10.キャロル・エヴァンス
やあ。精霊の流れ星、ジョスです。
やっとこの場所に帰ってこられて、君にまた会えてうれしいよ~!
一時はどうなることかと思ったけど……。
さて、気を取り直して……。
今回でようやく、一件落着。
全てのナゾは解けて、ようやく家に帰れる~、はずだよね……?
あれ? え……っと? ええ~っ!!!
と、とりあえすお話に、行ってみよっ!
「どうやら私の侍女インディラは、まったくもって無実のようね」
客間に落ちる重苦しい沈黙を打ち破ったのは、キャロル夫人だった。
その冷静な青い瞳が、うなだれる息子ノディを辛辣に見つめる。
「侍女に罪を押しつけ、素知らぬふりを通すだなんて。あつかましいを通りこして、たいしたツラの皮の厚さだこと」
テーブルに両肘をついて額をおさえると、ノディは苦しげにつぶやく。
「……だが、疑うわけではないが。……魔道士の言葉を証拠づけるものはなにもない」
それを疑っている、というのだが──。
ジュリアンは失望の色を浮かべた瞳を、だまったまま静かに伏せる。
そう。そんなことはわかっている。
だから、最初に断っておいたはずだ。
『宝石の証言など、だれも信じませんよ』
『私は信じる』
『あなたの信じる真実とは、ちがう真実にたどり着くかもしれません』
『それでも構わない』
「たしかに、証拠なんてないのかもしれないわね。しかし少なくとも、私は納得しました。魔道士ジュリアンには感謝します。これでインディラを救えるわ」
スッキリした顔つきでほほ笑むキャロル夫人は、控えていた侍従に指示を出す。
さっそく追放された侍女に、救いの手を差し伸べるのだろう。
肘をついた手で額をささえ、顔を伏せたままのノディはため息をつく。
「だがしかし……今の話が真実だとするなら、彼女は宝石を手に取っただけ。自分のものにと望んだだけだ。盗むつもりはなく、オレにねだるつもりだった。ラシャーナは宝石泥棒じゃない。全くの無実だ」
顔を上げてそう告げた息子に、キャロル夫人は「無実?」と冷ややかにつぶやく。
一瞬、厳しい顔をしてノディを見つめ、こめかみに手を押しあてる。
それから深く息を吐き出してソファに座りなおすと、続けてことばをつむぐ。
「ほんとうに不思議なこと。この事件に宝石泥棒はいなかったことになるわね。まさか『天空の女神』が自分で逃げ出すなど、だれも思いもしなかったもの」
キャロル夫人はしみじみと告げる。
「だれも盗んではいない。それなのに、ラシャーナ嬢はインディラが盗んだと告げた。あなたはそれを真に受け、私は無実の者に処罰を下した。それこそが罪なのです」
ノディがグッと息を飲み込む。
「ラシャーナ嬢もあなたも、きっと考えも及ばないのでしょうね」
キャロル夫人の瞳は極寒の月のように冴え冴えとひかる。
「盗みの罪を背負わされ、屋敷を追い出された侍女の行く末がどうなるのか。
何も分からないインディラはさぞかし怖かったでしょう。どんなにくやしい思いをしたことか。私たちはあの子を、絶望に追いこんだのです。
あなたさえ人の宝石を持ち出さなければ、あの女にたぶらかされて勝手をしなければ、こんな問題は起きなかったのよ」
「……甘いハチミツに夢中になり、花々を踏みしだいてまわるクマのようですね」
ポツリとつぶやかれた言葉に、ノディは驚いたように顔を上げる。
ジュリアンはハッとして、あわてて付け足す。
「──とは、青い貴婦人の言葉です」
「あら、まあ。辛辣ね」
どこか面白がる様子のキャロル夫人に、ジュリアンは内心で冷や汗をかく。
つい口が滑ったが、仮にも伯爵家の子息をクマ呼ばわりしたのである。
しかも真実『天空の女神』の言葉だとしても、それを証明する手段はないのである。
「不敬だと、わたしを罪に問わないのですか?」
「それは『天空の女神』の言葉なのよね? ならば罪には問えないわ」
もう、うかつなことは喋らないようにしようと肝に銘じ、ジュリアンは口を引き結ぶ。
それから夫人を見て、なんとなく自分の母のことを思い出していた。
母がいなくなって何年が過ぎただろう。
その母と年代が近いせいか、夫人のまとう雰囲気は、ジュリアンの母に少しにている。
だからその後、夫人からお茶に誘われたとき、ジュリアンは断ることができなかった。
* * *
サッサと息子を追い出して、新たに始まったお茶会。
そこでジュリアンは、あらためてキャロル夫人と親しくなっていく。
なにしろ『天空の女神』は彼女について、いろいろなことを知っているのだ。
このベルフォード伯爵家に嫁いでから、なかなか子どもにめぐまれなかったこと。
何年もたって、ようやく授かった子どもは小柄で病弱だったこと。
今となっては想像もできないが、ノディは線の細いひ弱な子どもだったらしい。
ひとりきりの後継者でもあり、大切に厳しく育てられてきたノディ。
とても素直でかわいらしく、よくできたかしこい男の子だった。
しかし跡継ぎの重圧に反発してか、親の反対を押し切って都市防衛部隊に入ったらしい。
今では屋敷にはほとんど寄りつかず、キャロル夫人の心配の種はつきない。
「あの子もいずれ帰って来て、この家をついでくれるはずだけれど……」
キャロル夫人は、困ったように息を吐く。
「お嫁さんはまじめな娘がいいわ。いくら美人で魅力的でも、ハデ好きで人の注目ばかり気にするような娘は、いずれ家を傾けてしまう。だけど周りが反対すればするほど、お互い燃え上がってしまうものよ。やっかいね」
「青い貴婦人も同じ思いのようです。正直、あのお嬢様の手に渡るのだけは……絶対にイヤだと。奥様以上に、けんもほろろです」
「それはそうでしょう。嫌がるのも当然ね。よく逃げ出してくれたものよ。もうあの娘には、二度と目にも触れさせないわ」
二人に見つめられて、青い貴婦人は
『まったくよ。だいたい香水がクサすぎるの。
下品な場所に押し込まれて、もう二度とあんなのはごめんだわ』
と口をとがらせる。
そんな台詞を「本当にこりごりだそうです」とまろやかに意訳し、ジュリアンは伝える。
「けれど今回のことで、ご子息も考えを改められるかもしれません」
「そうだと、いいのだけれど。こればかりは、どうかしらね」
「奥様と『天空の女神』のお眼鏡にかなう素敵なお嬢様を、ご子息が選んで下さるとよろしいですね」
「……ええ、そうね。ほんとうに」
そんなたわいもない会話を交わして、ジュリアンは伯爵家をあとにした。
いきなり牢に入れられ、盗難事件に巻き込まれ、最初はどうなるかと思った。
しかしなんとか無事に解放され、いくばくかの礼金も支払われた。
貴族としては、かなりまともだった夫人に助けられたところは大きいが。
しかしもう関わることもないだろう。
ジュリアンは大きな屋敷をあとにすると、振り返ることもなく家路についた。
だが……
翌朝、凍てついた荒野の自宅で目を覚ましたジュリアンは、思い切り頭を抱えていた。
なんかいろいろあったけど、やっとわが家だよ~!
マッタリとあったか~いジンジャーミルクをすすってると、ほんと落ちつくねぇ~。
ほぉ~~。やっぱりウチでくつろいでるのが、一番だよ~。
…………
次回第11話『白銀のスノードロップ』
えっ! これで一件落着じゃ、ないの!?