好きだった
好きだった男がいた。
今はもう、終わった話だ。
そもそも始まってもいない。
私の自慰をただ眺めているだけの男だった。
彼から触れられた事すらなかったのだ。
ああ、そうか。
これで、わたしの想いは自由になった。
ただそれだけのことだった。
わたしから想いを告げた。
想いを返されることはなかったが、突き放されることもなかった。
そして、わたしは恋人でない相手に操を立てるような女でもなかった。
それが気に食わなかったらしい。
ただ、わたしは彼のものではない。
そこで一気に興が醒めた。
案外とつまらない人だ。
一丁前に独占欲でもあったのか。
面倒になった。
「わたしと貴方は恋人同士ではないでしょう?」
そう告げると、彼は無表情になった。
少々面白いと感じてしまった。
さよならを告げて、彼に背を向けた。
こういった時は、普通、追いかけてほしいものなのだろうか。
追いかけられても困るのだが、彼は追いかけてはこないだろう。
やけに晴れやかな気持ちになりながら、冬の夜明けの道を、背伸びをした、踵の高い靴で堂々と歩く。
本当に好きだったのだなと、しみじみ思った。