11.白銀のスノードロップ
こんにちわ。精霊の流れ星、ジョスです。
また君に会えてうれしいんだけどぉ~。だけど、さぁ!
うわぁっ! なんでアイツがまた出てくるんだよっ!
ジュリアンの精霊の流れ星は、ぼくただ一人だけなんだからね!
ここはうまく話を進めて、何とかしなくっちゃ! 君も応援たのむよ!
それじゃあ今回も、とにかく行ってみよっ!
『なんであんたが、またここに来るんだよ!』
ジュリアンの持つ精霊の流れ星、ジョスがさけぶ。
そのことばにはジュリアンも同意だった。
なぜ、また青い小鳥となった精霊の流れ星──『天空の女神』がここにいるのか。
彼女はその希望通り、持ち主であるキャロル夫人のもとに帰ったはずである。
「……夢か」そうつぶやいたジュリアンは、起こした体をまた寝台に横たえる。
それからもう一度、頭から布団をかぶる。
いわゆる二度寝である。
『だってわたくし、そこのジュリアンが気に入りましたの』
『ジュリアンにはぼくがいる。これ以上の精霊の流れ星は、満員御礼! はい、帰った、帰った!』
『いやよ。帰らないわ。おまえこそ生まれたてのチビッコのくせに、口の利き方には気をつけなさい。
より力のある精霊の流れ星のほうが、ジュリアンの役に立てるのよ』
『それ、ケンカうってんの? それとも年季がはいりすぎて、ボケてんの?』
『まあ! ほんとうに口の利き方がなっていない子どもね。わたくしがしつけ直して差し上げましょうか?』
『はんっ! やれるもんなら、やってみろよ』
せまい家の中で、剣呑な火花が散っている。
そのまま衝突したら、それこそこんなボロ家などふっ飛んでしまいそうだ。
ジュリアンはムクッと起き上がって、騒動の根源をにらみつける。
「青きご婦人……。ジョスはただひとつだけの、わたしの流れ星だ。ほかに精霊の流れ星を持つ気はない」
『あら、おはよう。ごきげんうるわしゅう、ジュリアン。すてきな朝よ』
「帰ってもらえるかな?」
『そうですわね。エスコートして下さるなら。今日のところは帰りますわ』
「……」
『じぶんで帰るだけの力が残ってないって、正直に言えばいいのに』
『そういう野暮ったい口をきくから、お子様なのよ』
『奥歯に物がはさまってるの? お年寄りはたいへんだね』
ふたつの精霊の流れ星のあいだに、またはげしい火花が散る。
ジュリアンはため息をつきながら、バサリと布団をはねのけ寝台から立ち上がった。
窓の外をながめれば、今にも雪が降り出しそうな暗澹とした空もようである。
こぼれそうになるため息をのみこみ、ジュリアンは出かける用意をはじめる。
* * *
「よく来て下さったわね。ジュリアン嬢。そのドレス、ほんとうによく似合っているわ。
もともと透き通るような雰囲気のあなただけど、さらに神秘的な美しさがきわだつわね。
まるで雪の精霊のようだわ。なんてきれいなのかしら」
ジュリアンは途方に暮れていた。
どうしてこうなったのか。
周囲のきらきらギラギラした興奮をふくんだ視線が痛い。
ほんとうに、どうしてこうなったのか。
昨日と同じ、ダボッとしたウサギ毛のフード付きコートを着て、ベルフォード伯爵の屋敷に現れたジュリアンだった。
それをキャロル夫人のたってのワガママで、着替えを押し切られてしまった。
どうしても話し相手になる、お茶友達の若いお嬢さんが欲しいらしい。
『天空の女神』を身につけた娘とのお茶が、夢だったのだとせがまれる。
男の子のふりをしていたことは、キャロル夫人にはお見通しだったらしい。
そのことに、少なからずパニックになって、ジュリアンは焦ってしまった。
そこへ今回一度だけ、ほんとうの性別はここだけの秘密と言われる。
ここにいる者以外には、けっして秘密はもらさないと、夫人は誓う。
ジュリアンは気圧されてしまい、不承不承うなずいた。
しかし自分の容姿については、どちらかと言えば、うすきみわるいものだと思っている。
瞳はうすい灰色。髪は白に近い銀色。
肌の白は白く血の気が少なく、つめたくて冷ややかな印象を受ける。
白っぽい服を着ていると、まぼろしか幽霊のようだといわれたこともある。
今、しっとりとした淡い水色の生地で作られた上品なドレスをきせられている。
白銀の髪を複雑に結い上げられ、うすく化粧もほどこされている。
ジュリアンはいくらおだてられようと、とまどいをかくしきれなかった。
夫人のほめ言葉にも、そんなはずはないと自重する。正直かなり気恥ずかしい。
女の子──しかも貴族のお嬢様の着るようなドレスに、背中がムズムズしてくる。
ジュリアンは男だ。男でなければならない。
だが、目をそらし続けた鏡にチラリと写った姿は、女──。
ジュリアンはギュッと目をつぶる。
いや、これはあくまでも女装だ。しかたなく、女に化けているだけだ。
そう。これは、なかなか見事な女装じゃないか。
激しい葛藤にみまわれたジュリアンは、そう考えて開き直った。
突然ふりかかってきた災難から、心の平安を保つには、それしかなかった。
女を演じる男──(を演じる女)──カッコの部分には、硬く目をつぶって。
返しに来た、はずの宝石である『天空の女神』が、なぜかその胸元にある。
そしてジュリアンはキャロル夫人とお茶をする。
おしゃべりな『天空の女神』の言葉をつたえ、ジュリアンは控えぎみに口をはさむ。
事実上、キャロル夫人と『天空の女神』、二人のお茶会である。
昨日の続きのような展開。
ただ異なるのは、下町の少年だったジュリアンが淑女の姿をしていることである。
「母上、昨日の魔道士がきていると聞いたのですが……」
そう言って、唐突に客間に入ってきた大男に、ジュリアンは目をむいた。
ノディである。
誰にも秘密だったのに。これでは約束がちがう。
こちらに向けられた青い視線に、ギクリと体がこわばる。
なんとか気持ちを落ちつかせようと、深呼吸を繰り返す。
そもそもこんなことになったのも、この男のせいだといえなくもない。
息子にほったらかしにされているキャロル夫人の、ヒマつぶしにされているのだ。
あなたの母親だろう。あなたが相手をしないから、こちらはとんだ迷惑だ。
この不本意な格好のうらみをこめて、かなり本気でノディをにらみ返す。
八つ当たりも込めて,つい雪あらしのような殺気がでてしまう。
ノディは、ビシッと固まって動かない。
都市防衛部隊の第三副隊長と名乗っていたが、名前だけかとジュリアンは鼻で笑う。
「あらいやだ。お茶がすっかり冷めてしまったわ。新しいのとかえてちょうだい」
夫人のことばに手元のカップを見る。
すると先ほどまで温かな湯気を上げていたお茶が、すっかり冷めている。
少しばかり冷気をあててしまったようである。
「いえ。ご子息がお帰りになったようですし、わたしはこれにて、おいとまします」
「あら、気にしなくてもいいのよ」
「いいえ。わたしはこちらをお返しに来ただけですから」
ジュリアンは首からさげていた『天空の女神』を外してテーブルの上に置く。
「もしかして……。まさか、きみは……トフトなのか」
ようやく動き出したノディは、なんともマヌケな顔をしている。
まるで幽霊でも見るような顔つきに、わめき散らしたい気持ちをこらえて席を立つ。
さぞかし不気味で滑稽なことだろう。
これ以上、この姿を人目にさらすのはごめんこうむりたかった。
羞恥を怒りに変えて歩き出し、ノディの手前で立ち止まる。
「『天空の女神』は気まぐれが過ぎるようです。しばらくのあいだ厳重に封印してください。では、失礼」
「お、おい。ちょっと待て」
「何でしょうか?」
つかまれそうになった手を邪険に振り払って、大男を見上げる。
「あ、いや、その……昨日のたびかさなる非礼、もうしわけなかった」
「……」
ジュリアンは黙って大男を見あげる。
どこまで理解しての謝罪かはわからなかった。
だが、あれからいくぶんか頭が冷えたのだろう。
いくぶん、しょげたような態度からして、何かしら反省はしているようだ。
「真に謝罪を受けるべきは、伯爵夫人と濡れ衣を着せられた侍女でしょう。
わたしのことはお構いなく」
「まってくれ。確かにそうだが、いや、きみのことは、そうもいかない」
ジュリアンはハッとして、自分の胸元を見つめる視線に気がつく。
さっき外してテーブルの上に置いたはずの青い貴婦人。
それが、ほこらしく自己主張するように、ジュリアンの胸元にきらめいている。
「──きみは、女性だったんだな」
その一言に、なぜかカッとなって「違う!」とさけびたかった。
だが、この姿ではどんな言いわけもできない。
またもやひどく混乱して、どうすればいいかわからず、何も言葉が出てこない。
さらけ出され、むき出しにされ、あばかれた自分が、とにかくいたたまれない。
「ノディ。その子にそれ以上、近づいては駄目よ。私の大切な新しいお友達なの」
キャロル夫人の言葉は冷ややかで、ノディをたしなめるひびきがある。
息子の青い瞳に込められる、浮かれたような熱を感じたのかもしれない。
そういった何もかもが、惨めで屈辱的だった。
ジュリアンはいたたまれなさから、逃げ出すように部屋をとびだした。
礼儀も忘れて、思い切り大きな音を立ててドアを閉めた。
そこからは全力で走り出していた。
胸のうちにひろがる暗雲は、ここにある何もかもを拒絶していた。
ヒトの踏み込まれたくない領分に、彼らはズンズンと押し入ってくる。
秘密をあばかれ、容赦なくさらされたことに、ジュリアンの尊厳が踏みにじられる。
泣き出しそうなその瞳に、白銀の光が寄りそう。
『早く、帰ろう。ぼくたちの家に──』
やさしいその光に、ジュリアンは一も二もなくうなずいていた。
* * *
叩き付けられるように閉められたドアに、ノディは呆然と立ちすくんでいた。
まるで雪の精霊のような細く可憐な少女は、はかなげで今にも溶けてしまいそうで……。
一瞬たりとも目が離せなかった。
そのドレスの胸元に出現した『天空の女神』が、すべてをつげていた。
彼女はあの女神が選んだ存在なのだ。
あの宝石を手にするにあたいする存在。
つまりそれは──。
「そんなつもりはなかったのだけれど、悪いことをしてしまったかしらね」
キャロル夫人の言葉に、ノディは夢から覚めたようにハッとする。
「あなた、何をしに帰って来たの?」
いつもは帰らないクセに、なんと間の悪いこと、と、どこか責めるような響きがあった。
せっかく可愛らしい娘と仲良くなれそうだったのに、息子のせいで台無しだと。
「……おれはただ」
そしてノディは自分がこの屋敷に戻った目的を思い出し、「あっ」と声をもらす。
間が悪いというのは、まったくもってその通りかもしれない。
そのことに思い当たると、ノディははじかれたように部屋を飛び出してゆく。
夫人が呼び止めるひまもなく──。
ああ、ジュリアン……。そんなに傷つかないで。
君はこの世界で最高の、ただひとりの流星の魔道士なんだから……。
ねえ、ねえ。君からもなぐさめて。ほら、ほら。
ほらね。仲良くなったこの子も、きっとお星さまいっぱいくれるから。
元気出してよ~。ジュリア~ン……。
次回第12話『紅炎と白銀のエチュード』
なんか最大の、波瀾万丈?