しかも前方も左右も他の競飛竜に囲まれていて身動きが取れない。

 湧き上がる疑念と不満に胃の腑がジリジリと焼かれる。


 そうこうしている内に最初のコーナーを過ぎて先頭の二頭の競り合いは加熱し、後続との差が更に開く。

 二頭の後ろで竜群は、先頭を追いかけようとする先行組と後方に控える組の2つに分かれた。

 そしてジブンは後方組の中でもビリから数えた方が早い位置まで順位を下げられてしまった。


 このままでは追いつけなくなる。焦って鞍上の動向を探ると、舵が操作され周囲を囲む競飛竜の上を取る指示。

 上から一気に追い越しをかけるのかと思い、竜群から徐々に浮上して身体一つ分抜け出す。


 だが期待を持てたのはそこまでたった。

 せっかく浮上したのに後方組の最前に来た所で、またも控えろと言うように押し留められる。


 何でだ、今なら頭上を飛んで先頭にまで追いつける!少し早いけどロケット加速を使えば先頭を抜き去ることだって———。


 こちらの動きを読んだかのように、ひた。と竜鞭が翼の付け根に押し当てられた。ロケット加速を使うなという牽制。


 ならどうするんだよ!もうレースは半分を過ぎた。このままじゃ荷物(おまえ)を落とさないでゴールできても着外に沈んでしまう!


 焦りが、疑念が、不満が。荒れ狂うままに怒りへと変わる。

 振り落としてやる。

 このままジブンが着外で終わったら、その瞬間にコイツを振り落としてやると今決めた。

 怒りと馬鹿正直に指示に従った後悔が纏わり付き身体が重い。また負けるかも知れない恐怖に身が竦む。


 人間なら涙が滲んでいるだろう目で、第3コーナーに差し掛かった先頭を見て……———気付いた。


 先頭二頭が目に見えて失速している。


 その後に続く先行組が一気に距離を詰めるかと思ったが、なんだかもたついているような……———もしかして体力があまり残っていない?

 そうか、先頭二頭に引き摺られるようにハイペースで飛んでいたから、前の奴らはここぞという翼が残っていないんだ。


 ジブンはどうだ。

 まだまだ余力がある。息切れもなく、翼には魔力が十分に満ちている。

 問題は同じように体力を残す後方組だと、少し後方下を飛ぶ集団の様子を探る。


 光線帯の上を横に広がるようにして外から先団を追い抜きに行こうとしている。

 上には誰も来ない。彼らはジブンの下で様子を伺っていた。いざ追い越しのために上に出たくても既にジブンが、頭上の、しかも少し前を陣取っているから抜け出しにくい状況なんだ。


 ———まさか。シークエスは最初からこれを狙っていた?こうなると予測して?


 疑問を読み取ったわけではないだろうが戸惑うジブンに鞍上から、風に乗って声が落ちてくる。


「お前はあれこれ考えなくていいんだよ。ただ飛べばいい。考えて道を拓くのは騎手(オレ)の役目なんだから」


 なんてことないように、さも当たり前かのように齎された言葉。

 だからこそ、その言葉はひどく真摯に胸を打った。


 強張っていた身体の力がふっと抜ける。のしかかっていた重りが取れたように翼が軽くなった気がした。

 先を飛ぶ飛竜が生み出す魔力流をいなしながら態勢を崩さないよう、言われた通りに飛ぶことだけに集中する。


 それは生まれて初めての感覚。


 思えばジブンは初空を迎えた時からずっとあれこれ考えながら飛んできた。

 レースでも一人で考えて飛んでいた。

 どの位置からレースを運ぶのか、コース取り、仕掛けるタイミング。

 だから全てを鞍上の騎手に預けるなんて考えもしなかった。


 前世。競走馬時代の騎手は走りたくないジブンを走らせようと背中でガシガシしてくるだけのうるさい存在でしかなかった。

 今世においても、前の騎手くんは身構えているばかりで指示なんて出してこなかった。唯一意思表示したのだって、ロケット加速を止めようとしたことくらい。


 だから誰かに考えることを託して飛ぶなんて初めてで、初めてのことは正直怖い。だけど。


騎手が道を拓いて勝負を仕掛け、競飛竜がそれに応えて飛ぶ。

 この形こそが。それこそが騎手が競飛竜の背に居る意味なのだとしたら。


 ジブンを脅すための道具のように感じていた、押し当てられたままの竜鞭が、不思議なことに今は鞍上の、シークエスの、機を窺っている気配を伝えてくる。


 押し当てられていた竜鞭が離れた。

 シークエスが舵を握り、ぐっと体勢を低くする。重心が寸分のズレなくピタリとジブンに重なっている。落竜したわけでもないのに背中が軽い。


 翼から放出されている魔力を絞る。

 一時的に減速が始まり、前との差が———減速によって開いていくはずの差が、新竜戦の時に比べて少ない。しかも翼への魔力充填も早い気がする。

 体力が残っているから?飛ぶことだけに集中しているから?


 これならいける。何ならロケット加速を使っても余力が残りそうな感覚がある。


 飛竜の広い視界の端で、シークエスが振り上げた竜鞭が閃くのが見えた。


 バシンッ!!


 『『いまだ!』』


 魔力が満ち満ちた翼を振り上げ、一息に振り抜く。

 出口を求めて渦巻く力の奔流が一気に解き放たれ、瞬時に増した加速度で身体全体が押し潰されそうな圧を感じる。

 青白い魔力を噴き出す翼が空を切り裂いて突き進む。


 先行組、先頭の飛竜達との距離がぐんぐん縮まる。

 大きく息を吸い込み心臓で追加の魔力を練り上げ、追い込みをかける。


 眼下では、急接近するジブンに追い抜かれまいと先を行く競飛竜の背で騎手達が鞭を何度も振るう。先へ進め進めと追い立てている。


 反してシークエスはジブンに追い鞭をかけない。集中の邪魔になると解ってくれている。そうだ、必要ない。そんなものなくても追い抜いてみせる!


 ゴールまであと500m。抜いた!!

 先頭を抜き去り、まだ、まだ伸びる!嘘だろジブン、こんなに伸びるのか?!


 他15頭を後方に置き去りにして、圧勝でゴールへと突き刺さる。


 ジブンがゴールしたのにだいぶ遅れて、ゴールに後続が次々に飛び込む。


 ———勝った。勝てた。


ゴール地点を過ぎ、緩やかにスピードを落としながら息を整えている内にじわじわと実感がわく。


 結果的に、レース前からレース途中まで抱いていた不安を差し引いてもお釣りがくるくらいの快勝だった。

 そして。それはきっとジブンだけでは絶対に成し遂げられなかったものだと今ならわかる。


 高揚した気持ちを持て余し、ふわふわ浮ついた心地で流していると、鞍上のシークエスがいたわるように首筋を優しく撫でてきた。


「頑張った、よく頑張ったな」


 鱗の上を辿る手のひらは汗でじんわり湿っていた。けれど不思議と不快ではない。


「お前とオレとで勝ったんだよハーレー」


 そうか、これが『競竜』か。





*****






 出走前とは打って変わって、晴れやかな気持ちで飛翔場へと舞い戻る。

 疲労感はあるものの、ジブンを勝利に導いてくれた騎手を落とさないようそっと地面に降り立つ。

 鞍上でシークエスが舵から手綱に握り変えたのを確認して歩き出すと、はあ……とやたら艶っぽいため息と共にうっとりとした声音が聞こえてきた。


「あーーーやっぱあの加速は凄いな。まだ鳥肌が立ってる」


そうかいそうかい。褒めてくれるのは素直に嬉しいけど、そういうのは可愛い女の子と一緒にいる時にしてやった方がいいんじゃないの。お前中身はともかく顔はいいんだし。

 

「ホントサイコーだった。射精するかと思った」


—————————。

—————————…………why?


は。


ちょ、まて。

なん……つった、こいつ。


 えっ、待って。ちょっと待って。コイツ頭おかしいとは思ってたけどレースで興奮してジブンの背中で催した、ってコト?!


……。


…………。


とんでもないド変態じゃねーーーーか!!!!

ヤダヤダヤダヤダ落ちろォォォォォォォォォ!!!!!今すぐ!!!ジブンの背中から落ーーーちーーーろーーーーー!!!!!


我、乙女(牝竜)ぞ!穢れない純潔の乙女(牝竜)ぞ!!!

花も恥じらう清らかなその背に乗っておきながら!し、しししししゃ……アーーーーッッッ!!口にするのも憚られる!


「おわっ!あっぶねー……ハハハッ!レース中はお利口さんだったのに終わった途端にキレだすとかやっぱ変わった飛竜だなあ」


 華麗に着地決めてんじゃねーーーー!!!爽やかに笑ってんじゃねーーーー!!!ジブンがキレてんのは全部お前のせいだろーが!!!!


 わーーーーーん!!!トトー先生もうジブンこいつ乗せるのやだあああああ鞍上変えてよぉぉぉぉぉぉ!!!


 人馬一体ならぬ人竜一体。そうでなければ意味がない。真面目に走らなかった主人公が前世では終ぞ知り得なかったことに気付かされました。

 まあ、オチがアレですが何はともあれ初勝利です。あと鞍上は変わりません。



明日の更新はお休みです。次話更新は明後日12時です。


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[良い点] ほぼいきかけたイチローかな(笑)
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