金魚のリロワンが話しかけてくる日
『第5回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』参加作品です。
ボクはリロワン、8匹兄弟の末っ子金魚。
リロワンがボクの名前だと知ったのは、ボクが生死の境をさ迷ったからなんだ。
あれはボクがまだ小さくて、体長3センチなかった頃。
ご飯になると兄貴たちは我先にと突進して危険だから、ボクは秘密基地を作ってた。
黒いフィルターとお家の壁が作る隅っこ。
そこには食べ残しも流れてくるし、暖かくて藻も生えるから栄養バランスは最高。
ある日のこと、ボクがフィルターの裏の藻のサラダをつついていると、身体がむにょんとしたものに当たって滑った。
あれ、何だろうとは思ったんだ。
でもそこには青々と藻が茂って、身体の大きな兄貴たちは近づけないからしめしめとも思って。
でも食べ終えて前に進もうとすると、もう一つむにょんとしたものが目の前に立ち塞がった。
下にもむにょんがあるし、方向転換して後ろから出ようとしたらさっき当たったむにょんは大きくなってた。
ボクはお家の壁と、フィルターとむにょんの間に、身体を折り曲げたまま閉じ込められたってわけ。
兄貴たちも様子を見に来てはくれたけど近づけないから、「手の施しようがないな」なんて言って泳ぎ去っちゃって。
何時間そうしてただろう。
ボクも実は、死んじゃうって思ってた。
だってむにょんは4つもあって、フィルターを壁にひっつけてるらしい。
動いてよぉってお願いしても知らんぷり。
もうダメだって時にやっと玄関の音がして、外の人が近づいてきた。
「なんかヘン? みんな元気ない? ヌシでしょ、ダイにヒシ、あれ、一匹足りない?」
外の人は透明な壁に顔をつけてあちこち見回してた。
「あ~!!」
ガタンと天井が開いて、バクンとフィルターが前にのめった。むにょんごとボクの身体も傾いた。
新鮮な水が来たと思ったら、ボクの周りには身体を真っ直ぐにできるだけの空間ができてた。
背骨をくいっと戻したら、その勢いでちゅっと前に進み、目の前にはいつもよりもっと大きく感じられるお家が広がってた。
助かったらしい。
「もう、リロワンったらちっちゃいからってあんなとこ入んないの」
外の人の声がはっきり聞こえた。
不思議なことにこの事件から、ボクは外の人の言うことが全部理解できるようになった。
兄貴たちの名前、その日の天気やいつお家の掃除をしてくれるか。
リロワンって、リトルワンの略で小さい子って意味なんだって。
次のお水替えの時にでも、水面に上がって話しかけてみようかな。
「ボク、もうリロワンじゃないよ!」って。