第10話 幕間『デッラ・ガヴィラン』
ティルホウの南端に広大な土地を所有するガヴィラン竜牧場。
そこから少し北上した町外れには、ガヴィラン竜牧場の牧場主と家族が住む屋敷がある。
町を治める領主の館や、白の神殿の礼拝殿より建物の規模は小さく派手さもない。しかし館から庭の門扉に至る隅から隅まで手入れが行き届いており、館の持ち主の厳格さが窺えた。
西の森での捜索から帰宅したエルナスは出迎えた使用人に上着や荷物を預けると、足早に食堂へ向かう。
自身は捜索隊への参加。牧場主の父は競飛竜を購入したいという貴族の接待を務めるため、他の家族には先に夕食を済ませるよう伝えていた。
食堂へと続く扉脇に控えた使用人が、エルナスに気付いて室内に帰還を伝えようとするのを手振りで制止し、自ら性急に扉を押し開く。
開かれた扉の先、食堂の中央には縦に長いテーブルが鎮座し、純白のクロスが張られている。色とりどりの料理が並ぶテーブルには予想通り二人の人物の姿があった。
勢いよく開かれた扉に驚いた継母が、食事の邪魔をされたことに不快の表情を浮かべている。
それを認識しつつ、構うことなくエルナスは椅子に腰掛け食事をしていた義弟へと大股で歩み寄った。
「ライウス、お前に聞きたいことがある」
「お待ちなさい、帰ってきたと思ったらなんなんですか。そんなに騒々しくされたらライウスが怯えてしまうわ」
エルナスの継母、ライウスの実母メリンドが席を立ち非難の声を上げる。
レースがたっぷりと纏わり付いた、夜着にしては派手なドレスの裾が、立ち上がった勢いで椅子を後方へと押しやる。
傾いで倒れかけた椅子を控えていた侍女が、あらかじめ予想していたのだろう、支えて音もなく元の位置に戻した。
一連の様子を冷めた目で確認したエルナスはすぐにライウスへと視線を戻す。
ライウスはライウスで、目上であるエルナスが話しかけているというのに皿の上の野菜を、つまらなそうにフォークで選り分け続けている。
メリンドが血の繋がらないエルナスを疎ましく思うように。
ライウスが竜牧場の跡継ぎでありながら、逆鱗持ちではないエルナスを内心見下しているように。
エルナスもまた血の繋がらないこの親子を好きにはなれない。
ガヴィラン家の奥方でありながら、釣り合う気品もなく贅沢好きなだけのメリンド。
家業の手伝いはしないくせに、父が築き上げた立場を傘に着るだけのライウス。
家長の父が、ある程度好きにさせる方針だからその放蕩ぶりに口出ししないだけだ。
「……メリンドさん、俺はライウスに取り急ぎ確認しなければならないことがあるんです。それさえ済めば食事はお二人でお好きになさってください」
暗にお前たちと食事を共にする気はないと告げるエルナスの皮肉に、細い眉をキリキリと吊り上げたメリンドが口を開くより先。エルナスは本題を切り出した。
「ライウスお前、ホートリーの娘から魔石を奪って森に捨てたというのは本当か」
付け加えて、捜索中にライウス達が彼女から逃げていた目撃情報もあると伝える。
それまでエルナスに対して胡乱げな顔をしていたライウスが忌々しげに舌打ちする。
「はぁ……森に入った間抜けってやっぱりアイツかよ。馬鹿じゃねーの」
悪態が肯定であると同時に、重大さを全く理解していないものであると感じたエルナスの声音が一段低くなる。
「……ライウスお前、自分が何をしたか解っているのか」
「やめてちょうだい!急に押しかけてきたと思ったら……たかが子供同士の喧嘩でしょう。大人が口出しするようなことじゃないわ」
「相手の命を危険に晒す行いのどこが子供の喧嘩だと言うのです」
「それは相手の子供が勝手にしたことでしょう。ライウスの責任じゃないわよ!」
「子を持つ親でありながら本気で仰っているのですか!」
ギィィィ……。
加熱しかけた大人2人の口論に割って入ったのは食堂の扉が蝶番を軋ませ開く音。
続いて、家令を伴い最後の家人が室内に入ってきた。
初老に差し掛かってなお頑健な体躯。猛禽を思わせる鋭い目。顔に刻まれた皺をさらに深くし、唸るように口を開く。
「……騒がしいぞ」
デッラ・ガヴィラン。
ガヴィラン竜牧場の牧場主にしてエルナスの実父。ライウスにとっては継父に当たる。
ただ一声で食堂を、水を打ったように静かにさせた男の顔には、ありありと不機嫌が張り付いている。
これだけ機嫌のよろしくない父は久方ぶりだと察したエルナスは苦く笑う。理由もおおよそ推察できていた。
「親父おかえり。商談は……ダメだったみたいだね」
「ふん、あちらが競飛竜を買いたいと言うから応じたのに全く心ここに在らずといった感じでな。とんだ冷やかし客だった」
やはりそうだったかとエルナスは今朝、父から聞かされた話を思い返す。
竜主として付き合いのある商会長からの伝手で、貴族が飛竜を買い付けにくるという話だった。商会長が言うには熱心に競飛竜を探しているという話だったはずだが、破談になるとは。
エルナスは今年ガヴィラン竜牧場に産まれた産竜を思い浮かべる。
牡牝共にどれも粒揃いで血統も問題なかったはずだ。貴族所有の競飛竜として中皇に参加しても良い成績を残せそうな個体もいたのだが、何かもっと気になる———。
「ところでエルナス、ホートリーんとこの娘は見つかったか?」
思案しかけたエルナスを引き戻したのはデッラの抜身の刀じみた目だった。
「ああ、奇跡的に無事だったよ。ただ、その森に入った原因がどうもライウスにあるらしい」
「あなた、エルナスさんは一方的過ぎます!ライウスの話も聞いてあげてください!」
「メリンド。私は今エルナスと話をしている。静かにしろ」
エルナスの報告を遮ろうとしたメリンドも家長のデッラに言われては口を噤むしかない。
「……彼女が言うには学校の子どもに初空用に買った魔石を奪われて森に捨てられた、と。町でも複数人の子どもを追いかけていた姿を目撃されてる」
「その相手がライウスだと?」
「あの子を発見した場所はとてもじゃないが子どもが町から物を投げ捨てられるような距離じゃなかったよ……魔法を使ったんだろ、ライウス」
エルナスの追求とデッラの視線を受けて、さすがのライウスもバツが悪そうに俯く。
「軽い冗談のつもりでした。まさか魔物がいるとわかっていて森に入る考えなしだなんて思わなかったんです」
「…………そうか。その言い分ではお前に責任はないと言いたいのだな」
頷いて何かを考え込むように瞑目したデッラに、メリンドが勝ち誇った表情でエルナスを見やる。
今のやりとりのどこに勝ちを確信する要素があったのか。呆れながらエルナスは続くだろう父の言葉を待つ。
それだけで父が『済ませる』わけがないと、それこそエルナスは確信している。
「エルナス、メリンド。ライウスはンデバーネ・ルト神学校へやる。すぐにだ」
名を呼ばれた2人がそれぞれ息を呑む。
エルナスは父の本気を感じ取って。
メリンドは夫の言葉に耳を疑って。
ンデバーネ・ルト神学校。
白の神殿直轄の神学校の中でも厳格で過酷な修行をかされることで有名な名門校であり、生徒は寄宿舎で外界との接触を断ち、禁欲的な生活をしながら勉学に励む事になる。
一度入ると卒業するまで、決して外部には出られない陸の孤島。
卒業自体も在学した年数を重ねれば良いというわけではない。
教師となる神官達に、卒業生として相応しい教養と深い信仰心が備わっているかどうかを認められなければならない。
面会もできるにはできるが様々な制約がかかる、監獄と揶揄されるような場所だ。
そんな場所に愛息子を送られると言われたメリンドの顔が紙のように白くなる。
「あなた、子どものやったことです!そこまで大袈裟にするなんておかしいわ!」
「黙れ」
メリンドの金切り声を短く切り捨てたデッラは傍らの家令に明日の用事を一旦全て白紙に戻すよう伝える。
「エルナス、ムヌグ神官に紹介状を書いてくれるよう連絡を入れろ。私は明日ホートリーの倅に会わねばならん」
頷くことで了承を返したエルナスとは逆に、メリンドとライウスの顔色はどんどん悪くなる。
やるべきことは即座に行動に移す。そんなデッラの本気を感じ取って。
「そ、そ、そんなことをしたら亡くなったあの人が悲しみます!」
デッラに駆け寄り、両手を胸の前に組んで潤んだ瞳で懇願するメリンドの、その言葉のなんと傲慢なことか。
エルナスは嫌悪を隠しきれなくなった顔を隠すように眉間に手を当てる。
メリンドが引き合いに出したのは彼女の先夫。
若くして亡くなったデッラの弟だ。
歳の離れた弟———エルナスから見て叔父を、父がどれほど可愛がっていたか知っていて、厚かましくもそれを盾に譲歩を引き出そうとしている。
「確かに……お前と再婚したのはあれの遺言があったからだ。遺していく妻子をどうか頼むと、最期にそう言ったからな。実の父親を幼くして喪ったのが憐れで……せめて望む道に進めるよう、なに不自由なく暮らせるよう取り計らってきたつもりだった」
テーブルの上に置かれ、室内を暖色の光で明るく照らす魔導石ランプ。
食堂の張り詰めた空気の中、場違いなほどに穏やかな光を見据えたデッラのシワの刻まれた横顔に悲しみが滲む。
しかしそれはすぐに掻き消え、変わりに燃え盛る怒りが宿った。
「だが。その甘さがお前達をここまで増長させたのだな。子ども特有の浅はかさと、成長すれば自ずと弁えると思って楽観していた俺の落ち度だ。道を踏み外すならどんな手段を使っても正道に戻すのが託された俺の務めよ」
「増長だなんて!僕はあのロクな競飛竜もいない貧乏牧場がデカいツラしてるのが嫌で……。や、やりすぎたとは思います!だから父さん……」
「そ、そうよ!うちからしたらホートリーは商売敵じゃないの。やりすぎたかもしれないけど子どものしたことなんだからそんなに怒らないでくださいな!」
「商売敵?やりすぎた?お前達は本気でそう言っているのか」
目を見開き、ことりと不思議そうに首を傾げる仕草はそれだけ見れば、いかめしいデッラの風体に似合わず滑稽にすら感じただろう。
見開かれた目の中にごうごうと憤怒が燃えていなければ。
「ホートリー竜牧場がどうして傾いたか知っているのか。あそこがなくなればどうなるのか、ティルホウで暮らしながら考えたこともないのか」
「……ホートリー竜牧場が傾いたのは15年前の大災節で生まれた厄災獣に襲われたからだ。当時の牧場主も所有していた競飛竜も喪って……大変な被害が出たんだよ」
父の言葉を引き継いでエルナスが補足する。
20年に一度の災害で牧場主だった親を亡くし、急遽、後を継ぐ事になったヤフィス・ホートリー。
彼と弟が何とか牧場を切り盛りできるところまで援助したのは他でもないデッラだ。
恩着せがましく吹聴しているわけではないので第三者には知られないことだが、だからと言って隠し立てもしていない。
竜牧場がティルホウという町にとってどういう意味を持つのか。正しく知っていれば推察もできる。
事実、町の祭事と神殿の管理を執り仕切るムヌグ神官や、町の有能な人物の中には察している者もいる。
竜牧場の関係者でありながら2人が知らないのはつまるところ、竜牧場がもたらす利益にしか興味が無いからだ。
「で、でも襲われたのはホートリーの力不足が原因なんでしょ……町を守るのが竜牧場の役目じゃないの」
「誰だ。誰がそんなデマを言い触らしている……いや、言わんでもお前達の交友関係を鑑みればわかることだ」
片手をテーブルに着いたデッラは、ほとほと呆れたと言わんばかりにもう片方の手で顔を遮る。
「飛竜は確かにそこに居るだけで魔物どもを遠ざける。だが飛竜を恐れない厄災獣の対応は竜牧場の管轄じゃあない。領主と冒険者ギルド、神殿がすべきことだ。……それをあの業突く張りの領主め、鉱山なんぞを魔物に占拠されたからと、そっちを優先して大災節の調査を疎かにしやがったっ!そのツケをホートリーは払わされたんだ!!」
語るうち、段々と感情を昂らせていったデッラの憤りが拳としてテーブルに打ち付けられる。
衝撃で近くの食器が悲鳴のような高い音を立てた。
厳格だが滅多に声を荒げることのない家長の怒りに、場に居る誰もが息を呑む中、デッラがうめく。
「———あの時。厄災獣の進路が少しでも南にずれていたら襲われていたのはこっちだったかも知れん……俺は、俺たちは運が良かっただけだ」
机に打ち付けたままの拳をぶるぶると震わせ、絞り出した声は安堵と怯えで掠れていた。
ホートリー竜牧場を襲った厄災獣は冒険者ギルド、神殿、町の衛兵総出で何とか討伐され、幸い町自体には大した被害が出なかった。
しかし当時まだ幼かったエルナスも町の鼻先にまで迫った厄災獣から避難した時の恐怖と緊迫感を、はっきりと覚えている。
厄災獣に強襲されたホートリー竜牧場の凄惨な有様も伝え聞いた。
「大災節では必ずリリボト大森林から厄災獣が生まれ、海岸線を目指して下ってくる。ティルホウは大災節で生まれる厄災獣や魔物達が東へ……商業港のあるニューリケや他の都市に向かうのを食い止める要の地だ。ホートリー竜牧場が無くなれば平時に町を守る竜牧場はうちだけになる」
厄災獣以外の魔物は竜牧場が町の守護を担い、厄災獣に対しては普段温存されている人間達の戦力全てで対処する。そうして町を、東にある国の主要都市群を守ってきたのがティルホウの歴史だ。
2つの竜牧場は、決して商売敵などと簡単に括れる関係ではない。
町の外から嫁いできたメリンド。彼女に教育されたライウス。
2人の取り巻きに認識の間違いを指摘し諌める者がいないのは、歴史を理解していないか、軽んじている者ばかりが集まっているからだ。そんな輩がこの町にどれだけ居るのか。
あるいは。わざと無知を利用して間違った認識を吹聴している者が居る可能性もあると思い至り、エルナスは父親を見る。
同じ危機感を抱いたらしい父が重々しく頷く。
「抗議をせねばならんぞエルナス。領主にも冒険者ギルドにも釘を刺さねば。俺達を自分達の失態の隠れ蓑にしようとするならどうなるかわかっているのか、とな」
「神殿に紹介状を頼むついでに協力を要請するよ」
エルナスの言葉に、それまで所在なさげに大人のやりとりを見ていたライウスが、咄嗟にデッラを涙目で見る。
「い、いやです!僕は騎手になりたいんだ!神学校なんて、ンデバーネ・ルトになんて行きたくないです父さんごめんなさい!許してください!」
「あ、あなた、私も謝りますからどうかお願いします。ライウスを許してください!」
二人の懇願にエルナスは唖然とする。
謝罪する相手が違うことにこの段階でも気づいていないのかと。
彼らがするべきはヤフィスの元へ謝罪に赴くだろうデッラに同伴を願いでる事だ。そして誠心誠意、ヤフィスと被害者の娘に謝罪をする事しかない。
見当違いの謝罪を受けたデッラは呆れか、それとも内心の激情を抑えるためか、大きく溜息をつく。
「ならばメリンド、お前が選べ」
「あ、あなた」
投げやりに渡された選択権を希望と勘違いしたメリンドの瞳に光が宿る。しかし続いたデッラの最後通牒によって、すぐさま霧散した。
「ライウスを連れて出て行くか、ンデバーネ・ルト神学校にやるかをな」
「そっそんな……」
「俺は本気だしそれ以外はない。出ていくなら身一つで行け。我が家の財を持ち出す事は許さん」
母親を縋る目で見るライウスが何を期待しているのか知らないが、前者をメリンドは選べないとエルナスは思う。
デッラの後妻という体裁であるものの、その実メリンドは屋敷を執り仕切る奥方としての仕事を殆どしていないお飾り妻だ。
自他共に厳しいデッラが己の背を、帰る家を預けるにたると、信頼を寄せたのは今も昔も亡き前妻だけ。
あるいは唯一の愛を誓ったにも関わらず、弟のためとはいえ後添えを取ってしまった事に、亡き妻への罪悪感があったのかもしれない。
デッラは屋敷の采配をメリンドに渡そうとはしなかった。
代わりにある程度好きに使える金銭だけを与えて遊ばせておいた。
もしメリンドに妻として、1人の自立した女性として夫の隣に立とうという意思があり、対等な夫婦として扱ってほしいとデッラに訴えていたのなら。
どれほど苦労するとしても屋敷を任せて欲しいという気概があれば。
愛はなくとも信頼を築けていたかもしれない。
そうすれば別の未来もあっただろうが———。
けれど彼女は対等な関係の代わりとして差し出された贅沢に耽り、庇護されるだけの楽な道を選んだ。
溺愛する息子を天秤にかけても、骨の髄まで染みついた生ぬるい快適さを、今更手放せないだろう。
答えが出せず、唇をわななかせて黙り込んだメリンドから視線を外したデッラはライウスへと顔を向ける。
「ライウス、騎手になりたいと言ったな」
びくりと震えたライウスの、右の手の甲にデッラの冷徹な瞳と声が突き刺さる。
そこにあるのは逆鱗。
白の盟主からの贈り物、飛竜と人類の絆の証だと言われている幾枚かの鱗。
逆鱗持ちは高い魔法適正と身体能力、耐性を授かる生まれながらのエリートと言っても過言ではない。
また何より特筆すべき点として飛竜に騎乗ができるのは逆鱗持ちに限られている。
これは騎乗するにおいて優れた魔法適正、恵まれた身体能力などの一定以上の水準が求められるからではない。
逆鱗を持つ者しか許されないのだ。
飛竜の背中から生えた一対の翼。
魔力放出器官である翼は飛竜の弱点と言われるほど他の部位に比べて造りが弱い。
また野生の飛竜に比べ、多くの魔力を放出するよう人間に品種改良された競飛竜の翼は、放出する魔力量と反比例するようにガラスの翼と揶揄されるほど繊細になってしまった。
飛竜はこの繊細な翼に触れられることを本能的に嫌う。
そして飛竜に騎乗するということは弱点の翼の付け根に鞍を置き、跨ることでもある。
どれだけ親しい間柄でも、穏やかな気性の飛竜であっても、逆鱗持ちでない限り飛竜の翼には触れられない。
触れた途端に暴れだし、背に跨ろうものなら死にものぐるいで振り落とそうとする。
人間が血統配合にどれだけ手を加えても矯正できなかった飛竜の本能に、唯一抵触しないのが逆鱗持ちなのだ。
飛竜の身体の一部を授かった人間だけが飛竜に拒絶されず、彼らの背に乗ることを許される。
こういった飛竜との特別な間柄から、逆鱗持ちには同じ色の鱗を持つ運命の飛竜がいるなんて迷信もあるくらいだ。
この特別さがライウスを増長させてしまったのか。
ライウスの逆鱗を見つめるデッラの視線にはそんな後悔が入り混じっているようだった。
「俺達飛竜に関わる者は飛竜によって生かされていながら飛竜に勝手に優劣をつけ、金銭で売り買いし、時に身勝手で処分する。彼らを食い物にしている。———ならばせめて最後の最後まで彼らに対して実直で献身的でなくてはならん。それを理解できない者が身内から出ることなんぞ……飛竜の背に乗るなんぞ、到底許容できん」
そこまで言うと、デッラは控えてる使用人へ夕食を自室に運ぶよう指示を出し、背を向ける。
そして食堂の扉を潜ろうとしたところで、思い出したように声を潜め、付き従う家令に付け加えた。
「家財、装飾品、衣類、一切持ち出させるな……念の為監視をしろ」
「畏まりました」
食堂を立ち去った2人のやりとりを見ていたエルナスも、扉脇に控えた侍女に自身の夕食も父と同じく自室に運ぶよう伝える。
もはや用はないとばかりに、凍りついたように動かない血の繋がらない親子を食堂に残し、自室へと足を向ける。
父が明日、ホートリー竜牧場へ行くのなら、牧場の采配は自分に任されるだろう。
———であれば今夜中にムヌグ神官へ依頼書を作成しなければ。
依頼する文言を頭の中で練り上げながら、ふと歳の離れた義弟の事を思い浮かべる。
ライウスが送り込まれるンデバーネ・ルト神学校には彼と同じく逆鱗を持つ者が生徒教師共に多く在籍すると聞く。———にも関わらず、誰もが驕らず、世界を創造した神と人類を護った白の盟主の御心に相応しくあろうと研鑽を続けているという。
ある種、狂信的ともいえる信心深さを備えた彼らの中に不信心者として放り込まれるライウスの今後を想像すると、義理の兄として不憫に思わないでもない。
自室へと続く廊下の途中で足を止め、夜の帳が降りた窓の外を眺める。
せめてンデバーネ・ルトにて彼の増長した部分が矯正され、人生が変わりますように。
闇夜の中、星々を引き連れて輝く白い月に、エルナスは祈った。
ンデバーネ・ルト神学校……別名・白の盟主過激派の巣窟、または狂信者製造場、入れたら出すな(入れた時とは別ベクトルでヤバくなる上にパワーアップしているので)とも呼ばれる。
今後ライウスは、笑顔が爽やかで常に物腰穏やかで聖人のような(のだが不信心者の心を折って折って折りまくり崖っぷちまで追い詰めてから優しく信仰の偉大さを『理解る』ことを自分の使命と信じてやまない)教師もとい狂師の元に送られる予定。
次話の更新は明日12時です。
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